第2部第96話 久しぶりの白龍城です。
(10月20日です。)
結局、『白龍城』には1週間以上滞在してしまった。毎晩、ニースタウンの別荘に泊まりに行っていたので、疲れ切ってしまったが、エーデル達は明らかに血色がよくなっていた。やはり、定期的な夫婦の会話って必要なんですね。
クリシアさんとクララちゃんのことは、フミさんに頼むことにしたんだけど、驚いたことにクリシアさん、未だ23歳だそうだ。16歳でクララちゃんを産んでいたんだけど、イオーク族は、早い子は13歳位から子供を産むらしいのだ。いわゆる女性として成熟したらすぐに子供を作り始めるらしいのだ。森の中の生活は、決して安全ではないので、子供が作れるようになったら急いで作って、種の保存を図るらしいのだ。その辺のところは、野生の動物と一緒のようだ。
イオーク王国に帰ってからは、セカンド君を連れて北に向かう事にした。その前に、今のイオーク王国の行政機構について尋ねたところ、きちんとした行政機構は無く、以前、国王がいた時は、国王の命令で行動をしていたが、いまは族長達の話し合いで全てを決めるらしいのだ。セカンド君は、その決まったことを書きとめるとともに、伝令を派遣して、隣接の集落にも伝えているそうだ。文字が書けるイオークって珍しいと思ったが、7歳のときに奴隷として捕まってしまい、ある貴族の家の下働きとして買われたそうだ。そこでアメリア語と文字を習ったらしいのだ。18歳の時、その貴族がセカンド君を自由イオークにしてくれたので、4年前、故郷に帰ってきたらしいのだ。あ、と言う事は、セカンド君、今、幾つなのかな。聞いたら、今23歳だそうだ。あれ、クリシアさんと同い年ではないですか。もっと驚いたことに、クリシアさんとは小さな頃、一緒に遊んだことがあるそうだ。いわゆる幼馴染ではないですか。でも、奴隷狩りにつかまってしまい、それから10年たって、故郷に帰ってみたら、クリシアさんは、既に結婚していたそうだ。
聞いていて、さすがの僕もピンときた。というか、シェルがニヤニヤ笑っている。あのう、シェルさん、その笑い方、やめましょうね。
とりあえず、バーミット市の冒険者ギルドに空間転移をする。今は、僅かなギルドマスターのブリンカさんに面会を求めたところ、ゴロタの事を覚えていてくれた受け付けの女の人は、直ぐに奥に案内してくれた。ブリンカさんは、いつものモノクルを掛けたままで書類仕事をしていたが、僕達の姿を見ると、直ぐに立ち上がって、臣下の礼を取った。以前は、上下関係は無かったんだが、今はこの国の皇帝なので、まあ、自然に受けるだけだった。
それから、セカンド君の妹さんの事を聞いた。というか、そもそも、この街には、まだ奴隷商がいるのだろうか。アッシュがいなくなり、奴隷商ギルドも壊滅させたのに、一体どうしたことなのだろうか。ブリンカさんに聞くと、おおよその事情が分かってきた。
アッシュが廃人となり、奴隷制度が禁止になったが、それは合法的な奴隷取引が出来なくなったと言う事に過ぎない。以前の法律でも、奴隷制度は合法だが、イオークと言えども奴隷として暴力で拉致してくることは禁止されていたし、12歳以下の子供を奴隷として取引するためには、特別の許可証が必要だったらしいのだ。今は、法律が施行されて全ての奴隷取引が禁止されているが、それは合法的な奴隷取引が禁止されたにすぎなく、もともと非合法の連中は、法律など守る気もない。特に、奴隷商ギルドが廃止されてしまったことから、闇の奴隷市場による取引が常態化してしまったらしいのだ。
ブリンカさんも、その実態は良く分からないが、どうやら郊外の大きな農家などで競り市が行われているのではないかということだった。衛士隊長のニコラスさんも内偵をしているのだが、市内の治安維持でいっぱいいっぱいで、校外で行われている奴隷市の手入れまで手が回らないのが実際のところらしいのだ。僕は、冒険者ギルドをでると、衛士隊駐屯所に行きニコラス隊長から事情を聞いたが、ブリンカさんと同レベルの情報しか持っていなかった。
これは、ちょっと困ってしまった。僕達はとりあえず、今日泊まる予定のバーミット男爵別邸に向かった。男爵邸の本館は、市の郊外にあるのだが、男爵が執務を取るのには不便なので、市内に別邸を設けるのが普通らしい。別邸には、以前、本館で執事長をしていた人がいた。ミリアさんが帰ってくるまでは、この屋敷を維持管理の責任者をしているそうだ。また、市の税収から、本館の維持管理費が支払われているので、手入れがきちんと行き届いていた。
執事さんは、僕の事を覚えていて、この国の皇帝になったと言う事も聞いていたらしく、床に這いつくばるようにして臣下の礼を取った。あのう、あまりそうしていると、セカンド君が吃驚してしまいますが。
