第2部50話 侯爵閣下の陰謀その1
第2部も、いよいよ50話です。お話は、新局面に入ります。
(6月28日です。)
昨日、ダンジョン攻略の完了報告に行って驚いた。あの『至高の御方』がくれた魔石は、大金貨1枚にもなったのだ。それとダンジョン攻略の成功報酬が金貨5枚、あとは魔石類だが、これが驚きだった。
・スケルトン・ドラゴンの魔石 金貨6枚
・ハービーの魔石7個 金貨3枚半
・サキュバスの淫魔石 大金貨3枚以上
『サキュバスの淫魔石』は、ギルド本部に問い合わせて時価を確認するそうだ。大金貨3枚という値付けは、8年前にオークションに出た時の落札価格だったらしい。それから、全くでなくなっていたらしいのだ。とりあえず、ギルドに預けるので、買取価格が決まったら教えてくれるようにお願いしてから、ホテルに戻ったのだ。ビンセント君とミリアさんも帰っていた。その日は、『A』ランクパーティに連れまわされ、数えきれないほどのゴブリンやオークを殲滅していたらしい。まあ、何事も経験だから。ね。
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サウス・インカン市は、ロデリック・ブキャナン侯爵の統治しているブキャナン領の領都だ。ブキャナン侯爵領は、この市から北にずっと続いている。ブキャナン侯爵は、それが気に入らなかった。いくら国王陛下の命令とは言え、王都から一番離れた所に領都を置くなど、不便ったらありゃしない。今日は、ブキャナン領の経営戦略会議だ。領内にある3つの市、5つの町から行政執行官が集まっている。3人の市長は、ブキャナン侯爵の部下の子爵と男爵だ。町長も5人のうち、2人は男爵、残りの3人も準男爵だ。まあ、貴族と言っても、わずかな領地しか与えていないので、行政執行官としての俸給が主たる収入なのだが。
あと、今日の会議に出席するのは、
・ブキャナン侯爵騎士団カイマン団長とキリ副団長
・サウス・インカン市行政庁長官ロンギ男爵、彼はブキャナン侯爵の長男だ
・司法庁クエン長官
・税務庁ケバック長官
・王国衛士隊サウス・インカン市衛士隊イリス隊長
だ。衛士隊だけ王国からの派遣なのは、領主の不正を見張るためらしい。気に食わないが仕方がない。会議の議題はゴロタに関するものだった。冒険者ギルドで大金を得ているのに、侯爵には1銭も入らないのはけしからんということだった。
(ブキャナン侯爵)「して、ゴロタと言う男、一体いくら稼いだのじゃ。」
(ケバック税務庁長官)「は、およそ大金貨10枚は稼いでいるかと。」
(ブキャナン侯爵)「なんじゃと、大金貨10枚、それで、我が領都にはいくら入るのじゃ。」
(ケバック)「それが、冒険者ギルドはいわゆる治外法権でして、我が市には鉄貨1枚も入りません。」
(ブキャナン侯爵)「なんじゃ、それは。大体、我が領地において暮らしている者は皆、税金を納める義務があるじゃろう。」
(ケバック)「はい、しかしながら、冒険者は、自分の命と引き換えに魔物や盗賊と戦うので、その報酬には税金を掛けないというのが、王国の定めた法律です。」
(ブキャナン侯爵)「うーん、何か良い考えはないか?」
(ロンギ市長)「父上、それでは彼の何か違法行為を咎めて罰金を徴するというのはいかがでしょう。」
(ブキャナン侯爵)「ほう、それでは具体的にはどうするのじゃ。」
(ロンギ)「彼は、仲間を大勢連れております。その中には、亜人やイオークも居るらしいので、そいつらを引っ立てて、管理者責任を問うのはいかがでしょう。」
(ブキャナン侯爵)「うむ、ロンギ、その方こういう時だけは頭が回るな。クエン。どうじゃ。」
(クエン司法長官)「はあ、しかし、どのような罪で拘引するのでしょうか。」
(ブキャナン侯爵)「ええい、そんなことは後から考えれば良い。とりあえず、亜人を全て連行して来い。令状はクエンが作成しろ。連行するのはカイマン、お前の所でやれ。」
