第2部第43話 『殲滅の死神』再び
(6月9日です。)
インカン王国ガッシュ領主ブリザンチン・ガッシュ伯爵の公邸は、市の中心部に広大な敷地を有している。周囲を煉瓦とロートアイアンの塀で囲まれていて、大きな門の両脇には、衛士の詰所が設けられている。僕とシェル、ミリアさんとビンセント君の4人で、公邸に向かった。公邸の中に何があるかおおよその見当はついている。ガッシュ伯爵は、司法庁の中に放置してきた。そのうち、『威嚇』の効果が薄まれば動くことが出来るようになるはずだ。
僕は、ガッシュ伯爵公邸の正門の前に立っている。門番の衛士は、門を開けようとしてくれない。まあ、普通はそうだろう。僕は、土魔法でゲートの下から岩石の柱を立ち上らせた。ゲートは、ミシミシと音を立てて飴のようにひん曲がってしまった。直ぐに岩石を消去したが、ひん曲がったゲートはそのままだった。シェルが『ヘラクレイスの弓』を装備している。屋敷の中から、警備と思われる者達が、抜剣のまま飛び出してきた。飛び出してきた瞬間、シェルの『ヘラクレイスノ弓』の餌食になってしまっていた。
ゆっくり、屋敷の中に入って行く。大勢の家令が玄関広間に集まっていた。一番高齢と思われる執事のような方に案内をお願いする。
「あなたは、ここの執事ですね。この屋敷の中に、可哀そうな少女達がいるはずですが。」
「え、あ、あの、は、伯爵閣下は?」
「伯爵は、まだ司法庁の中よ。動けるようになるまではね。」
さも当然のように言うシェル、こういう時のシェルは、とんでもなく邪悪な感じがするのは僕だけだろうか。
「さあ、案内してくださいな。」
「ひっ!」
ほんの少しだけ『威嚇』を掛けてやる。そのまま、奥の階段の下に設けられた秘密のドアから地下室に入って行く。地下室には、いつもこういう場合にしている匂いが充満している。汗と血と糞尿の混じった匂い。あ、獣の匂いもする。しかし、魔物のような酷い匂いではない。地下は、大きな空間となっており、その中には、いくつもの檻が置かれていた。その檻の中には、小さな獣人の子達が閉じ込められていた。皆、何もつけていない。女の子ばかりでなく、男の子達もいた。中には、脚の間に垂れた血液が乾いている子もいた。
「この子達の服は、どこにあるの。」
執事が、ノロノロと衣装ダンスの方に案内してくれた。衣装ダンスの引き出しを開ける。その瞬間、引き出しから取り出したショートソードを振りかぶってシェルに襲い掛かろうとした。しかし、振り向いただけだった。ショートソードは振り降ろされることはなく、執事は左右に分かれてしまっていた。僕の手には、血の滴っている『ベルの剣』が握られていた。
シェルとミリアさんに子供達の手当てをお願いして、僕とビンセント君は、1階に上がって行く。ビンセント君も既にロングソードを抜いている。1階には、知らせを受けた騎士たちが待ち構えていた。一斉に襲い掛かってきたが、彼らは僕の姿を見て襲い掛かて来た段階で、人生を終えていた。僕の『斬撃』が横払いに放たれたのだ。立っていた者は、騎士だけではなく家令もメイドも皆、上下に分断された。僕は誰も助けてあげようなどとは思わなかった。メイドだって、小さな子が連れ込まれ乱暴されるのを見ない振りをしていたのだから。地下にいたのは獣人の子ばかりだった。人間の子もいるはずだ。1階大広間に生き残っていたメイドに声を掛ける。殺された者から流れ出る血で真っ赤に染まりながら這って逃げようとしていたが、僕から声を掛けれれて泣き始めてしまった。
「許してください。私は何も知らない。何も見ていない。伯爵が悪いんです。あの、執事が悪いんです。許してください。」
僕は、少しだけ『威嚇』を使った。
「本当の事を言うんだ。お前は何をした。」
「ひっ!わ、私は、手籠めにされた女の子を捨てに行っただけです。奴隷商に売っただけです。あと、川に捨てただけです。」
まあ、そんな事だろう。用が済んだ女の子の処分なんてそんなものだ。そのメイドに、今、監禁されている女の子の所に案内させた。それは屋敷の3階の一番奥の部屋だった。どう見ても6歳位から下の男の子と女の子が
4人、首に鎖を付けられて柱に繋がれている。トイレと食事は、鎖の届く範囲に置かれている。食事の皿からは蠅が飛び回っていた。物凄い匂いだ。
全ての鎖を開錠する。ビンセント君、そんなところで吐かないでください。子供達を連れて風呂場に向かう。メイドには、綺麗な服を準備させる。ビンセント君に、他のメイドを呼んでくるようにお願いしたが、下に行って見たら誰もいなかったそうだ。皆、逃げてしまったらしい。しょうがない。シェルに手伝いに来てもらう。暫くしたら、シェルが獣人の子達7人を連れて来ていた。皆、きちんと服を着ていた。シェルさんとミリアさんが、人間の子達の世話をする。怪我はしていないようだが、首に付けられていた首輪が食い込んでいた跡が痛々しい。
