第2部第30話 冒険者の町ゴトーダ
(5月26日です。)
朝、村長の家の前で、馬車に荷物を積んでいると、メリちゃんがやってきた。メリちゃんにとっては、大きなバッグを持って来ていたが、人間族にとっては、まあ、普通の旅行鞄だ。メリちゃんは、今日は、黄色のワンピースに茶色の革製のベストを着ている。麦藁の帽子と赤いリボンが可愛らしい。足は、この前と同じ革のサンダルだ。この村では、きちんとして洋服店はないので、これでも目いっぱいおしゃれをしてきたのだろう。
ラキ爺さんとご両親、それとお兄ちゃん2人が見送りに来てくれた。メリちゃん、お母さんに抱き着いて泣いていた。お母さんも泣いている。うん、旅の出発はこうでなくては。僕だって、ハッシュ村を出るとき、たしか村のシスターが泣いてくれていたような気がする。もう、忘れてしまったけど。
そして出発だ。メリちゃん、窓から上半身を乗り出して、いつまでも手を振っていた。『そんなに乗り出していると、危ないよ。』と思った瞬間、馬車が揺れて落ちてしまった。勿論、僕が念動で、引き留めて戻しておいたのだが、それからは窓の外に身を乗り出さなくなった。馬車の中は、後ろ、つまり進行方向に向かう側に僕とシェルが座り、反対側、つまり進行方向に背中を向けてビンセント君、メリちゃん、ミリアさんと座ることになった。しばらく沈黙が続く。メリちゃんは、馬車の旅は初めてらしく、興味深げに窓の外をみている。でも、右側にはミリアさん、左側にはビンセント君が座っているので、窓の外があまり見えないらしいのだ。
「ビンセント君、メリちゃんと代わってあげなさいよ。」
シェルのきつい声がした。ハッとしたビンセント君とミリアさん、何故か二人の顔が赤くなっている。喜んだメリちゃんは、直ぐに席を交代した。ビンセント君、居心地悪そうに真ん中の席に座っている。馬車が揺れるたびに、ミリアさんの豊かな胸がビンセント君の右腕に当たってしまう。その度に、二人は真っ赤になっている。
「ご、ごめんなさい。」
「い、いいえ、ぼ、僕こそ。」
うん、これはいいムードだ。シェルは、ニコニコ二人を見ていたが、30分もしないうちに爆睡して、僕の右肩に寄りかかっている。あ、口を開けて寝ていると、涎が垂れてしまいますよ。僕は、時々、シェルの口元をハンカチで拭いてあげていた。お昼は、小高い丘の上で取ることにした。メリちゃん、女子力の高い所を見せてくれた。料理の手際が良いのだ。というか手先が器用で、小さな手でもつナイフを器用に使って、次々と食材を切り刻んでいく。メリちゃん、料理をしながら、深いため息をついた。どうしたの?
「ここにある食材、これだけで、私の家の1か月分のおかずになるわ。ゴロタさん、一体どれだけお金持ちなんですか?」
え、何?お金持ち? 今、テーブルの上に並べた食材は、ベーコン1キロ、バター1斤、クリーム1パイン、ブロッコリー適当、レタス適当、卵12個、砂糖と塩、胡椒を適当量。あとは牛乳とオレンジジュース位かな。
今日のお昼は、バターたっぷりパンケーキのクリーム添え、フレッシュサラダにカリカリベーコン、ゆで卵だ。それほど豪華とは思えないんですけど。食事を終えて、洗い物は、イオラさん達とメリちゃんだ。イオイチ君、メリちゃんの隣に立って洗い物をしているが、きっと緊張しているんだろう。自分よりも小さな女の子が隣に立っているんだから。
この日の夜は、野営だった。夕食の準備も、メリちゃんがやってくれたが、料理のレシピを知らないので、大量の食材を前にして考え込んでしまった。そこは、シルフの登場だ。膨大なデータベースから、今日の食材で作れる料理レシピを黒板に書き出し始める。メリちゃん、突然現れたシルフにも驚いていたが、黒板に書かれたレシピにはもっと驚いていた。今日の夕食は、
海老と鯛の辛子オイル漬け
コンソメスープにトリュフを散らして
ローストビーフとハッシュポテト、グリーンアスパラ添え
スズキの塩焼き サワークリームソースと一緒
マロンショコラケーキとバニラアイス
紅茶かコーヒー
全て、メリちゃんの知らない料理ばかりだった。でも、ローストビーフとかケーキとかこれから作り始めたら絶対に無理だから。あ、異次元クロークから、すでに調理済みでチンすればできる物ばかりだ。フレッシュ野菜を切って水洗いしてサラダオイルを掛けるのはメリちゃんがキチンとやってくれた。でも、メリちゃん、目に涙が浮かんでいるんですけど。シルフさん、メリちゃんにもきちんと仕事をさせようね。
その日の夜、珍しくイフちゃんに起こされた。遠くから狼の声が聞こえていたので、熟睡はしていなかったが、どうやら狼それも魔物の一種であるサーベル・ウルフに囲まれているらしい。その数200。ある程度は、イフちゃんの『煉獄の炎』で殲滅していたのだが、数が多すぎる。しかも僕達の寝ているテントに被害が及ぼさないようにと言う事で、焼き払うのも限定的だったらしい。
