第2部第54話 恐怖と戦慄の街その1
(6月29日です。)
僕達は、行政庁の市長執務室にいた。僕とシェル、後ビンセント君とミリアさんだ。メリちゃんとセレンちゃんはホテルでお留守番だ。イリス隊長側は副隊長と中隊長4月人が同席していた。ケバック長官側から、行政庁の総務部長と市民課長が参加していた。市長の次席は、ロンギ市長の腹心だったそうで、昨日、何者かに殺されていたそうだ。騎士団の後ろ盾が無くなった支配者層は粛清の対象にならざるを得ないようだ。後、司法庁、税務庁の幹部職員が参加していた。
会議の進行はシルフだ。次々と発せられる質問に、職員達はタジタジだった。
「それでは、この街の正確な人口及び所属と年齢構成はわからないのですね。」
「は、はい。」
「では、市民の要望や苦情を取り扱う部署はなく、また行政区という区割りも無いのですね。」
「は、はい。」
「それでは、小学校、中学校などの教育行政や病院、保健所等の医療行政も未実施なのですね。」
「は、はあ。」
「それと行政庁は、どのような行政をしていたのですか?」
「は、はい。主に侯爵閣下のお世話と定例会議の運営、それと侯爵邸や市長公邸の維持管理です。」
「それで行政庁職員は、何人いるのですか?」
「はあ、600人程。」
「分かりました。それでは、これからいう組織にそれぞれを配置して下さい。」
シルフは、ゴロタ帝国では普通にある組織を上げていった。ブロック総務部長さんは必死になってメモしている。
・総務部
・市民部
・建設部
・環境衛生部
・福利厚生部
・教育委員会
ブロック総務部長は、メモをしながらキョトンとしていた。各部局がどんな仕事をするのか分からないので、人員配置もどうして良いか分からないようだ。シルフが、明日までに詳細な事務分掌を作るので、それを元に編制することになった。
この市で絶望的なのは学校と病院だ。全て教会の慈善事業に頼っているそうだ。そういえば、この国の宗教ってなんと言ったかな。確か十字架をモチーフにしていたと思ったけど。
「喫緊の課題は、診療所と学校の建設、それと医師、看護師それと教員の要請です。それも明日までに基本設計を作っておきますから、検討をお願いします。」
「しかし、何分にも予算が・・・。」
「ご心配には及びません。ゴロタ帝国の一都市となったのです。全面的なバックアップがあるでしょう。」
え、シルフさん、聞いてないんですが?しかし、ビンセント君以外は、当たり前のように納得していた。ビンセント君は、インカン王国の貴族だし、王都に帰る途中の身だ。まさか、王都に隣接している侯爵領が他国のものになるとは思いもしなかった。思い切って質問してみた。
「あのう、それはインカン王国に対する侵略になるのでは無いのですか?」
「はい、見方によっては侵略になるかも知れません。しかし、インカン王国と戦争になるとは思えません。」
「それは、何故ですか。」
「圧倒的な戦力の差です。もし戦争になっても、30分で王国の戦力は喪失してしまうでしょう。」
ビンセント君は、黙り込んでしまった。確かに、ゴロタ殿の力は人外だとは思う。昨日の騎士団壊滅は、どのような魔法を使ったのか見当もつかない。しかし国王陛下直轄の騎士団は3万5千人もいるのだ。いかにゴロタ殿が極大魔法を駆使したとしても、たった一人では戦争にならないと思うのだが。
ビンセント君が何を考えているか、シルフには良く分かっているようだ。しかしそれ以上は言わない。戦う前に、こちらの戦力を明らかにするなどあり得ないからだ。もう、その話は終わりだった。
「次に、この領内の平定に関してです。ブキャナン侯爵の部下である貴族が8人、子爵が2人と男爵が3人、準男爵が3人です。この方々をゴロタさんに服従させなければなりません。最初に一番有力な貴族を屈服させる必要があります。」
イリス隊長が頷いている。ケバック長官が、手を挙げた。
「ケバック長官、どうぞ。」
「そのことなんですが、実はとても困ったことがありまして。」
