第2部第46話 お兄さんは、見つかりませんでした。
(6月24日です。)
翌朝、僕達はサウス・インカン市冒険者ギルドに行くことにした。どこの冒険者ギルドも一緒だった。玄関前には、冒険者登録前の子供達がポーター志願しており、ギルドの中は新しい依頼を受けようとする冒険者達で一杯だ。中には、パーティメンバーを募る若い冒険者もいて、雑然と喧騒を足して2で割ったようだ。僕は、依頼ボードからボラン君の依頼書を剥がし、受付に持って行った。依頼ランクは、『B』ランク相当だったが、僕とシェルは、『C』ランクなので、問題はない。ビンセント君は、『E』ランクなので、この依頼ではパーティを組めない。ポーターとして来て貰おう。メリちゃんとミリアさんは、今日はお留守番だ。
ボラン君は、『D』ランクだし依頼者でもあるので、パーティを組めない。単なる同行者だ。サイさんとクエさんは、『B』ランクだったので、パーティを組めるが、やはり同行者として一緒に潜って貰う。しかし、サイさんとクエさんの二人が『B』ランクなのには驚いたが、冒険者としての経験が長いので、自然とランクが上がって行ったらしいのだ。しかし、今は、冒険者としての活動と、実家のパン屋の手伝いを半々にしているらしい。まあ、婚約をして結婚までに怪我でもしたら大変だしね。
ダンジョンまでは、馬車で1時間半、徒歩で約5時間ほどかかるので、北口に近いダウンタウンまで回ってイオラさん達と落ちあった。ここから馬車で西口に回り、そこから西に向かって11時前には、ダンジョンに到着した。ダンジョン入り口は大きな楠木の根元にぽっかり空いた洞穴だ。入り口の側には、古びた古屋があったが、きっと昔のギルドの出張所だったんだろう。現在は、訪ねてくる冒険者もおらず、廃屋のようになってしまっている。
ダンジョンの入り口付近でゴブリンが焚き火をしている。ざっと20匹ほどだ。シェルが、背中に背負っていた『ヘラクレイスの弓』を構える。矢はセットしていない。しかし、弓の弦に右手を添えた段階で、矢が10本、出現した。弦を引き絞り、10本の矢を放った。『ウインド・カッター』を鏃に纏っている。10匹のゴブリンが、首筋に矢を受け、胴体と別々になっていた。
サイさんとクエさんも弓を構えていたが、矢は1本だけだまあ、普通はそうだね。あ、ビンセント君が『斬撃』を放った。赤い光が広がりながらゴブリンに襲いかかる。6匹のゴブリンが、胴体の腰の部分あたりで上下に切り離された。
残り4匹のゴブリンにイオラ君が斬りかかった。右に左に、上に下にと剣が舞っていた。あっという間に4匹のゴブリンが殲滅されていた。
ボラン君、呆れて言葉がなかった。いかにゴブリンが魔物最弱とはいえ、20匹も集まれば、脅威だ。それを一瞬で殲滅してしまったのだ。しかも、超絶美少女のハーフエルフの使っている弓、あれは絶対に魔導具だ。一度に10本もの矢を放ち、全的命中なんてぜったいにありえない。ボラン君は、夢でも見ているのかと、自分の頬を叩いていた。
ダンジョンの中はゴブリンだらけだった。僕は、最大限の力で『威嚇』した。ゴブリン共は泡を出しながら白目を向いて絶命して行く。狭い洞窟の中で、火力の強い魔法を放てば、洞窟内の温度が、上がってしまいシールドを貼らなければならなくなってしまう。それに、ゴブリンの血は生臭過ぎて、密閉空間では、あまり流したくなかったのだ。
地下第1階層のボスは、3匹のトロールだった。あまり頭は良くないが、身体能力は極めて高い魔物だ。それが3匹。ここはビンセント君に任せる事にした。ボラン君達は支援だ。まず、3人が矢を放つ。ボラン君が駆け出して、トロールに肉薄する。まず、1匹のトロールを攻撃する。連続技で、トロールの足首を切断する。『ズズーン!!』と倒れたところで、左胸にロングソードを差し込んで行く。右側のトロールが大きな斧を振りかぶって来た。その左脇をすり抜けながら、脇腹を切り裂く。ロングソードの刃体が、赤く光っている。その場で膝をつくトロールを。その時、3本の矢が残り1匹のトロールに突き刺さった。ボラン君達だ。動きの遅くなったトロールにとどめを刺して、地下第1階層の攻略は終了した。
ドロップ品はなかったが、大きな魔石を回収した。続いて地下第2階層に降りて行く。ここまで30分程度しか掛かっていない。
地下第2階層は、オークやオーガなどが群れている階層だ。かなり数が多いため、ビンセント君では少し荷が重い。まず群れに向けてボラン君達の弓矢とビンセント君の『斬撃』を放ってもらう。後は、僕のピンポイントの電撃を放って殲滅して行く。
