第2部第76話 あれ、国家元首ですか?
(8月16日です。)
朝、セント・インカン市の様子を見に王城前の広場に転移してみると、厳戒態勢が引かれていた。一晩で王城の後ろ半分が無くなってしまったら、国民だって何があったか不安になるだろう。僕は、『隠匿』スキルを使って自分の気配を消し、色々と調べて回ったが、あの『名前を呼んではいけない者』の眷属はいなかったようだ。魔物の気配はどこにも無かった。
王城近くにある冒険者ギルド総本部に行く。今日は、この国の標準的な冒険服を着ているし、腰の剣も安物のミスリル・ソードだ。ギルドに併設されているレストランで紅茶を飲みながら、ゆっくりとあたりの様子をうかがう。周りの冒険者たちは見慣れない僕に関心があるみたいだ。たった一人で、誰かを待つでもなく、お茶を飲んでいるのだ。しかも、身長はあるが、どうみても少年のような風貌の僕だ。シェルを連れて来なかったことを少し後悔した。それなりにパーティのように装えば、不審がられることは無かったろう。
それでも、冒険者達の間では、僕に関する話題よりも、王城損壊の話題のほうが断然多かった。魔物の攻撃だとか、現在、交戦中の北の国から工作員が入り込んでいるとかだ。え、それでは南の僕の国からの工作員という線は無いのかなと思ったら、既に僕達の国の戦力についてかなり正確な情報が洩れているらしく、2万の部隊が向かったが、きっと全滅されるだろうとの意見が多いようだった。黒龍を従えていたし、ブキャナン侯爵領の3000名の騎士団が一瞬で殲滅されたことも、すでに噂になっていた。しばらく時間を潰していて、もうそろそろ王城に行って見ようかなと思ったところで、中年の男性が僕のテーブルの空いた椅子に座ってきた。『ここ、良いですか。』の断りもないので、すこしムカッと来たが、じっと我慢することにした。顔が少し怖そうだし、モノクルをしているので、きっと、ギルドの関係者だろう。
「もしかして、あなたはゴロタ皇帝陛下ですか?」
男の人は、小さな声で尋ねて来た。
「あなたは?」
「これは失礼、私は、この冒険者ギルド総本部の本部長をしているタイアと申します。以後、お見知りおきを。」
「ゴロタです。僕は、もうそろそろ王城に行く予定なのですが。」
「はい、昨日の事件は、ゴロタ陛下が原因ですか。」
うーん、答えに困ってしまう。原因は、僕だろうが、壊したのはあの男だろうし。答えに困った時は、黙っているに限るんだ。
「申し訳ありませんが、ちょっとだけ私の部屋に来ていただけませんか?」
仕方がない。このタイアさんとは、きっと長い付き合いになるだろうから、無碍に断りにくい。僕は、大銅貨1枚をテーブルの上において、タイアさんの後をついていく。タイアさんの部屋は、この建物の 3階にあった。一番北側の部屋で、会議室と執務室の2間続きの大きな部屋だった。タイアさんは、応接セットに座るようにと言ってから、伝声管でコーヒーを2つ注文していた。それから誰かの名前を呼んで『例の書類』を持ってくるように指示していた。
『申し遅れました。改めて自己紹介をさせてください。私は、この王立冒険者ギルド総本部で本部長をしているタイア・ジョルジュ・インカンと申します。インカン王室に縁故のあるもので、公爵に叙されていますが、こっちの仕事の方が性に合っているので、女房の父親に領地経営は任せているのです。」
「神聖ゴロタ帝国初代皇帝のゴーレシア・ロード・オブ・タイタン1世と申します。もうお判りでしょうが、まだまだ若輩者です。」
「いや、ご謙遜を。私は、生まれてから今までで初めてですよ。冒険者ランクが『SSS』の方を見るのは。その若さで、その強さ。もしかして『伝説の勇者』なのではと思ってしまいますよ。」
僕は、『勇者』という人は知らないが、この国では、国が滅びそうになった時に光に包まれた戦士が現れ、敵を倒してくれるという伝承があるようだ。そのような伝承は、グレーテル大陸にはなかったので、この大陸だけの伝承なのだろう。それから暫くすると、ドアがノックされた。下のレストランのメイドさんがコーヒーを乗せたお盆を持って入ってきたが、その後ろから、女性の事務の方が入ってきた。
「本部長、例の書類をお持ちしました。」
その女性もモノクルを掛けているので、私の素性が直ぐにばれてしまったようだ。書類をテーブルに置く際に、少し手が震えていた。決して怖いわけではなく、緊張しているのだろう。タイアさんは、書類の内容について教えてくれた。すべて、獣人の女の子の捜索依頼書だった。全部で100枚以上あるようだ。昨日、僕が王宮内で何をしたのかは、ある程度分かっていたみたいだ。しかし、あの爆発が何だったのかは謎のようだった。
「それでインカン国王はどうなったのでしょうな。」
「死んだと思います。」
