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第2部第93話 『イオークの王』その4

(10月12日です。)

  女王陛下は、ベッドから起き上がった。薄い寝間着を着ていて、豊かな胸が丸見えだった。僕は、見て見ぬふりをしていたが、シェルが、僕の目線に気が付いたのか、思いっきり僕の脇腹をつねってきた。シェルさん、とても痛いんですけど。僕は、痛さのあまり、涙目になりながら、イフクロークから、女王陛下用のガウンを出してあげた。このガウンは、こんな時用に、色々なサイズのものを準備しておいたのだ。


  女王陛下は、自分のあられもない姿に気が付いたのか、顔を真っ赤にして僕を見ながらガウンの襟を合わせていた。それから、クララちゃんに気が付いたのか、クララちゃんの顔を両手で挟んで、ジッと見つめている。言葉は無いが、目からはボロボロと涙が零れて来ていた。クララちゃんも泣いている。3年ぶりの親子の対面だ。泣かない方がおかしいだろう。後は、今までどこにいたのかとか、何をしていたのかとか、今日は食事をしたのかとか、何を食べたのとか、最後にはトイレには行きたくないのと、母親として思いつく限りの言葉をクララちゃんにかけていた。クララちゃんは、泣きながらウンウン頷くだけだった。


  女王陛下のお腹が鳴るのが聞こえた。今まで、流動食さえ喉に入れていなかったのだ。お腹が減っているのは当たり前だ。しかし、直ぐに固形物を食べさせるのは危険だ。消化不良で戻してしまうからだ。僕は、次長さんからキッチンを借りて、女王陛下のための食事を作ることにした。


  食パンの耳を切り落とし、鍋に入れたミルクの中にちぎって入れて、蜂蜜をたっぷりと入れる。パンがドロドロに溶けたら、シナモンなどのスパイスを少しだけ入れて、お好みで岩塩を入れて貰う。飲み物は、滋養豊かな亀のスープだ。この亀は、南国の温かいビーチの砂浜に産み落とされた子亀だが、魔物の亀なので、大きさは50センチ以上あるものだ。全ての魔物亀が育ってしまったら、海が魔物の亀だらけになってしまうので、ある程度、間引きをしなければならない。ギルドでは、卵は5万ギル、子亀は20万ギルで買い取りをしているのだが、僕は、自分で採取して『異次元空間』に保存している。この亀の身は、滋養強壮もそうだが、役に立たなくなった男性自身を復活させる効能もあると言う事で、高値で取引きされているのだ。


  食事が終ってから、女王陛下は、普段着に着替えられた。普段着といっても、イオーク族にとってはかなり高級そうな服なのだが、かなり着古した感じがあった。まあ、ゴロタ帝国では、その辺のお姉さんが来ている感じの服だ。シェルの来ているのは、冒険者服風だが素材はシルクと麻の混紡にシルフが開発しているナイフも通さない繊維を織り込んでいるので、見た感じはかなり高級な感じがしている。それに何より、毎日着替えているので、常に新品のような感じになっている。まあ、洗濯した後、僕が『復元』で新品に戻しているのだけれど。


  女王陛下とは、今までの事、それからこれからの事を話し合った。イオーク王国は、もともと幾つかのイオークの集落が力を合わせて魔物と戦うために結成されたものであった。初代国王は、金色のたてがみを持った身長160センチ以上のイオークだったらしい。名前は『リ』と称していたらしい。しかし『リ王』とは名乗らず、単にイオーク王と名乗っていたらしいのだ。それが今から、300年以上前の事らしい。王都は、ここから西に行った所にあったのだが、50年ほど前の奴隷戦争の際、当時のイオーク王は、イオーク王室の廃止を宣言した。そのイオーク王は、宣言後、多くのイオーク達の前で首を撥ねられたが、王子とその妻は、王都の包囲網をかいくぐって逃げることが出来たそうだ。イオーク王が処刑されたことから、その王子が国王になるはずだったが、わずかの家臣だけで森の中をさまよい続け、ようやくこの東海岸の集落に落ち延びて来たらしい。イオーク王室の再興を願いながらも、圧倒的な戦力の人間族に対抗する力が得られぬまま、イオーク王は、この地でなくなってしまったらしい。そしてイオーク王は、たった一人の娘を残したそうだ。その娘さんが、ここにいる王妃様だ。王妃様は、10年ほど前、この集落の男性と恋に落ち結婚した。形なりの王室結婚式をあげたのだが、既に従う者もなく、男の近親者のみでの祝言だったらしい。そして7年前、娘が1人生まれたのだ。え、ちょっと待ってください。その娘って、クララちゃんですか?ということは、クララちゃん7歳ですか?どおりで、いやに幼いなと思ったけど、7歳とは。


  金色の毛を持つイオークは、歴代、『癒し』の力を持っていて、その力で傷ついた兵士を治癒していたのだが、魔法を使えないイオーク達にとっては、『治癒』の力を持つイオークは神にも近い存在だったろう。クララちゃんのパパは、結婚後、イオーク王に即位したものの、王室ゆかりの力を持っている筈もなく、クララちゃんが産まれた時、これで王室も絶えずに済んだと喜んでいたそうだ。しかし、3年前、珍しくこの地まで奴隷狩りがやってきて、女・子供を襲ってきた。男イオークは、大陸の南の森の中を探せば幾らでも見つかったが、商品になりそうな女イオークは限られているため、広範囲に探さねばならなかったそうだ。


