第2部第68話 開戦準備その4
(7月27日です。)
グレコの部隊は、輜重隊と言えども、護衛の兵士達もおり、野盗らに襲われても対応できるだけの戦力は有しているが、魔物に対してはどうだろうか。基本的には、魔物は冒険者に対応して貰っている。魔法やスキルなど超人的な能力を持っている冒険者でなければ、魔物の人外な攻撃力や防御力に対抗できない。勿論、グレコ大尉は、魔物と戦った事はない。いや、士官学校時代に実習として、ダンジョンに潜ったことがある。あの時は、第1階層のみで、ゴブリンとオークしか出現しなかったし、グレコは後方に下がって観戦するだけだった。敵の数が多い時は、同行してくれた冒険者が殲滅魔法を放ってくれたので、不安は少しも無かった。それよりも、一人1体ずつ魔物の胸から魔石を抉り出すのに苦労した記憶があった。
グールという魔物は良く知らないが、ジャン副官の話では、フィジカルが信じられない位高く、絶対に接近戦をしていけないそうだ。それに、中途半端な怪我は、直ぐに快復してしまうので、なかなか戦闘力を減らすことができないそうだ。
通常、グール1体に魔導士を含んだ1個中隊で対処するそうだ。という事は、我々では完全に戦力不足という訳だ。打つ手は二つだ。我々の戦力プラス村人達で魔物に対抗する。失敗すれば全滅だ。もう一つは、一旦村を捨てて王都に避難する。冒険者ギルドに再度依頼をかけて討伐して貰う。まあ、リスクが低いのは後者だろう。取り敢えず備蓄食料を全て荷馬車に積み、夜になる前に村を出発することにした。この村は、豊作だったのか、備蓄食料が潤沢だった。グレコ達の準備した荷馬車100輛の内、半分以上が満載になった。出発の準備は整った。村の者達約1200人と一緒に、急いで村を出発した。残りの村民は、魔物に喰われるか、既に逃げ出した様だ。
なるべく村から離れ、今日は野営になるだろう。食料は十分すぎるほどある。途中の村でも追加購入が出来れば良いのだが。野営に適した場所を見つけた。近くに泉がある丘に囲まれた場所だ。これなら警備も少なくてすみそうだ。村人達は粗末なテントとマットレスを出して野営の準備をしている。夕食は、20人単位位でまとまって作っている。
グレコの分はビルが作ってくれる。作ると言っても、具の少ないスープだけだ。後は、干し肉と固くなった黒パンだけだ。食事中、野営地の一方が騒がしくなった。何だろう。喧嘩だろうか。しかし、理由は直ぐに分かった。魔物が襲って来たのだ。野営地の端から端まで200mもある。月は出ているが、もう辺りは真っ暗だ。何が起きているか分からない。村人達は、音のする方から反対側、グレコ達の方に集まって来ている。
グレコ達も一斉に剣を抜く。今日の部隊で剣士は30人程、後は兵士とは言え、荷馬車を運ぶ専従員だ。不味いことに、弓は暗くて使えない。焚き火の灯りで僅かに見える魔物は、グレコが見たことのないものだった。身体が2m以上あるだろうか。元はどんな服だったか分からない様なボロを纏っている。何かを振り回して、剣士達を薙ぎ倒している。何だろう。その時、焚き火に何かが落ちたのかパーっと燃え上がった。魔物が手にしている物が見えた。それは頭がない剣士の死体だった。足首を持ってグルグル振り回している。四方に血が飛び散っている。その死体をぶつけられた剣士が20m吹っ飛ばされた。その先にはゴブリンどもが待ち構えていた。寄ってたかってトドメを刺され、ゴブリンどもの餌になっていた。
剣士達の防御陣を突破してこちらに向かって来た。奴らの狙いは分かっている。肉が柔らかい女・子供達だ。戦闘要員の剣士達がまるで歯が立たない。輜重車担当の兵士達や臨時雇いが戦える訳がない。グレコは、大声で叫んだ。
「男達は、円陣になれ。女・子供たちを守るのだ。」
若い女性と子供達が一塊になる。その周囲を老人たちが囲む。そのまた外周を村の男達が囲んでいる。一番外周はグレコ達兵士達だ。兵士たちは、皆、剣を抜いた。『ああ、魔法使いを何人か連れて来ていれば良かった。』と、グレコは思ったが、今更後悔しても遅い。グールが、その醜い姿を現した。傍の焚火の灯りで醜悪な顔が良く見える。身長は2m位だろうか。通常の男性より少し大きい位だが、異形なのはその顔だ。鋭い牙が下顎から伸びている。眼は、三角形で赤く光っている。皮膚の色は、暗いので良く分からないが、灰色と緑色の中間のようだ。
3匹のグールの後に、モゾモゾとゴブリンどもが付き従っている。グールは、手に何も持っていない。得物など何も持たなくても、30人近い剣士を殲滅してしまったのだろう。グールの血塗られた手と口を見て、グレコは自らの死が近いのを感じた。剣を両手で構えて見たものの、剣のレベルが初心者から毛の生えたレベルのグレコには、まったく自信が無かった。グールは、一旦、立ち止まった。グレコ達の様子を見ているようだ。目的物が、人間達の塊の中心部にいるのを確認してから、手を挙げた。それが合図だったのだろう。ゴブリンどもがワラワラ向かってきた。最初は、ゴブリンが相手になるようだ。ゴブリンと言えども、数が多い。グレコ達残された兵士にとっては、強敵になってしまう。やみくもに剣を振っている兵士にゴブリンが、木の棍棒で打ちかかってくる。一人、二人と兵士達が倒れていく。グレコの前にも3匹のゴブリンが向かってきた。