「何ですか?」
「はあ、ここから西の辺境にあるフォックス子爵のことなんですが、余りにも重税が酷く、幾つかの村が廃村になってしまったそうです。」
「廃村?」
「はい、今年は、南西風がいつまでも吹いて、いわゆるヤマセによる冷害でして。作況指数が60を割る大不作だったのですが、フォックス子爵が税率を5割増にしたそうで。妻や子供を売っても税が払えず、自殺したり逃げ出した農民が多く廃村になってしまったそうです。」
「他の貴族領ではどうなのですか?」
「どこも似たようなものです。しかし、ここから東側はある程度作況指数が良かったようですが、何分にもブキャナン侯爵の上納税が国税分も含めて30%でして、その他に地方領主税が20%加算されます。ブキャナン侯爵直轄領では、直轄統治税が20%課税されます。これでは豊作の時でさえ家族5人が生きていくのにもやっとという状況です。」
話を聞くと、税額は作付け面積の予想収量に対して課税されるらしいのだ。しかも必要経費など認めていないらしい。これは酷い。ゴロタ帝国では、実収獲から肥料や農機具、種籾の経費を引き、家族構成に応じてさらに家族控除をした残りに対して、国税が10%、地方税が20%だ。不作の時は税収ゼロということもあるが、『豊穣の神』との約束があるので、不作ということはあり得ないが。
これでは、農民は生きていくのがやっとだ。旱魃や冷夏では、あっという間に餓死者の山が出来てしまう。
「それでは、今年の納税を免除しましょう。既に徴税が終わった農家には、全額還付してください。」
ケバック長官は驚いた。それでは、領内の統治も出来ないし、役所の給料も払えなくなる。何より、国王陛下への上納が出来なくなる。それでは、王国からの叱責どころか、領地の取り上げにもなりかねない。最悪、王国軍との戦争にもなりかねない。
「え、無税ですか?それでは今年の農業収入がゼロになってしまいますが。それに、王国への上納はどうしましょうか。」
「王国だって、国民が餓死したらこまるでしょう。王国に対しては免除申請をして下さい。あくまでも下手にね。」
「シルフは、これからフォックス領に行って、領内の状況を視察して来て下さい。飛行戦闘機『F35改ライトニングⅢ』を使って下さい。それと帝国軍に派遣準備をお願いします。規模は3個大隊。うち1個大隊は機動部隊にしてください。」
「分かりましたが、ここの行政機構の改革案を作成して指導しなければなりません。帝国のシルフに御下命下さい。」
「分かりました。それでは、偵察だけお願いします。転移する正確な座標と支障物を確認して来て下さい。」
「御意。」
シルフは、ミニスカをつまんでカーテシをしながら、『御意』なんていうものだから、つい笑ってしまった。あっという間に消えてしまったシルフが、次に異次元空間から現れた時には、飛行服とフライト・ヘルメット姿だった。
行政庁前広場に移動して、シルフを見送ることにした。イフクロークから、全長16m、全幅11mの『F35改ライトニングⅢ』を取り出す。イリス隊長達ばかりだけでなく、通りがかりの市民達も初めてみるぎんいろの戦闘機に驚いている。
自動タラップが伸びてくる。シルフは、大袈裟に気をつけの姿勢から、敬礼をしてタラップを登っている。登場してキャノピーを閉じてから、色々操作をしているようだが、準備が終わって、誰もいないのに準備完了の手信号をしている。
エンジンのタービンが回る高周波音がする。エンジンに火が灯る。ここの国民が今まで聞いたこともないような爆音だ。ゆっくり機体が浮き上がる。姿勢制御はオートになっているので、高度50mで水平飛行に移る。耳をふしでいないと何も聞こえなくなる。僕とシェルは予めヘッドフォンをしているので大丈夫だったが。急角度で上昇していく『F35改ライトニングⅢ』は、あっという間に見えなくなってしまった。
ここから西海岸までは、巡航速度のマッハ1.5で40分程度だろうか。帰りは午後になるだろう。あ、ビンセント君、どうしたの?
