第2部第78話 殲滅戦線その1
(8月17日です。)
今日は、ベンジャミン国防軍総司令官と一緒に北方前線の督励視察に行くことになっていた。行先の場所には、未だ行ったことがないので『ゲート』で繋ぐことは出来ない。そのため、通常の移動手段で行くことにした。午前10時、王城の中庭にF35を着陸させた。ベンジャミン総司令官のが出て来たが、ミスリルのフルアーマーに真っ赤なマント、ロングソードを佩刀している。絶対に狭いコックピットに乗れる格好ではない。取り敢えず、全ての装備を外して貰い、イフクロークに収納させて貰った。大きめのヘルメットを準備したのだが、ギリギリ被ることができたようだ。
ワイバール衛士隊本部長や各閣僚に見送られ、ゆっくりと上昇していく。前後左右の浮揚バランスは、四方に配置している飛行石に流し込む魔力量で制御している。王城の上空300mまで上昇してから水平飛行に移る。機体後部のジェットノズルを、真下から徐々に水平に向きを変えていく。完全に向きが水平になった時の飛行速度は、約250キロだ。それからフル加速だ。ベンジャミン司令官は、経験したこともないGを感じて吐き気がして来た。それに高度も随分上がったのか耳の中が変な感じだ。しかし雲の上に上昇した時、完全な青空は感動的だった。太陽が近い。王都から、北方前線まで約1000キロ。地上での移動では1か半以上かかってしまう。それが、1時間もかからずに到着するなど、一体どのような魔法を使っているのだろうか。
そんなことを考えていたら、ヘルメットの中から、突然声がした。
「北方前線まであと5分です。」
ヘルメットに装備されているヘッドセットから聞こえるのだ。突然の声に驚くとともに、もう到着したことにも驚いた。機体は徐々に降下を開始した。薄雲の下には、濃緑の熱帯樹林が広がっていた。この先に北方戦線部隊約4万が展開されている。南浦戦線への転進命令が到着していれば、半数は移動準備をしているだろうが、おそらく未だだろう。
真下にジャングルが開かれた場所がある。北方前線の指揮官用のテントが見えて来た。周囲の密林から伐採して来た丸太で砦のように組んでいる。兵士達は、現在、交戦中なのかあまり見えなかった。
かなり広い場所が空いていたので、そこを目標に垂直着陸をした。キャノピーを開けてシートベルトを外し、ヘルメットを脱がないと後機できないのだが、ベンジャミン司令官は、なかなかうまくできなかった。仕方がないので、僕が『念動』を使って手伝ってあげた。
周囲には、兵士や将校達が遠巻きに取り囲んでいたが、ベンジャミン司令官が後機してきたので、ようやく味方だということが分かったようだ。将校達は、ベンジャミン司令官に対する敬礼等はしていたが、僕はスルーされていた。まあ、僕が新皇帝とは分からないのだから仕方がない。
その事に気が付いたベンジャミン司令官が、前線の司令官であるブラウン中将に僕を紹介してくれた。国王陛下が崩御し、王国がゴロタ帝国に包含された事は聞いていたらしいが、僕のまりの若さに驚いているようだった。
挨拶もそこそこに、戦況を聞いたところあまりはかばかしく無いようだ。敵に有力な魔物使いがいて、接近戦では数体のオーガやトロールにやられてしまい、遠距離では、ワイバーンが襲ってくるのだ。
