第2部第52話 侯爵閣下の陰謀その3
(6月28日です。)
僕は、騎士団本部を消滅させてから、飛翔で行政庁前に移動する。行政庁は、避難する職員で騒然としていた。あ、そう言えば市長も殲滅対象だった。僕は、行政庁の前で、警備に当たっていた衛士隊員に聞いた。
「すみません。市長さんはどこにいらっしゃいますか?」
衛士隊員は緊張した顔で、
「はっ、市長殿は公邸にお戻りになっています。ゴロタ殿。」
あれ、何かおかしい。僕に歯向かって来ない。でも、その点はスルーしよう。
「公邸はどこにあるんですか。」
「はっ、これより西南の緑色の屋根の屋敷です。侯爵邸の南側になります。」
「ありがとうございます。」
僕は、お礼を言ってその場から飛び立った。僕だって、お礼はきちんと言えるようになっているんだ。市長公舎はすぐに分かった。北側の森に囲まれた侯爵屋敷に接して、周囲とは明らかに違う重厚な建物だった。市長公舎の前では、何台もの馬車が止まっていた。校舎の中から、雑多なものを運び出していた。偉そうに陣頭指揮を取っているのが、きっと侯爵閣下の長男で、サウス・インカン市行政庁長官のロンギ男爵だろう。
「ええい、早く積み込まんか。セバスチャン、騎士団の到着は未だか?」
「はい、殿下。早馬を飛ばしておるのですが、未だ連絡がありません。」
「騎士団は、来ませんよ。」
「何を言っている。来ない訳・・・。ゲッ!お前は誰だ。」
「僕は、ゴロタ。貴方への復讐に来ました。」
「復習?何だ、それは。」
「貴方の騎士団に殺されたイオークの仇です。」
「知らん。そんなイオークなど知るわけないだろ。」
このやりとりの間、作業を中断して見守っている家令達。しかし、僕に立ち向かう者は居なかった。イフちゃんが、『念話』で話しかけた。
『屋敷の中を見てみろ。面白いものが見られるぞ。』
イフちゃんは、火の精霊だ。人間の感覚を持ち合わせていない。『面白いもの』が、面白かった事は一度も無かった。僕は、ロンギ男爵に案内させて屋敷の中を案内させた。勿論『威嚇』のスキルを使っている。
ロンギ男爵は、いい歳をしてボロボロ涙を流しながら僕を案内している。3階の奥の部屋の隠し扉の向こうに屋根裏部屋に行く階段があった。ロンギ男爵に先に登らせる。何人かの家令が付いてきている。不安そうな顔だ。この階段の上に何があるか知っている顔だった。
屋根裏部屋は、尿と糞便の匂いが充満していた。そんな部屋に5歳位の男の子が3人、同じような女の子が6人、パンツだけの姿で粗末な布団の上で固まっていた。下で待っている家令の一人に状況を聞いた。
ここにいる子達は、闇奴隷市で買ってきたり、孤児院に金を積んで里親として連れてきた子だと言う。『本当にそれだけか?』と睨みつけると、震えながら、騎士団の者が何処かから攫って来た子を買い取っていたらしい。
ロンギ男爵と子供達全員を3階の明るい部屋に連れて行く。家令の一人に、この屋敷で働いている者全員を集めるように言った。『何人かは逃げてしまった。』と言ったが、必ず見つけるから心配するなと言っておいた。直ぐに、イフちゃんに連れ戻すようにお願いした。イフちゃん、10歳の女の子にしては気持ちの悪い顔で笑ってから、どこかに消えてしまった。
3階の大きな部屋で、報復ショーが始まった。最初は、一番年長そうな子を呼んだ。背中の傷が痛々しい。何本ものミミズ腫れになっている。
「この傷、どうしたの。」
「あのね、マリ、悪い子だから、ムチで打たれたの。」
「誰に?」
その子は、ロンギ男爵を指さした。僕は、『紅き剣』では、ロンギ男爵の着ているものを切り裂いた。少し肌も切ってしまったが気にしない。ロンギ男爵の背中が露わになった。そのまま『紅き剣』を女の子の傷と同じ場所に当てる。肉の焼ける音と煙が立ち上った。ロンギ男爵の悲鳴が部屋に響き渡る。ホテルのフロントにゲートを繋ぎ、女の子を転移させる。向こうにはシェルとミリアさんが待っているはずだ。さっき、シェルに『念話』で伝えておいたからだ。
