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第2部第66話 開戦準備その2

(7月24日です。)

  会議室では、シルフが今後の事を説明していた。この前の親書にも書いていたが、領土割譲後の王国の処遇についてだ。このまま、平和裏に条約交換が出来れば、王国には絶対に危害を加えない。ただし、たった一つの例外を除いてはだ。その例外が発生していなければ、王室は安泰、これからも南アメリア統治領から発生するであろう税収は、3年間は保障されるし、衛士隊の派遣等の経費は一切かからなくなるので、結局プラスになるはずだ。ただし、3年間が経過した後には、税収が上がらなくなるが、交易等により関税収入が見込まれるほか、商人たちの年収が上がることにより税収増も見込まれるであろうとの説明だった。


  ベンジャミン国防長官が口を開いた。


  「その、たった一つの例外とは何でしょうか?」


  「これは、今までのゴロタ帝国の成り立ちをお知りになれば直ぐに分かるのですが、ゴロタ皇帝陛下は、『専制と隷従』、『弱者の蹂躙』が最もお嫌いです。特に婦女子に対しての理由のない凌辱と虐待については、たとえ国王陛下に対しても絶対に許しません。そのため、ここゴロタ帝国では多くの王室が消失しましたし、領主に至っては何人殲滅されたか分かりません。」


  「若しインカン国王が、そのような事をされていたら、今回の領土割譲に関する申し入れは無かったことにしてください。領土割譲ではなく、王国の崩壊のための行動を起こします。我がゴロタ帝国がインカン王国に無条件に侵攻し、王室の瓦解を図るでしょう。分かりやすく言うと、国王陛下を亡き者にして、ゴロタ皇帝陛下が、インカン王国からゴロタ帝国への執政権の移譲を宣言します。」


  「そのようなことになれば、当然、地方領主たちは叛旗を翻すことと思いますが、今回のブキャナン領平定の際のゴロタ帝国軍の働きを見ていただけると、それがいかに無駄な抵抗かお判りになると思います。その辺のことについては、帰国のビンセント男爵がすべて見聞きしておりますので、なんならお聞きになってください。あ、いま呼んできましょう。」


  そう言って、シルフは、ゲートを開き、向こう側に暫く行っていた。帰って来た時には、ビンセント君と一緒だった。ビンセント君、急に呼び出され、転移した先には、ブレードナット宰相とベンジャミン国防軍司令官が座っている会議室だったので、超緊張してしまった。今は、普段着を着ていたが、こんな事なら式典用の一張羅を着てくれば良かった。シルフさん、何も言わずに『ちょっと来て。』で呼ばれたのですが。


  ブレードナット宰相は、ビンセント君を覚えていなかった。はっきり言って、王室で勤務する事務官の顔と名前など覚えきれるものではない。管理だけで数千人はいるはずだった。このビンセント男爵、どこの部署で働いていたのだろうか。そんな事より、先ほど言われた『一つの例外』のことばかり気になっていた。ブレードナット宰相は、このゴロタ皇帝には絶対に秘密が知られてはならないと思うのであった。


  ベンジャミン司令官は、事務官の顔など一人も覚えていなかったので、この若い男が、自分と同じ男爵だと言う事に少しイラっと来ていた。生まれが男爵家なら、あまり苦労もせずに家督を継ぐときに自動的に叙爵されるのだ。自分のような平民は、年に一度の叙爵会議で候補に名前が挙がってから、叙爵決定まで普通で10年かかってしまう。その間、ずっと名前が上がり続けなければならない。国防軍の場合には、貴族が就任することとされている大将に空きが無ければ駄目だし、空きがあっても、貴族の子弟に候補者がいる場合には、平民での自分では大将になる可能性などない。


  やっと対象になれたが、その際に漸く『準男爵』に叙爵された。それまで10年間、ずっと国防軍司令官と副官それに大将8人に賄賂を贈り続けて来た。そうして対象になれたのが、5年前、国防軍総司令官が北の前線で戦死したのが、1年前だ。あの時、本当に戦死だったのかと自分に疑いがかかったが、その時は、部隊も後方だったし、戦死の状況も敵の攻撃を受けていたことを証言する者もいたので、疑いが晴れ、北方戦線に勝利することを条件に男爵に叙爵されて国防軍総司令官となったのだ。


  そんな事をフッと思ったが、もうすぐ退官するであろう自分は、これからどうしようか。このゴロタ帝国とたたかったら、自分たちは勝てるだろうか。もし、戦ったら将兵は一体何人死んでいくのだろうか。今まで死んでいった将兵の顔を思い浮かべながらも、無表情にビンセント君を見ているベンジャミン司令官だった。


  これで、会談は終わりだ。これから二人をインカン帝国に送るのだが、ゲートは使わず、あえて皇帝専用機で送ることにした。皇帝専用機は、『タイタニック号』だ。ジュラルミンの機体に、ミスリル銀をメッキして強度を上げている。屋上に着陸した『タイタニック号』は、紺碧の空と白い雲を機体に映し出している。垂直尾翼には、王室の紋章、黒い竜と赤い剣が描かれた蒼き盾が特徴的だった。タラップを昇って機内に入る。中には、シルフそっくりのキャビン・アテンダントが4人整列して迎え入れてくれた。機内は、豪華な造りで、本革製のソファが人数分セットされていた。ふかふかの絨毯を踏んで、各自、座席に着いた。CAがシートベルトを締めてくれたが、ミニスカートから伸びている綺麗な足が眩しくて、ビンセント君は顔が真っ赤になっていた。


