第2部第84話 25歳の誕生日
(9月3日です。)
今日は、僕の25歳の誕生日だ。ハッシュ村の北の森の中でシェルと出会ってから、早いもので、もう10年だ。あの時、シェルに出会わなかったら、きっと今もハッシュ村の森の中で薬草を取って暮らしていただろう。
今日、午前7時から、ゴロタ帝国の白龍城で、僕のお誕生会が行われる。午前7時と言っても、ゴロタ帝国はこの星の裏側なので、現地では午後6時となる。お誕生会では、僕の7人の妻と、10人以上いる元婚約者や婚約者候補それに同居人達が参加しているだけのささやかなものだ。
皆、会食の後の何かを期待しているが、今日は一切なしだ。皆、寂しそうな顔をしているが、許して貰いたい。マリアちゃんは、かなりしっかりしてきた。おしゃまな女の子という感じだ。マリアの髪の色は母親そっくりで、つい亡くなったクレスタのことを思い出してしまう。
ノエルが、マリアの魔力量と魔法適性がハンパないと言っていた。クレスタの魔法も常人離れしていたが、僕の血を引いているので、それが原因だろう。魔力だけではない。潜在的なスキルは僕と同等のような気がする。その内、飛行スキルや異次元空間を自在に使いこなしてしまうのだろう。
楽しいお誕生会もあっという間に終わった。直ぐに南アメリア市に戻ると、大広間で僕の誕生日を祝う貴族達が待っていると言ってきた。僕は、そんな気はサラサラなかったが、僕の誕生日が今日だということは周知のことらしいのだ。今年は、中央アメリア王国との戦争の終結という朗報もあったが、前国王の不慮の死及び王都周辺貴族の叛乱という不幸な事象もあったことから、国民に対する皇帝の宣下は無しと言う事らしいのだ。その代わり、貴族に対する奉祝は受けざるを得ないらしいのだ。
僕は、ほぼ平服に近い貴族服なのだが、シェルは、キチンと裾が長く膨らんだスカートの貴族服を着て、ブルーダイヤのみで飾られたティアラを付けている。そのティアラ、きっとセント・ゴロタ市の年間予算位するはずなのですが・・・。僕は、貴族服のまま、王冠も被らずに大広間に入って行った。
300人以上の貴族たちが大広間に入っている。最初は、北部と東部のインカン公爵3人が祝辞を述べる。ギルド総本部長のタイア公爵が一番左に立っていた。一人ずつ前に出てきて、僕に小さな包みに入った誕生プレゼントを渡して、祝辞を述べる。僕は、プレゼントを受け取る時に侯爵と握手をして、二人で並んで、皆の方を向く。大広間の皆が割れんばかりの拍手をしている。タイア公爵以外の二人の公爵は、西のザビエル公爵の叛乱に与しなかったらしいのだ。もともとサビエル侯爵は、前インカン国王とは従妹の関係で血が濃い事から、王家に最も近い者という意識が高く、前インカン国王の性癖により世継ぎが出来ないとの予想があったため、次期国王への就任意欲が高く、他のインカン公爵達をライバル視していたのだ。
公爵二人の祝辞が終ったら、次は侯爵たちだ。現在、この国の侯爵は3人しかおらず、東の海岸沿いに2人と南西部に1人いるのだが、皆、王都の屋敷で暮らしているらしい。この3人は、一列に並んで、僕と正対し、臣下の礼をした後で、一人ひとりお祝いの口上を述べた。ただし、お祝いの品は無かったが、既に送られているらしいので、全員に対して、『心づくしありがとう。』と言ってくれと宮廷付きの侍従から言われていた。中も見ていないのに、ありがとうも無いと思ったが、まあ、そんなものらしい。
次は、伯爵13人だ。領地持ちの伯爵が6人と領地が無いが重要ポストに就いている伯爵が7人だそうだ。これは、僕の前に2列で並び、それぞれの紹介を受けた後、最右翼の初老の伯爵から代表祝辞を受けた。今、ここで紹介されても覚えられる訳ないが、軽く会釈をするだけで良いそうだ。
次は、子爵が100人位いるのだが、これは代表子爵が挨拶するだけだった。代表子爵は、必ず今年の叙爵会議で伯爵に叙爵されることが決まっているらしい。まあ、それだけの実績があるので代表子爵をしているのだろう。
最後は男爵たちだが、司会の侍従長から『グレコ・アンダンテ・ローマン男爵他186名が集まっております。』と紹介されただけだった。挨拶は無かった。そのグレコさんは、男爵たちが立っている大広間の入口近くにいるらしいのだが、僕の位置からは全く見えなかった。奉祝行事の最後は、僕の挨拶らしいのだが、何も考えていなかった。しかし、最近は、何も考えなくても定型的な言葉だけなら何とか言えるようになっていた。
「皆さん、今日は、僕の誕生日をお祝いしてくれてありがとうございます。僕みたいな若輩者にこのように大勢の方々がお集まりいただき、大変恐縮です。この国と皆様のますますの発展を祈念しております。」
これで挨拶が終りだ。昼食は、子爵及び公爵との午餐会となるそうだ。僕とシェルが長いテーブルの上席に座り、両脇には公・侯爵とそれぞれの奥様か娘さんが座っている。何人かの娘さんは、絶対にお母さんに無理を言ってこの席に出席しているみたいだ。皆、しきりに僕の方を見ている。会食は非常に和やかに進んだが、ドロイド・インカン公爵が爆弾発言をした。