次の男も、ロンギ男爵を指さした。また、ロンギ男爵の背中やお腹に火傷の跡が増えていく。3人目の時、ロンギ男爵は動かなくなった。どうやら死んでしまったらしい。きっと火傷が心臓まで届いたのだろう。
シルフが7人位の元人間らしい炭の塊を部屋に落としていた。さっき逃げ出した召使い達だ。いつもながらエグい。
家令達が目を見開き、一気に震え出した。
男の子がメイドの一人を指さした。僕は、そのメイドに『この子に何をしたのか。』と聞いた。そのメイドは、泣きながら、ウンチを漏らしたので折檻したと答えた。折檻は、鞭打ちだったらしい。男の子の背中は、よく死ななかったと思うほどひどい状態だった。僕は、メイドの着ている服をズタズタに切り裂き、パンツとストッキングだけの姿にした。メイドは、胸を両手で隠してしゃがみ込んでしまった。その背中に『紅き剣』を押し当てる。物凄い悲鳴を上げていたが、直ぐに気を失ってしまった。
もう、いいや。取り敢えず、残りの子供達をホテルに『転移』させる。次に、家令達の方を向いて、
「自分は、あの子達に何もしていないと言う人は、手をあげて下さい。」
何人かの家令やメイドが手を挙げる。直ぐに、僕の尋問が始まる。絶対に嘘を言えない尋問だ。うん、本当のようだ。この人達には帰って貰おう。残りの人達は、誘拐に加担したり、お漏らしをした子供達を折檻したりしたそうだ。ただ、処罰は命を奪う程では無さそうだ。彼らには、これから衛士隊に出頭して自白して貰う事にした。衛士隊長は侯爵の一味かもしれないが、流石に自首してきた者を返すような事はしないだろう。
家令の中でも最年長の者に残って貰って、邸内を案内してもらう。邸内は効果そうな調度品や家具だらけだった。大きな部屋の中には、ワイバーンの剥製や虹色の大きな魔石が飾られていた。全てイフクリークに収納しておく。ロンギ男爵の寝室は、それなりの部屋だったが、続きの間にはあらゆる拷問道具が揃っていた。手枷、足枷はサイズの小さな子供用ばかりだった。奥に鍵のかかった部屋があった。家令も鍵を持っていなかった。部屋のある事は知っていたが、開けた事はないそうだ。あやしい。
僕は、『解錠』スキルを使って扉を開けた。には、また扉があった。分厚い鉄の扉で、鍵が2つ付いている。この扉も、問題なく開くと、中は戸棚だけだった。金貨がビッシリと戸棚に積まれていた。全てイフクロークに収納する。アバウトにだが、大金貨が100枚位、金貨は何百枚もあった。あと宝石類もだいぶあったが、味もせずにイフクロークに収納する。
もう、この屋敷には用はない。次は衛士隊だ。衛士隊本部の場所は知っている。司法庁の隣の庁舎だ。ゲートを衛士隊本部の前に繋げて『転移』した。庁舎前には10人位の衛士達が勢揃いしている。奥に立っていた衛士のうちの一人が、近づいてきた。
「ゴロタ殿ですな。私は、王国衛士隊サウス・インカン市衛士隊長のイリスと申します。」
怖そうな顔のおじさんだ。僕は、小さな声で『ハア』とだけ応えた。場合によっては、殲滅しようと思っていただけに拍子抜けしてしまった。
庁舎の中の隊長室に案内された。そこで色々と説明を受けることになった。あのう、難しい話はシェルにして貰おう。シェルを呼び出したら、普段着のまま腕捲りをしてゲートをくぐってきた。
「何よ。うるさいわね。今、子供達を洗うので大変なんだから。」
周りの状況を全く見ずに入ってきた。直ぐにイリスさんの存在に気がついて顔を真っ赤にしていた。
「あら、失礼。私は、ゴロタ君の妻のシェルと申します。」
「はじめまして、シェルナブール陛下。」
立ち上がって、深く敬礼をしている。あ、何故バレてるの?