(カイマン騎士団長)「は、して生命の有無については?」
(ブキャナン侯爵)「抵抗したら好都合じゃ。殺せ。死人に口なしだ。」
この会議、衛士隊のイリス隊長は終始無言だった。彼だけが、ブキャナン侯爵の部下ではなかったし、ブキャナン侯爵の違法行為を王室に報告する義務があった。しかし、一市民の扱いが不公平だったとしても、報告の対象外だ。かれが報告すべきは、国家反逆罪か大規模な脱税、いわゆる国家的犯罪に限られていたからだ。こうして、ゴロタが稼いだはした金を狙って、あくどい謀議が重ねられていったのだ。まあ、はした金と思っているのはゴロタ位だったが。
その日のうちに、市の北側のスラム街で待機していたイオラさんとイオイチ君が騎士団に拘引された。拘引される前に、散々痛めつけられていたが、周りにいたイオークや獣人達は、黙って見ているだけだった。手かせをされ、鎖で馬に繋がれて拘引されていったが、そのことを、僕はまだ知らなかった。イフちゃんは、特に命じない限り、僕かシェルの周囲に警戒網をはっているだけだったので、何キロも離れている北門の外までは、意識しない限り分からないのだ。
冒険者ギルドを出た後は、シェル達と旅に必要な買い物を続けていた。相変わらず、シェルは旅には全く関係の無い物ばかり買いあさっている。もう、旅行鞄なんかあらゆる大きさの者が揃っているのに、まだ買おうとしている。店員に、この製品はいつ作られたのかを聞いている。なんでも、新作を持っていることがステータスらしいのだ。あと、この付近特産の狐の仲間の毛皮のコート、これは高い。大金貨2枚もする。さすがに買わないだろうと思ったら、大金貨1枚半なら即金で買うと言っていた。もう、呆れて声も出ない。僕は、あきらめて一人でホテルに戻ることにした。ビンセント君とミリアさんも付き合いきれないようで帰ってきていた。シェルとメリだけで買い物をしている。セインちゃんは、ずっと僕と一緒だった。さすがに膝の上には乗ってこないが、いつもどこかが触れていないと不安なようだ。まるでワンコのようだ。
ホテルのロビーでお茶を飲みながらまったりしている。この街は美味しい食べ物が一杯だった。さすが侯爵領の領都だけのことはあった。とおく和の国の料理らしきものから、南の辺境の地の芋料理まで、食べたいと思ったものはほとんどあった。今日は、何を食べようか。
急に、イフちゃんの『念話』が飛んできた。
『シェルとメリが騎士団に掴まった。今、司法庁に連行されておるぞ。』
イフちゃんと思念を共有する。イフちゃんが見ている物、聞いている音が情報共有できるのだ。イフちゃんは、シェル達の上空から見ているらしい。20人位の騎士達がシェル達を連行していた。シェルは手枷をされ、鎖で馬につなげられている。メリちゃんは、手が細くて手枷ができなかったようだ。ロープでがっちり縛られていた。シェルは、不満そうだったが、不安そうではなかった。僕が助けに来ることを信じている。
メリちゃんの歩くのが遅れがちだ。ロープの端を馬に繋いでいるが、ついていくのがやっとのようだ。騎士の一人がメリちゃんのロープをグイっと引っ張った。たまらず、メリちゃん、頭から転倒してしまった。
「ちょっと、子供に何するのよ。」
「うるさい、コボルトなど人間扱いできるか!」
メリちゃん、ズルズルと引きずられている。必死に立ち上がろうとするが、上手く立ち上がれない。両手を縛られているのだ。手をついて立ち上がれない。シェルが、手枷をされたまま、メリちゃんのロープを掴んだ。馬の方のロープを引っ張って、馬を立ち止まらせる。メリちゃん、漸く、立ち上がった。その時、『ビシリ!』という音とともにシェルの背中に鞭が飛んだ。
「貴様、誰が立ち止まっていいと言った。さっさと歩け。」
