第2部第24話 ビンセント・ゲシュタルト男爵
(5月1日の夜です。)
ゲシュタルト男爵邸は、まあ、普通の行政官の官舎だった。それなりには大きいが、行政庁と一緒の建物で、表側が行政庁、裏が官舎と言う感じだ。ゴロタ達の乗った馬車は、当然に、裏手の官舎正門から中に入って行く。狭い庭だったが、一応、馬車寄席が作られている。ノバさんが、先に降りて、玄関のベルを鳴らしてから、馬車の扉を厳かに開けた。ミリアさん、シェル、僕の順に馬車を降りて、官舎の中に入って行く。
玄関を開けると、6人位の使用人が並んでおり、その奥に、貴族服を着た男性が1人、立っていた。きっとゲシュタルト男爵だろう。僕とシェルは、目が点になった。若い。若すぎる。男の年齢は、良く分からないが、どう見ても12~3歳だ。身長こそ、170センチ位ありそうだが、童顔で、銀色の長髪を後ろで束ねているが、パッと見には中学生位だ。これで、防衛騎士団の指揮官が務まるのだろうか。
ミリアさんが、綺麗なカーテシを決めて、挨拶をした。続いてシェルもカーテシをして、自己紹介だ。僕も、右手を胸に当てて、15度のお辞儀をする。この国の作法は良く知らないが、こうすれば、間違いのないはずだ。
「よくいらっしゃいました。私は、インカン王国南部方面守備隊総司令官を仰せつかっているビンセント・アレス・ゲシュタルト男爵です。ゴロタ殿、シェル殿、どうかお見知りおきを。」
ミリアさんの名前を呼ばないのは、もう顔見知りなのだろう。後で聞いて知ったのだが、ミリアさんが王都にいた時、父のバーミット男爵の同僚の息子がこの男で、ミリアさんよりも2歳年下だそうだ。え、と言う事は16歳?見えない、絶対に見えない。まあ、ゴロタも人のことは言えないが。
シェルが、僕の耳元で囁いた。
「この人、絶対にエルフの血が混じっているわよ。」
え、エルフ? でも耳が尖っていないし。あ、目の形がアーモンドの形をしているので、そうなのかな。まあ、人間族にも、こんな目をしている子がいるし。僕もそうだけど。
客間でお茶を飲みながら談笑していたら、食事の準備ができたとの案内が来た。食堂に移動したら、大きなテーブルに椅子が4脚、僕とシェル、ミリアさんとゲシュタルト男爵が並んで座る。食前酒から始まり、料理は、久しぶりに満足できるものだった。ただ、ワインが少し物足りない。発酵が足りないようだ。この辺でとれる葡萄の糖度が足りないのだろう。かなり酸味の強いワインだった。
ミリアさんとゲシュタルト男爵は、なかなか打ち解けているようだった。昔の王都の話が中心だったが、ミリアさん、爆弾発言をした。
「ビンセント、相変わらず字が下手ね。この前のラブレター、もっときちんと書かなけりゃ。」
え、ラブレター?ミリアさん、何を言っているんですか。父君がなくなった時に貰ったお手紙ってラブレターだったんですか。養子縁組の申し込みじゃあなかったんですか。
「いやあ、字を書くのだけは不得意なんだ。まして、貴族文字のような飾りが一杯ついた字なんて、僕にはかけないよ。」
二人で、大笑いをしている。僕とシェルは、ひたすら料理を食べ、ワインを飲んでいる。僕は、途中からリンゴジュースにして貰った。
「ミリアさんが、父君の仇を取って、爵位と領地を復活させるために王都に向かっていると言う事は、ある人から聞いたんだ。だから、きっとこの街に寄るだろうと思って、王都への帰還を伸ばして貰っていたんだよ。」
「え、ビンセント、王都へ帰るの?」
「うん、この街に来てから、もう2年だからね。帰還命令がこの前来たんだ。後任も間もなく来るはずだよ。」
「ねえ、ビンセント、いつ男爵になったの。お父様は?」
「父は、引退して、今、王都で冒険者をしている。もう、堅苦しいお役所務めは嫌なんだって。」
さっきから聞いていると、ミリアさんとゲシュタルト男爵の立ち位置が微妙だ。どうして、ミリアさんは、『ビンセント』と呼び捨てなのだろう。あまり深くは聞かないようにしよう。ゲシュタルト男爵がこの街に来たのが2年前、その時は未だ14歳、それでミリアさんに養子に行きたいとラブレターを書くなんて、かなりませているというか、やることが子供らしくないような気がする。でも、貴族って、みんなそんなものかも知れない。それはシェルも思っていたらしく、不躾な質問をシラッとしていた。
「ゲシュタルト男爵閣下は、お幾つの時に爵位を継がれたのですか?」
