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第2部第60話 ブキャナン侯爵領の叛乱その1

(7月4日です。)

  サウス・インカン市のホテルに戻ったら、すでに午前0時近かった。なのにイリス隊長がホテルロビーで待っていた。緊急の用件のようだ。聞くと、ブキャナン配下の貴族たちが叛乱を起こしたそうだ。というか、もともと未だ平定をしていないのだから、叛乱というよりも内乱と言うほうが近いだろう。ブキャナン侯爵の部下だった子爵1人と男爵2人、準男爵3人だ。みな、サウス・インカン市の北側及び北東側の領地を持っている貴族たちだ。現在、北東にあるブレメン市長兼ブレメン子爵を旗印に、全貴族が終結をしているらしい。その数、およそ8000だそうだ。そのうち、騎士が4000、後は町のゴロツキや冒険者達を金で雇ったらしい。いわゆる混成部隊だ。


  イリス隊長は緊張した顔だ。現兵力は、衛士隊200名だけだ。イリス隊長が困っているのも良く分かる。彼らは、今、どこにいるのか聞くと、密偵の報告によれば、ここから北東に300キロ離れたブレメン市の郊外に大規模な駐屯地をつくっているらしいのだ。ブレメン市は、ブレメン子爵が長らく領主をしており、鉱山収入で裕福ではあるが、農作物が不作のため、高い穀物を国王陛下直轄領から購入しているため、財政的には厳しくなっているそうだ。


  イリス隊長は、冒険者ギルドに応援要請をすべきだと言っていたが、シルフは『必要ない。』と回答していた。衛士隊の皆さんには、市民の動揺を抑えるための活動をお願いした。特に、騒動に乗じて商店を襲ったり、暴行事件が起きないように市内パトロールを徹底して貰いたいと言う事だった。イリス隊長は、不安そうだったが、取り敢えずシルフの要請に応じることになった。ブレメン子爵たちの叛乱については、明日、偵察してから判断することにしよう。迎撃部隊は特に考えていない。敵は徒歩部隊なので、1日に30キロ程度の進軍になるだろう。概ね10日程度でサウス・インカン市に到着するはずだ。通過する都市も貴族たちの所領なので、略奪等は無い筈だ。そう考えると、会敵場所は、こちらの都合の良い所にできるという訳だ。


  こちらの都合の良い場所とは、大規模破壊攻撃をしても、周辺にあまり影響のない場所という訳だ。とりあえず、明日、偵察機を飛ばすことにしよう。






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  7月5日の朝、かなり遅い時間に皆が起きた。結局イリス隊長がホテルから帰って行ったのは午前1時過ぎだったからだ。ホテルに無理を言って、遅い朝食を食べてから、のんびりと町を見物に歩いてみる。至る所に2人一組の衛士さんが立っている。略奪とか暴動などは全くなさそうだ。でも、市民達は不安そうだった。苛政だったとは言え、ブキャナン侯爵がいなくなった今、貴族たちが引き連れてくる騎士やゴロツキを押さえる者がいないのではないかと不安なのだ。ブキャナン侯爵配下の騎士団3000名を壊滅させたゴロタという男の事は、誰も良く知らなかった。何でも、今年度の税金は免除すると言っているそうだが、そんなこと有り得ない。誰も信用していなかった。そんなヒソヒソ話を聞いた僕は、叛乱軍との戦争の前に、人心の把握が喫緊の課題であると感じてしまった。


  この日、僕とシェルは、教会に併設されている診療所に行って見ることにした。それほど大きな診療所ではなかったが、ベッドが所狭しと並んでいる。すべてのベッドには患者さんが寝ていた。そればかりか具合の悪い市民の皆さんが、診察室前に並んでいた。治療は、『ヒール』が使えるシスター達が幹部の治療にあたるほか、薬草から作った薬を処方している。まあ、普通の診療所レベルだ。


  僕とシェルは、白衣に着替えてから、診療所のベッドを見て回った。ほとんどの患者は、怪我や体の中に悪性のオデキが出来て具合が悪くなった人たちだった。怪我は僕の『復元』スキルで骨をくっつけ、傷口を塞ぎ、ほんの少しだけ血管や神経を作って治療できた。悪性腫瘍は、シェルの『治癒』スキルである程度除去することが出来た。しかし、大きすぎて『治癒』スキルでは間に合わない場合は、僕が『念動』で内部から切り取り、そのまま、『転移』させて除去してしまう。20人位を治療している間に、診療所の前は大変なことになっていた。『聖女』が現れて、次々と怪我人や病人を直しているという口コミが広がっていたのだ。シスター達は、来所した人たちの整理にあったていた。ビンセント君とミリアさんにも患者の整理をお願いした。すべての患者を診終わった時は、もう夕食の時間だった。僕達は、街の中心にあるレストランに行って、ディナーを取ることにした。メリちゃんも一緒だったが、レストラン側から断られることは無かった。それどころか、他のお客さんが寄ってきて、今日の治療に対して感謝の言葉をかけてくれた。


  うん、この調子で、街の人達のために活動をしていけば、皆、僕の行おうとしている市政に共感を持ってくれるだろう。これから、領内一円に関して、領民が安全で安心して暮らしていける政治をしていけば、きっと今よりもグッと生活レベルが上がって行くはずだ。今日は、わずかな人達の怪我や病気を治療しただけなのに、これほどの反響があるのだ。これからも頑張って行こう。


  この日、シルフが偵察から帰ってきた。高高度からの偵察だったので、敵部隊は、飛行機雲を認めただけだったろう。偵察そのものは、衛星画像である程度解析できるのだが、やはり目視及び直接撮影が大切らしいのだ。


