第2部第107話 南アメリア市の聖夜その1
(12月24日です。)
今日は、聖夜だ。グレーテル大陸では、聖夜とは新年の前のセレモニーに過ぎず、七面鳥とケーキを食べることになっている。4大聖教のそれぞれの教会ではミサを行うが、毎週日曜日に行うミサとあまり変わりがない。神聖ゴロタ帝国では、ゼロス教を国教としているが、特に庇護したり特別の権力を与えたりなどしていない。帝国憲法でも、その事はしっかりと明記されている。
帝国憲法第25条 何人も神を信じる自由を有する。ただし外部に対する宗教行為は、この憲法の制約を受ける。いかなる宗教団体も、皇帝が認めた場合を除き、国から援助以外の特権を受け、又は特別の権力を行使してはならない。皇帝の即位及び崩御の式典は宗教行為とし宗派は、皇帝又は次期皇帝が定めたものとする。
この条文は、シルフが示したものだが、誰からも異論はなかった。勿論、南アメリア統治領も、この憲法に従うのだが、これまでの経緯もあり、直ぐには浸透しずらいようだ。
先日、旧インカン王国時代からのクルス教のブレンボ大司教が失脚し、後任の大司教が拝謁を申し込んできた。特に会う必要もなかったが、仕方がないので会ってみて驚いた。若い女の子だったのだ。聖ゼロス教大司教国の大司教は、歴代聖女だったが、それは稀な例で、通常は男性が大司教を務めている。クルス教の歴史でも初めての例らしい。
クルス教は、絶対神の創造主が、この世界を作ったとしている。絶対神であるから、性別はないが男性のような姿をしていたらしい。この世界に人間を作った時、自分の姿に似せて作られたとされているが、それは男性だったそうだ。
最初は、その男だけが存在していたが、一人では寂しいとの訴えにより、神は1個の林檎を男に与えた。男は、そのリンゴの種を植えたところ、大きくなった木の股から一人の人間が生まれた。それが、人類最初の女性だったらしいのだ。
まあ、完全に男性優位の神話だが、そればかりではない。世界が貧困と飢餓、殺戮と強奪が蔓延した混沌の時代において、神の言葉を託された救世主が現れたそうだ。それがクルス教の始祖なのだが、当然、男性であった。人々は、その始祖を神と崇めたが、始祖は『私を神と崇めてはならない。私の言葉が神の言葉だ。』と言って、自分の言葉を筆記させたそうだ。それが、今も残っている経典というわけだ。
以上の理由から、大司教は、男性しかなれないとされていたが、今回、前大司教が人としてしてはならない事を犯した反省と心機一転、信徒の信頼を得るために、前例のない女性大司教が就任することになったのだ。
大司教が帝城の謁見の間に入ってきた時は、夏だと言うのに白のローブに深いフードをかぶっていたので、随分小柄な人だなとしか思わなかったが、フードを脱いだときには、銀色の長髪に銀縁メガネ、鼻筋の通った美少女だったのには驚かされてしまった。
大司教の名前は、テレーズさんと言い、今年で16歳だそうだ。挨拶の後、お茶会となったが、テレーズ大司教は、チラチラと僕の方を見ている。どうしたのか気になっていたところ、シェルの目つきが非常に厳しくなっていた。あ、いけない。このパターンはいけないパターンだ。僕は、テレーズさんの視線に気が付かない振りをしていたが、テレーズさんの方から僕に話しかけて来た。
「あのう、皇帝陛下、我が国での戴冠式はなさらないのでしょうか?」
シルフが答えてくれた。
「ゴロタ皇帝陛下は、昨年の5月3日に、本国で戴冠式を終えられています。ここは、ゴロタ帝国の一部となったので、改めて戴冠式をする必要はありません。」
「そうですか・・・。」
テレーズさん、とてもがっかりした様子だ。どうしたのだろう。僕がさりげなく聞いてみた。そう言うところは、シルフには気が付かないようだ。
「何か、困った事でもあるのですか。」
「はい、本部の司教様達が、『我が教会で、戴冠式をして貰うように説得してきなさい。』と言われておりまして。」
クルス教の組織の事は良く分からないが、大司教の方が司教よりもずっと偉いはずなのに、司教に命令されるなんて少し変だ。それに、その話をするときに、どうして下を向いて顔が赤いのですか?