どんどん奥に進んで行くと、オーガに混じってサーベル・ウルフの群れがいた。サーベルウルフの下顎から伸びた牙は、威嚇用で実用性はない。それよりも、サーベル・ウルフの脅威はその大きさだ。体高が人の頭より高い。敵に突進するときは、頭を低くし、下から牙を突き上げるように相手を攻撃するのを得意とするのだ。そんなサーベル・タイガーが10頭以上で群れている。オーガだけでも対応が難しいのに、サーベル・タイガーの群れだ。『A』ランクパーティーでも不覚を取ることがあるだろう。
どうも、このダンジョン、通常のダンジョンよりも、魔物のランクが高い。高いだけでなく数も多いのだ。数が多いと言うだけで、その脅威は飛躍的に高くなってしまう。
僕は、ビンセント君とボラン君達を下がらせた。地下第2階層で僕とシェルが正面に立つとは思わなかった。しかし、今日の目的は、ボラン君のお兄さんの捜索だ。シェルが、10匹ずつを殲滅している間に、『斬撃』と雷魔法や風魔法で広範囲に敵を殲滅して行く。もうボラン君の出番はなかった。ボラン君達は魔石の回収に余念がなかった。ここで、大楯とフルアーマー鎧を発見した。鋼鉄製の頑丈な作りのものだ。至る所に咬み傷が付いているところを見ると、死んだ後に魔物達に噛まれたものだろう。
さらに奥に進むと、魔物の攻撃が熾烈になって来た。ビンセント君は、必死になって『斬撃』を放っているが、かなり疲れて来ているようだ。僕は、敵の頭上からシャワーを浴びせている。十分に濡れた頃を見計らって雷撃を落とす。3000ボルト位なら、こちらへのダメージが無いが、用心のためにシールドを貼っておく。目に見える範囲の全ての獲物の活動が停止した。奥まで検索してみたが、お兄さんの遺体や遺品は見つからない。この下だろうか。階層ボスは3つの頭を持つケルベロスだったが、さっきの雷撃で感電死していた。外傷もそれほどないので、そのままイフクロークにしまっておく。この階層もドロップ品はなかった。うん、しみったれたダンジョンだ。
次の階層に降りて行く。階段の途中にエンジ色のショート・マントが引っかかっていた。ボラン君がそのマントを丹念に見ていた。裾が、少しちぎれていた。
「このマントは、兄の物に間違いありません。刺繍されているこの紋章は、我が家の紋章です。」
うん、取り敢えず見つかって良かったね。でも、この階段を降りる途中だったのか上る途中だったのか分からない。兎に角急いでいたのだろう。でも上る途中ではないだろう。何故なら、今、僕達が上の回想のダンジョンをクリアして来たばかりだが、お兄さんがいたと言う証跡は何もなかったのだから。
もし、上の階層ボスのケルベロスから逃げて来たとしたら、お兄さんの生存は絶望的だろう。それは、この下の階が岩山エリアだったからだ。このダンジョンの岩山エリアも以上だった。上空には夥しい数のワイバーンの群れが飛んでいるが、地上には降りてこない。その理由は直ぐに分かった。ストーンゴーレムが僕達の前方100mくらい先にいるのだが、そいつが大きくて丸い岩を投げつけてくる。その丸い岩は、放物線を描いて飛んでくるのだが、地面に当たった瞬間、大爆発を起こしているのだ。ストーンゴーレムが投げているのは、ローリングストーンという魔物の石だ。魔物が魔物を投げているのだ。ビンセント君の『斬撃』も、ボラン君達の弓矢も届かない遠距離から投げているのだ。しかも、投げる間隔が短い。俊敏なストーンゴーレムだ。
ワイバーンが上空から襲って来ない理由が分かった。巻き添えを食いたくないのだ。僕は、そのまま飛翔してストーンゴーレムの頭上に移動すると、ストーンゴーレムの足元を泥沼化させる。ズブズブと沈んで行く。手に持っていたローリングストーンが大爆発した。ストーンゴーレムの上半身が砕石になってしまった。ゴロゴロ転がっているローリングストーンを『斬撃』で殲滅して行く。
後ろを見ると、ワイバーンがビンセント君達を襲っているが、シェルの『ヘラクレイスの弓』の餌食になっている。シェルの体が赤く光っている。『身体強化』を使っているようだ。何匹か倒していたが、残りのワイバーン達は今日の晩御飯を諦めて、巣に帰って行くようだ。
ボラン君は、今までの敵の異常さを見て、お兄さんのことは諦めたようだ。このエリアのストーンゴーレムなど、通常のアーチャーでは倒す術はない。お兄さんは、きっとここでワイバーンの餌になってしまったのだろう。
ストーンゴーレムの魔石を回収してから、ワイバーン4体の回収をする。シェルの矢が、的確にワイバーンの急所を貫いている。通常時の弓では、絶対に跳ね返されてしまうほど硬いワイバーンの皮膚に、深々と刺さっている矢をグイッと抜いて、傷口を塞いでおいた。これだけ綺麗なワイバーンの死体なら、大金貨20枚以上で売れるだろう。後、魔石が結構回収できた。これでこの国に滞在している間の費用に困ることはないだろう。シェルが浪費さえしなければ。
さあ、もう帰ろう。後のことは、ここの冒険者ギルドに任せる事にした。




