第2部50話 サウス・インカン市ダンジョンその4
(6月27日です。)
サウス・インカン市西のダンジョンも、第9階層ボスエリアまで到達した。第9階層エリアには、4階建ての建物が建っている。大きな部屋がいくつもあり、机と椅子が沢山並べられている。壁には黒い板が掛けられており、白墨で何か書かれている。そういう部屋が4階まで続いていた。
「学校ですね。この世界には珍しい大きさの学校です。」
シルフが開設してくれた。一体、この学校には何がいるのだろうか。と、その時、2階からピアノの弾く音が聞こえて来た。警戒しながら、その音がする教室に行って見た。音楽室と書かれている。教室の中に入ってみると、女子学生がピアノを弾いている。結構、可愛い顔をしている。近づくと、僕達に気が付いたのか、ピアノを弾くのを辞めた。こちらをじっと見つめている。フワッと立ち上がって、こちらに歩いて来た。その子の異常さは直ぐに分かった。上半身は学生服なのだが、下半身は何も着ていない。それに足の間から血が垂れている。きっと、このピアノ教室で強姦でもされたのだろう。可哀そうに。『聖なる力』で成仏させてやった。
その時、教室の黒板の上に8枚ほど飾られている誰かの肖像画の1枚の目が金色に光っていた。モジャモジャの髪の毛で、怒ったように目を向いているのだが、だれの肖像画か分からなかった。でも、気にしない。直ぐに燃やしてしまった。
廊下を何かが歩いていた。『カチャッ、カチャッ。』変な足音だ。廊下に出てみると、向こうからゴーレムが歩いてくる。普通のゴーレムと違うのは、右半分の皮膚がないのだ。筋肉がむき出しだ。うん、気持ちが悪い。それが不自然な関節の動きであるいてくるのだ。シルフがMP5を連射して粉砕していた。あいつ、何をしたかったんだろう。
そのまま、3階に上がって行くと、またゴーレムだ。今度は、普通のゴーレムのようだが、まだ子供だ。背中に薪を背負って本を読んでいる。こいつは、この薪をどうするつもりなんだろう。薪を運ぶのか本を読むのか、どっちか一つにしろ。ウザい感じがしたので、縦2つに切り裂いて動きを止めてやった。
何も写らない映らない鏡も割ってしまった。シェルは映っているのに僕は写らない。気持ちが悪いので、割ってしまったのだが、その時、どこかで悲鳴が聞こえたような気がした。4階だ。4階まで上がっていく事にした。長い階段を昇って行く。一体、この階段、何段あるんだ。ふと、後ろを振り向くと、階段は僅か5段くらいしかない。え、段数が違い過ぎるんですけど。無視して4階まで上がる。4階も無人だった。物音一つしない。教室にも誰もいない。気のせいなのかと思って、屋上に行こうとすると、かすかな声が聞こえて来た。
「行かないで。」
女の子の声だ。それもかなり小さな子の声だ。声のする方に行って見ると、そこはトイレだった。女子用のトイレだ。小さなドアが並んでいる。その一番奥のトイレから声がする。
「あなたは、男の子?」
もう『男の子』と言う歳でもないが、『うん』と答えておいた。
「えー、男の子は入っちゃいけないんだよ!」
かなりイラっと来た。一番奥のトイレのドアをノックした。
「入ってまーす。」
もう、無視して次に行こう。僕達はそのまま、学校の屋上に向かった。屋上には、ダンジョンの壁まで梯子が掛けられていて、梯子の上には、洞窟のような穴が開いていた。そこまで登って行くと、最下層への入口だった。