グレコは、大きく剣を振りかぶって打ち下ろした。もう、相手など見ていない。当たれば良いと思って振っているだけだ。剣が、地面にぶつかってしまう。難なく剣を躱したゴブリンが、グレコの足下に棍棒を振ってきた。『ゴキッ』という鈍い音とともに、右足の脛が折れたのが分かった。たまらずに膝ま付いてしまう。あ、このままではやられてしまう。グレコは、低い姿勢のまま、剣を左右に振る。1匹のゴブリンの腹を剣が薙ぎ払った。ゴブリンどもは、思わぬ反撃に一旦下がって行く。しかし、グレコの隙をじっと伺っている。これ以上、奴らと戦っても勝利への展望が見えない。
『ああ、このままやられてしまうのか。』
グレコは、あきらめの気持ちが大きくなってきたのを感じた。
「隊長、大丈夫ですか?」
ジャン副官の声が聞こえた。
「ああ、まだ戦えるようだが、脚の骨が折れてしまったようです。もう、動き回ることは出来ないみたいです。」
「後ろに下がってください。なあに、ゴブリン相手なら、やられるような私ではないですよ。」
ジャン副官の力強い言葉を聞き、少しほっとした。しかし、それは気休めでしかないことは良く分かっている。あの恐ろしいグールが相手では、いかにジャン副官といえども太刀打ちはできないだろう。
その時、グールが1匹のゴブリンを掴んで、グレコの方に投げ付けて来た。不意を突かれたジャン副官の正面に直撃した。たまらず倒れこんでしまったが、それを見たゴブリンどもが一斉にジャン副官に襲い掛かってきた。グレコは、ゴブリンどもに集中攻撃を浴びているジャン副官を助けることもできず
、自分の命も間もなく消えてしまう事を覚悟してしまった。
自分が死んでも、実家の男爵家は弟を後継ぎに据えるだろうと思うが、当分の間は、父上がいるので大丈夫だろうし、今から考えれば幼い弟たちにもっと色々教えておきたかった。ああ、この前、母様のい言う事を聞いて、婚約をしておかないで良かった。相手を悲しませなくて良かったな。そんな事を考えていた。
あ、なんだ。あの光は。死に際して、天使様でも現れたのかな。グレコ達のエンジンとグールの間に白く輝く光が現れた。その光を見て、ゴブリンどもが警戒を強めている。光の中から異形の姿の者が現れて来た。身長が150センチ位で、上下を緑を基調としたまだら模様の作業衣だが、王国では見ない服だ。一番変わっているのは、頭で、やはりまだら模様の半円形の帽子をかぶっているが、何か眼鏡のような目が一つ飛び出ている。眼鏡のせいで、顔は分からないが、帽子の後ろから金色の髪が伸びているので、女の子かも知れない。
その子は、鋼鉄製の筒のような機械を両手で抱えているが、その筒の先からゴブリン達に向けて炎が噴き出て来た。音も物凄く、『バババ!』という音が夜の静寂に響き渡って行く。その後、光の中から、その子と同じような服装をした小さい男達が10体ほど出てきて、ゴブリン達に向けて一斉射撃を始めた。ゴブリン達がバタバタ倒れ始めていく。あっというまにゴブリン達は一掃されてしまった。続いて、最初に出て来た子が、グールを狙って、鉄の筒から火を吐き出す。
バババ! バババ! バババ!
グールの身体に次々と何かが着弾しているようだ。そのうち、小さな男達も、グールに向けて撃ち始める。
ドスーン!
1体のグールが、地響きを立てて倒れてしまった。その時には、次のグールに向けて一斉射撃だ。逃げ出そうとしていたグールが、アキレスを撃ち抜かれたのか、その場でもんどりうって倒れてしまう。ゴブリンの死体をまたぎながら、倒れたグールに向け、近づいていく。あ、グールの頭が吹き飛んでしまった。脳漿をまき散らしながら、そのグールはピクリとも動かなくなった。最後の1体のグールは、踵を返して逃げ始めた。これで戦闘は終わった。
グレコは、傍で倒れているジャン副官を介抱しながら、ジッと応援してくれた部隊を見ていた。何故だか知らないが涙が零れてきた。死への恐怖が去り、生きているんだとの実感。誰かは知らないが、あの人たちは、グレコの、いやここにいる全員の命の恩人だ。
最初の子が帽子を外した。ふわりと金髪の長い髪が揺れて、現れたのは、グレコがずっと思い描いていた女の子にそっくりだった。
『ああ、こんな子が本当にいたんだ。』
グレコがボーッと見続けていると、その子は、グレコの方に近づいて来た。
「あなたが、この部隊の隊長ですか?」
「はい、そうです。皆を連れて、安全な村まで逃げる途中でした。」
「そうでしたか。では、この『ゲート』を王都に繋げますので、全員で避難してください。転移先は、王都の国防軍本部前でよろしいですね。」
グレコはゲートとは何か知らなかったが、言われるがままに、もう一つ現れた光の輪を潜って行った。その先は、あの子が言った通り、王都の国防軍本部の前だった。全員が、こちら側に転移してきたあと、『ゲート』と呼ばれる転移の光が消えた。あの子は、王都には転移して来なかった。