「ああ、実はここのギルドマスターのジャンとは幼馴染でしてな。お互いに情報の共有というか、飲み話でゴロタ殿達の事を知っていたのです。」
絶対嘘だ。しかし追及はしないでおこう。きっと全国の衛士隊には僕のことが通達されているんだろうな。
「先程は吃驚しましたよ。ロンギ男爵の家の者が次々と自首して来たので、此方ではテンヤワンヤの大騒ぎです。何しろ、この隊本部には200名位の衛士しかおりませんので。」
顔は怖いけど、根は優しいそうな人のようだ。隊長の話では、ブキャナン侯爵家は腐っているそうだ。王室からは、ブキャナン及びその一族の不正を捜査し、証拠を集めるように特命を受けているのだが、貴族を取り調べるためには、明確な証拠を提出して司法長官の発付し領主の同意のある令状が必要だ。しかしブキャナンの子飼いの司法長官が、長男の令状など出すわけもない。ロンギ男爵が幼児趣味のサディストだという事は、早くから分かっていたが、捕まるのは、誘拐実行役の下っ端ばかりだそうだ。
「ところでロンギはどうしました。さっきの奴らは、ロンギのところの召使いばかりだったようだが。」
「死んだ。子供を虐めた罰だ。」
「ハア。衛士隊の中じゃあ、ゴロタ殿には手を出すなと言うのが極秘情報で回っていたんだが。それに、さっきの東の森の大爆発、あれはゴロタ殿ですか?」
「騎士団が、友達のイオークを殺した。罰だわ。」
「3000人の騎士団が一瞬でねえ。おー、おっかねえ。それで、これからどうするんですか?」
この人、地はザックバランそうだ。敬語が似合わない。
「敬語はやめて下さい。ずっと年上なんですから。」
これからはシェルが説明してくれる。
「会議に出席した人達全員に償って貰いますわ。誘拐殺人及び傷害罪ね。最後には、ブキャナン侯爵のお命と財産でも頂こうかしら。」
「て、俺もかい?」
「イリス隊長様は、嘘を言ってないようですし、これからあの子達の親を探してもらいますもの。殺すわけありませんわ。」
「実は、お願いがあるんだが。」
「何ですの?ブキャナン侯爵の助命嘆願以外でしたら、お聞きしますわ。」
「あの会議にいたケバック税務長官も、ゴロタ殿からの徴税は無理だと反対していたんだ彼は優秀な行政官だ。人物をよく見てやって欲しい。」
「それは、僕もそう思う。うん、会ってから決めよう。」
僕が、頷くと、イリス隊長が大きな声で呼びかけた。
「おい、直ぐには殺さねえってよ。入って来いよ。」
隣の続き部屋のドアが空き、中年の事務官が入って来た。黒髪で眼鏡をかけている。顔が青ざめていた。
「は、初めまして。税務長官をしておりますブニクス・ケバックと申します。あ、私は王都では2等書記官をしておりました。」
この人は、元々はここの出身だが王都の大学に行き、卒業後は王都で役所勤めをしていたらしいのだが、故郷で税務官を募集していたので、こちらに戻ってきたそうだ。税務に精通しており、侯爵一族が違法な徴税をしていると、こっそり還付していたらしいのだ。勿論、その財源は、税収の誤魔化し、所謂過少申告をして、差額をプールしていたらしいのだ。うん、嘘は言っていないようだ。と言うか、とっても良い人だ。どこの街でも、必ず良い人がいる者だ。
それから、今後の事を話し合った。僕は、ブキャナン侯爵領内の市長、町長を殲滅してから侯爵に罪を償って貰おうと思ったのだが、逆にしてくれと言われた。騎士団を失ったブキャナンは、きっと自分の身を守るために、ゴロツキどもを用心棒として雇うだろう。そうなれば、街はゴロツキどもの天下になってしまうと言うのだ。なるほど。
「それでは、これからブキャナン侯爵に会ってきます。」
僕がそう言うと、イリス隊長はキョトンとしてしまった。ハッと気がついて、
「ゴロタ殿?作戦とかは無いんですかい?」
「ありません。この街は、僕が引き受けます。」
「は?引き受けるって、誰から。」
「勿論、ブキャナン侯爵からです。ケバック長官は行政面の、イリス隊長は治安面の最高責任者になって下さい。ケバック長官は、侯爵領の法令見直しをお願いします。イリス隊長は、騎士団の残党の総統とゴロツキ組織の壊滅をお願いします。」
「ゴロタ殿、法令改正といっても布告は誰の名前で行えば宜しいのでしょうか?」
「決まってます。『神聖ゴロタ帝国初代皇帝ゴーレシア・ロード・オブ・タイタン1世』の名においてです。」




