第2部第108話 南アメリア市の聖夜その2
(12月24日です。)
クルス教総本部大聖堂は、かなり大きな建物で、尖塔が3本もある特徴的な形をしていた。大聖堂前で、パレードの部隊は解散となる。あとは警護の警察官部隊が若干残っているだけだが、ぼくは、その部隊も必要が無いからと帰してしまった。本国から派遣された6輪装甲車部隊には、南アメリア特産の果物詰め合わせをお土産に持たせて、ゲートの向こうに送り出してあげた。
大聖堂の入り口には、大勢の教会関係者が出迎えてくれたが、テレーズさんは居なかった。何でも、今日の御宣託のために禊をしているらしいのだ。僕とシェルは、そのまま3階の特別貴賓室に案内された。この大聖堂は、1階が戴冠式や結婚式などを行う大広間になっており、2階が1000人以上も参列できる大拝礼室になっている。その上に貴賓席があり、僕達が案内された特別貴賓室と直結になっているらしい。
ソファで寛いでいると、初老の老人が入って来た。初めて会う人だ。金糸・銀糸を織り込んだ豪華なケープを纏っている。お互いに自己紹介をしたのだが、この人が大司教代行統括のジョブ・ミカエル様だそうだ。銀縁眼鏡をかけて、にこやかに笑っているが、目は笑っていなかった。
ジョブさんは、ゴロタ帝国本国の宗教事情について聞いてきたが、僕が、うまく説明できる訳がない。ドア近くで控えていたシルフが、ソファに近づき説明を始めた。あのうシルフさん。宗教の起源については、別の機会にしましょうね。
ジョブさんが、本国での布教活動の許可をお願いしてきたので、純然たる宗教活動ならば、自由に行って良いと伝えておいた。往復には、間もなく開港する南アメリア市空港発着の定期便を使用できるだろうとも教えてあげた。
ジョブさんが部屋を下がってから暫くで、ミサが始まる案内があった。貴賓席からは、祭壇は遠くにあってよく見えないが、僕の『遠見』スキルで見ると何も問題がなかった。左手でシェルの右手を握っていたので、僕と意識共有をしておく。これで、僕の視界も共有できるのだ。
テレーズさんが出てきた。ピンクがかった白のローブを着ている。緊張しているようだ。挨拶が始まった。
「み、皆さま、本日は清きこの夜にお集まりいただき、ありがとうございます。私は、この度、第63世大司教に選ばれましたマリアンヌ・テレーズと申します。今日、初めて聖夜のミサを執り行います。お聞き苦しい点もあろうかと思いますが、ご容赦願います。」
うん、出だしはうまく行ったようだ。ミサの詠唱が始まった。聞いた事のない言葉だ。後ろに控えていたシルフが、『古代ルーン語』だと教えてくれた。首に巻いた翻訳機が、すぐに翻訳を始めた。
『神は、私達に希望の光を与えてくれました。今から2300年前の今日のことです。希望の光とは、神の子です。神の言葉です。御子は光り輝き生まれました。』
あれ、テレーズさんのローブが光り始めた。聖なる力だろうか。シルフが、『魔光石』を使ったトリックだと教えてくれた。しかし、光り輝くテレーズさんを見て、涙を流している信者さんもいるのだ。放っておこう。
『この世界は、7つの大罪により滅びんとしていました。救いの御子は、大いなる光で7つの大罪を殲滅したのです。』
あれ、どこかで聞いたというか体験した事だぞ。神の御子が殲滅?それって僕のこと?
それから1時間、テレーズさんは神の御子のことに関して話し続けた。厩で父親が誰かも分からない子を産んだ聖母のことや、悪魔によって誘惑されそうになった事などを話したが、ミサに参列していた信者は、皆、居眠りをしていた。誰も理解できない古代ルーン語など、絶対に使うべきではなかった。
やっとミサが終わった。聖歌隊の讃美歌が始まった。あれこの歌、グレーテル大陸でも歌われている曲だ。言葉は、アメリア語だが、メロディと歌詞の内容が一緒だ。もしかして、この国の神ってグレーテル大陸で信じられている4大神のうちの誰かだろうか。4大神とは、
光と闇の神 ゼフィルス。
創造と滅亡の神 センティア。
誕生と死の神 ゼロス。
愛と慈しみの神 アリエス。
のことだが、クルス教では、神は唯一神とされているので違うのかも知れない。まあ、古代の神のように際限なく存在するよりも少数限定の方がありがたみが湧くというものだ。
最後に、僕達が貴賓席からは退席して、セレモニーは終わった。貴賓室に戻って、お茶を飲んでいると、テレーズさんが部屋を訪れた。額にうっすらと汗をかいている。
「今日は有難うございます。陛下に神の御加護がありますように。」
「いいえ、お疲れ様でした。私達は、これからゴロタ帝国に戻って、新年の準備をするのですが、テレーズさんはどうなさるの?」
「いえ、新年は特に行事もないので、いつもの通りですの。あ、新年は、ご馳走が出ますわ。それが楽しみです。」
「え、今日の晩餐はご馳走ではないのですか?」
「今日ですか?今日は、これから部屋に戻って、溜まった書類にサインをするだけですが。」
あ、もしかして聖夜の風習が無いのかもしれない。グレーテル大陸では、今日は七面鳥をローストして食べるし、ケーキも食べる。後、プレゼントの交換もあるのだ。グレーテル大陸は、この星の反対側にあり、時差が12時間くらい遅れている。それに、聖夜は冬でなければならないからと、妻達全員がタイタン領の離宮に転移しているので、もっと遅い時間に聖夜の晩餐がある。
