第2部第40話 ローズ・ガッシュ市
(6月8日です。)
セコイア村を出てから、通常は野営1回でガッシュ伯爵領の領都ローズ・ガッシュ市に到着する筈だが、セコイア村を出るのが遅かったので、2泊せざるを得なかった。
その間、荒野の魔物や群狼を片付けて、レベルアップに余念が無かった。そして、今日の昼過ぎにローズ・ガッシュ市の南門に到着した。この門は、近隣集落からの通用門にもなっているため、大勢の人達が入門の順番待ちをしていた。
それだけではなかった。城門の外には、粗末な小屋や、布を貼っただけのテントが拡がっていた。今までも目にした光景だったが、ここは異様だった。その理由は直ぐに分かった。
市民以外が市内に入るには入城税がかかるのだが、その税額が問題だった。
・人間種 大銅貨5枚
・獣人種を除く亜人 銀貨1枚
・獣人 金貨2枚
・イオーク 金貨10枚
これでは、奴隷を新規に買った方が安い位だ。特に、イオークを町に入れる価値はない。そのため、城門の外で市内の用件が済むまで待たせるか、このまま遺棄スルしてしまうのだろう。その結果、城門の外では、どこにも行くあての無いイオークや獣人が溢れてしまうのだ。そして、その獣人やイオークに対して高額の食糧や日用品を売りつける商人達のあくどい商売が成り立っている。
ゆくあての無くなった獣人やイオーク達は、市内の汚物処理や掃除など、汚れ仕事の欠員補充のために募集に来る行政庁職員が現れるのをじっと待っている。それまでに、健康でいられれば、もしかして市内で暮らせるかも知れないからだ。郊外の森で、新生活を送ろうとする者もいるが、大抵は魔物にやられてしまうのか、それっきり戻っては来なかった。
しかし、酷い匂いだ。彼らは、当然に風呂に入ったりシャワーを浴びることはない。たまに雨が降るが、それが唯一の身体を洗う機会だ。また、排せつ物も、穴を掘って、そこにためているのだが、直ぐに一杯になってしまうらしく、至る所に満杯の汚物溜があった。
彼らの食糧は、夕方、市内から搬出される残飯だ。一定の場所に捨てられる残飯をあさるのは、力の弱い女・子供と老人の役目で、働ける男は、近くの鉱山に採掘に行ったり、森の木を伐採する力仕事か、貴族たちが持っている荘園での賃仕事をしている。
ゴロタ達は、さすがにイオラさんやイオイチ君を市内に入れるために、金貨20枚を使う訳には行かず、そのまま、グルっと回って、北門の先で待っているようにお願いした。3日分の食料を持たせてあげる。また、警備のために、シルフも同行して貰う事にした。最近では馬車の屋根に『M134ミニガン』を設置したままにしている。雨や埃で汚れないように、迷彩模様の厚手の布で覆いをしているが、油をしみこませているのか、水分をはじくようだ。シルフなら、24時間、屋根の上で警戒することが可能だ。まあ、アンドロイドだから。
僕とシェル達5人が市内に入ることになった。入城税は全部で銀貨4枚だった。シェルとメリちゃんは、銀貨1枚だった。市内は、極めて綺麗な街並みだった。城門を入ってすぐは屋台や露店が並んでいる者だが、この街は、そういうモノが一切なく、小ぎれいな商店が軒を並べていた。しかし、なにか生活感がないというか作り物の街のような気がした。何故かなと思っていたら、直ぐに答えが見つかった。商店の見た目が皆同じなのだ。間口が9mの平屋建てで、ベージュ色の壁の色や緑色の瓦屋根など、すべて同じ作りになっている。違うのは、商店の中の品物と看板の文字位だ。それが、町の中心部までずっと続いているのだ。道路は、煉瓦舗装されているが、ゴミが落ちていないどころか、歩いている人も少ない。
脇道も同じような作りになっていて、碁盤の目のように道路が張り巡らされている。さすがに、裏通りの商店も同じ作りとはなっていないが、2階建ての建物がないのだ。そのため、1つの店がかなり大きな作りになっている。通りに面したところが、店となっていて、その裏に住居が付いているのだ。後で知ったのだが、商人が貴族様を2階から見下ろすのは不遜ということで、2階建ては禁止されているらしい。
市の中心部付近は、当然に行政区域と言う事らしく、行政庁舎、司法庁舎、衛士隊本部、騎士団本部そして冒険者ギルドと並んでいる。また、この国に来て始めて見る学校があった。学校は、小学校から高校まであるようで、広大な敷地の中に校舎が点在していた。また、学校の隣には広大な伯爵邸があった。学校も含めて、全て3階建てだったが、伯爵邸は、その他に尖塔が付いていて、先頭の上からは市内が一望できるようだった。行政庁を挟んで、伯爵邸の反対側には、教会があった。この国の教会は、1神教で、創造主と、その創造主から神託を受けた預言者のみが神とされていた。あとは、すべて神の子か迷える子羊だそうだ。
