第2部第27話 コボルト村ジェロ村長
(5月9日です。)
この国ではコボルト族は、長い間、ゴブリンと同一視されていた。今から100年ほど前、このエリアでスタンピードが発生して、ガッシュ伯爵領が存亡の危機になったとき、コボルト族が総力を上げて先々代のガッシュ伯爵を助けた事により、この村を与えられたらしいのだ。
家臣の中には、これを面白くないと思っている者もいるようで、色々と迫害を受けているようだった。通常の街道から村がはずされたのを始め、旅行も制限されているらしいのだ。
コボルトは手先が器用な種族だ。指が細く長いため、細かな作業に剥いているようだ。ただし、手足がかなり細いため、力作業には向いていない。農作業も、あまり広い面積は耕作できないようだ。本来は、色々な工芸品なり家庭用品を作成して交易により、収益を上げて生活の糧にしているのだが、交易が出来ない今は、周辺の耕作地での収穫のみにより生きていかなければならない。
ごく僅かな商人が、彼らの作成した品物を安く買っていくのだが、1週間も掛けて作った品物が、銀貨1枚にもならないのでは、製作により生活していく事は不可能だろう。それでも彼らの創作意欲は旺盛で、色々な物を創り出していた。魔石が入手できれば魔道具も作成できるのだが、高価な魔石を購入することが出来ないので、魔道具の製作はずっとしていないそうだ。
この村には、宿屋はなかった。昔はあったそうだが、街道がなくなった段階で、旅人が来ることはめったになくなったので、廃業したそうだ。たまに訪れる旅人に対しては、村の集会所に泊るか、だれかの家に泊めて貰うことになるそうだ。僕達は、先ほどの白い顎髭の男、ジェロ村長の家に泊らせてもらうことになった。イオラさん達は、集会所に泊ることになった。食事は、村長さんの家でご馳走になることになった。
夕方まで、村の中を見て回る。いろいろな職人がいるようだが、殆どは回転休業状態だ。職人の男衆は、村の近くの畑で、農作業に従事している。女性たちだって、殆どは農作業に行っている。店番をしているのは、幼い子供か老人ばかりだった。飾り職人の店を覗くと、安い銅製の髪飾りが並べられている。銀や金は入手できないので、胴製の品物しか作れないのだろう。魔道具やさんでは、商品は何も飾られていなかった。もう、ずっと作られていないらしい。店番をしているお爺さんに、様子をきくと魔石が入手できないので、もう20年も魔道具を作っていないそうだ。でも、農作業をするには、歳をとり過ぎているので、製作器具を手入れしたり、魔石を持って制作を依頼しに来るお客さんが来るのをずっと待っているらしいのだ。
それって、もう20年以上も店番だけをしているのか聞いたら、『そうだ。』と言っていた。もう、気が遠くなるような話だ。僕は、イフクロークから幾つかの魔石を出してみた。もう、どの魔物から採取した魔石か分からないが、取り敢えず色合いが綺麗で大きさがコブシ位の魔石だ。
「この魔石で、何か作れますか?」
おじいさんは、右目にモノクルを掛けて魔石を見ていた。どうやら魔道具『鑑定眼』の一種らしい。魔力を流し込んだのか、モノクルの枠が金色に光っている。
「この赤い魔石は、『火蜥蜴』の魔石だな。この水色の魔石は『サハギン』の魔石のようだ。最後のこの虹色の魔石は、これは『キメラ』じゃな。それも特殊個体のようだ。これだけの魔石を見るのは、数十年ぶりじゃ。小僧、この魔石で何を作って貰いたい。」
「え、何ができますか?」
「武器なら、『煉獄の炎発射筒』や、『ウオーターカッターソード』じゃな。このキメラの魔石なら、殆どの属性の物を作れるぞ。防具なら、最高級全属性防御鎧じゃな。ただし、全属性防御の鎧は、ちと時間がかかるぞ。」
うん、そんなにこの村にいられないから。ビンセント君が、帯刀しているミスリル製のロングソードを外して、
「この剣に火属性の魔法を付与できませんか。魔力なら、十分にありますが、どうも魔法を発動するのは不得意で。」
「しかし、この魔石を使っていいか了解は貰っているのか?」
「あ、いけない。忘れていた。ゴロタ殿、いかがでしょうか。」
僕は、どっちみち忘れていたような魔石だったので、ビンセント君に上げることにした。でも、その細工、どのくらいかかるのだろう。旅の途中で、そんなには時間はかけられないし。
「製作には、どれ位時間がかかりますか。」
「ふむ、この魔石の素性が良ければ3日だな。加工賃は、金貨1枚じゃ。」
3日で金貨1枚とは、ちょっとボリ過ぎの気もしたが、ビンセント君が良ければお願いしよう。僕は、ビンセント君に、この魔石を進呈すると言ってあげたら、とても喜んでいた。あと、虹色の魔石を預からせてくれないかと言ってきた。魔法防御の髪飾りを作りたいそうだ。これには5日間かかるが、『火』、『水』、『風』、『土』それと雷属性の攻撃を防ぐことが出来るらしいのだ。当然、僕には不要なものだが、シェルやミリアさんには必要だろう。僕は、同じ魔石をもう1個出して2個作ってもらうことにした。
おじいさんは、店の裏に声を掛けた。
「おい、メリ。父さんと母さんを呼んで来い。仕事だ、仕事。畑は、後でいいから、直ぐ来いと言ってこい。」