「シェル殿、あれは何ですか?」
「飛行戦闘機です。名前は『F35改ライトニングⅢ』と言います。」
「いえ、そうでは無く。あの『飛行戦闘機』は地上も攻撃できるのですか?」
「まあ、出来るようですけど、地上攻撃用には専用爆撃機『B2改-天山』というのがあるそうです。」
「それはどう言う兵器なのですか?」
「あら、興味がおありですか?でも、それは国家機密ですの。オホホホ!」
シェルさん、そのタカビーな笑い方、やめましょうね。その日、保護した子供達とご婦人達は、家族に引き取られていった。家族が遠方で、すぐに来られない女性・子達は救護院や孤児院で一時預かりになった。イオークの預かりに難色を示した施設には、今後イオークを差別したら重罪になると脅して預かってもらった。一時預かり料として金貨1枚を渡したら、急に態度が変わったのには引いてしまった。
ランチの後は、市内北部に巣食うゴロツキの殲滅だ。令状など要らない。皇帝の勅命により強制捜査だ。
午後一番、イリス隊長と隊員4名、税務庁職員10名とともにダウンタウンに向かう。暫く歩くと、街の雰囲気が明らかに変わってきた。まだ昼過ぎだというのに派手な服を着た女性が多くなってきた。商店もドギツイ飾り付けをしていて、雑多なものを売っていた。
イリス隊長の話では、この街は2大勢力のゴロツキに牛耳られており、領主館から北のエリアは鉄面皮団、南側は喧嘩上等団が仕切っているらしい。僕達は、まず、鉄面皮団から取り掛かることにした。アジトというか本部は大きな建物だった。玄関脇に『鉄面皮団総本部』と言う看板が掛けられている。
玄関前には、いかにもそれらしいチンピラ達が屯していた。イリスさん達を見て、一人の男が絡んできた。
「イリスさんよ。今日は何の用だい。この前みたいに無実のオイラ達を捕まえたって無駄だぜ。直ぐ無罪放免だぜ。」
どうやら、この男は昨日の出来事を知らないらしい。まあ、この辺は行政庁から大分離れているしね。僕は、前に立ち塞がる男の胸ぐらを掴んで、ポイッと後ろに投げ捨てた。『グキッ』と言う変な音がしたが、構っていられない。怒声を上げながら次々と襲いかかってきたが、皆、同じ目に遭ってしまう。一人の男がナイフを持って襲いかかってきたが、ムンズとナイフを手掴みにして、そのまま後ろに投げ飛ばした。少しだけ力を入れていたので、後方の建物に激突していた。
誰もいなくなった玄関から中に入っていく。直ぐに大きな広間になっていて、20人位の男と、下着に薄いガウンを羽織った女達がいた。男達が、剣を抜いて襲い掛かって来たが、シェルが10本の矢を一度に放った。心臓を位抜いていたので、120%死んだろう。容赦がない。女達が悲鳴を上げて逃げて行く。女達は最初から逃す気だったから放って奥が、男は許さない。裏口から逃げようとする男の心臓を潰す。逃げずに歯向かって来た者は『ベルの剣』で両腕を落としてしまう。義手などないこの世界で生きて行くことは難しいだろうが、そんな事は知った事ではない。歯向かって来ない者達には、『威嚇』で意識を刈り取って、頭蓋骨内を爆発させてやる。ささやかな爆発だが、男達は白目を剥いて絶命していた。
そのまま2階に上がって行くと、女性と子供達が監禁されていた。きっと借金のカタに取られたか拐われて来たのだろう。監視の男達と控えの間の15人くらいを潜滅して、上の階に上がる。
3階には、幹部達と総長がいたが、総長以外は、階下の者達と同じように殲滅する。税務庁の職員が、恐怖のため失禁しているが見なかったことにしよう。総長は、丸坊主の男で、頭頂部から左頬にかけて大きな切り傷があった。僕を見て、カッと目を見開いたが、幹部達が一瞬で殲滅されたのを見てあきらめたらしい。ノロノロと立ち上がった。総長はズボンを履いていなかった。足にしがみついて、一物を咥えていた女の子を乱暴に投げ飛ばしていた。
「てめえは、誰だ。」
「僕は、ゴロタ。あなた、死んでね。」
総長の頭が、爆発して無くなった。




