第2部第101話 イオーク王国建国その2
(11月25日です。)
今日は、インカン王国時代の領主持ち貴族に対する叙爵及び知事任命式だ。ドロイド公爵とヘンリー公爵は、それぞれ所領を州に格上げし、州知事に任命した。各侯爵の麾下の伯爵や子爵、男爵はそれぞれの県知事として任命することとなった。公爵二人は、とても満足そうだったが、その後、それぞれに与えられる領地、屋敷の一覧を見て目をひん剥いてしまった。領土の殆どが国有地となってしまったのだ。それは侯爵、伯爵、子爵そして男爵達も同様だった。
シルフが説明を始めた。
「今回、貴族が所領を納める統治方式は廃止します。すべて、国の法律や施政方針に従っていただきます。各知事に任じられた皆さまは、その卓越した能力により任地の平和と住民の安寧な生活の保持に勤めてください。しかし、皆さまには司法権及び行政許認可権及び徴税権はありません。いわゆる、州や県の象徴的存在と言う事になります。また、その任務は世襲制ではありません。勿論、人格・識見を総合的に判断して、能力に不足が無いと認められれば、ご子息等が後任になることはあっても、あくまでも皇帝陛下が裁可されることです。」
集まっていた貴族たちに動揺が走った。領地が無くなると言う事は、お家断絶に等しいのだ。インカン国王が崩御され、ゴロタ帝国の統治領になった時から、いつかこういうことが来るのではないかと思ったが、こんなに早いとは思わなかったようだ。ドロイド公爵が、シルフに食って掛かった。
「シルフ殿、この所業はあまりにも国なのでは。私の領地は300年間、前インカン国王から所領安堵のお墨付きを貰っておりますし、麾下の貴族たちも10人以上おります。その者達、いや家族や家令達の生活をどうやって面倒見るのでしょうか?」
言葉は丁寧だが、返答によっては許さないという気迫がこもっていた。
「現在、領地を持っていらっしゃる貴族様達には県知事として十分な俸給をお支払いします。また、領内の行政庁や司法庁の職員は、国家公務員としてゴロタ帝国から給料が支払われます。現在の俸給が下がると言う事は原則としてありません。また、貴族の皆さまは、爵位に応じてお屋敷の維持・管理及び家令等の従業員の雇用人数に応じた手当てが支払われます。」
「しかし、私のところなど、家令やメイドそれに警備の者も入れると100人以上の者が働いているのですが。」
他の貴族も、ウンウン頷いていた。
「皆様、お考え違いをされないでください。今回、皆さまを貴族として叙爵されたのは、ゴロタ皇帝陛下のご厚情によるものです。貴族制度をなくしてしまえという暴論まで出ているのを押さえたのも皇帝陛下です。家令等の人数につきましては、皆さまの体面を汚さない程度の人数を継続雇用していただく予定です。」
「それは、いつ頃教えていただけるのですか?」
「雇用実態を調査し、雇用することがやむなしという者、つまり必要最低限の人数が判明次第です。ところで、皆さまの所に奴隷などはいらっしゃらないですよね。既に、奴隷廃止の勅令が出ており、禁止する法律も施行されております。今でも、奴隷を使役している方には、本日の叙爵を取り消し、財産を没収させていただきますので、ご了承ください。」
全員が黙ってしまった。イリス警察本部長の内偵によると、ドロイド公爵やロンキー山脈を領地に持つ貴族は、私的な鉱山を保有し、採掘の重労働を奴隷にさせていると言う情報が入っている。そのことは、今は未だ秘密にしておくことにしている。鉱山は、自由に掘ってよいわけではなく、採掘権は国が保有しており、採掘したい者は、正当な対価を払って採掘するのであるが、この国にはそのような慣習はなく、掘った者勝ちである。まして、そこでの奴隷に対する過酷な労働を強いると言う事はあってはならない。
全ての鉱山は、一旦、国庫に納め、採掘したい者は入札により採掘権を取得して貰う。そこで働く者は、犯罪奴隷として鉱山労働をする者をのぞき、通常の労働者よりは高額な報酬を支払うものとしている。鉱物は、貴重な資源であり、それでも十分に利益が出るはずである。
ある伯爵から質問が出た。
「今まで、かなりの資本を投入して産業育成をしてきたのですが、それについてはどうなのでしょうか。」
この伯爵は、製糸工場を作り、広大な綿花畑から得られ綿実から綿糸を作っているらしいのだ。綿糸は、この国の重要な産業であり、決してないがしろには出来ない。
「インカン国王から下賜された綿花畑は、国庫に返還願います。勿論、綿花畑にするための御苦労や投入された資金につきましては正統な評価のもと、補償させていただきます。工場につきましては、所有権は、勿論、伯爵にあります。ただし、今後は資産としての工場については固定資産税がかかりますし、工場からの収益に対しては、25%の法人税がかかりますので、ご承知おきください。それから、工場及び綿花畑で働く人たちが、極端に安い賃金で働かせていた場合には、労働基準法違反として、処罰されますし、場合によっては国が没収することもあります。」
