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第2部第88話 クルス教は禁欲教?

(9月23日です。)

  クルス教の聖女様クちゃんは、イオークの女の子だった。見た目ではかなり幼く見えるが、イオークの年齢は見た目では分からないので、一体何歳なんだろうか。クちゃんに聞いても、何も言わない。あれ、この子喋れないのだろうか。クちゃん、初めて来た皇居の中をこわごわ見ていた。僕の手をギュッと握り締めている。皇居の中の侍従や侍女たちは、クちゃんを見て顔をしかめていた。イオークが皇居の中に入ってくるのは初めてのことらしい。僕は、憲法で定め垂れている基本的人権のうち、『何人も性別、人種、肌色、容姿等で差別されることはない。』という条文を再確認させようと思ってしまった。


  応接室の中に入って、クちゃんをソファに座らせた。クちゃん、落ち着かないようだが僕も一緒に座ったので、少し安心したようだ。シェルが、次女に紅茶とケーキを持ってくるように指示していた。シルフがクちゃんの手を取って何か調べている。


  「この子は、少し栄養不良のようです。顔にむくみが出ています。おそらく、穀物主体の食事しかさせて貰えなかったようです。」


  シルフが点検結果を教えてくれた。この子は、クルス教の聖女様の筈なのに、満足に食事もさせて貰えなかったのだろうか。僕の胸の中に、ほんの少しだけだが熱いものが満ちて来た。いけない。あの大司教や大司教代理補佐のような者だけではなく、敬虔な信徒の方もあの大聖堂の中にいるはずだ。溶かして殲滅させてしまうのは未だ早い気がした。注文しておいたケーキと紅茶が出て来た。クちゃんは、ケーキの皿に目が釘付けになっている。なんてことは無いリンゴの甘露煮をパイ生地に包んで焼いたものだ。シェルが「食べて良いのよ。」と言う言葉を聞くや否や、手を伸ばしてわし掴みにし、一気に食べ始めた。あっという間に食べ終わってしまった。シルフが濡れたタオルを持って来て、手や粉だらけの口の周りを吹いてあげていた。そのご、例の首輪型翻訳機をクちゃんの首に付けてあげた。それまで、グウとかクウとか聞こえなかったクちゃんの言葉が人間らしい言葉に変換される。


  「これ、怖い。何?首に巻いた。」


  「それは、決して痛くないから心配しないで。」


  クちゃん、アップルパイの乗っていたお皿を指さし、


  「これ、おいしい。もっと頂戴。」


  シェルが侍女に、アップルパイのお替りを持ってくるように依頼している。僕が、クちゃんに質問をする。いくら元コミュ障でも、こんなに小さな女子に対しては思ったことがキチンと言えた。


  「クちゃんは、どこから来たの。?」


  「ずっと向こう。」


  「お父さんやお母さんは?」


  「いなくなった。」


  「あなたの名前は?」


  「女の子。」


  そうだ。イオーク達には名前を付ける習慣が無かったのだ。小さいときは『子供』、大きくなると『お兄さん』か『お姉さん」、そして結婚して子供を持つと『お父さん』や『お母さん』と呼ばれるようだ。きっとクちゃんと言う名前は、あのクルス教の誰かが付けたのだろう。それも、言葉が喋れないので鳴き声から名付けたのに違い無い。しかし、どれくらい教会にいたのだろう。その間、まったく言葉を教えていないなど、人権無視も甚だしい。


  さすがに、匂いはしないが、髪の毛などはあまりきれいではない。お風呂に入れているのだろうか?後宮付きの侍女長を呼んで、クちゃんを綺麗にするようにお願いした。着る服も、街へ買い物に行って貰うことにした。いや、取り敢えず下着を何とかしなければ。さすがにシルフも下着のストックまでは持って無かった。お風呂に入り終わったら、キチンとした食事を摂らせよう。ゴロタ帝国本国なら、子供用の食事が準備できるのだが、この国では無理かもしれない。シェフ長を呼んで、子供用の食事ができるかどうか聞いたら、少し考えて、『何とか作ります。』と言ってくれた。肉や魚介類をたっぷり使ったたんぱく質の多い食事、あ、それと甘いミルクもお願いした。シェフ長、ニコニコ笑いながら、『孫の誕生日に作ってやった料理を作ります。』といって、厨房に下がって行った。うん、あの人はいい人だ。


  お風呂から上がってきたクちゃん、毛色がもっと茶色かった筈なのだが、今は金色に近い栗色の神になっていた。手足の毛も、同系色なので、金色のぬいぐるみのようでとても可愛らしい。3人で食堂に行くと、既にクちゃんの分の料理が出来ていた。丸くて大きなプレートに色とりどりの料理が並んでいた。真ん中には、大きなミートパイが乗せられていて、あとはハンバーグ風のパテを焼いたものと、大きなエビフライだ。あ、真っ赤に色付けされたパスタも乗っている。さすがに小さなクちゃんでは、食べきれないだろうと思ったら、予想を裏切って全部食べ切ってしまった。でも、大分、床にこぼしていたので、実際には3分の2位しか食べられなかったようだ。最後に、ミルクをちびちび飲んでいると、食堂付きのメイドさんが金属製のお皿に乗せたアイスクリームを持ってきた。このアイスクリーム、この前、シェフに作り方を教えたばかりだった。厨房には、食材保存用の氷魔導士さんもいたので、アイスクリームを冷やすのはお茶の子だったようだ。


