第2部第37話 セレンちゃんはおしゃまです。
(5月31日です。)
私の名前は、『●▽●▲×▲』と言うらしい。幼かったころ、海底神殿で創造主様からそう呼ばれていた気がする。でも、もうずっと長い間、海底神殿には戻っていないのでよく分からない。
昨日、大きな男の人が私の棲み処に近づいてきたの。この棲み処は、最近、行くように言われたの。誰に言われたんだっけ?よく分からない。とにかく、この棲み処から離れないようにしていたの。この棲み処に来る前は、北の寒い海の傍にいたような気がする。川と海の境目の岩の上にいたわ。そこでは、ずっと歌を歌っていたの。なぜ?良く分からないけど、とにかく岩の上で歌を歌っていたの。でも、誰もいない所で、一人で歌を歌っても誰も聞いてくれないんだもん。もう、何千回も何万回もお日様が昇っていたわ。
それから、この浜辺に来たんだけど、この浜辺、一回来てしまったら、もう何処にも行けないの。海の中だって1キロ位しか沖にいけないし。昨日だって、お食事をとりに沖まで行って、帰ってきたら、あの男の人がいるんだもん。名前は『ゴロタ』様って言うの。背は大きいけど、とても可愛らしい顔をしていたわ。人間の歳は良く分からないけど、私よりも若いんじゃないかな。
ゴロタ様、美味しそうなものを持っていたの。人間の食べ物で、お肉やお魚を串に刺して焼くんですって。焼くって、やったことがないから良く分からないけど、とにかく美味しいの。ゴロタ様、全部、私にくれたわ。私、夢中になって食べたの。全部食べたら、もう、満足。眠くなってきちゃった。そこ、どいてくれないかな。私、岩の上で日向ぼっこしながら寝るのが好きなの。
ゴロタ様、私の名前を聞いたので、昔、呼ばれていた『●▽●▲×▲』って教えてあげたんだけど、分からなかったみたい。そのうち、『セレン」という名前をくれたの。昔、海底神殿のバアバに聞いたことがあるわ。人間に名前を呼ばれたら、その人のものになるんだって。その人のものになるって、良く分からないけど、でも、嫌な感じではなかったわ。『隷従』の契約っていうの。それを結んだらしいんだけど、良く分からなかったわ。
あとで、耳の長い女の人が来て、人間の着る『服』と言うものを着せてくれたの。今までは、せいぜい海草を身にまとっているだけだったんだけど、初めて着る服って、温かくてとても軽いの。私、地上に上がる時は、人間のような2本足になるんだけど、小さな『パンツ』と言うものを履いてから、服を着るんですって。耳の長い女の人、『シェル』様って言うんだけど、その人が、『後でブラジャーを買わなくっちゃ!』って言っていたの。ブラジャーって何か分からないけど、シェル様、なんだか怒っていたみたい。そう言えば、シェル様、女の人なのに胸がまっ平らだったわ。
生まれて初めて、長い距離を歩いたの。足が痛くなったんだけど、我慢していたら、シェル様が、手を足に当ててくれたの。あっという間に痛くなくなったわ。シェル様、魔法使いなんだ。海底神殿にも魔法使いがいたような気がしたけど、大きな貝の妖精だったような気がする。シェル様みたいに綺麗じゃなかったわ。意地が悪いし。私が、知らないで地上に出る方法を聞いたら、『私の声を貰う。』なんていうのよ。あとでお姉さまに聞いたら、大きくなったら自然に地上を歩けるようになるから、今はお魚足で我慢しなさいって言われたの。あのお婆様、声なんか貰ってどうする気かしら。
そう言えば、私が話すことが出来るのは、ゴロタ様とシェル様だけなの。他の人達は何をいっているのか全然分からない。私の言葉は、海の中でも話せるお魚語と、海底神殿の女神様達が話す古代語だけなので、地上の人達の話す言葉はこれから覚えなくっちゃ。あ、ゴロタ様とは、言葉を使わなくても話せるみたい。
その日の夕方、人間の街に行ったんだけど、何、この街。綺麗で大きな建物が一杯。それに人間もいっぱい。きっと世界中の人がここに集まっているのだわ。でも、あの髭だらけの身体の大きな人達、ちょっと怖い。どうして私の胸や腰をジロジロ見るのかしら。私、怖くなってゴロタ様の腕をギュッと抱きしめたんだけど、シェル様がとっても嫌そうな顔をしていたわ。シェル様だって、もう片方の腕に抱きついているじゃない。もう、絶対、離さないんだから。
夜、ホテルと言うところのレストランでお食事をしたんだけど、料理がとっても綺麗で美味しいの。でも、皆、あの小さなメリちゃんだってきちんと道具を使って食べているのに、私は、あまり上手く使えなかった。今まで、海の中で採ったお魚や貝を、手掴みで食べていたんですもの。あんな銀色の道具なんか、始めて見たわ。でもシェル様が使い方をちゃんと教えてくれた。うん、マネでもいいから、皆と同じようにしてみよう。
