第2部第75話 インカン王朝の滅亡
(8月15日です。)
インカン国王は、まだ自分の置かれている立場を理解していない様だった。ブレードナット宰相が気を失ってしまったが、そんな事はどうでもよかった。ゆっくりと、ベッドの脇に置いてあり呼び鈴を鳴らした。これで全てが終わるだろう。女性衛士が、この不埒な侵入者を排除してくれるはずだ。そうしたら、またさっきの続きをするのだ。そう考えていたら、股間のものが膨張して来るのを感じた。
しかし、いくら待っても誰も来ない。おかしい?もう一度、呼び鈴を鳴らす。直ぐにドアの外に立っている衛士が入って来る筈なのに。そう言えば、こいつらは、どうやって入ってきたのだろう。鍵をかけていた筈なのに。
この時、インカン国王は、初めて現在の異常事態に気が付いた。慌てて壁の剣架台のところへ走り寄り剣を抜く。
「お、お前達はどうやってここに来た。」
「そんな事はどうでも宜しいのです。陛下、お召し物を着てください。」
国王は、やにわにシルフに向かって剣を振り上げて来た。しかし、その剣がシルフに届く事は無かった。シルフのMP5が火を吹いたのだ。9mm弾を数発食らってその場に昏倒してしまった。床に血が広がっていく。いけない、何もしない約束だった。僕は直ぐに、『念動』で、体内に残っている9mm弾を体外に取り出し、『治癒』で損傷した内臓と筋肉、皮膚を修復する。これで大丈夫な筈だが、まだ呼吸が戻らない。銃弾の衝撃で心臓が止まってしまったらしい。しょうがない。心臓の上から手を当てて、高電圧を瞬間的に流す。国王の身体がビクンとのけぞってから蘇生した。ついでに、ブレードナット宰相にも、微弱電流を流して正気に戻しておいた。
国王は、息を吹き返したが、死の衝撃から立ち直っておらずボーッとしている。もう、国王には用はない。将来の措置は決まっているが、今は放っておこう。それよりもこの女の子達だ。毛布を被って震えている。シルフが、二人に話しかけた。
「お嬢ちゃん達、大丈夫。もう怖くないわよ。お風呂に入ろうか。」
この部屋は、寝室だが浴槽も完備している。ただし入浴姿が丸見えな様にクリスタル製のバスタブだ。お湯が掛け流しになっている。贅沢な作りだ。お風呂に入る前に、お湯が傷口に滲みない様に、股間の傷を『治癒』してあげた。ついでに避けてしまった処女幕も復元しておいた。さあ、ゆっくり洗って貰いなさい。シルフが高級そうなシャボンで女の子達を綺麗にしてあげた。彼女達の着ていた服は、部屋の隅にたたまれていたが、上着やスカート、靴などはあったが、パンツが見当たらない。きっと、予め脱がされていたのだろう。変態国王には、変態侍女がついている様だ。まあ、その侍女の処遇も次に来た時に決めよう。
女の子達を連れては歩けないので、ゴロタ帝国の孤児院に預けることにした。孤児院の院長は僕の5番目の妻のフミさんだ。今は、丁度朝ご飯の準備の頃だろうゲートを開けて、孤児院に空間転移する。フミさんは、急に現れた僕に吃驚していたが、直ぐに走り寄って抱きついて来た。濃厚なキスが始まった。あのう、子供達がいるんですが。しかし、シェルと違って豊かな胸を押し付けられると拒否できない。じっとしていると、満足したのか漸く離してくれた。
口元の涎を拭きながら、子供達を見ていた。優しい清美様の様な笑顔で、子供達に話しかけ始めた。詳しい事情は話している時間は無いが、一時保護して貰う様にお願いして、王宮に戻ることにした。
さっきの部屋に戻ったら、国王は茫然自失の様にベッドに腰掛けていた。ブレードナット宰相も立ち尽くしていた。ズボンが濡れていて気持ちが悪いのだろう。シルフが、MP5を向けていたのでは、生きた心地がしなかったろう。
「さあ、案内して貰おうか。」
もう、外向的な交渉は必要なかった。国王の命も、今日だけは保証するが、明日以降は分からない。ブレードナット宰相の命など最初から保証などしていない。あの子達の泣きそうな顔と、さっきの光景を思い出すと、この王宮を消滅させてしまいたくなってしまう。そんな気持ちを抑えながら、地下に向かう。薄暗い階段は、後宮と地下を結ぶ専用階段の様だった。地下まで行くと、そこはホテルのフロントの様になっていた。カウンターの奥には、眼鏡をかけた中年の女性が黒のロングドレスに白のエプロンをして座っていた。宰相の姿を見て立ち上がりかけたが、続いて僕達の姿を見て、慌てて引き出しの中を探し始めた。きっと武器を取り出すつもりなのだろう。僕は、彼女の手首に指弾を撃ち込んだ。指弾と言っても物理的なものではなくエネルギーの結晶の様な物だが!彼女の手首が消滅してしまった。高熱で焼かれてしまったので、血管も瞬間的に焼き付いてしまい、出血は殆ど無かった。彼女は、恐怖に引き攣った目で、無くなった自分の右手首を見て気を失ってしまった。
カウンターの奥は、頑丈そうな扉だった。僕は、かなり頭に来ていたので、その扉をエネルギー弾で粉砕してしまった。ドアの向こうはホテルの廊下の様だった。廊下を挟んで左右にドアが並んでいる。最初のドアを引きちぎって開けたところ、兎人の女の子がいた。ノースリーブの白いワンピースを着ているが、きっと来ているのはそれだけなのだろう。部屋には暖房が効いているので、寒くはないだろうが、季節外れの感じがする。獣人の女の子は種属特性があり、兎人は早熟とは聞いているが、この子は如何にも幼い感じがした。続いて、向かい側の部屋のドアを引きちぎると、犬人の女の子だ。やはり同じようなワンピース姿だった。
