第2部第89話 クルス教大司教が裁かれます
(9月25日です。)
今日、クルス教のブレンボ大司教を、皇居の謁見の間に呼び出しておいた。既にワイバール警察本部長にお願いして、奴隷商人とクルス教総本部の結び付きについては調査済みだ。ダノンという奴隷商には、過去の違法売買について、死刑にはしないと約束して、今までのクルス教総本部から買い取った子供達の実態を全て話して貰った。
驚いたことに、その数は100人を超えているそうだ。この国でも12歳以下の奴隷売買は禁止されているが、成人奴隷の実子は、一緒にセットで売買する事ができる抜け道があった。そこで、親子でなくても、書類上親子にして成人奴隷と抱き合わせで売る悪徳商人もいるのだ。
子供の奴隷が欲しい者は、大人の奴隷と一緒に買い、後で大人だけを叩き売るのだ。その場合、同じ奴隷商が買い戻しては、子供の行方がバレてしまうので、形式的には違う奴隷商に売ったことにしていた。勿論、ダミー会社で、売った奴隷商が買い戻しているのだが。
子供付きの奴隷は、通常奴隷の2倍以上が相場だそうだが、5歳から8歳位の女の子の場合、10倍以上の値段が付くこともあったそうだ。ゴロタ帝国本国の法律では、売った方も買った方も死罪相当の重罪だが、この国では、帝国法以前のインカン王国法の時の行為なので、死罪にはできない。ゴロタ帝国憲法では何人も、実行時に適法であった行為は、後日、違法として処罰できない仕組みになっているのだ。まあ、このダノンには犯罪奴隷として今までの行為を悔いて貰おう。
ブレンボ大司教は、態度こそ横柄に装っていたが、それほど暑くもないはずなのに汗をかき、指先が細かく震えていた。ワイバールさんが尋問役だ。
「ブレンボ大司教にお尋ねします。あなたは、貧しい者が神の慈悲を頼って治療をお願いした際に、法外な寄進を要求したそうだが、間違いありませんか?」
「そのような事は一切ない。証拠を出してみろ。証拠を。」
「それでは、貧しい人たちには寄進を要求したことは無いのですね。」
「い、いや。僅かばかりの気持ちを受け取ったことはあるのだが。」
「ほう、わずかばかりですか。聞いたところによると、お願いするだけで銀貨1枚、治癒の祈りをいただくのには金貨1枚以上が必要だと聞きましたが。」
「そ、そんなことは知らない。神の思し召しのままにいただいているだけじゃ。」
「ところで、あの大聖堂は誰が建てたのかご存じですか?」
「も、勿論じゃ。今から200年前のインカン国王、アンドレ3世様じゃ。」
「と言う事は、あの大聖堂の所有権は、王室にあるのですか?」
「いや、何を言っているのじゃ。寄進を受けたのじゃから、儂らの物じゃ。」
「ほう、当時の記録を調べてみたら、こんなものが出てきましたよ。」
それは、当時の大司教がアンドレ3世国王に当てた感謝状だ。あの建物は王立大聖堂とし、大司教以下のクルス教徒はあの大聖堂を無償で使用する権利を有するが、所有権はあくまで王室にあることも記載していた。それを見たブレンボ大司教は、目を丸く見開いていた。
「こ、この書状は・・・。知らん、こんな書状は知らん。」
「まあ、いいでしょう。次に、重病の患者が寄進できない場合、物納をして貰っているそうですが。本当ですか。」
「え、物納?いや、知らんが。野菜やチーズなどを貰っても困るわ。」
「ほう、物納では寄進を受けないと。それでは、子供はどうですか。物の代わりに子供を寄進させていると聞きましたが。」
大司教は、いよいよ核心に迫ってきたと感じたが、何とか誤魔化さなければと、色々思案を巡らせていた。5分位だろうか、静かな時間が流れていた。
「大司教様、これからは大切なところですので、良くお考え下さい。これからのことは、大司教様の将来にかかわることですので、無理にお答えいただかなくても結構ですし、黙っていることも許されます。ただし、傍聴されている皇帝陛下の心証を悪くされることもご承知おきください。」
「あなたは、この10年間に3歳から12歳までの子供、勿論男女両方を含みますが、その子達103人を治療代の代わりに拠出させていましたね。」
「いや、そんなことは無い。」
「あなたは、その103人を全て、奴隷商のダノンが全てを白状していますが、取引記録もここにありますが。」
1人の奴隷売買には数枚の契約書や権利書それに許可証が必要だ。それが103人分、高く積みあがった書類の山を指さした。
「この中には、既に傷物にされていた女の子の奴隷もいたそうですが、知っていますか?」
「し、知らん。儂は、何も知らん。」
僕は、もうこの男の顔を見るのも嫌になってきた。反吐が出そうだ。もう結果は決まっている。ゴロタ帝国の国内法により処断する。『遡及処罰の禁止』の原則など糞くらえだ。
「ブレンボ、そなたは有罪、死刑だ。慈悲をやる。処刑方法を選べ。」
これだけ言うと、僕は、謁見の場を後にした。後からシェルが続いて来た。
「ねえ、ゴロタ君、あなた怒っている?」
「うん、あの男、許さない。灰も残さずに焼き尽くしてやりたい。」
「ほんと、小さな子供のことになると怖いんだから。」
