第2部第100話 イオーク王国建国その1
(11月15日です。)
今日は、南アメリア統治領の最高行政会議の日だ。行政機構もようやく落ち着いて来ていた。宰相代理は、そのまま宰相に任じて、行政の最高責任者をして貰っている。名前はブランクさんといい、子爵で、一般事務員として採用されてから、現在の地位まで上り詰めた人で、宰相府の中で、彼を宰相とするのに異論を唱える者はいなかった。50年配の長身の方で、若い頃はイケメンだったと思われる人だ。外観だけではなく、彼の持っている知識、それに曲がったことが大嫌いと言う人間性に好感が持たれた。
会議では、多くの議題があったが、シルフが今日の会議で決めたいことが二つあると言っていた。
一つは、イオークをはじめ、現在、奴隷として働かされている者達を完全に開放するための行政的な措置を構築することだった。イオークや亜人の奴隷たちは、文字も掛けず、技術もないことから、今の雇用主から離れて自活することは極めて困難だ。それで今までの雇用主にお願いして、継続して働かせて貰っているのだが、雇用主の中には給料も払わず、粗末な食事を与えるだけで酷使している者もいるそうだ。厳密に言えば、本人の自由意思で働いているということになるが、それでは折角の奴隷解放令が意味を持たなくなる。
元奴隷達には、雇用主から離れ、自由に働いて貰いたいのだが、現実には問題が山積していた。シルフから提案がいくつかあった。
1.帝都内に、『自由労働者住宅』を建設し、元奴隷たちの家族構成に応じて、無償又は低家賃で居住して貰う。
2.元奴隷達有線の職業紹介所を設置する。帝都内で求人する場合には、必ず、職業紹介所を通じなければいけないようにする。
3.元奴隷と自由人との間に給料の差を設けてはならない。『同一労働、同一賃金』の原則を厳守しなければならない。
4.特定の職種以外は、15歳以下の雇用を禁止する。15歳以下の少年少女を雇用する場合には、新設の青少年福祉保護局の許可を得なければならない。また、12歳以下の少年少女を雇用してはならない。雇用した場合には、雇用主は犯罪奴隷落ち、商店等の財産は没収とする。
15歳以下の子供達は、例え、本人の意思によるものとしても、劣悪な環境で低賃金で働かせられることが多い。最近、奴隷の取引が禁止されたことにより、低賃金の未成年を雇用する者が多くなったと聞いている。それでは、何のための奴隷制度廃止なのか分からない。
国土交通省の事務次官から質問が来た。
「あのう、シルフ殿。『自由労働者住宅』を立てると言いますが、その予算はどこから捻出するのでしょうか?」
「心配する必要はありません。すべて皇帝陛下が負担します。この国の国民には負担はかけません。それどころか、建設関連業者達には、願ってもない仕事だと思います。」
「そのう、その建設に関しての行政所掌部局は?」
「勿論、国土交通省です。必要なら、内部組織も変更してください。」
「あ、あと帝都内に上水道を施設します。すべての家庭が、清潔で安全な水を飲めるようにしてください。それから、帝都内を2キロ四方で区分けをし、各ブロックには路面電車を走らせます。」
「路面電車といいますと、あのセント・ゴロタ市で見た、馬がいなくても走れる乗り物ですか?」
今日、ここに集まっている人たちは、全てセント・ゴロタ市に研修旅行に行っている。勿論、大型ジェット旅客機をチャーターしたのだ。ここには空港が無いので、垂直離着陸をしたが、とんでもなく魔力を消費するので、早急に空港を開港する必要があった。その研修旅行で、ゴロタ帝国の行政機構、立法、司法の分立、あと教育、医療、福祉、交通あらゆる行政的な実態を把握して貰ったのだ。その際、路面電車による市内移動に関して、皆、大きくため息をついていたのだ。
「はい、建設主体は、国土交通省が行いますが、富裕商人、貴族から建設国債を買って貰います。償還はありませんが、路面電車の運行に関しての利益から毎年、配当が支払われます。この国債の発行については、財務事務次官が担当します。レールや電線、車両本体についてはゴロタ帝国本国の企業に発注してください。」
「そんな建設国債を買ってくれる人がいるでしょうか?」
「国内にいなければ、グレーテル大陸で売り出します。グレーテル大陸は未曽有の大豊作と好景気により、有力な投資先を探している人たちが多いので、売り先に困ることはありません。」
「しかし、それは外国からお金を借りると言う事になるのでは。」
「だから、どうしたと言うのです。今、この星でゴロタ様に逆らってまで、自国の利益を上げようとする者は皆無です。しかし、一応義理もありますから国内で売り出すのです。」
「はい、分かりました。それで、いつ、募集しますか?」
「年末までには募集してください。そのためには、債券証書を作成して、宣伝しなければなりませんから、よろしくお願いします。」
「あと、文部科学事務次官様、」
「はい、何でしょうか?」
「すべての子供達が無償で勉強できるように、小学校を建設してください。小学校の規模は、1クラス35人で、学年4クラス、6年生で、6歳から入学できるようにしてください。」
「すべての子供達ですか?あのう、奴隷の子もですか?」
