第2部第90話 『イオークの王』その1
(10月10日です。)
クララちゃんとイオミちゃんは、歳が近いせいか直ぐに仲良くなった。少しイオミちゃんの方が大きいようだ。イオークは、成人男性でも身長150センチ位にしかならないし、女性では120センチ位の身長は普通なので、100センチは超えているイオミちゃんが、今、9歳だと考えると、クララちゃんは8歳程度だろうか。イオミちゃんは、この屋敷で、人間のメイドさんや執事さんに混じって暮らしていたし、教会で他の子達と一緒に勉強したり遊んだりしているので、人間族の言葉をかなり上手に使えるようになっていた。僅か半年で、ここまで習得するとは驚きだ。それに比べ、クララちゃんはまだまだだった。ブレンボ大司教は、あえて人間族の言葉を教えなかったようだ。きっと人間族の言葉を覚えて余計な知恵がつくのを恐れたのだろう。
イオフさんに聞いても、イオーク王の所在は分からなかった。というか、イオフさんが生まれた時には、既にイオーク王なるものは存在していなかったそうだ。しかし、クララちゃんの能力測定の結果、職業欄に『王族』と出たのであるから、きっと王族の血筋が連綿と繋がって来ているはずだ。クララちゃんに聞いても、自分がどこから来たか分からないらしい。覚えているのは、イオーク狩りの人間達に追われて、両親と逸れてしまったことだけだった。
結局、イオーク狩りの罠にかかって捕らえられてしまい、自分だけ王都に送られてきたのだ。金色も毛並みが珍しく、高値で売れる王都までバシャに乗せられてきたのだ。勿論、手には手枷がかけられて、逃げないように紐で繋がれていた。
ブレンボ大司教に聞いたのだが、『癒し』の力を持っているイオークと言うことで、大金貨2枚で教会が買い取ったそうだ。それが3年前で、後はもうシーツを被った生活をさせていらしい。
もう、クララちゃんの両親はいないかも知れない。でも、兄弟や親戚或いは知っている者がいるかも知れないので、取り敢えず、南のイオーク達の森に行ってみることにした。
僕達は、この大陸に一番最初に着陸した場所へ『空間転移』した。イオフさんとイオニ君、イオミちゃんも一緒に行くことになった。転移先はの周囲には、誰もいない荒涼とした大地だ。流石に、この辺にはクララちゃんの家族や親戚はいないだろう。ここから北を目指すことにする。
イオラさん達と初めて会った場所まで進んでみたが、やはり誰もいなかった。イオフさんは、
僕は、イフちゃんに探索をお願いして、周辺の森の中にいるイオークを探して貰った。驚いたことに、半径10キロ以内に9集団ほどが暮らしているとのことだった。彼らは、人間族のイオーク狩りから逃れるため、大きな集落は作らず、家族単位で暮らしているが、兄弟家族も入れると20〜30人位の家族が多いそうだ。
森の生活は、野獣や魔物が跋扈していて危険もあるが、人間族の襲撃に比べるとはるかに安全らしい。野獣や魔物は、最悪1人が犠牲になれば、他の者は助かる可能性が高いが、人間族に襲われると、一族が壊滅してまうことになる。年寄りや障害のある者は、その場で殺され、後は、全て縄に繋がれて連れ去ってしまう。特に小さな子供は、親から引き離され、別の馬車で運ばれていくのだそうだ。その子供達がどうなったかは、聞かなくても分かってしまう。
イオフさんから聞いた話では、このイオーク集落と接点を持つのは、至難の技だそうだ。彼らは、必ず見張りを付けているし、年寄り以外の殆どのイオークは、樹上に簡単な小屋を作って暮らしているらしいのだ。
イオークの種族特製の一つに『気配』を消すことができることがある。敵の接近と共に、気配を消し、樹上で敵の通り過ぎるのを待つのだ。しかし、イフちゃんみたいな精霊は、命の存在を感知できるので、いくら気配を消しても無駄なのだが。
イオーク狩りの連中は、その特性を理解しているのか、めぼしい木の下で、生木や葉を燃やすのだ。煙に包まれ、たまらずに木の下へ降りていくと、そこには罠が仕掛けられていて、怪我一つせず生捕にできるのだ。そういえば、至る所で根元が焦げている気があるのは、イオーク狩りの後なのだろう。
イオフさんは、そんな焼け焦げた後を見ると、口に手を当ててじっと見つめていた。知り合いや親戚の家だったかも知れない。イオミちゃんは、ここで何が起きたのか分からないらしく、平気にしていたが、イオニ君は手を握りしめ、唇を噛み締めていた。きっとイオーク族に対する奴隷狩りのことを聞いていたか、見たことがあるのだろう。
僕達は、少し開けた場所でキャンプをすることにした。森の野獣や低レベルの魔物は、僕達の気配に怯えて、遠くに逃げ去っていくのがわかった。特に『威嚇』スキルを使った訳ではないが、僕やイフちゃんから溢れ出している『人ならざる者』に怯えたらしい。
