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第2部第72話 前線の村

(8月1日です。)

  ゴロタ帝国南アメリア統治領の最北端に位置しているミレア村では、村始まって以来の大騒動が起きていた。近くに野営している国防軍から、水や食料の注文が入っているのだ。水は、井戸からくみ上げたばかりのものを甕にたっぷり入れてロバで運んでいる。元手はタダなのだが運賃として甕1杯で大銅貨2枚を貰っている。


  奥さん達は、ずっと竈門の前につきっきりだ。パンを焼く者や焼き上がったパンにチーズやソーセージを挟んで売る者など大忙しだ。今は、秋の作付け時期まで暇ないわゆる農閑期だ。そんな時期に突然の大部隊が常駐することになったのだ。思わぬ現金収入が見込まれ、忙しいけれども村人の表情は明るかった。何より、兵士達が買ってくれる品物の代金が、通常の取引価格より2割高く買ってくれるのだ。もう村人達は自分達の食べる物も全て売り尽くす勢いだった。


  兵士達も、今回の出征には、出動手当が支払われるという事で、懐が暖かかった。今日の昼の訓令では、戦いは無いらしいし、新しい皇帝陛下が、自分達の命を絶対に保障すると言ってくれたので、緊張感を持てという方が難しい。ただ、滞在中は飲酒だけは禁止されていた。飲酒していることがバレると、手当没収のみならず軍事法廷にかけられて労役の刑に処す事にしている。


  その日の夜、部隊の夕食はBBQにした。食材は、僕が常に備蓄している非常食としての食肉と野菜だ。飢餓の村を緊急的に救うために、ゴロタ帝国の村々から買い集めていたものだ。牛肉、豚肉、鶏肉それと鹿肉がメインで、あとは太めのソーセージだ。味付けは、塩・胡椒か特製ソースだが、焼いてからかけるよりもタレに付け込んでから焼くのが人気だ。野菜も半端ない量だ。やはり体の大きな兵士達4000人となると、馬車1台分は軽く食べてしまうようだ。また、パンやパスタも村人たちに手伝って貰って焼いたり茹でたりしてもらった。


  今まで食べたことが無い味らしく、次から次へとお変わりが要求される。しかし、さすがに荷馬車2台分近い食肉を食べきるのは難しいらしく、かなり余ってしまった。勿論、全て村に進呈することにしている。焼いている最中に、ワイちゃんから念話が入った。こちらに来ていいかと言うのだ。特に断る理由もないので、『どうぞ』と招待したら、ワイちゃんだけではなくバイオレットさんまで来てしまった。さすがに全長100mもあるバイオレットさんは、皆の恐怖の対象でしかなく、一斉に逃げ始めてしまった。でも、人間の姿になると素っ裸になってしまうので、そのままでいて貰う。バイオレットさんには鹿肉を1頭分、ワイちゃんにはイノシシ肉を1頭分出してあげた。バイオレットさんは、器用に鹿の角の部分を取り除いて、後は丸のみしていた。ワイちゃんに上げたイノシシは、少し小ぶりだったので、そのまま丸呑みだ。


  僕が普通に話していて、次々と食材を出して渡しているのを見て、皆も安心して元の位置に戻ってきた。しかし、さすがにバイオレットさんからは30m位離れていた。ヒムラさんは、黒龍を見るのは初めてらしく、おそるおそる僕に聞いてきた。


  「あのう、私は伝説の黒龍を見るのは初めてなんですが、あの黒龍はゴロタ皇帝陛下のお友達か何かなんですか?」


  「うん、あの大きいのがバイオレットさん、小さいのがワイちゃんと言うんだ。一応、親子なんだけど、あと、一番大きいブラックさんは今日は来ていないようだね。」


  「え、まだ大きい黒龍がいるんですか。」


  「うん、黒龍は長命種なんだけど、生きている間中、成長するみたいだね。ブラックさんなんか、300m位のサイズじゃないかな。」


  「そ、そのブラックさんと言うのも、お友達なのですか?」


  「うん、友達と言うよりも友達のお母さんと言う感じだね。ワイちゃんのお祖母ちゃんらしいけど。」


  ヒムラさんは、ゴロタ帝国の紋章にドラゴンが描かれている理由を、今初めて納得したようです。





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  セント・インカン市では、閣僚達による機密会議が行われていた。ブレードナット宰相を始め、主要閣僚皆がこのまま戦争を継続する気はサラサラなかったが、干戈を交えずに降伏する訳にも行かないし、どうしたら良いのか分からなかった。ベンジャミン国防軍総司令官は、1名の兵士も死なせたくないので、停戦するならば、明日、降伏の使者を走らせるのが一番だと考えていた。もし、許されるならば自分がその使者を仰せつかっても良いと考えていた。しかし、閣議ではなかなか結論が出なかった。問題は、今、後宮の中で獣人の娘を蹂躙している国王陛下だ。国王陛下の命令は、『領土を潜脱する輩は殲滅しろ。』の一点張りだ。作戦もなにもない。今日、後宮の一部が損壊したというのに、爆撃を免れ無事だった部屋で、また新たな愛妾を閨に呼び込んでいる。まるで盛りの付いた犬のようだ。