キッとにらみつけるシェル。しかし、その騎士は何食わぬ顔で、
「だいたい、エルフ風情が生意気な服を着ているんじゃねえよ。その毛皮のコート、いくらしたんだ。」
「あなたが、一生かかっても買えない位よ。」
「なにい!」
「おい、よさねえか。周りの目がある。後で、たっぷり楽しめば良いんだからよ。」
「フン、運のいい女エルフだ。」
どうしようか。このまま、あの20人の騎士を殲滅しても良いが、それでは事の真相が分からない。もう少し様子を見よう。僕は、セレンちゃんをミリアさんに預けてから、ホテルを出た。『隠ぺい』スキルによって、気配を完全に消して、シェル達の後を追う。ホテルは、かなり南にあったが、それでも直ぐに追いついた。可哀そうに。メリちゃんは泣いている。シェルが鞭で打たれたのがショックだったのだろう。シェルは、もう『治癒』で全快しているようだが、鞭で打たれた跡が毛皮のコートについていて、見るからに痛々しい。ん、このコート、確か大金貨2枚のコートだった筈だ。後で、きちんと弁償して貰おう。
シェル達が連行されたのは、司法庁の建物だった。僕は、シェル達に続いて入って行ったが、誰からも注意されなかった。シェルも気づかないようだ。さすがに取調室には入れないので、入口にあるベンチに腰掛けて、イフちゃんに監視を頼んだ。シェルとメリちゃんは、別々の調べ室だ。メリちゃんは、地下の調べ室、シェルは1階奥の調べ室だ。メリちゃんのことも気になるが、まずはシェルだ。イフちゃんにシェルの調べ室に入って貰う。シェルは、調べ室の奥の椅子に座らされ、その前には大きな机が置かれている。入り口側には、騎士隊員2名と司法庁の職員1名が立っていた。
「エルフ族シェル。あなたには、平民には分不相応の高額な買い物をした『奢侈禁止令』違反容疑が掛けられている。これから調べることに対しては、言いたいことは言わなくてもいいが、それは今後の裁判で不利になることを忘れないように。」
「は、何、それ!そんな法律知らないんですけど。」
知らないのも、無理がない。さっき作られたばかりの法律だ。金貨1枚以上の買い物をする場合には、事前に届け出る義務があるという訳の分からない法律だ。同室の騎士達が、それからの取り調べを担当することになった。
「おい、女エルフ、まず着ている物を脱げ。武器等があったらやばいからな。」
あからさまに嫌な顔をしながらも、買ったばかりのコートを脱ぐ。その下は、ニットのワンピースだ。一応、パット入りのブラジャーもしているので、まっ平らではない。脱いだコートを机の上に置くと、騎士達は形式的に調べて、何も無い事を確認した。シェルは小銭しか持ち歩かない。店での支払いは、僕か現金で払うか、ホテルに取りに来て貰っている。コートのボケッとには小銭入れしか入っていない。まあ、小銭入れと言っても、買えば大銀貨1枚位はするのだが。
ちょっとがっかりした騎士は、次に、予想通りのことを口にした。
「次は、そのコートを脱ぐんだな。」
「はあ?」
司法庁の職員は、顔を蒼くして調べ室を出て行った。きっと、これからのことは違法な取り調べになるので巻き添えにはなりたくなかったんだろう。
「ふざけないでよ。見て分からない。私のナイスバディ以外、この服の下には何も無いわよ。」
「へへん、女には隠す場所があるからな。じっくりと調べてやるよ。」
淫欲に輝かせた目、シェルはブルッと身震いした。
「ゴロタ君、もういいでしょ。早く来てよ。」
ああ、しょうがない。僕は、すっと立ち上がり、誰にも気づかれないようにシェルのいる取調室に行った。取調室の前には騎士達が待機していたが、気づかれることはなかった。驚いたことに、取調室は中から鍵が掛けられていた。当然、僕には全く役に立たなかったが。ドアを開けると、中の騎士達がギョッとした顔で僕を見た。それが、彼らが僕を見た最後だった。