「この国では、何人も妻を娶ることが許されており、陛下も同様です。シェル陛下もお綺麗ですが、私の孫も今15歳ですが、なかなかの美形と思うので、いかがですか。第2夫人として貰っていただけませんか。」
ドロイド公爵の隣には、ソバカスがあるが、クルクルっとした目が可愛いらしい女の子が、顔を真っ赤にしている。向こう側の公爵の一人が、『我が娘も負けておりません。』と言い始めた。あ、このシーン、何回か経験していた記憶がする。どんなに可愛らしい女の子でも、絶対に結婚することはない。もう、クレスタのような目に合わせたくないのだ。シェルが皆に申し渡した。
「ゴロタ陛下には、すでに私の他に6人の妻がおります。しかし、今のマリア姫が生まれたとき、人間の妻が亡くなったことにより、もう結婚をしたり、子供を作ることはしないと決めております。」
皆、怪訝な顔をしていた。『人間の妻』ということは、他に獣人の妻などがいるのだろうか。そう言えばシェル皇后陛下はエルフの血筋をひいているようなので、シェル皇后陛下は別扱いなのだろうか。シェルが引き続き話し始めた。
「皆様は、『紅き剣と蒼き盾の伝説』をご存じですか。」
さすがに公爵や侯爵達は博学で、皆知っていた。シルフが、皆に聞こえるように詩を詠んだ。透き通った綺麗な声だ。シルフは、どのような声も出せるそうだが、今回は、吟遊詩人が逃げ出すような響きの良い声だった。
男は未来の王の地位が約束されていた
約束は神より賜り 民から託された
王たる御印は二つ
その一つは 真紅の血よりも紅き剣
全ての人と獣と妖精を断ち切る力を統べるもの
失われし古代の力を纏いしもの
その一つは 深き海よりも蒼き盾
如何なる力にも 立ち向かう力を統べるもの
恐怖と専制と隷従に抗う 唯一のもの
彼は一人の妖精と出会った
決して結ばれることのない 不毛の出会いであった
全てを捨てて かの妖精の愛を得ようとした
王たる御印の 剣も盾も そして 誰よりも優れたる その黒き角も
彼は愛を得るため 楽園を捨て 死する定めの地上に降り立つ
最愛の者とともに
妖精は、人の身体を借りて、男の子を宿す
愛しの子は、7つの時に我が手を離れる定めだった
全てを統べる力を持つ子は、全てを失う
父の教えを、母の愛を
全てを統べる力を持つ子が、20の時を迎えるとき
紅き剣と蒼き盾が力を与える。
この世に陥ちし神と戦う力を、滅亡の時を待つこの世を救う力を
皆、ポカンとしてしまった。この伝説の詩と、今の話が結びつかない。ゴロタ皇帝陛下が人間と結婚しないという理由に、この詩が関係ないような気がするが。
「このことは、ここだけの話なのですが、ゴロタ皇帝陛下こそが『世界を統べる者』なのです。現在、ゴロタ皇帝陛下が顕現されているからこそ、災厄の神は、この世界に現れず、生ある者達は平和に暮らすことが出来ているのです。皆さんはお気づきでしょうが、ゴロタ帝国の正式名称は『神聖ゴロタ帝国』です。この『神聖』とは、神とゴロタ陛下とのお約束により、神と子と精霊の名のもとに建国されたものなのです。」
完全に理解を超越している話だった。しかし、今までの僕のやってきたことは、かなり人間の範囲を超えているようなきがする。決して先端技術によるものだけではない。ドロイド公爵が、シルフに向かって発言した。恐れ多くて皇帝陛下に直接質問などできなかったのだ。
「それで、ゴロタ皇帝陛下は、この国をどうするつもりなのでしょうか。」
「この国は、西の大陸のような直轄領にはしないつもりです。いわゆるゴロタ帝国連合の一員という立場で頑張って貰います。基本的な法律、つまり憲法や刑法、刑事訴訟法、民法及び行政関連法は統一された法を守っていただきますが、後は、この国の統治者を決めて、この国を託したいと考えております。このことは、将来的には本国でも同様の措置を講ずるつもりですが、次期国王候補が幼少のため、現在は直轄領の扱いをしております。」
皆、『統治者』や『次期国王』と言う言葉に色めき立った。ドロイド公爵が立ち上がって、陛下に一礼した。
「陛下、その大任、ぜひ某に賜りたくお願い申し上げます。」
「いや、ドロイド公爵は、失礼ながら、かなりご年配、その任は、若輩者でありますが、このヘンリー・ブラン・インカンこそ適任と思われます。」
「何をおっしゃる。インカン元国王の所業やザビエル公爵の叛乱を科が得ると、すでにインカン家に列せられている公爵達は身を引くべきではありませんか。」
席の端に座っていたレンタル侯爵が、立ち上がって大きな声を上げた。
「静まりなさい。」
シルフの声が響いた。
「今、この国にとって最も大切な事は、国民一人一人の安全と安心です。今年度と来年度の税金や年貢を免除するのも、ゴロタ陛下の深い慈愛によるものです。次期国王は、ゴロタ皇帝陛下が皆さんをはじめ、全ての貴族たちを見たうえで決めたいと思います。この件についての反論は許しません。」
これで、この場は治まったが、後味の悪い午餐会になってしまった。