寝る前に、お風呂に入ったんだけど、温かくてとても気持ちが良いの。洗い方もシェル様に教えて貰ったんだけど、髪の毛を洗わなくっちゃいけないんだって。海の中にいたから、髪の毛に一杯お塩が付いているらしいの。でも、私、髪の毛を洗うのって嫌い。あのシャンプーと言う泡だらけになるのが目に入るのって、物凄く痛いの。砂粒が目に入るのよりも痛いかも知れない。もう、痛くて涙が一杯出たんだけど、そうしたら痛いのが治っちゃった。シェル様が『目を瞑りなさいよ。』って言っていたんだけど、そう言えば、海の中では目を瞑るなんてしたことが無かったわ。海に入ると、なんだか膜のようなものが目を覆ってくれて、どんなに深い所に潜っても目が痛くならなかったっけ。
夜、ベッドで寝るんだけど、ゴロタ様とシェル様は、一つのベッドで私だけ違うの。なんかとっても嫌だったので、私もゴロタ様と一緒にねることにしたの。ゴロタ様、温かくてやわらかくて、抱きついていると安心できるの。でも、この足の間の硬いの、何かしら?棒みたいだけど。私にはないわ。人間って面白い。えい、ひっぱちゃえ。あら、伸びて面白い。
次の日は、起きたら直ぐ歯を磨くんだって。人間って、朝、昼、夜って歯を磨くんだって。ふーん。その後、顔を洗うんだけど、手にお湯を乗せて顔を洗うの。でも、お水を掬うのって面倒だから、手の上に水を出して洗っていたら、シェル様が、『どこから水を出したの?』って聞いて来たの。どこって、手かな?だってお水ってどこにでもあるでしょ。ちょっとだけ貰ってもいいんだと思うんだけど。
シェル様が、『他に何ができるの?』って聞いて来たから、歌を歌えるって言ったら、『後は?』って聞いて来たんだ。後は、もうないので『できません。』って答えたんだけど、ちょっと悲しかった。
朝ごはんはトーストとベーコンエッグそれにフルーツサラダだったんだけど、みんな美味しかったよでもトーストって2枚しか食べちゃあいけないんだって。
食後、ゴロタ様達はどこかに出掛けて行ったので、私は、シェル様とお買い物に行ったの。一番最初に行ったのは、キラキラ光る石が売っている店だったの。色々見ていたんだけど、シェル様が私に髪飾りを買ってくれた。綺麗な貝殻と小さな真珠の飾りが付いているとっても可愛らしいものだった。へえ、あの真珠ってこうやって使うんだ。私、いっぱい持っていたんだけど。今度、普通の海に行ったら採って来てあげるわ。
それから、洋服屋さんに行って、奥のランジェリー売り場でブラジャーを買ったの。店員さんが測ってくれていたけど『80のD』って言っていた。シェル様、顔が怖いんですけど。ピンクのと青のブラジャーを買ったんだけど、結構高かったみたい。後、パンツを大量に買ったんだけど、みんなお魚の模様がついているのばかりだったの。
その店では、ワンピースや上下お揃いの服を買って貰ったんだけど、シェル様は、何か毛皮のコートを選んでいたみたい。次は靴屋さんだったわ。私の靴のサイズって23センチらしいんだけど、シェル様は、もう少し大きめのものにしなさいって言われて、『23.5』にしたの。でも、歩いても足が痛くならなかったので、これからも23.5にしよう。
お昼を食べてから、武道具屋さんというところに行ったの。冒険者の服を買うんですって。ゴワゴワの生地で出来ているジャケットに裾を縛れるカーゴパンツにしたんだけど、一杯ポケットがついているし、緑とか茶色のマダラ模様で、あまり可愛くない。後、黒い革製の編み上げ靴も買ったわ。
それからナイフと小さな三叉の槍を買ってくれたんだけど、シェル様?この槍のもっと大きいのは、海底神殿の創造主様が持っていたんだけど、私、こんなの使った事ないんですけど。
それから、カバン屋さんに行って、小さなリュックを買ってくれたんだけど、これって何に使うのかしら?あまり荷物が入りそうにないんですけど。シェル様、自分の分の他に2つ買っていたんだけど、金色のお金を2枚も払っていたわ。きっと、このリュック高いのね。高そうな金色の馬車の金具が付いているもの。
お昼は、大きな建物の2階にあるお店に入ったんだけど、丸いパンの間にお肉を挟んで食べるものだったは。お肉は、細かく刻んでいたものを丸く固めているんだけど、ソースがとっても美味しい。病みつきになりそう。
午後は、ホテルに戻ってお昼寝なんだけど、私に絵本を1冊買ってくれたの。人魚の有名なお話なんだけど、私は全然知らないお話だった。
人魚だって、口が大きくて、あまり綺麗じゃないわ。それに、こんな貝殻のブラジャーなんか付けないわよ。でも、王子様は素敵。ちょっとゴロタ様に似ているもの。