イフちゃんが、外の様子を教えてくれた。騎士団が大挙して屋敷を取り囲んでいるそうだ。その数600名との事だ。ああ、ここの騎士団は、自分たちが何をしているのか分かっているのだろうか。さっきからメイドの様子がおかしい。『殺される、殺される。』とブツブツ独り言を言いながら働いている。誰に殺されるのか聞いたら、どうやら騎士に殺されてしまうらしい。ここの騎士は、平気で市民を殺してしまうらしい。領主が領主なら騎士も騎士だ。法も正義もないようだ。
ここは、シェル達に任せて、僕一人で屋敷の外に向かう。屋敷の外には、騎士団が2個大隊、整列していた。皆、抜剣している。戦闘は、重騎兵だろう。大きな盾と金属製のフルアーマーを装備している。左右には、弓騎兵が、こちらに向かって弓を引き絞っている。中段部隊は槍騎兵だろう。斜め前にy利を構えている。最後方からは、魔導士隊もいるはずだ。きっと、伯爵麾下の騎士団の総勢が集まっているのだろう。隊列が分かれて、騎士団長とガッシュ伯爵が現れた。
「ゴロタ、よくもやってくれたな。もうあきらめるんだな。」
ガッシュ伯爵が憎まれ口を聞く。うん、こいつは最後だ。まず、その隣の騎士団長からにしよう。僕は、『瞬動』で騎士団長の前まで移動したと同時に『ベルの剣』を薙ぎ払った。騎士団長の頭がポーンと跳ね上がって地面に転がって行く。残された胴体は、首から血潮を噴出しながらズンと倒れてしまった。左右の弓騎士団には、ファイアボールを20発位降らせた。あ、弓騎士ばかりか、半径50m位が燃え上がっている。もう左右に動いている者はいない。僕は、『ベルの剣』を高々と掲げて、後ろに引き上げるような動作をした。僕の前の部隊の最後方から土魔法で作られた細い槍が100本程、上空から降り注いだ。最後部に位置していた魔導士が殲滅された。ついでに壊れかかったゲートの周りに固い岩石の壁を生じさせた。もう、これで誰も逃げられないだろう。
イフちゃんを呼んだ。真っ赤に燃え上がった火の精霊、イフリートだ。1発の『地獄の業火』で20~30人は燃え尽きてしまう。さあ、最後だ。もう、ガッシュ伯爵と何人かの警護の者しか残っていない。しかし、警護の者もすでに剣を捨てている。許す気はサラサラないが。シェル達が屋敷の中から出てきた。もう、屋敷の中には誰もいないそうだ。一緒に出て来たメイドが、庭の惨状を見てケタケタ笑っている。うん、完全に壊れているようだ。
「ガッシュ伯爵閣下、これがあなたのなさった事の結果です。よく見てください。」
屋敷が、轟音とともに潰れてしまった。眼に見えない圧力魔法、『グラビティ・ハンマー』で屋敷のすべての柱がひしゃげてしまったのだ。ガッシュ伯爵は、腰を抜かしてその場に座り込んでしまっている。来ている服を全て脱がし、屋敷の外に追い出してしまう。外周には大勢の市民が固唾をのんで見守っていた。屋敷がつぶれてしまった時には、大きな歓声が上がっていた。きっと、伯爵は、ここから100mもあるかない内に、殺されてしまうだろう。それだって、自分が犯した罪の報いなのだから仕方がない。
子供達を連れて行政庁に行った。行政長官は、行政庁の前で市民につるし首にされていた。子供には見せられない光景だ。行政庁の福祉担当の職員に子供達を任せることにした。この街が、これからどうなるかは、僕達の知らないことだ。でも、まともな職員もいるようだ。きっと、これからいい街になるだろうと思う。今までもそうだったのだから。さあ、イオラさん達の所へ行こう。市民の明るい笑い声がする街を北に向かって歩き出した。あ、そう言えば忘れていた。ガッシュ伯認定レザントホテルの玄関前に大きな岩を置いておいた。あれを取り除くのは難儀だろうが、頑張ってください。
市の北門まで行くと、門が固く閉ざされていた。衛士は誰もいなかった。僕は、門のかんぬきを外し、解放してあげた。門外のスラムで暮らしていた獣人やイオーク達が街中に入ってきた。僕は、皆に聞こえるように、『拡声』で話しかけた。
『これから、この街は開かれた町になるはずです。獣人もイオークも自由に出入りすることができる街になります。でも、皆さんが、これから略奪や放火・殺人それに強姦などをすれば、また元のようになってしまうでしょう。また、僕がそれを許しません。この街の人達と仲良くしてください。』
門の外の獣人達は、静かに恐る恐る門の中に入ってきた。明るく、l綺麗な街、これから自分たちが暮らしていく街だ。響き渡るような歓声が、まもなく冬を迎える街の空に響き渡った。