「次官様、今、この国には奴隷はいません。間違わないでください。勿論です。自分の子供又は自分が保護者となっている子供を学校に通わせなかった場合、罰金を取ってください。罰金額は、1人あたり100万ギルです。」
この国にも、ゴロタ帝国本国と同様の貨幣制度を導入していたが、直ぐに紙幣を発行とはいかなかった。それで、金貨1枚を100万ギル、鉄貨1枚を1ギルとしていた。金貨の場合、金の含有量がゴロタ帝国本国と異なるが、そのことは無視することにした。まだ、ゴロタ帝国本国と自由な旅行や交易が出来ないので、支障はないはずだった。
次に、シルフは、現貴族の処遇について、新たな方針を打ち出した。現在、貴族が保有しているすべての領地を、一旦、国が召し上げることにした。これからは、公爵領とか男爵領などとは言わない。そして、地方行政の単位を市町村と県、それと州にわけることにした。今までは、男爵領が最小だったことから、この規模の統治範囲を県と定め、3県以上をまとめて州とした。県知事は、旧男爵、子爵、伯爵が横滑り的に任官し、州知事は侯爵、公爵を任官することにした。各貴族の屋敷、別荘はそのまま各貴族の所有とするが、領内の直轄農地等は国有財産として、農林水産庁が管理することとした。
県知事及び州知事は年俸制とし、貴族としての体面を保つのに十分な額を国庫から支給する。また、県及び州の標準税収額を定め、税収がそれ以上になった場合には、増益分に応じて特別手当を支給することとした。貴族は、屋敷の警備のための人員以外を雇ってはならず、旧騎士団は、全て国防軍に編入する。ただし、品行が悪く、国防軍人にふさわしくないと認められる者は、当然に職を失うものとする。この体制の施行は、来年1月1日とする。
さらに大規模地主が、小作を使役して貴族以上の収益を上げている現状を是正することにした。まず、地主が小作に金銭を貸してはならず、今まで貸していた金銭は、無償で償却することとした。これで、小作が借金で縛られて過酷な作業及び飢餓から解放されるだろう。地主は、自分一人では耕作できないのだから、正当な報酬を支払って、耕作をして貰う立場になる。農地を貸して、その地代として作物を徴収してはならないことした。耕作地からの作物は全て地主の物であり、その作物を売却するのも地主の責任において行われる。
これで、働いても働いても、満足に自分が育てた麦や米を食べられないなどと言う事はあり得ない。小作料は、地主に払うのではなく、地主が小作人に支払うのだ。この制度は、地主は小作人に働いて貰うという意識を植え付けることも目的としている。この制度を監視するため、各県には、農業監視委員会を置き、地主及びその関係者以外が委員に就任することとした。
市町村長は、国から行政官を派遣するが、現在の市町村長は、支障が無ければそのまま、国家公務員として採用して、現任務を続行して貰う予定だ。これで世襲の市町村長も淘汰されていくだろう。各市町村には、必要な行政官と治安維持のための警察官を置くが、その基準は、国が定めることとした。人口の0.2%つまり、500人の人口に対し1人の警察官を置くことにしたのだ。しかも、最低配置基準を4人としたので、旧ハッシュ村のように人口が1500人に満たないような小さな村でも、4人の警察官が配置となる訳だ。僕が、ハッシュ村で暮らしていた頃は、たった1人の衛士さん、それも村で雇った衛士さんがいるだけだったから、治安維持という面では、各段に良くなるはずだ。
この南アメリア市は、15万人位の人口なので、300人の警察官を置くことができる。そのほかに、離宮警備のために50人位の警察官が必要となるので、総勢350人の警察官が、日夜、この南アメリア市を警備することになっている。
あと、市民生活に直結しているのが、働く環境だ。まず、基本的には1日8時間以上働いてはならない。もし、働く場合には、正規給料の他に、2割増しの残業代を支払わなければならない。また、週に1回以上の休業を与えなければならず、この休業を分けて与えてはならないこととした。
それと、雇用主は労働者に借金の対価として労働させてはならず、また、借金のカタとして働こうとするものを雇用してはならない。労働の対価は、現金で支払わなければならず、部屋代、食事代名目の給料天引きをしてはならない。
あと、理由なく労働者を解雇してはならず、特定の業種以外では、60歳未満の定年を定めてはならないことにした。特定の業種とは、いわゆる男性の下半身を相手にする業種で、この業種だけは30歳以上での定年を認めることとした。全ては、県に設置する労働監督所で監視されるし、労働監視所は、違反した雇用主を逮捕、起訴することができることとした。
新制度は、この南アメリア市で、来年1月1日に施行されることとなる。各行政事務次官さん達は、顔が引きつっていた。これからやることが多すぎるのだ。しかし、ブランク宰相は、笑いながら『皆さん、僕達は優秀なのですから、きっとできますよ。』と言っていた。そう、ここにいる事務次官さん達は、資格認定試験でも高得点を出した方ばかりだ。きっとやれるだろう。
今度は、貴族さん達に、今の趣旨を命じなければならない。ああ、面倒くさい。