  通常、このような国家の危機の場合は、国の統治者である国王陛下が陣頭指揮に立ち、兵士を鼓舞し、作戦を聞き、そして外交的手腕で和平の道を求めるのがあるべき姿であるにも関わらず、そのような事には全く関心が無かった。北方の小国連合が攻めてきたときも、事の発端は、獣人狩りを無断で行ったからに他ならない。それなのに、一度たりとも北方戦線に督励に行ったことはなく、ましてや最前線で戦うなど想像すらしていないだろう。


  ブレードナット宰相は、11台続いたインカン王朝の崩壊が近いような気がしてきた。本来なら、現国王陛下には引退願い、後継者が政治・軍事の表に立って貰いたいのだが、若い時からの変質的な性向のために、人間の女性とまともな夫婦関係が営めず、今だ子に恵まれない。愛妾である獣人達は、陛下が飽きられてたらお役御免で、どこか闇の中に葬り去られてしまう。というか、その役目も宰相の役とされており、そのための暗殺部隊を50名程雇っている。この暗殺部隊は、暗殺のみならず、器量が良いと言われている獣人の娘を攫ってくるのも大切な役目だ。このことは、衛士隊や国防軍には内緒だ。ベンジャミン達には、奴隷市場で掘り出し物を見つけて来たと言っているが、こんな小さな小娘が奴隷として売買されることは、いかに獣人の権利が薄いインカン帝国と言えども違法だ。10歳未満の子供は、奴隷として売買してはならず、また親が奴隷として売買された場合でも、子供は親と共に生活させることが義務付けられている。そのため、子供付き奴隷は、通常の2割程度高く売買されているようだ。


  そんなことを、ボーッと考えていたら、ベンジャミン国防総司令官からの質問があった。


  「宰相、それではこちらに向かっている者達以外の部隊は、撤収させるのではなく、一時待機という訳ですね。」


  「ああ、そうなるかな。」


  「なんか頼りない返事ですな。それで王命に逆らう事となりますが、その点は大丈夫なのですか。」


  「ああ、陛下には私から言っておく。もう、疲れたので本日の会議はこれで終わりにしよう。」


  結局、戦術・戦略についての話し合いは一切なく、侵攻部隊は、現在地点で待機、半数の部隊役10000名は、王都に引き返しているが、王都到着までは、近衛師団300名と衛士隊本部の要員200名で、この城を守ることになることとなった。しかし、今日の昼の攻撃を思い浮かべ、仮に10000名の兵がいたとしても、空からの攻撃にはなすすべもなく殲滅されるだろうことは、ここにいる皆が共通に持っている認識だった。


  それから1週間、B2爆撃機3機は、正午になると、どこかから現れ、王都近くの道路や広場に爆弾を落としていった。不思議なことに、周囲に建物がない場所ばかりであったため、死者は1名も出なかった。負傷者も音で驚いて転んだとか、逃げる人達に巻き込まれて倒れてしまったなど、爆撃とは直接関係ない原因での負傷者ばかりであった。


  ゴロタ帝国の部隊は、ミレア村に2個中隊300名が残っただけで、後の部隊は、それぞれ自分の隊に戻ってしまった。シルフが『M16自動小銃』の保管管理をしっかりするようにと指示をしていた。この世界の武器としてはオーバースペックなので、人間に対しての使用は最小限にするようにとも言っていた。よく分からないが、薬室の中には弾は装填せずにおくことと、銃だけを放置する際には、弾倉は自分で持ち歩くようにとも指示をしていた。


  この国には、弓以外に遠距離攻撃できる武器はほとんどなく、それも精々実用射程100m程度で、『M16』のように1キロ先の標的を狙うなど絶対に無理だった。そのため、遠距離から『M16』と対峙したら弓やクロスボウでは太刀打ちできるわけがなかった。魔法攻撃も遠距離攻撃ができるが、『ファイヤ・ボム』でさえ、300m飛ばすのが限界らしく、それ以上遠くなると、あとは近場の草木を燃やして延焼を狙うくらいしかできないのだ。


  そんなミレア村から早馬の伝令がサウス・アメリア市の離宮に到着したのが、開戦から10日目のことだった。今、と言っても2日ほど前だが、ミレア村に白い旗をかかげた王国国防軍兵士3名がやってきたとの事だった。僕は、事前にイフちゃんに聞いていたのだが、シルフの作戦では、直ぐに応対せずに暫くミレア村に滞在させていた方が良いらしいのだ。実は、現在、セント・インカン市に密偵を放っているらしいのだ。どれほどの実力があるか分からないが、人間の密偵なので、ゴロタ帝国のイチローさんみたいにはいかないだろう。イチローさんは、犬人であることを除けば密偵としては最適なフィジカルとスキルを持っている。ただし、犬人であるという目立つ要因があるため、人くしての捜査は苦手であるという、密偵としては致命傷となる特質があるのは、本人たちには内緒にしておこう。

  

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