第2部第59話 『白龍城』一時帰還その2
(7月3日です。)
僕は、ビンセント・ゲシュタルト。王都の男爵をしているが、今、異国の皇帝陛下と一緒に旅をしている。本当は、幼馴染のミリアさんと二人だけのラブラブ旅行を期待していたんだけど、見たことも聞いたこともないような国の皇帝陛下と一緒の旅になってしまった。
その人は、エルフ族の奥様から『ゴロタ君』と呼ばれているので、余程年下かと思ったが、僕よりもずっと上らしい。でも、見た感じは身長こそ高いけど、僕と同じ歳くらいに見えるんだけど。
今日は、ゴロタ殿の皇居を訪問した。でも、この皇居、広さがハンパ無かった。奥行きが300mなんて、信じられない。しかも、このお城、大臣なんかがいるわけではなく、自分達家族だけが暮らしていて、他には、賓客の接遇や会議それと式典のためだけにしか使わないそうだ。宰相を始め大臣達はそれぞれの行政庁舎で勤務している。皇居の周りは庭園と森になっていて、正面の皇居前広場の先に、官庁街が広がっている。まだ建設中の建物もあるけど、インカン王国の行政庁よりも一つよりもかなり大きい。あと、北側には広大な森があって、帝立総合大学がある。附属幼稚園から大学院まであり、医学部・理工学部を始めあらゆる分野を網羅しているみたいだ。まだ学生募集をしていない学部もあるが、芸術学部や司法修習生養成所まであまり聞いたことのない学部が多かった。
大学の反対側、つまり皇居の南部には地平線の彼方まで家屋が並んでいる。皇居近くは大規模商店や、工房それに高級官僚の校舎などが並んでいるの。所々に森があるのは、市民の憩いの場所らしいのだ。お城の尖塔に上がって一番驚いたことは、街の大きさもさる事ながら、屋上に配備されている武器だ。対飛龍槍投機のバリスタみたいだが、シルフさんが、対空ロケットと言っていた。全部で16機32発が装備されていた。
皇居の前庭には大型のロケットが装備されている他、シルフさんが乗っていた飛行機が何機か止まっている。それに、さっきから何機もの飛行機が、離れたところを飛んでいた。
この国は、完全に異世界だ。こんな国と戦争するなんて絶対に無理だ。ビンセント君は、シルフさんが言っていた『戦争にならない。』という言葉がようやく納得できたのだった。
その後、時差ぼけを解消するために、少し仮眠を取ってから市内見物に出た。移動は、自動車と言う馬のない馬車だ。シルフさんが運転で、僕が助手席。ミリアさんとメリちゃん、セレンちゃんが後席だ。この自動車は、雷撃魔法などで発動する電気というものとモーターという機械で動くらしいのだが、音もなく、スーッと動くのには吃驚してしまった。市民の人達は路面電車を使っている。馬車や人力車は、殆ど使っていない。
僕はもう何を見ても驚かなくなっていた。何でもありのこの国には、絶対に戦争など仕掛けてはならないと固く思うのであった。
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その日の夜、大食堂でささやかな誕生パーティーが行われた。可愛らしいドレスに着飾ったマリアちゃんは、ビンセント君に警戒してクレスタの後ろから出て来なかった。妻達と婚約者それと婚約予定者とその家族、ささやかではあったが、それでも、皆、一堂に会しての楽しいパーティーだった。
パーティーが終わりかけた頃、やっと仕事から解放された僕が、大食堂に行くと、シェル以外の妻達が 立ち上がって行列を作っていた。先頭はエーデルだ。次にノエル、ビラ、シズ、ジェーン、フランちゃんと妻達が並ぶ。その後ろには、ジルちゃんやジュリーちゃんら婚約者や婚約予定者が並んでいる。リサちゃんやリトちゃんも並んでいた。
妻達とは長いキスをした。1人3分以上だ。婚約者や婚約予定者にはハグだけにしている。将来的には、婚約者には悪いけど、皆、婚約破棄とする予定だ。クレスタの死が尾を引いている。もう誰も死なせたく無かった。シルフは、大丈夫な薬を開発したと言うが、生まれた子の将来まで考えると、どうしても踏ん切りが付かなかった。まあ、マリアを見ていると、将来人外な存在になる可能性が多分にある。僕は、たぶん兄弟がいない。もし兄弟がいて、仲が悪かったらきっと世界が破滅してしまうだろう。創造の神様は、僕を必要として生まれさせてくれたのだろう。普通、魔王と精霊では絶対に子供などできない筈だ。そんな事を考えながら、ボーっとしていた。
今日の夜は、ニースタウンの別荘に行く予定だ。同行者は、エーデルとノエル、それとビラの予定だ。シズとジェーン、フミさんは次に来た時にしよう。あのう、シェルさん、あなたは今日はお留守番ですからね。
ビンセント君が、ゴロタ帝国の事を色々聞いてきたが、シルフに答えて貰った。人口や面積など、シフル以外には誰も知らなかったからだ。人口は、食糧事情の好転及び社会制度の激変により、これから爆発的に増加する可能性がある。現に、ニュータイタン市及びハッシュ市やエクレア市周辺ではベビーブームらしい。病院、保育園、幼稚園を早急に作らなければならないそうだ。小学校建築も着手しなければ間に合わない。あと、住居だ。今度、森を開発して大規模団地を作らなければならない。土地分譲もそうだが、集合住宅でもよいから、快適な住環境を整備するのが喫緊の課題だ。
