第2部第105話 セレンちゃんは怖がりです
(12月16日です。)
また白龍城に戻ってきた。今度はセレンちゃんと一緒だ。セレンちゃん、お城に着いて、辺りをキョロキョロしている。取り敢えず、セレンちゃんの部屋を決めなければならない。誰かの部屋と一緒の部屋にするつもりだ。年齢は下だが、指導ができて仲良くできるのはキティちゃん位だろうか。キティちゃんは、現在8歳だが、小学6年生に飛び級をしている。面倒見が良いし、頭も良いので、いろいろ教えて貰えるだろう。当分の間、キティちゃんと同じ部屋にしておく事にした。
南アメリア市のお城では、大きな部屋を与えたのだが、僕がお城に泊まる日には、セレンちゃんも一緒に寝ている。最初、シェルは嫌がったが、追い出そうとすると、大粒の涙をポロポロ流しながら、部屋の外に立ち続けたので、諦めて一緒に寝る事にしている。僕を真ん中にして川の字で寝ているのだが、勿論、シェルとは何もしないで寝ている。
流石に白龍城では他の妻達や元婚約者達がいるので、そういう訳には行かなかった。でも、大きな部屋で一人で寝るのは嫌だと泣き始めたので、仕方がなくキティちゃんと一緒の部屋で寝る事にしたのである。
セレンちゃん、エーデルやシズなど他の大人達には直ぐに馴染んでくれたが、小さな子供達にはあまり馴染めなかったようだ。今まで付き合った事がないからと言うだけではない。小さな子のうちの2人だけに対して、極端に怯えていたのだ。それは、リトちゃんとマリアちゃんだった。
リトちゃんは、セレンちゃんを一目見ただけで、人間ではないことを見抜いてしまっていたようだ。セレンちゃんは、亜人に近い魔物のうちでも、かなりレベルの低い魔物だ。歌を歌って人間を魅了することと、人間の姿に変身する位しかできないからだ。
しかし、リトちゃんは、その事は何も言わずに、
「初めまして。私はリトちゃん。お姉ちゃま、よろしくね!」
可愛らしくご挨拶をしている。セレンちゃんは、首輪型翻訳機を通じてリトちゃんの言葉を理解できたが、自分よりも遥かに高位の存在を感じて気を失いそうになっていた。シェルが、セレンちゃんに挨拶をするように言割れると、目を合わせないように下を向いて、
「セ、セレンです。」
と言うのがやっとだった。次にマリアちゃんに対しては、少しだけホッとしていたが、それでもオドオドした様子には変わりがなかった。マリアの魔力量に『危険』を感じたのだろう。マリアは、まだ魔力をコントロールする事が出来ないので、ダダ漏れの魔力がセレンちゃんの心に突き刺さってしまうようだ。
シンシアちゃんが、母親のカテリーナさんに抱きついている。どうやら、ママは渡さないと言う意思表示らしい。いくら何でも、セレンちゃんはここにいる者達よりも遥かに年上だ。カテリーナさんを取り合ったりはしないだろう。そう思っていたら、セレンちゃん、恨めしそうにシンシアちゃんを見ている。キティちゃんが、セレンちゃんを慰めていたが、側から見ると、小学生が中学生を慰めているようだった。
あとワンコの姿をしたコマちゃんと、ニャンコの姿をしているトラちゃんも怖がっていた。まあ、2匹とも本質は人ならざる者なので、敏感に真の姿を感知しているのだろう。
食事が終わってから、キティちゃんと二人で後宮の裏側にある露天風呂に行くようだ。露天風呂は、一応男湯と女湯に分かれているのだが、あまり意味がない。僕が入っていると、妻達が軍団で乱入してくるのだ。ゆっくりできなくなってしまうので、最近は、寝室の脇の専用風呂に一人で入っている。専用風呂と言っても、その辺のホテルの大浴場くらい広いのだが。
風呂から上がって、リビングでゆったりとしていたら、ピアノの音が聞こえてきた。メロディになっていないような弾き方だが、それなりに弾けている。誰が弾いているのかと思ったら、マリアちゃんだった。え、マリアちゃん、まだ2歳半なんだけど。曲は、僕の知らない曲だった。
マリアちゃんの側にはクレスタが立っていた。ピアノを教えているようだ。亡くなったクレスタは、指も長く小さい時からピアノを習っていたらしい。魔法学院に行くか音楽学院に行くか悩んだ時もあったらしいのだ。
今のアンドロイド・クレスタは、クレスタのコピーで、クレスタの記憶の一部もコピーしている。きっとピアノのスキルも少しだけだがコピーしているのだろう。クレスタは、僕が近づいたのに気がついて、人差し指を立てて口に当てた。静かにしてとのお願いだ。
辿々しいが、一生懸命弾いているマリアちゃんの表情が、とても可愛らしいので、こっちもつい微笑んでしまう。曲が終わったところで、拍手をしてあげた。マリアちゃん、はじめて僕に気がついたようで、顔が少し赤くなっていた。僕の後ろにセレンちゃんが立っていた。マリアちゃん、セレンちゃんの存在に気がついて、真っ赤になって下を向いてしまった。
マリアちゃんは、僕と同じで、初対面の人とはうまく接する事ができないようだ。セレンちゃんは、そんなマリアちゃんを気にせず、ピアノに釘付けだ。ゆっくりとピアノに近づいていく。マリアちゃん、ピアノの椅子から飛び降りてクレスタの後ろに隠れてしまった。
セレンちゃん、そっとピアノの鍵盤を叩いてみる。Bのキーだ。セレンちゃんの顔が輝いた。色々なキーを右手人差し指で叩いて音を確認していた。ひとしきり叩いてから、僕の方を振り向いて聞いてきた。
「これ、何?」