「その他に、何か言われてきましたか。」
「は、はい。できれば、その、皇帝陛下と男女の仲になって来いとも言われてしまいまして。キャッ!」
なにが、『キャッ!』ですか。仮にも聖職者のトップでしょ。トップ。一生を神様に捧げるんでしょうが。あ、シェルさんのこめかみに筋が立っています。
「大司教様、皇帝陛下には私と言う皇后がいることをお忘れですか?」
「あ、いえ。決してお二人の仲をどうこうするつもりはありませんの。私は、身も心も神にささげた身、結婚など考えたこともありません。でも、ゴロタ様と契りを結ぶことは教会にとってとても有益な事、神もお許し賜れるでしょう。」
テレーズさん、そんなウルウルした目で僕を見ないでください。有り得ませんから。しかし、教会の馬鹿司教達にも困ったものだ。きっと、今までも若いシスターを国王に捧げ続けてきたのだろう。
「ところで、テレーズさんはどうして大司教に選ばれたのですか?」
「はあ、これは、秘密なんですが・・・。」
テレーズさん、秘密を直ぐに話してはいけませんよ。話を聞くと、テレーズさん、小さい頃から予知夢を見るらしいのだ。見たこともない景色とか人が登場する夢で、その夢が何回も現実になるので両親に話したら、そのまま教会に連れていかれたらしい。きっと、悪魔に取り憑かれたとでも思われたのだろう。教会では、あまり良く分からなかったらしいので、王都の総本部に連れて来られ、色々調べられたあと、教会のシスターになったらしいのだ。それが5歳の時らしい。両親には、月々、相当の預り料が支払われたらしい。可哀そうなのは、5歳で両親と引き離されたテレーズさんだ。それからは、専属の家庭教師と婆やが付き、司教になるための勉強をしてきた。それ以外に、毎朝、昨日見た夢を日記に書くように指示されていたらしい。
テレーズさんが見る夢は、殆どが意味の分からないものだそうだが、なかには、西の森で魔物が発生したり、北の国境線でトラブルが起きることなど国家の重要事項を予知することがあるが、それがいつ起きるのか正確には分からないらしいのだ。それでも、それだけ分かれば準備をすることもできるので、国家にとっては最重要事項となるだろう。教会は、テレーズさんの存在を秘匿したまま、大司教を通じて国に『神の啓示』として知らせているらしいのだ。また、とりとめのないこと、明日の天気とか、作物の収穫状況なども、商人にとっては重要情報になるらしく、高額の寄進を得て、情報を教えていたらしいのだ。
テレーズさんが大司教に選任されたのは、実は、自分が大司教になる夢を見たことによるらしいのだ。そのため、前大司教が失脚した際に、全ての司教たちがテレーズさんを次期大司教に推薦したのだ。まあ、なるべくしてなったのだろうが、教会内の実権など皆無のテレーズさんは、司教の中でも最高位の大司教代行筆頭の言いなりにならざるを得なかったらしいのだ。
しかし、このままではテレーズさんも困ってしまうだろう。どうしようかと思っていたら、シルフが代案を出してきた。戴冠式ではないが、『皇帝認証式』を行うのどうだろうかというのだ。戴冠式だって、別に教会が皇帝を決める訳ではなく、皇帝になっての決意を神に承認して貰い、神に成り代わって大司教が皇帝に冠をかぶせるのだ。認証式も同様の趣旨で行う分には、教会の立場も立つし、皇帝の威厳も保たれるだろうとのことだった。
『認証式』は、来年、1月15日に行うこととして、今日は、クルス協会総本部大聖堂で行われるミサに参列することになっているらしい。歴代の国王も、必ず参列し、そのための貴賓席も準備されているらしいのだ。ミサは、午後5時から行われるのだが、大聖堂までの行幸は、騎士団や衛士隊が正装で行進していくので、パレードみたいだそうだ。大勢の国民がパレードを一目見ようと沿道に並んでいるらしいのだ。
今回も、準備が整っているとの事だったので、仕方なく従うが、全く乗り気ではない。しかし、このパレードのために礼装用の制服を新調し、武器のMP16もピカピカに手入れをしているのだ。断れば、せっかく準備している兵士達に申し訳ない。年に一度の晴れ舞台だ。
パレードは、僕達が馬車に乗って城門を出たところから、2キロ先の大聖堂前広場までだ。国防軍騎馬部隊が200騎、歩兵部隊が1200人だ。後、警察本部特殊攻撃隊が、真っ黒な活動服にに黒色フルフェイスヘルメットの異様な姿で300名だ。装備もMP5と突撃に特化していた。
最後に、ゴロタ帝国本国から応援に来た特殊車両部隊が30輌行進している。迷彩塗装した6輪装甲車の6連装20ミリバルカン砲が威容を放っている。この戦車は、市街地走行もできるので、今回参加して貰ったが、最強戦車は、30式戦車という無限軌道式の戦車だ。しかし、それでは大通りの路面舗装が修復不可能なほど痛めてしまうので、今回は6輪装甲車にしたのだ。
大勢の国民が、新皇帝を一眼見ようと詰めかけていた。僕達は、右・左と首を動かしながら手を振っている。常ににこやかに笑顔を絶やさない。
馬車が、大商店街の大通りに差し掛かった時、左方から1本の矢が僕達目掛けて飛んできた。それだけではない。右の建物の屋根からも矢が飛んできた。事前にイフちゃんから偵察情報を得ていたので、驚きもせず、簡単にシールドで跳ね返してしまう。左右の建物から人が落ちてきた。流石に4階の屋根から落ちたら死んでしまうだろう。イフちゃんか、人を殺すことには何の痛痒も感じないので容赦がない。
本当は、生かして誰に頼まれたか聞きたかったが、どうせ旧貴族で爵位を奪われた者の残党だろう。後のことは、遠藤警備の警察官達に任せて、パレードは静かに進んで行った。