さあ、食事が終わったので、解散しようとしたら、マリアが泣き始めた。まだ眠たくない。部屋に帰りたくないというのだ。クレスタが困っている。うん、しょうがない。僕が抱っこして暖炉の前のソファに座った。ドミノちゃんがピアノを弾いてくれた。ショパンのノクターンだ。柔らかな音で弾いている。マリアは段々眠くなってきたようだ。おおきなあくびをしている。あ、眠った。そっと奥の育児エリアに行く。広大なエリアの中にマリアの寝室がある。決して大きくない。というか極端に狭い。ローチェストとクイーンズサイズのベッドがあるだけだ。壁がほんのりと光っている。天井には、星が瞬いているように小さなLEDがはめ込まれている。そのまま、マリアをベッドに寝かしつけると、今に戻ろうと振り返った。クレスタが、ドレスを脱ぎ始めていた。クレスタ、あなた何を考えているんですか。
クレスタを押しのけて、皆が待っている居間に戻った。もう、エーデル達は小さな鞄を持って、出発の準備が終っている。ビンセント君が不思議そうに聞いていた。
「皆様、どこかに行かれるのですか?」
「ええ、今日は、ゴロタ殿とニースタウンにある別荘に行くのですわ。久しぶりですわ。」
ビンセント君、何が久しぶりかに気が付いたようで、顔が真っ赤になっている。この日の夜は、ビンセント君にとって眠れない夜になってしまった。
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次の日の朝、久しぶりのニースタウンの河原で剣の稽古をした。稽古といっても素振り用の木刀を1000本位振り、それから『明鏡止水流』の大剣の形をするだけだ。最近、大剣の形に少しアレンジを加えている。本来の大剣の形は、重く大きな大剣を両手で持って振り降ろすか振り回すような形ばかりだった。まあ、実物の大剣は、小さな物でも10キロ以上ある。そうそう器用に扱える武器ではない。しかし、僕にとってほとんど重さを感じない剣なので、ロングソードの形を織り交ぜている。最後の打突だけ、大剣の特性をいかしているが、その前まではロングソードのように自在に操っている。仮想敵に対して、躱し、摺り上げ、払いのけ、切る、突く、払いあげるなどの形をしている。今度、セント・ゴロタ市に移転してきた明鏡止水流総本部の師範に見て貰おう。
うっすらと汗をかいてから、別荘に戻った。既にノエルが食事を作ってくれていた。4人でまったりと朝食をいただく。皆の頬がピンク色なのは、部屋が暖かいだけではないようだ。半面、きっと僕の顔色は青いだろう。何故か知らないけど。
『白龍城』に戻ったら、またコリンダーツ宰相が待っていた。本日は、ゴロタ帝国上級代議員の認証式をやりたいというのだ。そんな式典なんかアンドロイドの僕にやらせればいいじゃないか。そう思ったが、黙って言うとおりにすることにした。国の法律を作るには2通りあって、皇帝直属の枢密院が発案したものを国民の代表である代議員議会に意見を貰い交付するものだ。これは、代議員議会はあくまでも意見を述べるにとどまり、公布するかどうかは、皇帝が決定する。もう一つは、代議員20名以上による発議か、各行政機関の発議により、代議員議員の過半数で可決され、その後枢密院で可決され公布されるものだ。公布するのはあくまでも皇帝個人であり、当然に拒否権がある。ゴロタ帝国発足以来、拒否権を発動したことは無いそうだ。
まあ、発議された法律は審議されるまえに、必ず皇室文書審査室の点検を受けなければならず、そのために皇帝事務室には、法律の専門家が何人も詰めているのだ。まあ、最終的にシルフの審査を通らなければ、その場で廃案となる訳だが。
上級代議員は、代議員の中から互選で選ばれる議員で、議長、副議長、委員会の委員長及び弾劾裁判所長だ。もう謁見の間に来て待機しているらしいのだ。ビンセント君、参考にぜひ見学したいというので、特に秘密にすることもなく、許可してあげた。皇帝用の貴族服に着替え、錫杖を持った。シェル以下7人の妻達も皇族夫人用のドレスに着替え、頭にはティアラを被っている。皆、右肩から斜めに大綬を掛け、大きな勲章を付けている。僕も、思いっきり胸に勲章を付けている。
2階にある謁見の間は、信じられない位広い。奥行きで100m、間口で50mはあるだろうか。隣はレセプション会場だし、奥は貴賓室や晩餐会場になっている。この謁見の間は、国防軍の1個大隊が余裕で整列できるように広く作っているのだ。すでに8人の上級代議員が緊張して並んでいる。あれ、見たことある人もいる。あ、ハッシュ村のジーク村長さんだ。間違えた。市長さんだった。へえ、物凄く出世したみたいですね。
皆が並んでいる所から20m以上離れている所定の場所に立つと、コリンダーツ宰相が上級代議員一人ひとりを紹介をする。僕は、ニコニコ聞いているだけだ。全員の紹介が終ってから、僕の挨拶がある。既に事務局で書きあげている文面を読むだけだった。
「皆さんは、国民から負託を受け、さらに代議院からも選任された名誉ある方々ばかりです。神聖ゴロタ帝国の発展と国民の幸福追求のために、鋭意精励されることを望みます。」
これで終わりだ。皆が深く頭を下げている中、僕はそのまま、奥の扉に向かう。シェル達が後に続く。うん、この式典のために、一体どれくらいの手間がかかっているか分からないが、政治とはこういうモノらしい。ビンセント君、僕がきちんと皇帝の仕事をしていることに、しきりに感心をしていた。




