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第2部第71話 開戦しました。

(8月1日です。)

  インカン王国の首都であるセント・インカン市の中心部にある王城では、大変な騒ぎだった。王城北側つまり国王陛下が寝起きしている後宮部分はほぼ壊滅した。幸いなことに国王陛下は謁見の間にいたので何を逃れたが、何人かのメイドと愛妾が犠牲になったらしい。続いて、中庭が業火に包まれ、通常の水魔法士では消火が出来ないほど燃焼だった。この国では未だ開発されていないトルエンやナフサが混合された焼夷弾だ。よほど大量の水をかけて燃焼温度を下げないことには消火などできる訳がなかった。


  それよりも、もっと恐ろしかったのは、セント・インカン市の郊外での爆撃だ。ファイア・ボムどころのレベルではなかった。音もさることながら、地面が揺れるほどの振動が伝わってきて、いくつかの窓ガラスが割れてしまったらしい。攻撃があったのは、王都の西側の休耕地だったが、火薬の匂いと共に爆発の煙が偏西風に乗って王都一円を覆いつくしてしまい、この世の終わりが来たかと思われるような恐怖が広がって行った。


  爆撃がやんでからは、非難を始める市民で大混雑となってしまった。今回の攻撃は、市内を避けての示威行動のようだったが、あの爆撃が市内を直接襲ったら、ワイバーンからの攻撃以上の被害を受けてしまうだろう。しかも、あの恐ろしい空飛ぶ機械は20機もあったのだ。敵が本気だったら、王都は壊滅してしまう事は間違いない。今のうちに、王都を捨てて田舎に疎開しなければと荷物を満載した馬車が一斉に城門に向かっていたので、もうニッチもサッチも行かなくなっていた。このような時、本来なら国王陛下からの勅令が出されて、避難先や今後の防災について命令して貰いたいのだろうが、王城からは何も言ってこなかった。


  この爆撃は、王城内でインカン国王が麾下の貴族たちに督励の言葉を掛けようとしていた時に行われた。昨日、シルフが『開戦は正午』と言ったとしても、まさか正午丁度に攻撃を受けるとは誰も考えていなかった。ベンジャミン国防総司令官でさえ、昨日のように、急に王都内に敵兵が現れるかも知れないが、跳ね橋を上げ城門を固く閉ざしさえすれば、伝令を走らせた南方進軍部隊の内、1万程度はこちらに向かってくるので、その到着を待っていればよいと考えていた。今から思うと、一番最初にあの勅使が来たときは、空を飛ぶ機械で来たことを思い出した。あの機械が、あのような攻撃力を持っているとは全く予想外だった。あ、あの勅使と一緒に来た王国貴族、彼に事情を聞こう。


  急遽、ビンセント君が、ベンジャミン国防軍司令官に招集されることになってしまった。





  ビンセント君は、爆撃を受けた時、王城の謁見の間の、最も入口に近い末席に立っていた。ブレードナット宰相が、苦虫をかみつぶしたような顔で、『国王陛下が見えられる。皆の者、静かにせぬか。』と騒いでいたが、王都在住の貴族たちは、早く疎開したいのに、こうして呼ばれてしまったと不平たらたらだった。ビンセント君は、『王国の主要メンバーがこうやって集まって。このままでは危ないな。』と思っていたが、どうしようも無かったので、黙って立って、他の貴族たちの後頭部を見ていた。正午になり、国王陛下が、玉座に登壇しようとした矢先、突然、大音響とともに王城全体がグラグラと揺れた。その後、直ぐに、後宮の方から煙が上がってきたのだ。ビンセント君は、直ぐに『あ、爆撃が始まった。』と思い、取り敢えず姿勢を低くして入口の外に出て行った。今、攻撃されているのは後宮なので、国王陛下を直撃するつもりだったのだろう。と言う事は、後宮が一番危険だ。なるべく後宮からは慣れなければ。爆撃がやんだすきに、謁見の間から一番遠い、南側、つまり中庭に面した廊下まで退避した。


  ここまで来れば、大丈夫かなと思った瞬間、爆発音とともに、廊下の窓ガラスが割れて熱風が飛び込んで来た。ビンセント君、熱風をもろに浴びてしまった。ちょうど、廊下を西に向かって歩いているときだったので、左上半身を熱風に晒してしまい、廊下の壁にたたきつけられた。『あ、このまま死んでしまうのか。』そう思いながら、その場で意識を失ってしまった。


  気が付いたときには、どこかの部屋に寝かされていた。顔の左半分が痛いし、左目が見えなくなっている。左耳に違和感を感じる。きっと聴力を失ってしまったのだろう。左手を動かそうとしたら、変な感じがした。何も感じないのだ。恐る恐る、右腕で左腕を触ってみたが、そこには何も無かった。あ、左手が無いのか。特に悲しみは無かった。


  頭上から声が聞こえた。


  「気が付かれましたか。」


  「ここは?」


  「1階の大会議室です。負傷者は、取り敢えず、この部屋に運ばれて治療を受けています。あなた様は、左腕の火傷が酷く、また骨折もしていたため、このままでは壊死をしてしまうので、やむを得ず切断いたしました。」


