表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
552/753

第2部第103話 バーミット市婦人組合

(12月9日です。)

  今日は、バーミット市の西エリアにある色街に来ている。イオークの娼婦達を、自由娼婦にするため、娼館の店長達との交渉日だ。交渉といっても、相手の言い分を聞いて、こちらの要望を伝えるだけだ。


  バーミット市の警察本部から、風俗視察担当の警察官4人も一緒だ。まず、色街で一番大きな店を訪問する。担当の係官から、予め連絡しておいたので、オーナーと店長が待っていてくれた。店は、赤やピンクのどぎつい色を一切使わず、外観は落ち着いた雰囲気の店だった。中に入っても、ゴージャスな感じで、如何にも高級店らしい内装だ。ただ普通の商店と違うのは、奥の壁がガラス張りになっていて、ガラスの向こう側には、体の線が透けて見えそうな衣装の女の子達がソファに座っていた。


  オーナーは、品の良さそうな長身の男で、まだ若そうだった。店長は、恰幅の良い中年の男で、こちらがオーナーと言われても納得できそうな感じだった。


  オーナーは、亡くなった父親からこの店を相続し、店の経営は全て店長に任せているそうだ。直ぐに応接間に案内された。奥には、大きな机が置かれていたので、平素は事務室として使われているのだろう。


  簡単な挨拶の後で、シルフが口を開いた。


  「今日は、お宅の店の業務内容についての調査です。この調査は、娼館等の健全営業法及び売春適正化法に基づいて行われます。よろしいですか?」


  オーナーと店長は、黙って頷いていた。この法律は、神聖ゴロタ帝国で制定された法律だが当然、南アメリア統治領にも適用されるし、そのためのアメリア語翻訳版も既に発行っ済みだった。


  ただ、詳しく読んでいるかどうかは知らない。しかし『法の不知』は、違法性を阻却しない。特に奴隷をそのまま使うことは許されないのであるから、もし奴隷若しくは奴隷に近い娼婦がいたらアウトだ。


  シルフは、最初に全従業員の雇用契約書を見せてくれるように指示した。店長は、一瞬、顔を硬直させたが、すぐにニヤリと笑って事務室の金庫から出してきた。全部で18名分で、イオークとの契約書はなかった。


  契約書の内容は、雇用契約というよりも金銭貸借契約書に近かった。若い娼婦は、借入金が100万ギル程度だが、20歳過ぎの娼婦は、1千万ギル以上で、しかもかなり最近の契約だ。


  オーナーに確認すると、借金の金利が嵩んで、契約を更新しているらしいのだ。娼婦として働いて、借金が増えるなんて考えられないが、契約書の内容を見て呆れた。金利が年2割だ。しかも、その金利は、本人の収入から差し引かれるが、そのほかの経費が半端なかった。


  まず営業経費として売り上げの3割が差し引かれる。それと部屋代、寝具等のレンタル料が売り上げの2割だ。後、衛生用品等の消耗品費が3割引かれる。結局、娼婦の手元に残るのは、売り上げの2割に過ぎない。その中から、金利を支払い、残ったものから食事代や衣装代、それとお茶代やお菓子代、ランプ代に洗濯代と引かれ、娼婦の手元に残るのは、月3000ギル程度らしい。それも月の売り上げが少ないと無給どころか、借金が嵩むだけらしい。


  シルフは、彼女達の食事のメニューを見せて貰った。野菜中心の炒め物とスープと黒パン一切れで、2500ギルだそうだ。肉中心のソテーやステーキは万単位だ。衣装も、カタログから選ぶが、見た目は豪華だが、綿や麻の生地を使った廉価なものなのに、軒並み10万ギル以上だ。


  全ての書類に目を通したシルフが、オーナーに対して、娼婦達に支払わなければならない金額を命じた。その額は、何と2億8000万ギルだった。娼婦達の過払金及びそれに公定金利を福利で計算した額、それに彼女達が、不当に市中相場よりも高い料金を払い続けた部屋代や食事代、勿論、それらにも金利を掛けて算出している。


  彼女達の奴隷的扱いには目を瞑ることにして、次は、所有しているだろうイオーク達だ。


  「この店では。違法にイオークを使役させていますね。しかも無給で。」


  「いえ、そんなことはありません。この前、全て店を出て行ってしまいました。何の証拠でそんなことを。」


  店長は、しらばっくれようとしたが、シルフが3冊の帳簿を出してきた。店の売上台帳だ。


  「この帳簿によれば、まだ8名のイオークが娼婦として働いています。食料の注文書や、シーツの洗濯代、それに売り上げのうち、出所不明金が毎日あります。毎日の売り上げの差額から、イオークがかなり高額で性的サービスをしていることが判明しました。さあ、全員をここに連れてきてください。」


  店長は、顔が蒼白になった。このままでは、奴隷解放後もイオークを奴隷として使役し続けていた事がバレてしまう。店長は、何とか逃げようと考えていたが、完全に読みを誤ってしまった。


  「警部補さん、この二人を逮捕してください。」


  一緒にいた警察官4人は、吃驚していた。何の容疑で逮捕するのだろう。


  「罪名は、不法監禁及び幼児虐待、少年少女保護法違反です。証拠は、この帳簿の符号です。分析の結果、8歳以下の幼女は3万ギル、12歳以下は2万ギルで客を取らせ、しかも1ギルも少女達に渡していませんね。」