最下層は、市街地エリアだったが、見たこともないような整然とした街だ。たとえて言えば、ゴロタ帝国のニュー・タイタン市のような街だ。しかし、大きく違うのは、各建物には、窓も入口もない。真っ白な四角い建物ばかりなのだ。しかも、皆、同じ大きさだ。あの建物の中にはどうやって入って行くのだろうか。試しに、一つの建物に近寄ってみる。地面には、舗装された道路から真っすぐ建物につながっている歩道があった。そのまま進んで、建物の前まで行くと、『ブオーン!』という音がして、建物の一部の壁が白く光り、入口が現れた。この入口は知っている。以前、異世界に転生したときにあったオートドアだ。建物の中に入ると、そこは明るい部屋だった。壁や天井が光っている。壁面照明とかいうシステムだ。
部屋の中にはソファがあり、ガラスのテーブルの上には、綺麗な花が飾られている。そこに皆で座ってみる。暫くすると、壁の一部が自動で開いて、一人の女性が入ってきた。銀色の髪を首のあたりで真っすぐに切り、まるでヘルメットのような髪型だ。顔は整っていて、眼も銀色だ。薄い唇は真っ赤に塗られていた。その女性の着ている服が変わっている。銀色の光る素材で、身体にぴったりなのだ。胸のポッチも分かるようで、見ていて恥ずかしい。
その女性は、お茶を出してくれたようだ。きっと、この家のメイドさんなのだろう。何も言わずにお茶を人数分出してくれてから、手をサッと差し伸べると、壁一面に絵が浮き出て来た。いや、絵と言うよりも現実の世界のようだ。奥行きのある、この部屋と壁の向こうの世界が一体でつながっているような感覚だ。
「3Ⅾホロスコープテレビですね。」
シルフが訳の分からないことを言い出した。その女性は、お茶を出し終わっても、ジッと僕を見ていた。僕は、少し恥ずかしかったが、無視するのも悪いかと思い、ニコッと笑ってあげた。その女性もニコリと笑ったのだが、笑った口元には鋭い犬歯が覗いていた。よく見ると、銀色の目の周り、白目の部分が真っ赤に充血していた。あ、この女性バンパイアだ。しかし、攻撃してくる気配がない。その女バンパイアは、僕の座っているソファの横に膝まずいて、僕の手を取ってきた。何をするんだろう。攻撃をする気なら『蒼き盾』が発動するはずだ。その女バンパイアは、ただ、僕の手を撫でているだけだ。シェルがイライラし始めている。
「ちょっと、私のゴロタ君に手を出さないでよ。」
その女バンパイアは、チラっとシェルを見て、全く無視するように僕の手を握り続けていた。あ、僕はピンときた。きっと、この女バンパイアさんは、この世界から消滅したいんだ。でも、それが上手くできないので、僕に頼んでいるのだろう。僕は、『聖なる力』を握られている手から女バンパイアさんの手の中に注ぎ込んで行った。その女バンパイアさんは、ニコリと笑ってから灰になってしまった。残っていたのは、彼女が来ていた銀色の上下つなぎのスーツだけだった。中にたまっている灰を綺麗にしてからイフクロークに収納する。さすがに僕は着る気がしないが、こういう服を着たいとか着せたいという貴族がいるだろうから高値で売れるだろう。
何軒かの建物の中で、同じような事を繰り返していた。全く戦闘が無かった。というか、この階層の雰囲気、ダンジョン最下層という雰囲気ではない。異世界、それも死の街となった異世界だ。シルフが色々と調べているが、参考になるような技術やアーキテクチャは無かったようだ。
「この建物の技術は、紀元2400年代レベルの技術ですね。」
『紀元2400年』という時代がいつ頃のことか分からないが、この世界の王国歴とは全く違う年代らしいことは分かる。シルフが『マザー』と呼んでいる人が住んでいる世界の年代なのだろう。まあ、僕にはわからなくても良い事だけど。しかし、普通のバンパイアは血に飢えて、人間を見ると襲ってくるのに、ここのバンパイアは何故襲ってこないのだろう。
「人口血液は、紀元2100年代にはクローン技術で完成していましたから、わざわざ感染症の危険を冒してまで人間の生血を採取する必要が無かったものと思われます。ちなみにクローン技術とは・・・」
