第2部第91話 『イオークの王』その2
(10月11日です。)
イオークの長老『肉食い』さんは、イオーク王について、少しだけ知っていた。昔、まだ若かった時、人間族との奴隷戦争があった時、イオーク達を率いる金色の毛並みのイオークがいたそうだ。その頃『肉食い』さんは、王様というものを知らなかったが、偉そうな人達が、その金イオークを『陛下』と読んでいたので、特別のイオークなんだろうと思っていた。そのイオーク王は、魔法が使えたらしい。使える魔法は、怪我を治す程度のものだったらしいが、イオーク族にしては神の降臨に等しいものだったらしい。
イオーク族と人間族の戦争は戦いにならなかった。人間族は鉄の武器と攻撃魔法を駆使して来た。対するイオーク族は、石や骨の武器だ。弓矢も、木の枝を鋭く削ったもので、人間族の使っているボウガンとは飛距離も威力も比べ物にならなかった。
大勢のイオークが殺された。しかし、人間族はある程度まで攻めると、必ず引いていく。女・子供が退避している所までは責めて来ないのだ。戦争は、1か月も経たずに終結した。勿論、イオーク族の負けだ。イオーク族の負傷兵達は、皆、殺された。怪我をしなかった兵士達は、捕虜として北のインカン王国まで連れて行かれた。
講和条件は、イオーク王室の廃絶とインカン王の処刑だった。その交換条件として、ずっと南方に避難している非戦闘員達は、生命の保証をするとしていたが、結局、奴隷として接収されてしまったのだ。しかし、ある程度、つまり自己繁殖をして個体数を維持できる程度は、この森に残していたそうだ。そして、年に1度、イオーク狩りに奴隷商の傭兵達がやってくるようになったそうだ。
『肉食い』さんは、イオーク王のことは、あまり詳しくなかった。イオーク国の王都だった場所が、この森の東、海に近いところにあったそうだが、『肉食い』さんは言った事がないので、詳しい場所はよく分からないとのことだった。
その日、僕達は、『肉食い』さんの家がある樹の下でキャンプすることにした。テントを、イオフさん達用に一つ、僕達用に一つ出して設営は終わりだ。後は、お風呂とキッチンを作ってしまう。基本的に、イオーク族は風呂に入らないが、イオフさん達は、毎日、お風呂に入っていたので、お風呂に入らないと気持ちが悪いそうだ。
『肉食い』さんと、その家族も興味深げにお風呂を見ていた。この辺の水場は檻の中を2時間ほど歩いた所にあり、水浴びも年に数回、それも夏場に限って行うらしい。確かに、彼らの毛並みは、泥と訳の分からない物で毛玉だらけになっていた。それに、匂いが凄い。僕は、シールドを鼻の周りに貼って匂いを遮断しているので平気だが、シェルは、常に香水を染み込ませたハンカチを鼻に当てている。クララちゃんも、やはり匂いが気になるらしく、『肉食い』さん一家には近づこうとしなかった。
僕達が、お風呂に入った後、『肉食い』さん達もお風呂に入ることになった。しかし、その前に、彼らの汚れて固まった毛を刈ってやる事にした。これは、かなり大変な作業だが、 僕は『復元』スキルを使って、元々の綺麗な毛並みに戻していたので、みるみるきれいな栗色の毛並みが戻っていった。
若いイオークの女性も、恥じらいながら、身体に巻いている布を開いて、僕に全身を晒した。しょうがないので、『復元』スキルで光っている右手を毛に当てるのだが、あのう、胸や股間をグイグイ押してくるの、やめてもらえませんか。あ、僕の右手をどこに入れようとしているのですか?慌てて、手を引っ込めたが、恨めしそうな目で僕を見ないでください。
そういえば、ギュート市で見たイオークの娼婦達の艶かしい裸体が目に浮かんできてしまった。基本的に、イオークの女性は、身体が小さいせいもあって、生殖器も小さめのため、人間の男性陣達からは珍重されているらしい。反面、男性は人間族の女性からは相手にされないそうだ。うん、そうかも知れない。『肉食い』さんの息子さん達を見ていると、そう思ってしまう。
お風呂の後は、夕食だったが、大量のバーベキューを作る事にした。周辺のイオーク達にも声を掛けておいたのだ。結局、100人位のイオークが集まって来た。10基以上の竈門で牛肉や鹿肉、猪肉を焼いたが、そんなに小さな身体でどこに入るのだと思う位、よく食べた。次々と肉を焼いている僕のそばに、若そうな女性イオークが近寄って来た。僕の首に巻いた翻訳機が、彼女の言葉を僕の鼓膜に伝えてくれる。
「この肉、少し分けて。母さんにあげたい。」
「お母さんは、どうしたの。」
僕が、イオーク語で話しかけると吃驚した顔をしたが、直ぐに事情を話してくれた。
「母さん、樹から落ちて歩けない。父さん、新しい女の人連れてきた。母さんに肉あげない。私の分、あげてるが足りない。」
イオーク族は、森の僅かな恵みだけで生きていかなければならない。夏の間に狩った獣や、集めた木の実で冬を過ごすのだ。労働が出来なくなった女性の末路は悲惨だ。高齢になっても、毎日、森の中でさべものを探し続けなければならないのだ。ここのイオーク部落では、動けなくなったお年寄りは、一人もいない。自分の親でも、動けなくなったら、森の奥の方で、一人で暮らしてもらうそうだ。それって、絶対『保護者遺棄罪』だから。