結局、各部屋に様々な種属13人が監禁されていた。全員をゴロタ帝国の孤児院に送り込んで、廊下の端まで行った。そこには扉があり、開けるとさらに下に行く階段があった。階段の下からは、嫌な匂いが立ち昇って来ていた。匂いの元は、直ぐに想像が付いた。あのダンジョンのゾンビ・エリアで良く嗅ぐ匂いだ。
階段の下は牢屋になっていたが、誰もいなかった。今は、使われていないのだろう。一般の犯罪者は、司法庁管轄の刑務所に入れられるので、この牢屋は、王室に関連する特別の犯罪者しか投獄されなかったのだろう。しかし、この牢屋が。他と違うことが一点だけあった。奥に、大きな穴が開けられ、そこからは酷い腐敗臭がしていた。穴の中を見るまでも無かった。一体、何人の子がこの穴に捨てられたのだろうか。穴の脇には、掘った穴の土が盛り上げられており、スコップが2本突き刺さっている。きっと、死体を投げ捨てた後で土を被せるために使ったのだろう。
僕は、周囲の土ごと崩れないように固めて、ごっそりとそのままイフクロークに収納した。後で、適当な場所に埋葬してやるつもりだ。その時、僕の心の奥底で、何かが鳴り始めた。この感覚。忘れたことのない死への警告だ。
僕は、慌ててシールドを周囲に張った。と同時に、シールドの周りが真っ赤に燃え上がった。周りのレンガの壁まで真っ赤に溶け始めた。『地獄の業火』だ。イフリート以外に、このスキルを使えるのは、そう、あいつしかいない筈だ。名前を呼んではいけない者だ。
『誰や。わてのごっつええ餌場を荒らす者は?』
頭の中に、嫌な声が響いてくる。いる。近くにいる。
「逃げろ、シルフ。」
シルフは、異次元空間の中に逃げ込んだ。ブレードナット宰相は、炭になって燻っていた。咄嗟のことで、彼までは守れなかったのだ。
『あんなゴーレム人形など用がおまへん。それよりもあんたはんだ。先程のシールドと言い、あんたはんの匂い。覚えておまっせ。あんたはん、こんなところまで何しに来ておまんのや。』
あいつが姿を現した。紅蓮の炎の中から真っ黒な瘴気を纏ったままで出てきた。如何にも紳士然とした風貌だが、真っ赤に燃え上がっている目を見ていると、奈落の底から湧き上がってくる恐怖そのものの目だ。
僕は、『紅き剣』を顕現させた。すでに牢屋の天井は崩れ落ち始めていた。『地獄の業火』は、闇の精神エネルギーを昇華させて、周囲の物質から僅かばかりの粒子を貰を連鎖的にエネルギーにしている。イフちゃんも、火の精霊だが、そういう意味では闇に生きる者だ。
その男は、右手に瘴気の剣を握り締めていた。あれ、いつ持っていただろう。そう思った瞬間、僕に向かって振ってきた。瘴気の剣から、稲妻が走った。いや電機ではない。真黒な瘴気が光の速さで迸ってきた。剣では躱せなかったが、かろうじて『蒼き盾』が防いでくれる。
『チッ!やっぱり駄目でおまっか。』
男は、剣を上に向けた。瘴気はみるみる内に8つの首を持つドラゴンになって天井に向かって昇って行く。天井が崩れて来た。そんなことは構いもせず、瘴気が昇って行った。名前を呼んではいけない男は、上を見上げてから、ニヤリといやな顔を浮かべた。
『ほな、さいなら。』
男は、黒い瘴気に包まれて消えてしまった。地下室には、瘴気が立ち込めている。僕は、『蒼き盾』に守られているから平気だが、このままだとこの城全ての人間が腐食死してしまう。それでなくても、彼が上空まで開けた穴の大きさを考えると、かなりの犠牲者が出ていてもおかしくなかった。僕は、『紅き剣』を納め、『オロチの刀』を抜いた。刃体に『聖なる力』を込めていく。そのまま刀を上に向けて丸く円を描く。『聖なる力』の渦が地下室と上空に拡散していく。地下室は、清浄な空気にみたされていた。
僕は、2階の執政室に行って見た。被害はひどかったが、閣僚の何人かと事務官数十人が死亡しただけだった。ベンジャミン国防軍総司令官は無事だった。3階の後宮は、跡形もなかった。というか、2階の執政室の天井が無くなっていて、上を見上げると星空が見えていた。瓦礫に埋まっている2階の状況から、3階の後宮で生存者がいるとは考えられなかった。
僕は、ベンジャミン司令官に、国王陛下の安否を確認したところ、首を横に振っていた。
「国王陛下をはじめ、後宮にいた女官や愛妾たちは影も形も無かった。それどこらか、3階勤務の王室職員も皆、腐食死していた。一体、あの黒い影は何じゃ。竜のようにも見えたが。」
「名前を呼んではいけない者。」
それだけ、答えた。この国に、その者の伝承があるかどうか分からないが、300年前の人魔大戦の時にも降臨いや湧き出て来て人間界をほぼ壊滅させたのだ。この国にも、必ず伝承があるはずだ。
僕が、彼をそう呼んだ時、会議室にいた者は、全員、天を仰ぎ、両手を組んで神に祈り始めた。インカン王朝は、今日、300年の歴史を終えてしまった。