  食事が終ったら、もう眠たそうにしていたので、シェルが寝室に連れて行った。今日は、僕達と一緒に寝ることにした。これで、僕達の部屋はセレンちゃんを入れて4人部屋になってしまった。セレンちゃんは、どうしても一人で寝るのが嫌だと言って、僕達と一緒にねているのだが、シェルのジト目がどうも気になるのは僕だけだろうか。


  夕方、ギルド総本部のタイア・ジョルジュ・インカン本部長に面会に行った。クルス教の実態やクちゃんの出身を調査して貰いたいからだ。直ぐにタイアさんとは面会できた。そこで、色々聞いてみたがタイアさんからの情報は驚くことばかりだった。


  クルス教は、昔はあんな宗教ではなく、博愛と慈愛、神の許しを得るために悔い改めた者は誰でも受け入れる宗教だったそうだ。それが、10年ほど前、クルス教の女性大司教だった人が亡くなって、後任候補選びが難航したとき、序列8番目の現大司教が先輩、上司を飛び越えて大司教に就任したらしい。その時、何人かの司教候補が何者かに殺されたほか、教会の秘宝も幾つか売られたらしいのだ。そして、3年前、神の啓示があったと言って、どこからか『聖女様』を連れて来たのだ。その『聖女様』は、頭からシーツを被って人々の前に姿を現したが、けっして喋らず、また手足も含めて素肌を見せることは無かったそうだ。ただ、莫大な寄進をした信者には、神のお力を示して、病気や怪我を直してしまうそうだ。そして、その時は、大聖堂奥の懺悔室から漏れ出て来た光が、大広間を覆いつくし、程度の差こそあれ、そこにいる人達の病気や怪我も治してしまうらしいのだ。


  あ、その現象、たしかフランちゃんが持っている『神の御業』とよく似ている。もしかすると、クちゃんもフランちゃんと同じ能力を持っているかも知れない。クちゃんの力は、明日、調べることにしてクルス教総本部で治療を受ける場合、幾ら位の寄進が必要なのか聞くと、『金貨1枚以上』だと教えてくれた。え、金貨1枚?成人男性が1年間汗水流して働いて得る収入が金貨3~4枚程度のこの国で、金貨1枚という額は決して安い額ではない。あの大広間にいた人々を見ると、どうやっても金貨1枚などは持っていないような人達ばかりだった。


  タイアさんが、小さな声で教えてくれた。


  「これは確証はないんだが、どうやら物納が出来るらしいのよ。それも小さな子供に限るんだってよ。ああ、男の子でも女の子でもどちらでも良いらしいよ。」


  それって、人身売買じゃあないかな。父母の病気や怪我で売られていく幼い子供、なんか許せない気がして来た。しかし今日集まっていた患者さん達の中には、イオークはいなかったので、きっとイオークは治療の対象外なのだろう。


  タイアさんは、さらに色々教えてくれた。100年以上前までは、この国には色々な宗教があったそうだ。しかし、他の宗教は王室からの認可を受けられずにだんだん廃れて行ってしまったようだ。そして、クルス教だけがインカン王国の国教となって今に至っているらしいのだ。


  今では、国王の戴冠式から市井の結婚式や葬式、それに生まれたばかりの子供への選定と精霊名の命名までとり行うそうだ。驚いたことに家を建てたり馬車を買った時まで神の御加護が必要なのだそうだ。勿論、祈祷料はタダではない。それなりのお金を払うのだ。そればかりではない。人が死ぬと天上界へいくのだが、天上界に籍がなければならず、天上界の籍と名前を貰うのに金貨1枚以上掛かるらしいのだ。


  王都の中心に、広大な敷地と目も眩むばかりの立派な大聖堂があるのも納得できた。今度、クルス教の大聖堂の隣に、ゼロス教の大聖堂を建ててやろうと密かに思ってしまった。


  次の日、クちゃんを連れて冒険者ギルド総本部を訪ねた。クちゃんの能力を見るためだ。タイアさんから話が通っていたみたいで、すぐに受付の後ろの部屋に案内された。部屋には、能力測定器が設置されていた。台も入れるとかなりの大きさなのだが、他の冒険者達には内緒にしたかったので、無理を言ってお願いしておいたのだ。クちゃん、恐る恐る機械の間に手を差し入れる。針がチクリとして、涙目になっていた。ゴメンね。


******************************************

【ユニーク情報】

名前:クララ

種族:イオーク

生年月日:王国歴2022年11月20日(8歳)

性別:女

父の種族:イオーク族

母の種族:イオーク族

職業:王族

******************************************

【能力】

レベル     2

体力     10

魔力    160

スキル     5

攻撃力     3

防御力     5

俊敏性    11

魔法適性    聖 雪

固有スキル

【治癒】【神の御技】

習得魔術  なし

習得武技  なし

*******************************************


  クちゃんの名前は『クララ』と言うのか。イオーク族にしてはキチンと名前があるのは珍しいが、職業が『王族』って、どう言うことだろう。それに、魔法適性に『雪』とあるが、初めて見る魔法適正だ。


  スキルに『神の御技』があったのは予想通りだ。フランちゃん程でなくても、広範囲の治癒が行えるし、一点集中すれば、かなりの治癒ができるはずだ。しかし、今のままでは中途半端だ。スキルレベルをもっと上げると真価を発揮するだろう。とにかく、当面の課題は、クララちゃんのご両親、きっとイオーク族の王なのだろうが、その方達を探すことにしよう。

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