うらから、小さな女の子が出てきた。顔は、鼻が尖っているが、目が可愛らしい。身長は、80センチ位だろうか。とても小さいのだが、年齢は幾つか、僕には全く分からなかった。メリちゃんは、店から出ると、走って村の向こうに消えていった。
「あんた達は、今日、どこに泊るのかね。連絡をしなければならないのでな。」
僕は、村長の家に泊ることになっていると教えた。あ、そう言えば、髪飾りの素材を聞いていなかった。おじいさんは、何でも使えるが、今は素材がないので、木彫りか粘土を固めたものになると言っていた。それは、ちょっと・・・。僕は、1キログラムの白金のインゴットと金のインゴットを出して使ってもらうことにした。おじいさん、あ、このおじいさんの名前は、『ラキ』さんと言うそうだ。そう言えば、店の看板も『ラキ魔道具店』と書いてあったことに気が付いた。
それから、村をブラブラしてから、ジェロ村長の家に戻った。村長の家は、2階建てだが、天井の高さが、2m位しかない。ビンセント君までなら大丈夫だろうが、僕では、かなり圧迫感を感じてしまう。2階への狭い階段を上がって、宿泊する部屋にいったが、2部屋しかなかった。1つは、ダブルベッドの部屋で、もう1つはツインの部屋だ。ダブルベッドの部屋は、当然、僕達の部屋になったが、もう1つのツインにビンセント君とミリアさんが泊ることになる。いくら幼馴染だからと言って、若い男女が同じ部屋と言うのもどうかと思ってしまう。
「ぼ、僕は、平気ですよ。ただ、同じ部屋だと言うだけですから。」
「わ、私だって、ビンセントと一緒の部屋だからって、変なことしないし。」
二人とも、顔を真っ赤にしていた。まあ、二人が平気だって言うんだから、良いかなと思う事にした。僕としては、なんとなくホッとしてしまった。このまま二人が恋人同士になってくれれば、とても助かるんですがと思うゴロタだった。
夕食の時間になったので、食堂に行くと、ジェロ村長が申し訳なさそうな顔で、
「旅のお方よ。申し訳ない。こんなものしか準備できなくて。」
みると、テーブルの中央には、今、ゆであがったばかりの里芋が湯気をあげている。しかし、それだけだった。この芋の皮をむいて塩をかけて食べるらしいのだ。この国の食生活レベルは決して高くはないが、ここまでひどくはない。シェルが僕に目で合図を寄こした。僕は、黙って頷く。
「ジェロ村長、もしお気に障らないのでしたら、私達の食材も提供できるのですが、いかがでしょうか?」
「え、食材?しかし、馬車にもそのような荷物は乗っていなかったようですし。どのような食材があるのでしょうか?」
「ゴロタ君、お願いね。」
僕は、イフクロークから、ジャイアント・ワイルドボアの肉を取り出す。30キロ位の量で充分だろう。それと30キロ入りの小麦粉の袋を2袋、それから既に焼き上げているバスケットパンを100人分位、最後に野菜各種と香辛料、うま味スープの素をキッチンテーブルの上に並べた。
「これをどうぞ。あ、村の方々にもお分けして貰いたいのですが。それから、キッチンを少しお借りできますかしら。」
この村の人口は良く分からないが、村の大きさからみても500人位だろうか。もっといたとしても、1人当たりの必要カロリーは成人男子の半分以下だろう。ある程度皆さんで分けても十分なはずだ。まあ、イフクロークの中には、緊急事態に備えて、倉庫1棟分以上の備蓄食料が常備されているので、この村程度なら、これから向かう冬を過ごすのにも十分な量は直ぐにでも提供できる。しかし、季節的には、森の恵みが採取できる時期のはずなので、森の恵み次第だろう。ジェロ村長は、集会所の前に走って行き、入り口わきの鐘を叩き始めた。ぞろぞろと村の皆が集まり始めた。みな、極端に痩せていた。子供の姿もあったが、絶対に欠食・栄養不良児童だ。ジェロ村長と村長の奥様それに娘さん3人がかりで、村の皆に食材を分け始めた。イオラさん達も手伝い始めた。
僕は、大きな鍋を準備し、スープを沸かす。その中に、先ほどの里芋と、ワイルドボアのお肉、大根、ニンジン、極太パスタを入れて、最後にホワイトソースを混ぜ合わせて、クリーム煮を作った。それから、ダンジョンで採集して保存しておいたジャイアント・ヤドカリの身を取り出して、焼きガニを作る。カニの香ばしい匂いが家の中に充満した。レタスにタマネギ、ピーマンにトマト、簡単なサラダを作りオーロラソースのドレッシングをかけまわしておく。最後にデザートで、バナナとパイナップルのシロップ漬けを作って、今日のメニューはおしまいだ。
料理が出来上がった時、村長さん達が帰ってきた。イオラさん達も交えて、皆で会食が始まった。ジェロ村長は、秘蔵のワインだと言って、山ブドウのワインを出してきた。僕には、よく味が分からなかったが、シェルとビンセント君が、これは上手いと言ってガバガバ飲んでいた。あのう、ジェロ村長の秘蔵のワイン、そんなにがぶ飲みしてよろしいんですか。ジェロ村長、涙目になっていますよ。かわいそうだったので、ゴロタ帝国南大陸特産の高級ワインを1ダース出してプレゼントしてあげた。