処刑は、公開の場での『火炙り』の刑になった。ただし、火は焚火程度の小さなもので、脚の先が炭になる程度だ。ただ、煙が凄いので、呼吸困難により死に至るそうだ。あと、教会内部で加担していた司教や司教代行達も同様の刑に処した。全部で21人もいたのには驚いた。あの大司教代理補佐のノベルさんもいた。鼻水を垂らしながら許しを乞うていたが、当然に許される訳がなかった。処刑が終ったあと、大聖堂に行って、次期クルス教最高責任者を決めることにした。大聖堂内で勤務するすべての聖職者による秘密投票によるものとした。予備投票を行い、上位3名で決戦投票となるが、その前に、僕との面接審問があった。国の最高聖職者になるものが、過去に人に言えないようなことをしていないかの調査だ。幸いなことに、皆、立派な方達ばかりだったので、クルス教の司教さん達が選んだ人を『大司教』として認可することにした。
あと、皇居の東側にゼロス教の聖堂も経てることにした。国土交通省事務次官と国土計画整備部長にお願いして土地の接収と建設計画を立てて貰う。既にその土地に住んでいる人たちには、申し訳ないが立ち退いていただくことにした。当然、立ち退き料も支払うし、所有地や家屋については、時価の2割増しの値段で接収することにしたので、スムーズに売ってくれるだろう。さあ、これからクララちゃんの郷を探さなくっては。
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(10月10日です。)
今日は、クララちゃんの両親を探しに行くことにした。僕とシェルは冒険者服を着て、クララちゃんも特注の冒険者服を着せてやった。クララちゃん、ベルトに下げているナイフが珍しいのか、鞘から抜いたり差したりして遊んでいる。ああ、クララちゃん、危ないよ。そう思っている間に、しっかりと指を切ってしまった。涙目になっていたクララちゃん、自分で『治癒』していたので放っておくことにした。
向かうのは、まずバーミット市だ。そこには死んだイオラさんの妻、イオフさんが留守番をしている。イオラさんとイオイチ君が死んだことは手紙を出しておいたので既に知っているだろうが、イオフさんには、イオラさん達の退職金と弔慰金を支払わなければならない。ゴロタ帝国の標準では、弔慰金は金貨2枚が相場だが、退職金と合わせて1人につき大金貨1枚を渡すつもりだ。
バーミット市のミリアさんの屋敷に『空間転移』した。イオフさんは、すっかりメイド服が板についている。こうしてみると、イオフさん、なかなかの美形だった。イオニ君とイオミちゃんもそれぞれ、キチンとした身なりをしていた。二人は、近くの教会でやっている児童教室に通っているそうだ。
イオフさんは、僕達を見ると深いお辞儀をした。うん、もう手紙を読んでいたみたいだ。シェルが、イオフさんの肩を抱きしめた。イオフさん、肩が震えていた。僕は、イフクロークからイオラさんとイオイチ君の形見の品を幾つか出してあげた。イオラさんは、馬車用の鞭と御者の制服だ。イオイチ君のものは、買ってあげたショートソードと冒険者服を持って来ていた。それから、二人の退職金と弔慰金を渡した。イオフさん、最初は受け取りを拒否していたが、『残された2人の子供のためだ。』と言ったら、悲しみに震える手で大金貨2枚を受け取っていた。話し合いの結果、イオフさんは、この屋敷で働き続けて貰うことになった。良かった、良かった。
あ、忘れていた。イオフさんにクララを紹介する。両親の名前は分からないが『王族』の一員なので、心当たりがないか聞いてみた。イオフさん、『王族』と聞いて、その場で土下座を始めた。顔を上げてくれない。床につくほどに顔を下げていた。イオフさん、そのままで話し始めた。
「イオーク族には、王様はたった一人。私、有った事ないが知っている。金色のイオーク、昔、昔から王様。その子も王様。私、顔見てはいけない。」
なるほど、昔、この一帯はイオーク達の王国だったのだろう。イオークの中でも金色の毛並みのイオークは、きっと特殊個体だ。その特殊個体のイオークが、イオークの王となったのも不思議はない。原始共同社会では、力か見た目で種族の長として君臨できるのだろう。そう言えば、クララちゃん、毛並みがどんどん金色に近くなってきた。きっと、栄養状態が良くなったので、元の毛並みに戻って行ったのだろう。
「イオフさん、お母さん、顔、見せて。」
最近は、クララちゃん、片言の人間の言葉を話せるようになってきた。もともと、知識はあったのに、発音練習などをしてくれる人がいなかったせいで、ずっと喋ることが出来なかったのだろう。イオフさん、顔をふせたまま、
「勿体無いです。勿体無いです。」
と喋り続けるだけ。良く分からないが、イオーク達にとって、クララちゃんは特別の存在なのだろう。ちょうど、その時、イオニ君とイオミちゃんが教会から帰ってきた。土下座をしている母親を見て吃驚していたが、ほぼ金髪のクララちゃんを見て、更に吃驚してしまった。しかし、イオミちゃん、まだ幼いのか、そのままクララちゃんの方に近づき、
「イオミのママ、虐めちゃだめ。」
と言って、ポカリとクララちゃんの頭を叩いた。背格好も同じ位なので、クララちゃんとイオミちゃんって同い年位かも知れない。叩かれたクララちゃん、涙目になってしまった。いや、本泣きになっている。
「クララ、何も悪くない。なのにぶった。ウエーン!」
ああ、もう保育園ですか、ここは?