  クララちゃん一家も、奴隷狩りに狙われ、女王陛下とクララちゃんが拉致されそうになった時、夫のイオーク王が果敢に抵抗をしている間に、何とか逃げることが出来たそうだ。しかし、途中、川があって向こう岸に渡ることが出来ず、後ろからは奴隷狩りの叩く太鼓の音が迫ってきていたので、女王陛下はクララちゃんをしっかりと抱いて川に飛び込んだそうだ。しかし、思いのほか川の流れは速く、クララちゃんと離れ離れになってしまったのだ。気が付いたときには、下流の川岸に一人で倒れていて、クララちゃんはどこにもいなかったそうだ。


  「夫は、もうダメかも知れません。でも、『ク』がいなくなってしまうと、もうイオーク王朝は完全に滅亡してしまうと思うと。それから、ずっと『ク』を探し続けたのです。でも、どんなに探しても森の中では見つからず、それなら、南の山岳地帯まで探してみようと思って向かている途中で魔物に襲われたのです。それからの事はよく覚えていません。」


  うん、良くここまで生き延びて来たものだと思う。魔物に喰われなかっただけでも運が良かったと言えるだろう。女王陛下が話している間中、クララちゃんはべったりとくっ付いている。まあ、しょうがないか。これからの事を聞いても、女王陛下は、何も言わないで下を向くばかりだった。肩が震えている。イオーク王室の継承という重責、その重責を果たせなくなる恐怖。これから、この国では、イオーク狩りなど存在しなくなるだろうが、女王陛下が女王陛下として生きていくのは、きっと難しいだろう。


  そんなことを考えていると、突然、けたたましい鐘の音が聞こえた。次長さんが、部屋の中に飛び込んで来た。


  「大変だ。奴隷狩りだ。人間ども、20人位でこちらに向かっているらしい。早く、逃げるんだ。」


  え、奴隷狩りだって。そんな馬鹿な。奴隷制度は、僕が廃止したはずなのに。そう言えば、僕の出した詔勅が、大陸の外れまで浸透するのにはどれくらいかかるか考えたこともなかった。いや、ミリアさんの領地であるバーミット男爵領までは確実に下知されているはずだ。ということは、今回の奴隷狩りの連中は、禁止されていることを知りながら、襲ってきているのだろうか。こんな東の果てのイオークの集落での奴隷狩りなどバレる訳ないだろうと思っているのかも知れない。


  僕は、クララちゃん達の事をシェルに頼んで、シルフを呼び出した。既にシルフは戦闘服にヘルメット姿で、『異次元空間』から現れた。奴隷狩り連中のボスは確保して貰いたいが、後の連中は好きに処分して良いと指示をすると、シルフは、嫌な顔でニヤリと笑っている。ときどき、シルフは本当にアンドロイドなのだろうかと疑う時がある。


  シルフが出て行ってから、暫くして、MP5の連続発射音が聞こえて来た。そればかりではない。M16の発射音も聞こえる。きっとアンドロイド兵も招集したのだろう。殺戮の現場を見たくはないが、きっと奴隷狩りの連中は何が何だか分からないうちに命を落としてしまっただろう。


  30分後、シフルから樹の下に降りて貰うように連絡が来た。僕とシェルが降りてみると、一人の男が後ろ手錠で転がされている。顔が物凄くボロボロになっているのは、シルフが制圧をする際に少しやり過ぎているのだろう。次長さんも降りてきて、男を見ていた。手をギュッと握り締めている。


  「おい、お前。僕の妹をどこへやった。」


  次長さん、10歳年下の妹を、この男に連れていかれたらしい。


  「へ、へい。旦那。許してください。あっしは何も知らねえんで。」


  「嘘を言え、お前の腕のイレズミ、僕ははっきりと覚えているぞ。3か月前に西の湖付近で奴隷狩りをしていたのはお前たちだろう。」


  「いえ、あっしは、そんなことは絶対にしていねえです。今日だって、誘われて仕方なく来たんですぜ。」


  証拠がないので、これ以上追及は出来ないようだった。僕は、そっと次長さんを脇にどかせて、男の前に立った。


  「僕は、ゴロタ。僕のことは知りませんか。」


  「へえ、ゴロタ様、あっしなんかの下っ端が知る訳が・・・・・。『ゴロタ』って、もしかして!?」


  「うん、この国の新皇帝のゴロタです。知ってますか。」


  「は、はい。何万もの軍隊をたった一人で殲滅したと言うお噂は。あなた様が、そのゴロタ皇帝様ですか?」


  「うん、知っているようだね。じゃあ、奴隷狩りが重罪だと言う事も知っているね。」


  「そ、それは。あっしみたいな下っ端は親分の言う事に逆らうなんてできる訳が無いのですだ。どうか、どうかお許しを、お慈悲をお願いしますだ。」


  この男、完全に『クロ』だ。それから僕は、『威嚇』スキルを使って、男から本当の事を包み隠さず聞くことにした。

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