これには、本人はもとより、他の貴族も驚いた。奴隷や少年少女を使って、法外な利益を上げ続けていると資産を没収されてしまうのだ。それに『固定資産税』などとは聞いたことが無い。そんな税金、どうやって払ったらいいのだ。しかし、今までの騎士団は全て国防軍に接収されてしまったし、反抗する手立てもないことから、ここは黙って従うしかないようだった。シルフの説明が続いた。
「皆様にお伝えすることがあります。現在のバーミット男爵領、今後はバーミット県ですが、その南側の森は、イオーク王に割譲することにしました。現在、その森からはなんら収益が上がらず、イオーク狩りと言う野蛮な行為で奴隷を補充しておりましたが、今後、そのようなことになればイオーク王国との戦争になります。勿論、我が国はそのような事はしませんが、皆さまの中で、そのような行為に出られた場合には、ゴロタ皇帝陛下が全力で殲滅いたしますので、ご承知おきください。」
ほとんどの貴族は、自分には関係ない者と思っていたが、ミリアさんが手を挙げた。ミリアさんは、ビンセント君と婚約してバーミット男爵領を継承することになったのだ。
「あのう、シルフ様、イオーク王国の事は分かりましたが、イオーク王国との交易はよろしいのでしょうか。」
「はい、勿論です。イオーク王国は、森林資源が豊富ですし、西側地域には有力な鉱山の存在も確認されております。また、現在、森の北側にイオーク王国の王都を建設中ですので、交易もやりやすくなるものと思われます。」
これには、他の貴族たちも色めき立った。イオークの森の針葉樹林は、良質な建材の産出地として有名だった。ただ、あまりにも遠いので、王都まで搬送するだけで、非常に高価なものになってしまい、流通量は控えめだったのだ。ちゃんと交易ルートが出来れば、その収益は計り知れないものになるだろう。
「皆様は、ご存じないでしょうが、ゴロタ帝国本国には鉄道が施設されており、1日に2000キロ以上移動することが出来ます。この国にも、イオーク王国から帝都までと、西の鉱山、東の港湾部まで鉄道を施設する予定です。この鉄道会社については、皆さまの出資をお願いするつもりです。出資額に応じて配当がありますが、運用開始となれば3割配当も夢ではありません。」
これは、確実にシルフの嘘だ。鉄道は、次々と資本を投下して拡張していかなければならないので、利益配当が3割に達するのは何十年もあとになるだろう。それでも、確実に収益が上がるし、その債権は、将来的には何倍、何十倍もの価額で取り引きされる可能性もあるのだ。
「帝都の北西側には、空港を作る予定です。現在、ゴロタ帝国では、120人乗りのジェット旅客機が就航していますが、セント・ゴロタ市のヒースロー空港との間に1日2往復を計画しています。」
皆、ポカンとしている。ジェット旅客機とは、何だろう。あの、空飛ぶ機械の事だろうか。あの機械により、叛乱軍は一瞬で殲滅されてしまった。あんな恐ろしい武器に乗るなんて、正気の沙汰ではない。しかし、セント・ゴロタ市とはどこにあるのだろうか。聞いたこともないが、一度、行って見たいものだ。誰しもがそう思っていたようだ。
会議は終わった。新しい体制は、来年4月1日から本格稼働するが、1月1日から一部施行されることになるのだ。特に、奴隷に関することは一刻の猶予もないようだ。この会議のために、東西両端の領地から来た貴族は、1か月以上も掛けてやってきたのだ。これから帰ったのでは、確実に年を越してしまう。今日の会議結果を、早く行政官や司法官それに徴税官達に知らせなければならない。そう思っていたのだが、ゴロタ皇帝陛下の専用機で各領地へ送ってくれると言う事になった。国内は、32県と4州にわかれることになった。各州には8県ずつ含まれる。州知事は公爵が2人と侯爵が2人、就任する。残りの貴族は、それぞれ、自己の領地だった県の知事となるのだ。州知事となる公爵直轄領や侯爵直轄領は、いくつかの県に分散され、新たに帝都の行政官のうち、定年間近の伯爵や子爵が知事に就任することになった。そのためには、来年早々には、知事公舎を建設しなければならない。それまでの間は、ホテルに泊まるか、市長公舎を借り上げる必要がある。知事希望者を募ったところ、15倍以上の狭き門になってしまった。これから、一人ひとり面接して適任者を選任しなければならない。
今日、集まった知事達を旧領地の屋敷に送り届けるのに3日程かかってしまった。何故、そんなに時間がかかったかと言うと、知事さん達を送るのに、僕も同行したからだ。知事公舎、まあ、貴族さん達の屋敷なのだが、その近くや前庭に着陸して、降りて貰うと、皆が、是非、我が屋敷に立ち寄ってくださいと懇願されてしまうのだ。これから色々お願いすることもあるだろうからと、少しの時間だけ立ち寄るのだが、必ずお茶会や昼食会になり、何故か貴族さん達の娘さん達が勢ぞろいして紹介されるのだ。狙いは分かるのだが、40過ぎらしいで戻りとか、4~5歳位の娘さん、勘弁してください。
あと、全ての貴族の御令嬢達が、南アメリア市に開設する学院に留学するそうだ。ああ、またシェルさんに怒られてしまう。