  敵部隊の兵士数は、概ね8000名は間違いない所だ。主な遠距離武器は投石器位で、騎馬隊が500名位だろうか。進行速度は、時速4キロと標準的だ。やはり、到着には10日は要するだろう。


  会敵場所は、サウス・インカン市の北東5キロの地点の広い河原が選定された。源流は北の山脈から流れてきており、王都の東側を流れて来てから、ブキャナン領に入ってから東へ大きく曲がっている。そのため、屈曲部辺りでは毎年水害が出ているようだ。その川に架けられている橋の近くに広い河原があり、芦が密生しているが、今は枯れてしまって見通しが良くなっている。敵は、きっとそこで部隊を休ませるはずだ。そこを攻撃しよう。


  それまでの間、フォックス子爵領とサウス・インカン市及び周辺の町や村の実情を調査して歩くことにする。イリス隊長とケバック長官が同行している。サウス・インカン市の周辺は、フォックス市ほどではなかったが、非常に危機的な状況だった。しかし、西の海岸から吹き込んでくる偏西風が弱められているのか、作況も少しマシなようだった。それよりも、どこでも小さな子供たちまで働いている。学校には行かないのか聞いてみると、この辺の子で学校に行くことができるのは、地主や商店の子供だけで、地主から土地を借りて農業を営んでいる者の子は、殆ど学校に行くことが出来ず、小さなころから家の手伝いで働くのが当たり前だそうだ。そのため、計算ができないどころか文字を読めない者もおおいそうだ。


  また、慢性的な栄養不良で、子供たちの多くは12歳まで生きていけないそうだ。僕達は、そんな村の一つに立ち寄った。人口2000人位の本当に小さな村だ。村長に面会をしてみる。村長は、貴族ではなかったが、この周辺の大地主で何百人もの小作農から地代として、収穫の2割を取っていた。それにブキャナン侯爵への年貢が2割、王国への上納年貢が1割、そして村への税金として1割を取られていた。男で一人で耕せる田畑には限りがあり、両親と兄弟それに子供達も全員手伝わせて、何とか暮らしていける。そのような状況で、干ばつや冷害に襲われたら、絶対に生きていけないだろう。


  村長に、今年の作況を聞いてみると、『ふん!』と言って答えてくれなかった。完全に僕を馬鹿にしているらしい。領都で何があったか良く分からないが、きっと僕と一緒のイリス隊長が陰で糸を引いているのだろう位にしか考えていないようだった。村長の家は、それほど大きくないが、かなり贅沢な作りだった。きっと、徴税官に賄賂でも送って、自分への課税を軽くしてもらっていたのだろう。


  この村では、既に年貢及び税金は支払済みだった。ケバックさんが、帳簿を診ながら、首をかしげている。


  「村長、この損金補填とは何ですか。」


  「あ、それか。それは一昨年の年貢が払えなかった者から、現金を徴収したのじゃ。まあ、女房か子供でも売ったのじゃろう。他に売るものなんかないらな。」


  あ、殺したくなってきた。でも、もう少し、我慢しよう。


  「でも、村長、この補填で入ったお金、税金を払っていませんよね。」


  「当り前だ。一昨年、地代が入らず、大損をしたんだ。ようやく、損を取り戻しただけで、税金など払える訳がないだろう。」


  うん、言う事は普通のようだが、何かおかしい。シルフが、地代の延滞は、売掛金と同じ扱いになり、資産収入となることから、収入の時点で課税されるべきだと教えてくれた。うん、やはりこの地主、税金を誤魔化している。僕は、その地代をやっと払った農家の人の所へ行くことにした。勿論、村長も一緒だ。逃がす訳がない。


  その農家は、村の外れにあった。村長が家に入って行くと、家の中では、小さな子供がお昼の準備をしていた。大人は、ここの主人らしい男と年老いた母親だけだ。奥さんは出かけていていないようだ。男は、村長を見ると、農機具の手入れを止めて挨拶に来た。


  「村長様、今日は何ですか。地代の残りは、来年の収穫の時でいいと言っていたではねえか。」


  「いや、そうじゃねえんだ。今日は、新しい領主が見えてな。」


  ケバックさんが、その男の言葉に飛びついた。


  「地代の残り、旦那さん、それはどういうことですか?」


  「はあ、地代は、毎年、去年分を払ってるだ。去年分だと、地代も1割分追加になるんで嫌だけんど、払えねえから、いつも3割払ってるだ。でも、今年は風が冷たくって、全然、収穫できなくって。とうとう女房まで街の女郎屋に年季奉公に出て、なんとか半分だけ払っただ。残りの半分は来年、4割で払うことになってるだ。」


  え、聞いていて良く分からなかったが、また、シルフが解説してくれた。普通の地代は、収穫の2割だが、払えずに翌年払いにすると3割に増額される。つまり、翌年は、翌年分と合わせると5割が地代だ。その他に4割の税金が徴収されると、もう1割しか残らない。そのため、今年の分は、来年に繰り延べさせて貰う。そうすると、永遠に3割の地代になる。しかし、それも払えないとなると、女房か子供を売って、地代を払うが、きっと地代の半分にもならなかったのだろう。残った地代は、さらに割り増しがついて繰り延べとなるという訳だ。そもそも地代の2割が高すぎる気がする。


  ケバックさんが言うには、どこでもそうらしい。しかし、納得できない。一生懸命働いて、それでも生きていくのがやっとなんて、絶対におかしい。僕は、ニタニタ笑っている村長の頭を爆破させたかったが、ジッと我慢して帰ることにした。あ、こっそり小麦袋を2袋置いてきたことは村長に内緒だ。

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