執事さんが、今日の宿泊先を聞いてきたので、シェルが、『未だ決まっていない。』と答えたら、『少し、お待ちください。』と言って、応接室に案内された。セカンド君と3人でソファに座っていると、若いメイドさんが紅茶を持って来てくれたが、緊張のあまり手が震えて、紅茶をこぼしてしまった。大したことは無かったが、そのメイドさん、床に土下座をして謝ってきた。部屋の外では、執事さんが、大きな声でメイドや他の執事さんに部屋の準備や食堂の掃除などを指示していた。
ああ、これではなあ。僕は、立ち上がると、土下座したままのメイドさんを優しく抱き起こし、思いっきりの笑顔で、『なにも謝ることはありませんよ。』と言ってあげた。みるみる、メイドさんの顔が真っ赤になってしまった。そのあと、シェルに脇腹を思いっきりつねられてしまった。そういう時は、あの蒼き盾は発言しないんですね。涙目になりながら、僕は、執事さんに、屋敷の皆を集めて貰った。
執事さんは、セバスさんと言い、他に執事さんが4人、メイドさんが9人、料理人が3人と庭師が2人いた。皆、床に膝をついているので、立って貰うようにお願いした。
セバスさんが、僕に向かって、『これで全員揃いました。』と言ってくれたので、僕は、皆に向かって話し始めた。
「僕は、ゴロタ。この国の皇帝になりましたが、ここでは一人の冒険者としてきました。今日、突然にお邪魔して迷惑だったでしょうが、いつも通りの仕事をしてください。僕は、もともとが冒険者なので、床で寝るのも平気です。」
「それよりも、僕は、ある情報を求めているのです。この街には、まだ奴隷商人がいるようなのです。どなたか、そのことを知っている方はいませんか?」
暫くして、一人の男が前に出て来た。
「あのう、おら、庭師のダンと言いますだ。おらの家は、街の西はずれにあるんだけんど、西の森の中に、最近、変な奴らが出入りしているんだ。以前、奴隷商のアッシュと一緒に仕事をしていた奴もいたんで気になっていたんだ。」
それだ。アッシュの配下の残党がまだいたのか。セカンド君が直ぐに飛び出しそうになっていたので、衛士隊の応援を貰うまで待つようにと言っておいた。とりあえず、今日は、ここに泊まることにし、あす、衛士隊と一緒にそのアジトに向かうことにしよう。妹さんは、もう、そのアジトにはいないだろうと思ったが、黙っている事にした。
その日の夕食の食材は、僕がイフクロークから出してあげたが、この付近では流通しないような海産物を大量に出してあげた。勿論、残った食材は、セバスさん達で処理して貰うためだ。セカンド君、久しぶりのお湯の張ったお風呂に入っていたが、なかなか出て来ない。どうしたのか心配になったので、セバスさんに見に行って貰ったら、大量に抜けた体毛を一生懸命掃除していたそうだ。うん、一度、綺麗に抜けたら、もう抜けなくなるからね。
次の日、ニコラスさん以下、衛士隊員20名と共に西の森に向かった。既にアジトの位置はイフちゃんが突き止めていたので、空間転移でも行くことができたが、衛士隊の皆さんもいたので、歩いて向かうことにした。街を出てから1時間ほどで、そのアジトに到着した。森の木がカモフラージュになって、なかなか発見できないようになっていたが、僕にとっては全く効果は無かった。イフちゃんの話では、アジトにいる男達は11人、奴隷は見当たらなかったそうだ。
僕は、ニコラスさんに、ここで待機しているようにお願いして、一人でアジトに向かった。アジトの外には見張りが2人立っていたが、僕は『隠密』スキルを使っているので、目の前まで行っても、僕の存在には気が付かなかったようだ。
僕は、『隠密』スキルを解除した。男達にとっては、突然、目の前に僕が現れたように感じただろう。吃驚しながらも、腰に下げた剣を抜こうとしていた。僕は、左手の人差し指を伸ばして男の額に向けた。指先からエネルギーが固体化して飛んでいった。瞬間、
男達の眉間に直径1センチ位の穴が空いてしまった。エネルギー弾は、そのまま男達の後頭部から抜けて行って、遠くの地面に当たり、大音響を立てて爆発した。
アジトの中から、慌てた様子で、4人の男達が剣を抜身で持ちながら出てきた。この4人も同じ目に遭ってしまう。あっという間に6っつの骸が入り口付近に転がってしまった。これ以上やってしまうと、セカンド君の妹の行方がわからなくなってしまので、以降は『威嚇』スキルを使う事にしよう。
アジトに入ると、そこは大広間だった。大広間には、5人位の男達が、ナイフや剣を持って襲い掛かろうとしたが、真ん中のボスらしい男が、慌てて止めていた。
「ま、待て。こいつ、いやこの方は『ゴロタ』皇帝陛下だ。皆の者、頭が高い。控えろ。』
ボスは、その場で土下座をしてしまった。僕は、全く面識がなかったが、ボスは以前、アッシュの下で働いていて、僕の恐ろしさを十分に知っているようだった。他の手下どももボスの仕草を真似して土下座を始めた。