辺りには、狼の遠吠えが聞こえてきた。テントの周りには、シールドを張っているので一斉に襲われることはなかったが、やはり何匹が突っ込んできて跳ね返されていた。このまま放置していると、徐々にシールドが薄くなってしまう。取り敢えず、シールドを補強しておく。シェルは起きてこなかった。ミリアさんが、ジャケットを羽織って出てきた。後ろからは、粗末な寝巻きを着ているメリちゃんが、恐る恐る出てきた。ビンセント君が、ロングソードを携えて出てきている。膝が細かに震えていたのは、見なかった事にしよう。
今なら、イフちゃんが幾ら強力な『煉獄の業火』を爆発させてもシールドが破られることは無いが、森が消滅し周囲の地形が変形してしまうのも困る。ここは、シルフに任せよう。シルフが、馬車の屋根の上に見たこともない大型の銃を出してきた。長い銃身が6本、筒状に束ねられており、弾丸がベルトの様なものに連結されている。シルフが、
「この銃は、『M134ミニガン』と言います。7.62x51mm NATO弾を毎分3000発発射できます。」
と無駄知識を披露していた。当然スルーだ。シルフが、暗視ゴーグルを装着し、ミニガンの照準を狼の群れに向けた。轟音と共に、ミニガンが火を吹く。時々、閃光が伸びていく。みるみる狼どもが肉片になっていく。5分後、狼どもはいなくなった。僅かに生き残った狼も逃げ去ってしまった。シールドの中は、火薬が燃えた後の硝煙が充満していたので、一旦、シールドを解除して硝煙を風で吹き飛ばした。
その頃になって、シェルがテントから顔だけ出してきた。
「シェルさん、もう終わりました。」
そう言うと、直ぐに顔を引っ込めた。僕は、もう狼はいないことを伝えて、テントの中に入っていった。結局、あれから寝たのは僕とシェルさんだけで、ミリアさんは、震えて泣き続けるメリちゃんを慰めていたし、ビンセント君は、怖くて寝るどころでは無かったそうだ。あ、イオラさん達だけは、これで安心と熟睡したそうだ。
翌朝、ビンセント君が、昨日使った武器について聞いてきたが、『軍事機密』と言うことで内緒にしておく。別に機密でも何でもないが、説明が面倒いので、そう言う事にしておいた。
朝食の準備も、イオラさん達とメリちゃんがしてくれるので、僕はビンセント君に剣の稽古を付けてあげる。『明鏡止水流』の大剣用の木刀を出してあげる。昔、聖剣と噂された木刀だ。この木刀で千本素振りをして貰う。実際に千本振って貰うわけには行かないので、何本か素振りをして貰って悪い癖を矯正する。後は、ゆっくりでいいから『明鏡止水流』の形をやって貰う。ゆっくりでも、大剣を振るのに慣れていないビンセント君、ダラダラ汗をかいていた。実戦で剣を振るためには、かなり時間がかかりそうだ。
この日の夕方、コボルト村の北の町、ゴトーダ町に到着した。この町は、人口2万人位の比較的大きな街だ。街の中は、何故か活気に溢れていた。夕方なのに人通りが多いのだ。それも一見して冒険者か兵士のような雰囲気の男達と、その男達を誘う怪しげな格好の女達が多いのだ。
僕達は、そんな者達には構わず、街の中心にある高級そうなホテルに入っていく。ホテルの前に馬車を止めると、ポーター3人が駆け寄って来た。しかし、運んで貰う荷物などほとんど無いのだが、チップは大銅貨1枚づつ渡す。ドアマンにも1枚だ。フロントでは、ミリアさんが予約をしてくれる。ダブルを1つ、ツインを1つ、それとシングル1つを予約した。最初、メリちゃんがコボルトである事から、難色を示したが銀貨1枚を胸ポケットに押し込んだら、ニコッと笑って、『お部屋までご案内します。』
と言ってくれた。うん、チョロい。イオラさん達は、獣人とイオーク専門ホテルを紹介して貰った。その後、近くの洋品店に行く事にした。メリちゃんの服を買うのだ。
表通りに面した高級そうな店に入っていく。あのう、シェルさん、メリちゃんの服を買うんですが。シェルは、直ぐに奥の高級服を見始めていた。ミリアさんが、店員にメリちゃんに合う服を見繕って貰っていた。子供服でも、幼児用の服を何着か買ったが、丈を少し直す必要があった。後、下着と寝巻き、靴下に靴とセットで買って上げた。
今日は、ピンクのワンピースを着て食事に行く事にしたが、着替えて試着室から出てきたら、本当に可愛らしい。小さなポシェットも買って上げたのだが、シェルさん、その大量の服や帽子、バッグはどうするつもりですか?結局、メリちゃんには全部で銀貨5枚位だったが、シェルには大銀貨3枚以上も掛かってしまった。今回は、流石にミリアさんも引いていたようだ。
夕食は、ホテルのレストランでディナーコースだ。ミリアさんの隣にメリちゃんが座る。勿論、幼児用の椅子を借りて座っていた。ミリアさんが、メリちゃんにテーブルマナーを教えているが、一生懸命聞きながら、ナイフとフォークを使っている姿が微笑ましい。
しかし、レストランに入るのもコボルトは良くて、イオークは駄目なのは納得がいかない。コボルトは、亜人として準人間扱いだが、イオークは獣人以下の扱いだ。僕から見たら、全て同じだと思うのだが。
夜、寝る時、メリちゃんはミリアさんと同じベッドで寝たらしい。次からは、ダブルの部屋にして貰おう。