  きっと轟音だったのだろうが、機内では、少しの排気音しか聞こえない。フワッと揺れたかと思うと、徐々に高度を上げていく。機内アナウンスが入ってきた。


  『本日は、ご搭乗ありがとうございます。私は、当機『タイタニック号』の専従パイロットです。当機は、これより東へ1万3000キロ飛行しまして、現地時間の午後3時30分、目的地であるセント・インカン市の王城前に到着する予定です。シートベルトのサインが消えるまでは、お外しにならないでください。』


  現在、インカン王国時間で、午前10時30分だ。約5時間で1万3000キロとは、ベンジャミン司令官の感覚では理解できない速さだ。そんな事より、このような機械があれば、あっという間に兵力が移動できるので、戦略的に絶対に有利に違いない。本当は、このような機械が何台あるのだろうか。そして、この機械の本当の戦闘力はどのようなものなのだろうか。そんな事を考えていたが、途中、睡魔に襲われてしまった意識がなくなってしまった。


  起こされたのは、お昼過ぎだった。食事の時間らしい。ソファの前のテーブルには、豪華な食事が並べられていた。食前酒の白ワインが出されたが、かなりアルコール度数が高いワインだ。それから、オードブルに始まり、海や川、山や森の特産品がふんだんに使われたコースが提供された。魚料理の時は、白いワイン、肉料理の時は赤いワイン、それにもっと度数の高いワインの蒸留酒も提供された。たっぷりと食事を楽しんでいたら、既にインカン王国領空内に入ったとのアナウンスがあった。もうすぐ着陸だ。デザートのフルーツタルトを食べながらコーヒーを飲んでいた時だったが、着陸まではもう少し時間がかかるので、ゆっくり召し上がってくださいとシルフに言われた・


  機体は、高高度から徐々に高度を落とすとともに速度も落としているようだった。少し耳がおかしいのは、気圧の変化のせいだろうか。初めての変化にブレードナット宰相は、顔が青ざめていた。機体が少し傾いたのか、窓の外にはサウス・インカン市が見えて来た。城壁に囲まれた小さな街だった。その周りに広がるスラム街の掘っ立て小屋。城内も、雑然としている。そんな街の中で、威容を誇っている王城だったが、あの『白龍城』とその周囲の官庁街を見た後では、どうしても貧弱に見えてしまう。王城の中庭は、少し狭いのか、王城正門の濠の前に広がる王城前広場に着陸するようだ。エンジン音がひときわ高くなる。さあ、到着だ。ブレードナット宰相、ベンジャミン国防軍総司令官そしてビンセント君の3人がタラップから降りていく。ビンセント君、さようなら。シルフは、ビンセント君をこのまま放置するつもりらしかったが、きっと、ミリアさんが許してくれないだろうな。僕は、ぼんやりとそう考えてしまっていた。


  インカン国王陛下の居城である王城は、行政府の最高執行機関でもあり、城内には、3000人もの兵士や職員が勤務していた。国王陛下は、平素、3階の北側にある後宮にいて、殆どそこから出て来ない。3階の南側は、式典会場や拝謁の間兼大広間になっている。一度に500人も入れる大広間は王国内一の広さを誇っていたが、『白龍城』の会議室ほどの広さしかない事が分かり、何故か色あせて見える。式典会場に至っては、廊下位の広さしかないのだ。閣議は、2階の中央にある閣議室で行われるが、国王陛下が降りて来られることはほとんどなかった。しかし、今日は、いつもと違い、呼ぶ前から閣議室に降りて来ていた。あの銀色の空飛ぶ機体を見たのだろう。この前、シフルが飛行してきた機体とは明らかに違う大きさと美しさだった。


  「ベンジャミン、ブレードナット。其方らは、あの奇妙な機械から降りてきたが、あれはどのようなものじゃった。」


  「はい、あれは『飛行機』とか申しまして、ゴロタ帝国のみで生産している者だそうです。高く上がれば、王国を2時間で横断できるそうです。」


  「なんじゃと、2時間で横断。馬鹿を申せ。我が王国は東西で5000キロはあるぞ。」


  「御意。しかし、陛下。あの飛行機なる機械。最大速度で飛行すれば、我が王国はあっという間に通り過ぎてしまうとのことでした。」


  国王陛下は、もう興味を失ったのか、そのまま何も言わずに後宮に戻って行った。ブレードナット宰相は、今日、ゴロタ帝国に行って受けた相談について、皆に披露した。特に、今後の王国の行く末について。しかし、皆が一様に困ってしまったのは、国王陛下のし好についてだ。獣人の少女を犯し、蹂躙し殺すあの困ったし好だ。ここにいる閣僚たちは、そのことを十分に知りながら国王陛下におもちゃを与え続けたのだ。ゴロタ皇帝陛下からは同罪と処断されても仕方が無かった。そのことも、皆にしっかりと伝えた。これで閣僚達の方針は決まった。開戦だ。

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