その日はゆっくりしていたが、夜、テントから少し離れた場所で、満天の星空を見ていたイオフさんが、肩を震わせていた。きっと亡くなったイオラさんとイオイチ君の事を思い出しているのだろう。この森で僕とイオラさん達が出会わなければイオラさん達は死ななくても済んだかも知れない。
僕は、何も言わずにイオフさんを一人にしておいた。テントの中では、シェルが待っていたが目に涙を浮かべていた事から、きっとシェルもイオフさんの気持ちがよく分かったのだろう。僕は、震えているシェルの肩をそっと抱きしめてあげた。クララちゃんは、何も知らずにグッスリ眠り込んでいた。
翌日、キャンプ地から最も近いイオークの居住地に向かった。キャンプ地から、下草の密集している間の獣道のような道を30分ほど歩いていくと、少しだけ草の丈が短いところに出た。僕の敏感な鼻は、イオークの僅かな獣周を嗅ぎつけていた。
イオフさんが前に出て、獣の吠え声のような音で木の上に向かって話しかけていた。下からは、木の葉が邪魔をして見えないが、確かに樹上には人の気配がある。息をひそめているようだが、呼吸をし、心臓が鼓動をしている限り、気配を完全に消すことは出来ない。しかし、無理に彼らの住居に押し入っても逃げられたり、下手をすると木の上から飛び降りて怪我をされてしまいかねないので、ここはイオフさんの呼びかけに期待することにした。
暫く、イオフさんが叫んでいると、樹上からイオークの声が聞こえて来た。うん、漸く会話になってきたみたいだ。何を言っているかは、首輪型翻訳機があるのである程度分かるが、何分、データベースの語彙数が少ないため、頭の中に聞こえてくるイオーク達の言葉は、片言しか分からなかった。それでも、『心配しないで降りてきて頂戴。』と必死に呼びかけているイオフさんの声に応じたのか、上からロープが卸されてきた。丈夫なつる草を編んだロープで、50センチ間隔でコブが結ばれている。そのロープを器用に使って、3人の男のイオークが現れた。男と分かったのは、腰に巻いた粗末な布の下には何も履いていなかったから、ブラブラしている物が見えたからだ。シェルが顔を真っ赤にしているが、やはり他人の物を見るのは恥ずかしいのだろう。
イオーク達は、槍や弓矢を背負っていて、いつでも戦えるぞという姿勢を見せていたが、勿論、僕達に戦う気持ちなどサラサラない。僕は、イオフさんを下がらせて前に出て行った。3人のイオーク達は、警戒を強めながら、少しずつ距離を空けてきた。
「あ、警戒しないでください。僕はゴロタ、この国の者ではありません。」
本当は、この国の新皇帝なのだが、説明が面倒くさいので、外国人と言う事にしておいた。この国の人間に酷い目にあわされているイオーク達に、僕達がこの国の人間ではないと説明して、安心して貰うためだった。3人の男イオークのうち、真ん中のイオークが話しかけて来た。
「お前、人間。俺たち、捕まえる。敵。」
「いや、違いますから。今日は、このクララちゃんを連れて来たんです。」
「その子、知らない。俺の家族、違う。」
「いえ、この子は独りぼっちなんですが、どうも『イオークの王』の一員らしいのです。どなたか、『イオークの王』について知っている方はいますか?」
「俺、知らない。長老、俺のじいちゃん、上にいる。待て。」
男の左隣の若い男が、器用にロープを使って上に登って行く。暫くすると、今度は、蔦の攣るで編まれた籠に乗ったイオークが卸されてきた。イオークの毛は濃い茶色が標準なのだが、このイオークは、クリーム色のような毛だった。きっと、お年寄りなのだろう。白髪ではなく薄黄髪だ。その人は、籠から出るのに、あっちこっちを蔦に絡ませてしまって、なかなか出られなかった。いつまで待っていても籠から出て来ないので、しょうがなく、ベルの剣で籠を十文字に切り裂い手上げた。転がるように出て来たおじいさんイオークが何故か怒っている。
「ふん、何で籠を壊してしまった。この籠を作るのに3カ月はかかってしまうのに。」
流暢に喋る。うん、『亀の甲より年の功』ですね。僕は、直ぐに『復元』スキルにより籠を元のように戻してあげた。それを見ていたイオーク達は、驚きの声を上げていた。長老と思われるイオークさんも、驚いていたが、直ぐに気を取り直して話しかけて来た。
「大魔法使い様とは知らず、失礼をしました。儂、いや私は、このイオークの部落長をしている者です。名前は、部族のしきたりによりありませんが、『肉食い』と呼ばれております。」
あ、そうだった。イオーク達には名前を付ける習慣はなく、数家族が集合して暮らし始めた時に、家族単位のあだ名をつけるらしいのだ。樹の枝の本数だったり、暮らしている樹の種類で決めるらしい。例えば、『3本枝』とか『大桜』とかつけるらしいので、イオラさんみたいに森の中を転々としていると、名前がないのが普通らしいのだ。
それにしても『肉食い』とは、不気味な名前だなと思うが、長老の権限で一番大きな肉を食べているので、そんな名前が付いたらしい。それって、とっても残念な気がするんですけど。