  「切断した腕は?」


  「はい、普通なら氷魔法で腐らないように保存するのですが、生憎、氷魔法を使える魔導士が南方戦線に行っておりまして、あきらめてください。」


  『うん、しょうがないか。命があっただけでも良かった。ああ、眠たい。今日は疲れた。少し、眠ろう。』


  ビンセント君が、次に意識を取り戻したのは、ベンジャミン国防軍総司令官の伝令に起こされた時だった。起き上がろうと両手を床に着こうとしたが、左腕の無い事に気が付いて、右腕で支えながら起き上がった。上半身は、包帯をされているだけの裸で、ウールのガウン1枚が掛けられていたが、左腕の痛みがひどく、寒さはあまり感じなかった。


  「ドレーク・ビンセント卿ですか?私はベンジャミン国防軍総司令官の伝令のブレンと申します。総司令官閣下がお呼びです。歩けますか。」


  ビンセント君、黙って頷いた。そのまま、ブレンさんの後についていく。左目が見えず、左腕も無いので、どうもバランスがとりにくい。ふらつきながらもなんとかついていく事ができた。案内されたのは、2階の作戦会議室だった。かなり大きな部屋だったが、ゴロタ帝国の『白龍城』の会議室の呆れるほどの広さを知っているだけに、狭い会議室だなと思ってしまった。勿論、ビンセント君は、この部屋にくるのは初めてだった。


  作戦会議室には、大きなテーブルに地図が広げられ、色々な色の駒が地図の上に置かれていたが、ビンセント君にはよく分からなかった。ブレンさんが、ビンセント君のことを作戦テーブルの向こうに座っている体格の良い男の人に紹介している。きっとあの人が総司令官なのだろう。今日の昼、謁見の間にいたのかも知れないが、ビンセント君の位置からは前の人達の後頭部しか見えないため、誰が前に並んでいたかなど分かるはず無かった。


  「貴君がドレーク・ビンセント男爵かね。」


  「はい、数日前、勅使と共にこの城に戻った時にお目にかかったと思いますが。このように話すのは初めてなので。ビンセントとお呼びください。閣下。」


  「ほう、あの時は、失礼した。あの時、もっとビンセント君の話を聞けば、今日のような状況にはならなかったかも知れないと後悔しておるのじゃ。」


  ビンセント君、周りを見渡したが、国防軍の方々ばかりで、あの宰相グループはいないようだ。少しホッとした。宰相や王政の上層部は、貴族の階級で物事を判断するのが常で、その他大勢の男爵や準男爵など人間とも思ってないような扱いが多いのだ。


  「いえ、私こそ、もっと積極的に相手の戦力についてお話すればよかったのですが。申し訳ありませんでした。」


  「ふむ。ビンセント君は、他の貴族とは少し毛色が違うようだが、それは君の性格から来るものかね。」


  「いえ、今は敵となりましたが、ゴロタ皇帝と旅を一緒にし、またゴロタ帝国の帝都の居城にお伺いする中で、自分の立場と言う者が良く分かったのです。」


  「ほう、ゴロタ帝国に行かれたのか。もう少し詳しく聞きたいな。あ、すまん、すまん。立たせたままだったな。その椅子に座ってくれたまえ。」


  ビンセント君、ようやく座ることができた。総司令官の周囲には、国防軍の将軍や参謀が座っている。それでも南方遠征軍に将軍の殆どは出陣しているので、かなり少ないのだが。


  「ところで、今日、敵が使用してきた機械、あれは何かね。どうして空を飛べるのだ。」


  「あの機械は、『飛行機』というそうです。ここから、サウス・インカン市までの600キロは、20分程度で飛行できるそうです。」


  「なんと、600キロを20分、と言う事はワイバーンどころの速さではないな。それで、あれは何故飛べるのかね。」


  「よくは分かりませんが、すみません。髪を1枚下さい。」


  下士官が、1枚のメモ用紙を持ってきた。筆記具も一緒だったが、ビンセント君、筆記具については、使わないからと返してしまった。おもむろに紙を折り始めた。二つに折って、端を重ねて、三角形に畳んで。この折り方はシルフさんに教わったものである。それから『揚力』とか『推力』とかいう話をしていたが、その辺は、ビンセント君には難しすぎたのでスルーしたのだが、とにかく、あの飛行機が飛ぶ原理は、この『紙飛行機』と同じらしいのだ。ビンセント君、紙飛行機を折り終わると、立ち上がって上に向けて飛ばした。紙飛行機は、スーッと真っすぐ空中を飛んでいき、ベンジャミン総司令官の頭の上を超えて、向こう側に落ちて行った。皆、固唾をのんで、紙飛行機の行方を追いかけていた。


  「これは『紙飛行機』と言うのですが、このように折れば、魔法など使わずに飛ばすことが出来るのです。あの大きな飛行機も同じ原理だと教わりました。」


  「ふむ、なるほど。これは我々には分からない原理を使っているようだな。それと、あの大爆発は、どんな仕掛けなのかね。」


  「あれは、爆弾といって、何百キロもの火薬を込めた鉄の弾を落としています。地上にぶつかると大爆発を起こすようになっているそうです。」


  「その、爆弾を落としていった三角形の『飛行機』は、どの位の数を有しているのかね。」


  「はい、その点については、国家機密と言われて教えて貰えませんでした。ただ、あの爆弾よりもゴロタ皇帝の放った大魔法の方が数百倍も威力があったように思われます。サウス・インカン市の騎士団本部を殲滅したときは、たった一発の大魔法で、半径3キロメートル以内は、何も残っていませんでした。というか、そこには溶岩が煮えたぎった火山の火口のようになってしまっていました。」


  皆、沈黙してしまった。我が国は、とんでもない相手を敵にしてしまったのではないだろうか。あの伝説の人魔大戦、あの大戦以来の危機が訪れている気がしてならなかった。




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