僕は、テレーズさんをパーティーに招待する事にした。テレーズさんは、満面の笑みを浮かべたが、すぐに顔を曇らせた。代行筆頭のジョブさんが許してくれないだろうと言うのだ。テレーズさん、この総本部に連れて来てからは、この前、帝城に来たのが初めての外出だったらしいのだ。それって、監禁じゃあないですか。
「皇帝陛下の命令です。」
シェルが、助け舟を出してくれた。それでも、テレーズさんは『行く。』とは言えないようだ。僕は、テレーズさんに着替えてくるようにお願いした。いくら何でも魔石をいっぱい付けたローブで出掛ける訳にはいかない。その間に、僕達はジョブさんの了解を得るからと言って聞かせた。テレーズさん、走って部屋を飛び出していった。
さてジョブさんをどうしようか。イフちゃんが、ある情報を教えてくれた。総本部の食堂では、かなりのご馳走が準備されているそうだ。しかし宴会にはテレーズさんの席がないそうだ。やはりそうかと思った。どうも、おかしいと思ったのだ。ジョブさんの付けていたケープは、絹製の上等な物だったし、指には高価な指輪を幾つも嵌めていた。それに比べてテレーズさんのローブは、夏だと言うのにウール製で、魔石の回路がはりめぐされている紛い物の聖なるローブだ。ローブの下に何を着ているか見えなかったが、それ程上等なものではないだろう。
シルフが部屋付きのシスターにジョブさんを呼んでくるようにお願いした。シスターは、最初、困った顔をしていたが、諦めたように部屋を出て行った。暫くしてジョブさんが3人のお供を連れて部屋に入ってきた。
「皇帝陛下、まだお城にお戻りにならなかったのですか。」
本人は、口に手を当てて喋っていたが、僕の鋭敏な嗅覚はお酒の匂いを嗅ぎ分けていた。他の3人もお酒を飲んでいるようだ。まだ外は明るいと言うのに、不謹慎な気がしたが、それがこの国の風習なら仕方がない。
「いえジョブ代行。お願いがありますの。テレーズ大司教を慰労のためにご招待差し上げようと思いまして。」
シェルの言葉に、ジョブさんの顔が一瞬曇ったが、すぐに満面の笑みを繕い、
「そうですか。それは有り難いですな。しかし、今夜は聖夜。今日はずっと神と御子に祈りを捧げなければならないので、残念ながらお断り申し上げ・・・。」
ジョブさんの言葉が止まってしまった。それ以上、喋ることが出来ない。やっと息をしてから、抑揚のない声で『わかりました。本人も喜ぶでしょう。』と言った。勿論、僕の『威嚇』の効果だ。周りのお供達は、吃驚していたが、ジョブさんが許可したのだ。反論できる訳がなかった。
ジョブさん達が退室して、暫くしてテレーズさんが戻ってきた。この前着ていた白のローブを羽織り、グレーのフードを被っている。その時、気が付いたのだがテレーズさんの履いている靴はかなり草臥れたものだった。素材は革らしいのだが、踵がすり減っていたし爪先は傷だらけだ。それに夏だからかも知れないが、靴下を履いていなかった。素足に靴を履いているのだ。
「テレーズさん、これから行くところは真冬ですので、暖かい服に着替えてください。」
シェルがお願いしたのだが、テレーズさん、顔を真っ赤にして、
「あのう、よそ行きの服はこれしか持っていなくて。」
は?これしかない?この安っぽい白のローブとダサいフードだけ?まさか、1国の大司教たるもの、着た切りスズメということもないでしょう。しかし、本当だった。お願いしてローブを脱いでもらうと、黒の半袖シスター服にエプロンをしていた。何故エプロンと思ったら、シスター服を汚さないようにとの配慮らしいのだ。そういえば、着ているシスター服もかなり傷んでいるようで、至る所に補修の跡があった。
シェルが、僕の方を向いて、
「ゴロタ君、すぐにタイタン離宮に転移して!」
と命令した。シェルの口調が少し怖かったが、僕は、黙ってゲートを開けた。
ゲートの向こうは、タイタン市にある離宮の転移部屋だった。久しぶりの気がする。階下に降りてみると、今まさにフェルナー君が七面鳥狩りに行こうとしている所だった。フェルマー君、僕の姿を見てホッとした顔をしていたが、考えが甘い。さあ、行ってこい。同行者はドミノちゃんだ。全く役に立たないだろうが、どうしても一緒に行くと言って聞かないらしいのだ。マリアちゃんとクレスタは、暖炉の前だ。マリアちゃん、暖炉の火が面白いらしく、火力を強くしたり弱くして遊んでいる。セレンちゃんが一番に走り寄ってきた。それに続いてエーデルらの妻達が並ぶ。お帰りのセレモニーだ。
シェルは、構わずにテレーズさんと裏の温泉大浴場に向かう。テレーズさんを隅々まで洗うようだ。そういえばテレーズさん、少し汗臭い匂いがしていたような気がする。
お風呂から上がったテレーズさんは、エーデルの服を借りて着ていた。シェルの服は、胸がキツくて着られなかったらしいのだ。僕は、つい、シェルとテレーズさんの胸を見比べてしまい、思いっきり後頭部を殴られてしまった。
エーデルさんは、身長160センチ位なので、エーデルの服は少し大きいのだが、袖を捲っていれば平気そうだった。シェルは、テレーズさんを連れて商店街の洋装店に買い物に行った。え、何故エーデルやジェーンら妻達も一緒に行くんですか。僕は、キャピキャピお喋りしながら出掛けていく妻達を呆然と見送っていた。