「ほう、思う?それでは、直接、殺害はしていないというわけですか。」
僕は、あの伝承の詩を口に出した。
昏き闇より生まれし者 そは闇を総べる者
地の底より這い出ずる 災いの神を従いて
かの天上神をも恐れずに 冥界の王とは彼の者を
指して名前を言うなかれ 決してその名を口にせず
あの者 彼の者 見知らぬ者 決して名前を 言うなかれ
「これはわが国のゼロス教という宗教で伝わっている伝承ですが、その『名を出してはいけない者』が、王宮の地下にいたようです。」
「なんと、あの『冥界の王』が、王宮内に?」
あ、この国にもあの男の伝承はあるのか。まあ、300年前の人魔大戦はこの国にも影響があっただろうし。
「それでは、あのインカン国王も、あの者の支配下にあった可能性もあるのですな。」
「はい、そう思います。それでなければ、幾ら異常者でも国王の地位にある人がなす所業とは思えません。」
「そうですか。あのアンドレが・・・」
あ、そう言えば、このタイアさん、王室に関わる方だったんですね。うん、あの国王陛下の名前は、『アンドレ』と言うのか。きっと、国王陛下に戴冠されたときは、まともな国王だったんでしょうね。それが、心の中を乗っ取られ、肉欲に生きるようになってしまった。あり得る話ですね。
「それで、これからゴロタ陛下はどうなさるのですか。」
『どう?』って言われても、何も考えなどない。そもそも、あのブキャナン侯爵がイオラさん達に酷いことをしなければ、こんな事になんかならずに、シェルと2人で
ノンビリとダンジョン巡りでもしていた筈なのに。黙っていたら、何か納得されてしまった。僕は、この国を治めたいとか、征服したいとか全く考えてなかった。ただ、弱い立場にあるものを虐めたり酷いことをする者が許せなかっただけだ。でも、僕が殺した訳でもないのに、国王陛下が死んでしまったら、この国は誰が統治するんだろうか。はっきり言えることは、それは僕ではないと言うことだ。
ギルドを出てから、王城に向かった。王城の正門や通用門は硬く閉ざされていて、中には入れないようだったが、僕には関係なかった。そのまま通用門まで行き、門番の衛士の方に、ブキャナン総司令官閣下への面会を求めた。名前を聞かれたので『ゴロタ』とだけ答えたら、衛士の方は吃驚した顔をした後、直立不動で最敬礼、この場合は剣を顔の正面に立てるのだが、その際敬礼をした後、通用門の中に入っていった。
しばらく待っていたら、正面の大きな門が『ギーッ』と大きな音を立てて開いて来た。あれ、誰か出てくるのかなと思ったら、門の中には50名くらいの騎士の方達が左右に整列している。その間をベンジャミン総司令官が歩いて来て、僕の横に立った。
「ゴロタ皇帝陛下に敬礼。」
騎士さん達は、脇に抱えていた抜身の剣を自分の顔の正面に立てて敬礼をしていた。左右の騎士さん達の間を進むと、事務官らしき人達が、その先で土下座をしていた。
え? 何故?
僕は、なぜ、この人達に土下座されなければいけないんだろう。国王陛下の仇と命を狙われてもおかしくないのに。ベンジャミン総司令官の後についていくと、城の2階、東側の会議室みたいなところに案内された。事務官さん達は、僕の後をゾロゾロついて来ていた。会議室の中央には、50センチ位の台が置かれ、その上には玉座が設置されていた。あれ、国王陛下は死ななかったのかな?
一瞬そう思ったが、直ぐに、その玉座は僕のために設けられていることに気が付いた。後でベンジャミン総司令官から聞いたのだが、昨日、停戦合意したとは言え、正式に戦争終結の和平条約に調印した訳ではないので、正確には交戦状態にあるそうだ。その敵国の元首が、インカン王国側の元首を殲滅したのだ。これは、インカン王国側が戦争に負けたと言うことになるらしいのだ。その結果、この国の新しい君主は勝った国の元首がなるのが当然で、そのことは、古来から普遍的に受け継がれて来た、戦争の決まり事らしいのだ。
僕はそんなつもりがさらさら無かったし、何の準備もしてこなかった。着ている服だって、上部だけが取り柄の普通の冒険者服だし。僕は、玉座に座る前に、南アメリア市の屋敷にゲートを繋いだ。シルフに来て貰う。シェルにも来て貰いたかったが、未だお風呂にも入ってないからと怒られてしまった。
シルフは、さも当然のように、玉座に僕を案内した。僕が、玉座の前に立つと、居並ぶ事務官達に向かって、
「皆の物、皇帝陛下の御前である。首を垂れよ!」
皆が、一斉に頭を下げていた。そのままシルフが指示を始めた。
「今日から、この国は神聖ゴロタ帝国南アメリア統治領となった。この都市は、アメリア市と呼称するので、以後、そのように呼ぶように。」
続いて僕の挨拶の番となったが、勿論、満足な挨拶が出来る訳がなかった。




