表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
522/753

第2部第73話 終戦

(8月15日です。)

  インカン王国からの使者は戦争終結の申し入れだった。使者達は、ミレア村に駐屯している部隊が僅か300名であることに驚いていた。インカン王国の侵攻部隊は、半数を引き戻したとはいえ、約10000の兵力だ。それを迎え撃つのに、これしか兵がいないとは信じられない。


  そればかりでは無い。部隊の装備が極端に異なっていた。インカン王国の国防軍は、旧来の鎧、カブトに剣か槍又は斧を装備しているのが普通だ。ところが、ここの兵達は普通の作業服の様なものを着ていて、鎧は付けていない。濃緑色のベストを作業服の上に着ているだけだ。兜も頭全部を覆う物ではなく、半円形のお椀のようなものを被って、顎をベルトで結んでいるだけだった。


  最も異なるものは、装備している武器らしきもので、インカン王国には無い物だった。使者は、予めビンセント君に自動小銃という武器のことを聞いていたので、『これがそうか。』と思ったが、その武器の威力については未知数だった。


  部隊は、宿舎用の大型テントが10張り程と、それよりも小さなテントが少しあるだけだった。それと移動用の軍馬や馬車、それに食料等を運ぶ荷役用の馬車が見当たらない。インカン王国の駐屯地は、4人が入れば一杯になる小さな三角テントが無数にあり、又兵士よりも多いのでは無いかと思われる騎馬や馬車も数え切れない。部隊の3分の1は、馬の世話をする要員だと言っても過言では無い。


  使者達は、毎日、必要な食材をミレア村からゲートを使って搬送していることを知らなかった。それどころか、ミレア村には無尽蔵とも言えるほどの食料品が運び込まれているのだったが、勿論、そんな事は知らない。


  使者が、駐屯地に到着してから1時間程が経っただろうか。上空から変な金属音がしたと思ったら、物凄い爆音に変わっていった。上空を見上げると、開戦前に王城に飛来した飛行機という乗り物だった。上空からゆっくりと降りてくる。耳を塞がないと、おかしくなりそうな轟音だ。


  駐屯地の脇に着陸した。操縦しているのは僕で、後部座席にはシルフが搭乗していた。本当はゲートを使って『空間転移』をしても良かったのだが、シルフが『駐屯部隊は暇なので、F35を見せてやりましょう。』と言って、あえて飛行して来たのだ。


  僕達は、ヘルメットだけを機内に残して降りて行った。そのまま駐屯部隊を指揮する大佐に挨拶をしてから、着替えのためのテントに向かった。と言っても、普通の予備テントだが、そこで、飛行服から通常の軍服に着替え会見場所に向かった。会見場所には、使者3名の他に、ヒムラ国防軍総司令官、イリス警察本部長それとケバック行政長官が揃っていた。ゲートを使って僕達よりも早く来ていたみたいだ。


  使者は、王国行政庁外交部長のワイドさんという人だった。随行員は、王国国防軍南部方面隊長のエグゾゼ大佐と副官だった。ワイドさんは落ち着かない様子だったが、前例のない任務なのだ。緊張しない方が可笑しい。エグゾゼさんは、平静を装っているが、顔が真っ青だった。このテントは、会議用の小さな物だったが、それでも大きなテーブルと椅子を置いても、まだスペースに余裕があった。冬だというのに、テントの中は暖房が効いていて、汗ばむほどだった。


  最初に口を開いたのは使者の方だった。


  「我がインカン王国国王より親書を預かって参りました。お納め下さい。」


  そう言って、分厚い封書を差し出して来た。ケバック長官が受け取って開封する。新書は、5重の封筒に包まれていた。新書の内容は、『これ以上の継戦の意思はないので、南アメリア市以南を割譲する。』という内容だった。継戦といっても、単に爆撃機で王都周辺に爆弾を落としただけなんですが。


  その後、停戦交渉に入ったが、今回は、勝った負けたの判断は棚上げし、王国領土の割譲条件について話し合うことになった。王国の割譲案は、旧サウス・インカン市以南の割譲だったが、それでは、ここミレア村などは王国領土になってしまう。


  こちらの提案は、旧ブキャナン領以南の割譲だ。この点については持ち帰って検討してもらう。あと、今回の相互の被害についての賠償請求権は放棄することとした。実質的な被害はインカン王国側にしか発生していないのだが。


  イリス本部長が、ある件について質問した。


  「インカン国王陛下の後宮での所業に良からぬ噂があるのですが。」


  「はて、何でしょうか?」



  「幼い獣人達を拉致して慰み者にしていると。あと、一度、後宮に連れ去られた者は、二度と生きて出られないというのですが。」


  「は?な、何の事ですかな?わ、私には後宮内の事など分かりませんが。」


  「そうですか。分かりました。その事は、和平調印後にゆっくりと話し合いましょう。」


  ワイドさんは、震える手でお茶を飲もうとしていたが、うまく飲むことができなかった。エグゾゼさんは、何の事か分からずにキョトンとしていた。


  シルフが、とんでも無いことを言い始めた。


  「我がゴロタ帝国は専制と隷従を最も忌み嫌います。また、何人であっても自己の生命と尊厳を理由なく侵害されることを許しません。それが他国であってもです。今の話が事実だとしたら、インカン国王には退位していただき、その行為に対する報いを受けていただきます。国王に加担した者も同罪です。その事は、決して放置される事はありません。ゴロタ帝国は、総力を上げてその様な背徳行為を断罪するでしょう。」