魔法力でも、敵が優っており、敵の呪術師いわゆるシャーマンが奇妙な術を使ってくるらしいのだ。よく聞くと、眠り薬で霧を作り、兵士が眠ってしまうと、今度は猛毒の霧を流し込んでくるらしいのだ。運良く致命傷にならずとも、毒素が消えるまで戦力から離脱してしまうらしいのだ。現在、6000人程が、被害に遭っているらしい。その内、現在、毒素で苦しんでいる者が800名程で、後方の野戦病院に週報されているとのことだった。それよりも、もっと深刻な問題は食料補給らしい。定期的に搬入される糧食は、充分とは言えず、特に肉類は、干し肉でさえ満足な量がない。小麦や黒パンも備蓄が底を尽きかけており、兵士達は皆、1日2食で我慢して貰っているそうだ。そのため、少しでも腹の足しにしようと、部隊の3分の1は、密林に入っての狩りをしているが、余りにも樹木が多く弓矢が使えないのでしょう、大した獲物が取れないそうだ。逆に毒蛇や大型野獣に餌食にされているらしいのだ。
ぼくは、後方の野戦病院に行ってみた。徒歩で1時間以上かかる場所だが、それ位後方に下がらないと安全が確保できないようだ。野戦病院に近づくに従い、強い死臭がしてきた。とても嫌な気がする。大量の人間が死んで放置されている匂いだ。大きなテントの中に入ろうとすると、看護兵に止められた。患者の体に付着した毒素が抜けないので、防護衣と防護マスクを被らないと危険なのだそうだ。そう言えば、先程から時々『蒼き盾』が発現している。きっとテントの中から毒素が漂っているのだろう。
毒素を吸ったり、浴びた者に対する有効な治療法は無いようだ。体を洗って付着した毒素を洗い流すか、大量の水を飲ませて、体内の毒素を薄める位の事しかできないようだ。
僕は、看護兵の制止を無視してテントの中に入っていった。患者の殆どは毒にやられて死にそうな状況だった。毒に触れた皮膚は、糜爛して崩れ落ちかかっていた。酷い。こんな毒を開発して敵とは言え、人間相手に使うなど正気の沙汰では無い。
僕は、聖魔法の一つ、『ポイズン・ブレーク』を唱えた。僕の周りから、白い光が広がっていった。毒消しの効果はすぐに現れ、薄く漂っていた黄色いガスが消えていった。しかし兵士の負傷は、治らない。僕は、ゴロタ帝国にいるフランちゃんに来て貰う事にした。彼女は、帝国総合治療院の院長をしているが、彼女自身のスキル『神の御業』により、広範囲の病人を治癒することができる。もう寝ているかも知れないが、是非来てもらおう。あとシェルとシルフにも来て貰う。シェルはシルフと一緒に来たが、2人とも純白のワンピースで、白いベルトを巻き、ソロのストッキングと白のサンダル履、頭には白い帽子をかぶっている。これは絶対にシルフが準備したに決まっている。それに比べ、フランちゃんはパジャマの上にガウンを羽織っているだけだ。
最初は、眠そうだったが、野戦病院内の状況を一目見たら表情が変わった。手を組み合わせ、目を瞑ってブツブツ何かを唱えている。フランちゃんの身体が白く光り始めていく。その光は、テントの中を満たしていった。いや、テントの中ばかりではない。この野営地全域を覆いつくしている。物凄いエネルギーだ。負傷した兵士達の顔色が見る見る良くなっていった。もう、ほぼ健康体となっている兵士達の外科的な治療ばかりだ。単純に切り開かれた箇所は、フランちゃんの『神の御業』により、回復しているが、欠損部位や体内の複雑な部位の修復は、一人ひとりに対する『治癒』が効果的だ。足や腕を亡くしたものは、その部位が残っていれば修復できるのだが、全くない場合は、高価な薬草と僕の『復元』と『錬成』の力が必要だ。そのような者は、全部で16名程いた。片腕が取れかかった者や、脚が壊死を起こして切断しなければいけない者達は、フランちゃんとシェルに任せておく。