マリアが、クレスタの陰から、『ピアノでちゅ。』と教えてあげた。あの人見知りのマリアが、自分から言葉を発した。
「ピアノ。ピアノ。綺麗。」
「母ちゃま、もっときれい。」
クレスタが、モーツァルトのハ長調 K. 265きらきら星変奏曲』を引きはじめた。非常に正確に弾いているが、楽譜通りの演奏なので、少し面白みが無い。しかし、初めて聞く者にとっては衝撃的だろう。
曲を聴き終わったセレンちゃんが、突然歌い出した。と言っても歌詞のないハミングだが、さっき聞いた『キラキラ星』をリピートしている。驚いた事に変奏部分も主線部を正確にハミングしていた。
「貴女、この曲、聞いた事があるの?」
シェルが聞いたが、キョトンとしている。シェルの言っている意味がわからないらしい。しかし、あの難解な変奏部分を正確にハミングできるのは尋常ではない。
シェルが、ピアノの前に座らせた。『C』のキーを叩いて見せる。それから楽譜の『C』の音を示してあげる。セレンちゃんは、幾つかの音を確認している。ゆっくりと、ミスタッチもあるが、『きらきら星』のメロディになっている。何回か弾いているうちに、人差し指以外の指も使いはじめた。メチャクチャな使い方だが、音が繋がっている。その内、左手パートも弾きはじめた。さっき聴いた音を再現しようとしている。流石にそれは無理だろうと思ったが、一生懸命弾こうとしていたので、見守っていた。やがて、第1パートのみだが曲になってきていた。とても、今日初めて聴き、初めて弾いたピアノとは思えない。
演奏が終わると、皆が拍手をしていた。マリアちゃん、少し不満そうだった。目に涙を溜めて『わたちのピアノ。』と言ってから、本格的に泣きはじめた。僕は、慌てて『蒼き盾』のシールドを貼ったが、魔力の発散はなかった。学習したようだ。
クレスタとシェルが慰めていた。セレンちゃんは、なぜマリアちゃんが泣いているのか不思議でならなかった。いつまでも泣き止まないマリアちゃんを見ていて、セレンちゃんが歌いはじめた。詩はないが、透き通ったやさしい歌だ。僕の体の周りに『蒼き盾』が貼りめぐされた。何かが弾かれて、淡い光を発している。あっという間にマリアちゃんが眠り込んでしまった。ついでにシェルまでも。
エーデルやシズがセレンちゃんの正体を聞いてきた。『絶対に人間ではないだろう。』と言うのだ。たしかにそうなのだが、いつものように無口のコミュ障だった頃に戻る事にした。まあ、人間でないことは直ぐにバレてしまうだろう。
セレンちゃんには、週2回、音楽の家庭教師がつく事になった。ピアノと声楽だ。声楽が心配だったが、魔力を使わないで歌うこともできるので、きっと大丈夫だろう。
セレンちゃんは、1月から帝立セントゴロタ大学附属小学校に通う事になった。本当は、キティちゃんと一緒のクラスにしたかったが、学力テストの結果、幼稚園以下の学力しかなかったのでキティちゃんと同じ6年生のクラスに編入するのは無理だった。しかたがないので、1年生からスタートだ。それでも、他の1年生の児童よりも遅れているので、家庭教師もお願いした。ノエルがキティちゃんの魔力について調べたいと言っていた。魔法研究の貴重な資料になるそうだ。魔物は、誰からも魔法を教わらずに使いこなせるし、完全無詠唱だ。その謎を解くことが出来れば、現在の魔法研究が大幅に進歩するだろうと言うのだ。
仕方がないので、セント・ゴロタ市の帝立冒険者ギルド総本部に行くことにした。総本部長はエーデルなので、特に難しい申請は要らない。エーデルに明日、総本部に行くからと伝えておくだけだった。
翌日、セレンちゃんと二人で、冒険者ギルド総本部に向かう。シェルは、白龍城のいろいろな問題を解決するために、今日一日は事務室から出て来れないらしい。なんでも新しくメイドを50人位雇わなければならないらしいが、その採用試験や面接があるらしいのだ。メイドの採用試験って何だろうと思ったら、白龍城のメイド募集50人に対し800人の応募があったらしいのだ。メイド服が、一流デザイナーの作品で可愛らしいことと、あとは給料や待遇が破格らしいのだ。成人男性の年収は、大体450万ギルが平均だそうだが、メイドは新卒で400万ギル、住み込みで住居費と食費は福利厚生の一環として徴収していない。それにメイド服は無料なだけでなく、外出着も春秋用と、夏用、冬用が年1着支給になる。白龍城のメイドたる者、みっともない格好で外を歩かせられない。また、労働は、1日8時間で、超過勤務には割増の残業手当が支給される。不定期だが週2回の休みがあり、さらにクリスマスから年始までの間の長期休暇や、夏のバカンス休暇が認められている。ゴロタ帝国の中でも非常に好待遇かつ魅力のある職場らしいのだ。
応募資格は、15歳以上かつ中学卒業以上の学歴を有する者としている。しかし、過去に学校に行けなかった子達もいるので、同等の能力を有している者も応募できることにしたので、希望する者は殆どが試験を受けることができるのだ。
今回は、今年度の臨時採用試験なので、来年1月に願書締め切りで、4月1日採用予定だ。今後は、毎年7月に学科試験を実施し、10月に面接試験をして採用を決定する予定だ。
という訳で、採用試験の面接だけは、シェルにも立ち会って貰いたいらしいのだ。シェルも忙しいのだが、仕方がない。頑張って貰う事にした。さあ、僕とセレンちゃんは冒険者ギルドに向かって、白龍城の西通用門から出ていく事にした。