  それって、国王陛下を処罰するって事ですよね。しかも、行為内容から判断すると極刑ですか? シルフは、ニコリと笑って、


  「さあ、これで停戦交渉は終わりです。停戦同意書を作成して来ましたので、相互に署名をお願いします。それと、これは、ゴロタ皇帝陛下から国王陛下への親書です。必ず国王陛下にお渡し下さい。」


  何か嫌な気がする。まさか、また『お命頂戴仕る。』なんて書いてないですよね。今回の戦争では、僕は全く表に出なかった。シルフが、『戦闘にはなりません。』と言っていたのは、そう言う事だったのだろうか。でも、本当にインカン国王は、幼い獣人の女の子にあんなことやこんなことをしているのだろうか。それだけならまだしも、用済みになったら証拠隠滅のために城の外に出さないのだろうか。うーん、やはりキチンと処理をしておく必要があるようだ。


  会見は終わった。停戦協定書にも署名をした。もうワイドさん達には用はないので、セント・インカン市に帰って貰うことにした。テントの中にゲートを開き、王都の王城前広場に繋いでおく。ワイドさん達は、おそるおそるゲートの中に入って行って、これで全てが終了した。


  300名の残留部隊には、今日で戦争が終わったことを伝えて貰う。さあ、サウス・アメリア市に帰ることにしよう。選抜された80名程の隊員を国境警備隊に任命して、ここに残って貰うことにした。さあ、この村は、これからは交易の村として発展していくだろう。宿屋に食堂それに交易品を扱う商店などを誘致しなければならない。これから、かなり忙しくなるだろう。





------------------------------------------------------------

  セント・インカン市に戻ったワイド王国行政庁外交部長は、その足でビンセント外務大臣の部屋に行った。ゴロタ皇帝から預かった親書について報告するとともに、ゴロタ皇帝の署名のある停戦協定書にビンセント外務大臣の署名を貰う。これで公式に外交文書として受理したことになるのだ。署名後、二人でブレードナット宰相執務室に向かう。ゴロタ皇帝から預かった国王陛下あての親書を開封することが出来るのは宰相のみの権限だ。停戦協定が成立したことにホットしたのも束の間、国王陛下への親書を呼んで、ブレードナット宰相の顔色は真っ青になってしまった。


  『アンドレ・ベンリ・インカン7世国王陛下殿


  この度は、貴国領土の一部を割譲いただきありがとうございます。詳しい国境線や通行・交易については今後の両国の交渉により決して行く予定です。


  さて、国王陛下にいくつか確認したいことがあります。次の点について調査・回答をお願いします。


    ・今まで本人または本人の家族の意思に反して女性を拉致・誘拐したことはありますか?また、それは何人位だったでしょうか。拉致・誘拐した年月日、被拉致者の氏名及び年齢と出身地を教えてください。


    ・拉致された者の処遇特に現在生存している者達の所在と、殺害された者達の埋葬場所について教えてください。


    ・拉致以外の合法的な手段で購入された奴隷等についても、上記項目を調査し、その顛末を明らかにすること。


    ・本件拉致及び最終的な子供達の措置について、かかわっていた者達の役職及び氏名、彼らに対する今後の措置


  以上、来る8月27日までに、回答をいただきたい。


  神聖ゴロタ帝国皇帝


  ゴーレシア・ロード・オブ・タイタン1世 』


  親書を読んでいて、ついに来たかと観念した。現在の閣僚で、国王陛下の変態嗜好について関与していないのは、ベンジャミン国防軍総司令官とバイマール衛士庁長官だけだ。バーモント王国魔法騎士団長は、媚薬や催淫薬を調合して渡していたし、外務大臣は、王領地以外からの奴隷の輸入等に便宜を図っていた。ベンジャミン司令官と倍マール長官は、関与してはいなかったが、王城後宮内で何が行われていたかは知っていた。しかし、国王陛下やブレードナット宰相に諫言しなかったのだから、罪が無いとは言えなかった。


  (バーモント)「宰相、どうするのじゃ。本当の事を答えるのか。」


  (ブレードナット)「馬鹿を言え、噂では、あのブキャナン達が殲滅されたのも奴隷の扱いが酷かったらしいことが原因だそうだ。奴隷だぞ。奴隷。殺されても文句が言えない奴隷だぞ。」


  (ビンセント外務大臣)「しかし、今更、本当の事など言えないだろう。国王陛下ばかりではなく、私達も殲滅されてしまう。」


  (ブレードナット)「ベンジャミン司令官、もう一度兵を起こし、ゴロタ皇帝を亡き者にはできないかな。」


  (ベンジャミン)「馬鹿を言うな。すでに兵たちは停戦が成立したことを知っている。喜びも束の間、再出撃など下知できるわけがない。」


  (ブレードナット)「それでは、どうしたら良いのだ。私は、宰相を辞任して郷里に帰ることにしたいが、国王陛下が認める訳はないのに。」


  その時、執務室のドアをノックする音が聞こえた。秘書官が、ドアを開けて『ヒッ!!』と、小さな悲鳴が上がった。そこにはゴロタとシルフが立っていたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