第2部第97話 可哀そうな妹 その1
(10月22日です。)
闇奴隷商の男は、スレイブという名前だった。目付きに品が無い男で、今は恐怖で引きつった顔をしているが、自分より弱い者には徹底して容赦のなさそうな顔つきだった。まあ、この男はこれから衛士隊に引き渡し、バーミット行政庁前の広場で公開処刑をするつもりだが、それは今は黙っている。
「スレイブさん、あなた、1か月位前に、イオークの森の東側で奴隷狩りをしていましたね。」
「いえ、決して。ひっ!は、は、はい、していました。」
嘘は言えない。僕の『威嚇』スキルが、心の奥に働きかけて、僕に対する恐怖により全てを正直に話さざるを得ないのだ。嘘を言うと言う事は、僕に対する反抗は命の対価を支払うこと。それを感じている限り、絶対に嘘は言えない。
「それでは、売買契約書を見せてください。」
闇の奴隷売買でも、必ず売買契約書は取り交わす。それは、売買の証拠になってしまうが、取引相手とのトラブルの際の武器になるからだ。スレイブは、ノロノロと、広間の一角に置いてある豪華なデスクの後ろの金庫から、分厚い契約書の束を出してきた。セカンド君は、その契約書を奪うようにして受け取ると、目を皿にして自分の妹の取引きに関する書類を探した。暫くして、1枚の書類を抜き出した。
書類の内容は、今から3週間ほど前に、15歳以下と思われるイオークの女の子を1人売り飛ばしたという内容だった。15歳以下のイオークは、それ以前では3か月前に売買しただけで、後は成人と思われる女性イオークの売買ばかりだった。イオークには名前がないので、身体的特徴が書かれていたが、年齢は12歳位、身長は100センチ位、左目の下にほくろがあると記載されている。セカンド君の妹に間違いないようだ。取引相手は、バーミット男爵領の北、旧ギュート子爵領の両替商となっていた。売買価格は、金貨2枚となっていた。以前の相場よりもかなり高くなっているが、闇の取引だし、男を知らない少女と言う事で、高く取引きされていたのだろう。
僕は、スレイブ達を眠らせてから、外で待機している衛士隊を呼び入れた。スレイブ以下5人を逮捕して、バーミット市衛士隊本部へ連行する予定だ。衛士隊長にスレイブ達を預ける際、この者達は、行政庁前の広場で公開処刑をする予定だと小声でデボラさんに伝えておいた。奴隷売買は、国法で禁止されており、違反した場合には、死罪もしくは犯罪奴隷として鉱山労働となっている。これは売った方も買った方も同罪だ。スレイブ達は、その他に、営利目的略取誘拐、監禁及び未成年者に対する強姦罪が追加されている。絶対に死罪になるはずだ。一応、司法庁による裁判を受けさせるが、死罪を逃れることは出来ないだろう。
--------------------------------------------------------------------
ギュート市の旧ギュート子爵邸は、現在、接収されて皇室所有財産になっている。その客間に『空間転移』した。客間から出ていくと、執事さんとメイド長さんが、リビングでお茶を飲んでいた。僕達が、だれも居ない筈の部屋から出てきたので、吃驚していたようだが、直ぐに立ち上がって、深々と頭を下げた。
「これは、皇帝陛下、皇后陛下、急な行幸啓でおもてなしの準備もできておりませんが。」
恐縮する執事さんに、今日は、ここに泊まるので準備をするようにお願いした。細かな手配は、シェルに任せて、直ぐに衛士隊本部に向かった。衛士隊の隊長はデボラさんと言って、ミリアさんの父君、バーミット男爵が王都で近衛騎士団の中隊長をしていた時の部下だった人だ。現在は、衛士隊長の他に、司法庁の長官も兼務している。また、行政関連事務も、デボラさんと相談して貰っている。将来的にミリアさんがバーミット男爵家を継いだ場合、この旧ギュート子爵領も併合して貰い、デボラさんには行政庁長官をお願いしようと思っている。
久しぶりに会うデボラさんは、かなり疲れ切った顔をしていた。司法と行政と治安維持の全ての責任者を兼ねているのだ。かなりの重労働であることは想像に難くない。しかし、デボラさん、僕と会って話をしても決して弱音を吐いたりしなかった。僕は、セカンド君を紹介して事情を話した。契約書に記載されていた両替商の事を聞いた。デボラさん、その両替商の事は良く知っていた。名前はラミアといい、市の南側に大きな商店を構えているそうだ。以前、壊滅させた奴隷市場のあったところのすぐ傍だそうだ。ラミアが行っている商売は、両替商とは名ばかりで、実態は高利貸だ。最初は、親切そうに少額のお金を金利なしで貸して置き、その後、暫くして、返済を迫るのだが、返せないとなると高利の借金に借り換えさせているそうだ。それで返せないとなると、家、屋敷や田畑は勿論のこと、女房や娘を年季奉公に出させるのだ。勿論、まともな年季奉公ではなく、娼館で春をひさがさるのだ。年季奉公といっても、やれ衣装代や食費、果ては布団代まで徴収するので、借金の元本が減る訳がなく、年老いて客が取れなくなるまで働かせ続けさせるのだ。