「ビンセント、ビンセントとお呼びください。シェル殿。私みたいな若輩者に敬語は不要です。ご質問の件ですが、実は、3年前、父は勝手に冒険者登録をして、冒険者を始めてしまったのです。領地もなく、王都で税務の仕事をしていたのですが、上司ともめたらしくって。それで、2年前、私が、この辺境の地に赴任することを条件に、爵位を継ぐことが出来たのです。」
まあ、そんなもんだろうな。王位や爵位を継ぐのに年齢なんか関係ないし、こんな辺境の地へ赴任を希望するもの好きな貴族なんか絶対にいる訳無い。でも、どうしてバーミットやギュールではなく、ここが防衛の最前線なのだろう。聞くと、あのトウネ川、水竜が住み着いているあの川が、天然の要害となっており、敵の南方からの侵攻を食い止められるらしいのだ。万一、渡河してきた場合、この城塞を拠点に確個撃破するという作戦だそうだ。でも、あのバーミット領の南には、人間の住むエリアが無いのだから、絶対に侵略南下無いと思うのだが。
まあ、この城塞も防衛拠点であることは分かるが、その機能を発揮することはないだろうな。ビンセント君は、さっきから僕が帯剣している『ベルの剣』をチラチラ見ている。それとシェルの左手薬指の青いダイヤの指輪も見ているようだ。
「あのう、失礼ですが。ゴロタ殿とシェル殿は、どのような方なのでしょうか。ただの冒険者には見えないのですが。」
ミリアさんが、ここぞとばかりに答えようとしたが、ゴロタが、目で静止した。ミリアさん、急に黙ってしまった。あ、いけない。『威嚇』が少し混じっていたかも知れない。
「私達は、この大陸の反対側から来ましたの。着いたのは南の半島。そこから、ここまで冒険を続けながら来ましたの。元の国では、貴族をやってましたの。」
「やはり、貴族だったのですね。その指輪、始めて見ましたが噂に聞く『ブルーダイヤ』ではないでしょうか。それに、あの、ギュート子爵を捕縛させたのもゴロタ殿のお力と聞いたのですが。」
結構、情報網を張り巡らしているみたいだ。まあ、身分以外なら、本当の事を言おう。
「はい、彼は私達にとって許されないことをしたものですから、悪事を暴いたのです。でも、彼を処罰することは出来ませんので、訴状を持って、国王陛下に進言しようと考えています。」
本当は、少し違う。この国の専制と隷従、奴隷制度、身分制度全てを見直して貰おうかとも考えている。見直してくれない場合、国王陛下には少しだけ痛い目に合って貰おう。ほんの少しだけ。そうして、この国をまともな国にしてあげるのだ。別に、奴隷制度をなくせなどとは言わない。鞭で打たれて死んでしまうような子がいなくなればいいのだ。物事は単純だ。
食事が終ってから、ビンセントが驚きの発言をした。
「ところでミリアさん、2年前に書いた手紙のお返事を未だいただいていませんが。」
「え、返事。我が家に養子にくる話ですか?それって、私と結婚するってことなんですか?」
「いえ、嫌なら『弟』と言う事でも良いのですが。」
「い、嫌という訳ではないのですが・・・」
どうも歯切れがよくない。ミリアさん、断るなら断る、承諾するなら承諾する。返事ははっきりとしないと。ビンセント君が困っているでしょう。
「ビンセントは、小さいときから弟みたいなものだったから。どうも結婚相手と言う感じになれなくって。ビンセントは好きよ。可愛いし。カッコよくなっているし。でも、私の心の中では、まだ4歳の頃のビンセントのままなの。」
うん、最初は弟から。よくある話です。では、結婚を前提としてお付き合いをしたらいいでしょ。あ、でも貴族同士の結婚って、国王陛下のお許しが必要なんじゃないですか。ゴロタ帝国でも有力貴族の結婚は、一応、届ける決まりになっているし。食事会は、とても和やかに終わった。ミリアさんもビンセント君と楽しく会話をしていた。
「ところでゴロタ殿、お願いがあるのですが。」
はあ、何だろう。ビンセント君が改まってお願いって。
「実は、3日後、私の後任がこの街に来ます。引継ぎを終えたら、王都に戻る予定なのですが、私と一緒に王都に向かって貰えないでしょうか。勿論、ミリアさんも一緒になのですが。」
ビンセント君、顔が赤いですよ。それに変に汗をかいているし。それって下心がある時の反応ですから。僕とシェルには異論はない。どこかへ急いで行くと言う用事はないからだ。でも、ミリアさんはどうなんだろう。ビンセント君と一緒に旅をすることに同意してくれるのだろうか?
「ゴロタ様、私からもお願いしますわ。ぜひ、ビンセントと一緒に王都に向かって貰いたのですが。」
こうして、旅の仲間は4人になってしまった。