僕達は、行政庁の南側にあるホテルを予約した。2階建ての立派なホテルだ。前庭があって、庭の真ん中には噴水が作られている。ホテルのロビーも広々としており、僕達が冒険者服のまま入って行くと、なぜか場違い感が半端なかった。踵まで埋まりそうな絨毯に重厚感のある什器やソファ、フロントのコンシェルジュも、金モールの付いた制服で、いかにも高級ホテルですとアピールしている。
「いらっしゃいませ。ガッシュ伯認定レザントホテルへようこそ。本日は、どのようなご用件でしょうか。」
へ? ホテルに来て用件を尋ねられたのは初めてだ。シェルが対応してくれる。
「いえ、本日、宿泊をしたいのですが?」
コンシェルジュは、シェルをじっと見つめている。それから、僕やミリアさん達をジロッとみてから、
「申し訳ありませんが、当ホテルは、ご予約の無いお客様は、ご利用をお断り申し上げておりますので、他のホテルをご利用いただけますか。」
え、『予約』ですか。旅の途中で泊まろうとした場合、どのように予約できるのですか。現に、僕達は、今日、この街に到着したんですから。もしかして、前の村から伝書鳩かなんかを飛ばすのですか?このホテルは、明らかに僕達の服装を見て、宿泊を断ろうとしている。もしかすると、シェルがエルフで、メリちゃんがコボルト族なので、差別しているのかも知れない。ビンセント君が、貴族章を出して交渉しても、ビンセント君とミリアさんだけは宿泊できると言ってきた。結局、予約のあるなしにかかわらず、僕達を泊めたくないらしい。昔のヘンデル帝国でも同じような事があったが、あの時は、町の衛士隊や騎士団が消えてしまったっけ。
仕方がない。フロントで騒いでも、どうしようもないので、あきらめて、違うホテルを探すことにした。街の中心部から少し離れたところにある、『コンランホテル』という中程度のホテルに行くと、今度はすんなり予約することが出来た。驚いたことに、ホテルのドアマンやポーターは獣人だった。しかし、首に契約の首輪を巻いている所を見ると、市民が奴隷として使用する分には、ある程度認められているようだ。フロントの人に聞くと、獣人を使用していると、伯爵からのホテルとしての公式な認定が貰えないそうだ。よく分からないが、公式認定ホテルって何だろう。
聞けば、公式認定ホテルでは、貴族や富裕商人が満足できるようなサービスが受けられるそうだ。では、この『コンランホテル』では、満足できるサービスが受けられないのかと言うと、そんなことは無いそうだ。サービスの質は決して負けていないつもりだが、公式認定を受けているだけで、無条件に良いホテルという評価が決まってしまうらしい。
まあ、僕達には完全に関係ないんだけど。この街では、獣人やイオークが従事できる職業が限定されていて、ホテルやレストランに就職できるのは獣人のみらしい。しかも、市民権を持っている人間の奴隷でなければいけないそうだ。獣人がトラブルを起こした場合、持ち主の人間がキチンと対処することになっているらしいのだ。イオークは、奴隷としての扱いはなく、行政庁や司法庁などの官公庁が与えた仕事をする場合のみ、市内の居住権が認められているらしい。
『コンランホテル』では、僕達は大歓迎された。というかビンセント君とミリアさんが歓迎されたのだ。このホテルでは、いままで貴族が泊ったことはないらしいのだ。貴族が泊ってくれたというだけで、あの公式認定ホテルに負けないホテルだと証明できるのだそうだ。良く分からないが、ホテル業界の不思議な慣例があるようだ。このホテルの最上級の部屋は、別間のついたツインルームで、別間は、ベランダと一続きになっている。いわゆるスイートルームは無かった。きっと、この別間にベッドを入れてスイートにしたかったのだろうが、公式認定ホテル以外は、スイートルームが作れないらしいのだ。
夜は、ホテルのレストランで食事をした。牛肉の炭火焼きをメインのディナーにしたのだが、肉の食感が今一歩だった。僕は分からなかったが、ワインもそれなりの味だったらしい。シェフが挨拶に来ていたが、肉の等級が低い事を詫びていた。牛肉には等級があって、最低ランクの1級から最高ランクの特5級まで分かれているそうだ。このホテルで入手できるのは3等級のお肉までで、それ以上んオ肉は、公式認定ホテルや公式認定レストラン限定らしいのだ。ワインも同様、一つ星から5つ星まであって、一般には3つ星ワインまでしか入手できないそうだ。
変なしきたりと言うか決まりだと思ったが、全てガッシュ伯爵の意向により決められたそうだ。ガッシュ伯爵は、この街を最高級レベルの人間が、地位にふさわしい最高級のサービスを受けられるように細かく規則を作ったらしい。なんか嘘くさい匂いがした。
夕食が終わってから、寛いでいると、ビンセント君の執事さんがやって来た。僕達をようやく探し当てたそうだ。何でも2日前には、到着していたらしいのだ。
ビンセント君には、このまま僕達と来るか、先に王都に戻るか聞くと、僕達と一緒に来るというので、執事さん達には先に戻って貰うことにした。一緒だと、何かと世話が大変だし。