あ、もう結構です。とにかく、ここのバンパイアは、人工的に作成された血液により必要な力を得ていたのですね。その技術って、もしかすると、ゴロタ帝国でも役に立つかも。シルフに聞いてみると、クローン生成のプラント工場が必要で、その工場を作るための素材がまだないそうだ。しかし、石油精製プラントの副産物から作れるらしいので、帰ったら作ってみよう。そういうと、ゴロタ帝国のシルフが、了解しているので、明日からでも作成に取り掛かるそうだ。ああ、とても便利なのね。
階層ボスエリアには、神殿のような建物が建っていた。その神殿の中の、謁見の間に最下層ボスがいた。最下層の階層ボスは、第8階層にいたあの『スケルトン・マジシャン』だった。部下がずらっと並んでいる。何故かメイド服を着ている女の子が多いのは気のせいだろうか。豪華な玉座の左右には、サキュバスとトカゲ人間が立っていた。トカゲ人間が『控えよ。膝まづけ。』と叫んだが、『蒼き盾』により無効化されている。サキュバスが声を掛けて来た。
「人間、至高の御方の前で、立っているとは無礼千万、童が相手をしてやる。」
敵意たっぷりに言われてしまった。シェルが反論した。
「何を言っているのよ。ゴロタ君はね、『世界を統べる者』なのよ。至高の御方か何か知らないけど、どっちが偉いと思っているのよ。」
並んでいるメイドさん達の中の一番小さい子が前に出てきた。赤い髪の子だ。大きな眼が怖い。
「あちきが相手をするでありんす。久しぶりに美味しそうなのでありんす。」
え、この小さな子が相手ですか。僕、幼児虐待の趣味は無いんですが。その時、さっきの『スケルトン・マジシャン』が声を出した。
『控えよ、皆の者。さて、ゴロタよ。ここには何をしに来たのじゃ?』
「階層ボスを倒しに。」
『ふむ、ならこれではどうじゃ。」
『スケルトン・マジシャン』は、懐から大きな魔石を出してきた。居並ぶメイドさんや、小さな子供それに虫人間が驚いていた。
『これは、階層ボスの証、イグドラ●●の秘跡だ。これを持って行けば、討伐したことになるじゃろう。』
この魔物、冒険者の事情に詳しい。昔、冒険者をやっていたんだろうか。でも、あの姿じゃ絶対に冒険者にはなれないし、測定器にも掛けられない筈なのに。あ、そうか。僕と同じで、『隠ぺい』の魔法を使えば、魔物も冒険者になれるかも知れない。でも、その『秘跡』と言われた石、僕の『鑑定眼』によると単なる魔石なんですけど。僕の鑑定結果は
『鑑定結果:単なる魔石、特殊効果なし。名称「ダンジョンボス攻略の証」、売却価格は不明』
うん、このおじさん、単なる魔石に情報を書き込んだだけだね。でも、まあ、これでもいいか。でも、それでは物足りない。何か他にも貰いたいな。あ、あれにしよう。僕は、『至高の御方』にお願いした。
「わかりました。それでは帰りますが、あの『転移のスクロール』あれを10枚ほどくれませんか。」
居並ぶしもべ達が激高していたが、『スケルトン・マジシャン』が右手に持った錫杖を掲げると、皆、沈黙した。しもべの列の中から、一人の執事さんが出てきた。手には、スクロールを10本、持っている。あのう、そのスクロールどこから出したんですか?どうやら、『収納魔法』も使えるようだ。これで交渉成立だ。
お礼に、食材として保管していた『雪ウサギ』をメイドさんに10匹分渡した。そのメイドさん、とても喜んでいて、顔を真っ赤にしていた。どう見ても人間だ。そのメイドさん、やっぱり人間で、さっきの年配の執事さんと仲がいいんだって。まあ、僕には関係の無いことだから無視するけど。
さあ、帰ろう。ダンジョン入口前に止めている馬車のところまで『ゲート』を繋げて、皆で帰ることにした。あのう、『至高の御方』さん、何故、あなたまで転移しようとしているんですか?