勿論、その女の子には、持ちきれないほどの食料を渡してあげると共に、怪我をしたお母さんの具合を見てあげた。右足の骨折らしいが、きちんと治療しなかったせいか、膝から先が変な風に曲がっている。僕は、お母さんの膝に手を当てて、『復元』の力を流し込んだ。膝が白く光り、関節が正しい位置に戻った。ずっと動かしていなかったので、筋肉が痩せてしまい、直ぐには歩けないだろう。リハビリが必要なのだろうが、ここでは満足なリハビリなどできないだろう。
遠くで、夫らしいイオークが、こちらをジッと見ている。その隣には、まだ若い女イオークが、男の手を握りしめていた。きっと、新しい妻なのだろう。
「ありがとう、ござい、ます。」
カタコトの人間語でお礼を言われた。うーん、どうしよう。
「えーと、君、名前は?」
「え?『3本松』の娘です。」
あ、そうか。イオークの習慣では、名前をつけるという習慣がなかった事を思い出した。これから、どうするのか聞いたところ、母と一緒にこの家を出る予定だといっていた。行くあてもないが、これから森は様々な食べ物を与えてくれる季節になる。なんとか、生きていけるだろう。しかし、それからはどうするのだろうか。半年先には、厳しい冬が来る。緯度が高いこの地方では、冬の寒さは格別だろう。夏の間に、足の悪い母親を抱えて、十分な食料が確保できるとは思えなかった。
そのことを聞くと、娘さん、下を向いて黙ってしまった。ポタポタと涙が零れてきている。僕は、シルフを呼び寄せた。シルフは、南アメリア統治領都の城にいたが、僕の呼びかけに直ぐに『異次元空間』を開いてやってきた。僕は、シルフに、この二人をセント・ゴロタ市のフミさんが運営している保護院に連れて行ってくれるようにお願いした。フミさんは、孤児院の院長の他に、夫を亡くした母子家庭や、夫の暴力から逃れるために逃げて来た女性などを保護する『保護院』も経営しているのだ。言葉が通じないという問題はあるだろうが、ここの森で母娘二人で生きていくよりはずっと安心だ。
二人を『異次元空間』の向こうまで転送したあと、それまで遠くから見ていた男が近づいて来た。どうやら、あの母親の夫らしい。傍には、若い女性が、男の手を握っている。きっと新しい妻なのだろう。男は、僕に文句をつけてきたのだ。母親は、近々、森の奥に捨てに行くつもりだったからいいが、娘を返してくれと言うのだ。娘は、これから一人前に働くはずだったのに、いなくなってしまって今まで育てた手間をどうしてくれるんだと言っている。僕は、少しだけ頭にきてしまった。いつもよりも、少しだけ強めに『威嚇』をつかってしまった。男は、『ヒッ!』と小さな悲鳴を上げて気を失ってしまった。あ、ズボンから黄色い液体が滴り落ちて来た。それだけではない。この匂い、男は、脱糞もしてしまったらしい。僕とシェル、それにクララちゃんの3人は、そのまま元の『肉食い』さんの家の下のテントに戻って行った。
その日の夜、クララちゃんがなかなか寝なかった。どうしたのかと思ったら、今日の母娘の姿を見て、自分の母親のことを思い出したらしいのだ。3年前、奴隷狩りに会って、逃げ回っているうちに母親とはぐれてしまい、その後、罠に掛かってつかまってしまい、奴隷として売られたのだが、母親の柔らかな胸と綺麗な瞳が忘れられないそうだ。クララちゃんは、僕と一緒の寝袋で寝ているのだが、小さく震えるクララちゃんの肩を強く抱きしめてあげながら、いつの間にか僕達は眠ってしまった。
次の日、僕達は集落から少し離れた場所に行って、半径50m位の範囲で、茂っている樹々や下草を『風魔法』で刈りはらった。あとは、『土魔法』で地面を平らに固めたあと、『F35改ライトニングⅢ』を『異次元空間』から取り出した。この機体は、僕の専用機なので、本来は光り輝くシルバーの機体なのだが、現れた機体は、上面が濃緑色、下部が明灰白色に塗り分けられていた。絶対にシルフの趣味だ。あの『ミリタリーマニア』め。まあ、仕方がない。シェルと二人で搭乗して、東に向かう事にした。東の海岸沿いで適当な場所があれば着陸して、その後、『異次元空間』のゲートを開き、クララちゃんやイオフさん達を呼び寄せるつもりだ。いつもの搭乗服に着替え、ヘルメットを被ってから、クララちゃんに『サヨナラ』をしたら、もう大変な騒ぎになってしまった。クララちゃんが、大声で泣き始めてしまったのだ。なんだか、僕が虐めているようで困ってしまった。お菓子をあげても、抱っこしても泣き止まない。もう、しょうがない。東へは、クララちゃんと二人で向かう事にした。シェルは少し不満そうだったが、直ぐに迎えに来るからと約束して、留守番をして貰うことにした。
シェルのヘルメットは、クララちゃんには少し大きいようだったが、それでも、ブカブカのヘルメットを被ってニコニコしているクララちゃんだった。