まず、その場で『エリクサー』を人数分用意する。一人ひとり、別のテントに来て貰うことにした。最初は、まだ若い男性兵士だった、右足が無かった。魔物に引きちぎられてしまったらしい。最初に、衣服を脱いでもらった。男の人の足に触るのは嫌だったが、そうも言っていられない。『エリクサー』を飲ませてから、右足の欠損部位に手を当てる。元の足の形をイメージして、 『錬成』スキルを使用する。細かな神経部位などの接合は『復元』スキルだ。傷口が盛り上がってきて、脚のような肉の塊になり、その後、キチンと彼の右足になった。しかし、彼の肉体から大分細胞を移植してきたので、顔色が真っ青だし、頬もこけている。かなり負担が大きかったのだろう。彼の治療は終わった。直ぐに歩き出すのは危険なので、介護兵に連れて行って貰った。
こうして次々に治療を続けていったが、残念なことに女性兵士は一人もいなかった。そう言えば、介護兵は皆女性だったような気がする。この国では、女性が前線で戦闘するということは無いらしいのだ。グレーテル大陸では、女性の方が男性よりも強い場合もあり、十分に戦力になるのに。
僕のこの能力は、絶対に秘密にして貰った。市中に知れ渡ると、王城に患者が殺到しかねないからだ。
今日は、負傷兵の介護だけでおわってしまった。フランちゃんをゴロタ帝国の皇居に戻したあと、シェル達と野営することになった。野営用のテントを二つ出しておいた。あと、大型テントの中にお風呂を作り上げておく。勿論、シェルのためだ。さあ、今日は何を食べようかと思っていたら、ベンジャミン総司令官とブラウン中将が来て、今日は部隊の将校達と会食をして貰えないかと言ってきた。うん、それは構わないけどと思っていたr、シェルがすかさず承諾していた。
会食は、僕達以外には、中隊長以上60名位が集まっていた。皆、今日の治療に関して感動しており、僕達の姿を一目見ようと集まって来ていた者だ。最前線の兵士達には、到着して、直ぐに前線基地まで撤収するように指示を出しておいた。皆、敵の侵攻を心配していたが、その点は、イフちゃんにお願いしていたので、心配はない。時々、爆発音が聞こえるのは、イフちゃんがしっかりと仕事をしているからだろう。あと、今夜の哨戒も必要ないと言っておいた。シルフがゴーレム兵を100体準備していたので、彼らに頑張ってもらうのだ。会食には、十分な食材が必要だろうからと、馬車1頭分の食材を渡しておく。部隊全員が食べても十分な量だろう。
会食会場のひな壇に座らされ、会食前の挨拶をお願いされた。きっとそうなるだろうと思って、準備していた言葉を述べた。
「皆さん、お疲れ様です。僕の名前はゴロタ。皆さんと一緒に戦う者です。今日、皆さんにお約束いたします。これからは誰一人怪我をしたり、毒ガスで命を奪われることはありません。明日、戦争は終わります。今日、これから帰国の準備をしてください。この戦争で亡くなった方々の冥福を祈ります。」
ベンジャミン総司令官以下、居並ぶ将兵たちは皆驚いていた。しかし、今日、飛来した戦闘機や、それからの負傷兵への治療、部隊撤退時も誰一人追撃されていなかったことなど尋常ではないことが次々と起こっている。この新皇帝の力のすべては未だ知らないが、明日、きっと何かをしてくれるのだろう。
将兵の中には、泣き始める者もいた。明日をも知れぬ戦闘に明け暮れ、敵の卑劣な戦法で次々と部下や仲間を失ってきたのだ。『明日、帰れる。』、そう思うだけで泣けてくるのだ。
その日は、皆で楽しく会食をしたが、途中で誰かがワインを出してきた。食料は足りなくても、ワインだけは確保しているらしい。まあ、補給品の中には、大量のワインもあったし。飲み始めて暫くして、シェルの飲むピッチが以上に速いことに気が付いた。将兵の中には、今日、この機会を逃したら絶対に皇后陛下にお酒をお注ぎするチャンスなど無いとばかりに、シェルに呑ませるのだ。僕にも継ぎに来るのだが、あまりにも緊張しすぎてワインをこぼす者が多く、見かねたベンジャミン総司令官が皇帝陛下にお酒を注ぐのを禁止したので、全てシェルが担当してしまった。ああ・・・・。