しかし、きちんとして賃貸借契約と雇用契約書があるので、司法庁や衛士隊も手出しができないそうだ。ゴロタ帝国の法律では、借金を返済するための労働は禁止されており、特に娼館で働く女は、借金があっては働けないような仕組みにしている。また、雇用条件として年季を定めての奉公も禁止しているのだが、南アメリア統治領では、まだ法の趣旨が浸透していないようだった。
デボラさん、奴隷売買契約書を見て、直ぐに捜索及び逮捕令状を準備してくれた。両替店のみならずラミアの自宅や関連する事務所、倉庫全てを捜索することになった。決行は明日9時からとなったので、今日は一旦解散することになった。僕は、ギュート子爵邸に戻ると、執事さんに邸内を案内して貰った。以前、ギュート子爵が住んでいた時には小さな女の子に酷い事をしていたことから、家の中の内装を全て変えて貰ったが、その工事も終わり、屋敷内はまるで新築のようだった。執事さんが3名とメイドさんが6名、あと庭師や料理人など家令は結構多いが、これだけの屋敷を維持管理するには少ない位だろう。『白龍城』では、広い城内の清掃はアンドロイド掃除夫がしてくれるのだが、この屋敷もそのうち、そうすることにしようと思っている。しかし、執事さん達を決して解雇することはせず、少しでも楽をして貰おうと考えているのだ。
筆頭の執事さんは、セデスさんと言う名前で、この屋敷で執事長代理をしていたのだが、ギュート子爵や執事長を拘束したあとで、この屋敷に残って貰ったのだ。セデスさんがギュート子爵や執事長がどうなったか聞いてきたので、本当は、インカン国王の裁可を得て処分が決める予定だったが、インカン国王が崩御したことから、僕が二人とも犯罪奴隷として鉱山送りにしたことを教えてあげた。この国の鉱山は、大陸の西側にそびえたつ山脈の麓にあり、銀やスズ、それに僅かだがミスリルも産出されるらしいのだが、かなり地下深くまで入り込んでおり、若くないギュート子爵や執事長は、長くはもたないだろう。まあ、自業自得だから。
その日の夕食は、セデスさんの計らいで、かなり豪華なものだった。また、出されたワインも、ゴロタ帝国南部で作られているガーリック産ワインとよく似た風味の高級なものだった。この屋敷の運営には、十分な手当てを渡していたが、このような日のために、全てを使い切らずに蓄えていたらしいのだ。この屋敷は、最終的にはバーミット男爵つまりミリアさんのものにするつもりだが、それはもう少し先になるかもしれない。南アメリア統治領の領内を幾つかに分け、それぞれに領主を決めなければならない。そのためには、各地の産業や経済状況を良く調べておく必要がある。ああ、これではせっかくゴロタ帝国の煩雑な事務を逃れて、この大陸まで来た意味がわからなくなってしまうが、まあ、しょうがないかな。
セカンド君、奴隷時代にテーブルマナーを勉強したらしく、きちんとナイフとフォークを使って食事をしていたが、ワインは初めて飲んだらしく、途中で眠り始めてしまった。若い執事に部屋まで運ばせたが、成人男子といっても身長が150センチ位しかないイオークなので、軽々と運ばれていった。あ、隣のシェルさん、いつの間にそんなに飲んだのですか。いつもの、トロンと色っぽい目で僕を見るのはやめてください。
---------------------------------------------------------------------
次の日、衛士隊本部に行くと、本日のラミア両替商急襲部隊の編成は終わっていた。商店へは20名、自宅の屋敷にも20名、あとラミアが経営しているレストランには30名が派遣される。レストランは、実態は裏で娼館をいとなんでおり、かなり質の悪い連中が詰めているようだが、今の時間では、大した人数はいないものと思われた。しかし、娼婦たちを保護しなければならないので、大人数と搬送用の馬車を用意していた。
それでは、出発だ。衛士隊本部から続々と出てくる衛士部隊を見て、市民の人達は何事かと思って興味深げに見ていた。ラミア両替店は、市の南側にあり、衛士隊本部から3キロ位の距離の所だった。部隊が到着したときには、既に営業を始めており、店舗内のカウンターには、両替をしようとするお客さんが何人かいたが、それほど混雑はしていなかった。
デボラさんが、受付の女の子に社長のラミアさんを呼んでくれるようにお願いしていた。店内のカウンターの奥に座っていた男が直ぐに出てきて、用件を聞いてきたが、店長に直接話すから、直ぐに読んでくるようにと命令していた。
暫くして、年配の男性が2階から降りてきて、『社長は今、留守なのでまた次回にしてください。』と言ってきた。僕は、デボラさんの後ろに立っていたが、ほんの少しだけ『威嚇』を使ってあげた。吃驚したような男は、目を見開いたまま『社長は、2階の社長室の隣の倉庫に隠れています。』と正直に答えてくれた。うん、正直と言う事はいい事です。