  逮捕後、店内を捜索したところ、地下の隠し部屋に8名のイオークの少女達が押し込まれていた。全て娼婦として働いていたもので、最年少者は6歳、媚薬と麻薬を与えられて客を取らされていたそうだ。もちろん、すぐにセント・ゴロタ市の孤児院に送られて、フランちゃんの手当てを受けることになった。


  逮捕されてオーナーと店長は、そのまま店の外に連れ出された。大きな手枷をされ、首には鋼鉄製の首輪が嵌められている。シルフが、口上を述べた。


  「皆さん、よく聞いてください。この二人は、先程、不法監禁及び幼児虐待、少年少女保護法違反で逮捕されました。余罪として奴隷解放命令違反と売春適正化法違反が付加されます。この者は、弁護人を付け正当な裁判を受ける権利がありますが、全て有罪となれば死罪は免れません。一番軽微な少年少女保護法違反でも犯罪奴隷落ちになるはずです。」


  一瞬の静寂の後、色街は大変な騒動になった。奴隷として使い続けたイオークの幼女達を自由の身にして、首の奴隷用首輪を外すのだが、鍵では開かず、魔法の『奴隷解放』の秘術が必要だったみたいで、店内から怒声が聞こえてきた。『奴隷解放』の秘術は、『奴隷拘束』と対をなす魔法で、上位闇魔法使いのみが使えるらしいが、今、この街にはいないそうだ。


  結局、営業を継続できた店舗は一つもなかった。シルフは、かなりの逮捕者が出たが、そんなことは些細な問題だった。保護した少女達34名の処遇をどうするかだ。当然、自活はできないので、全てゴロタ帝国本国の孤児院に保護する予定だ。この子達は、将来、新イオーク王国に帰ることが出来るのだろうか。この子達が人間の街で何をしていたかなど、狭いイオークの社会では、直ぐに知れ渡ってしまう。イオークの貞操観念というか。性に対する意識は、人間族とは違うとはいえ、やはり娼婦として働いていた事実は公にはしたくないだろう。


  そう考えていると、無性に腹が立ってきた。この街が、ゴロタ帝国南アメリア統治領バーミット州でなければ、娼館のオーナーやはり店長達を消滅させてやるのだが、法により捕縛された者は、法により処罰されなければならない。ここは我慢するしかない。それが皇帝としての責務なのだから。


  その日の夜、色街はお祭りだった。ありったけの酒と料理が出され、酔った娼婦達にアコギな女衒達が血祭りに挙げられていた。中には、自分の部屋に男を引き込み、ちゃっかり商売をしている者もいた。勿論、サービス料は公定価格だった。


  次の日、全ての娼館が差し押さえられた。差し押さえられた娼館と現金、宝飾品等は競売にかけられ娼婦達への過払金支払いに充てられた。娼館を買い取った者は、警察本部へ営業許可の申請をしなければならない。身元を調べ、過去に犯罪歴が無い事が、許可の条件だった。あの、一番最初に調査した娼館は、娼婦たちの任意団体『バーミット市婦人組合』が競り落とした。本来は、落札金8200万ギルは即時支払が原則だが、組合には特例で年2%の金利で、30年払いにしてあげた。営業許可は団体代表の32歳の人間族の元娼婦が申請していた。この娼館では、組合員の娼婦が通常の営業をする他に、自由恋愛の場を提供していた。まあ、フリーの街娼が客を引き込む場所だが、1時間で8000ギルだった。少し、高い気がするが、欲望に目がくらんでいる男性なら文句も言わずに支払うだろう。これで空き部屋が埋まるならメリットが多い。


  それと年配のイオークさん達が、終わった後の部屋の掃除等をしている。このイオークさん達は、娼婦として稼げなくなってから、娼館の掃除や食事の準備をしていたらしい。今度は、団体職員という立場になったのだ。


  バーミット市は、市の規模から比較すると娼館の数が多かった。特に目立つ産業もないし、大陸南部のため気候も寒く、長い冬季には農作物も交錯できない。主たる産業は、トウモロコシやジャガイモそれに大麦くらいで、米作はできない。


  昔は、奴隷のイオークが重要な収入源だったが、乱獲と最大消費地の王都までの搬送費が割高なことから、ジリ貧になっていたようだ。そのため、絶対に無くならない性風俗産業が発展したそうだ。また魅力的なイオークが廉価で入手できたことも、性風俗が発展した原因らしい。


  シルフが、『性風俗産業育成条例』を提案してきた。バーミット州で性風俗を生業にする女性は、全て登録制にし、フリーの街娼も娼館で働く娼婦も登録しないで客にサービスをしてはならないことにした。また、客も登録証を確認しないでサービスを受けてはならず、違反した場合は、娼婦は強制収容所で矯正教育を受けなければならないし、客は罰金100万ギルを徴収されることになる。この条例は、バーミット市のみならずギュート市やその周辺の市町村にも適用されることになる。


  さあ、あとはイオーク王国の街が出来上がるのを待つだけだ。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