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第2部第22話 川渡しさん達は大変です

(4月29日です。)

  カイマン帝国ギュート子爵領と、その北にあるガッシュ伯爵領との境、いわゆる領境に近づいてきた。領境は、大きな川だった。流れはそれほどでもないが、水面はゆっくりのように見えても、入ると流れが速いことはよくあるので、油断はできない。川は、『トウネ川』と呼ばれていた。


  川に橋はかかっていない。向こう岸までは、渡し筏で渡るようだ。筏が流されないように両岸の間にロープが何本か張られている。このロープに筏を繋ぎ、ゆっくり渡るようだ。両岸には、宿泊所が設けられている。大雨等で増水した場合、川止めになってしまって、水位が低くなるまで、何日も逗留しなければならないからだ。


  しかし、今日は大丈夫のようだ。渡し場の事務所に行くと、今日は、もう渡しは終わったそうだ。え、まだ午後の3時なのに。聞いたら、1日に2便しか出さないようだ。ミリアさんが、ここの宿場に強制的に停まらせるために、午前中に2便しか渡さないそうだ。それって、公共性を全く無視しているように思うんですけど。


  仕方がない。明日、1番の渡しを予約する。渡し賃は、先払いだった。


    馬車     大銀貨1枚銀貨2枚

    馬1頭    銀貨3枚

    人間     男性 銀貨2枚  女性 銀貨1枚半

    獣人     人間に同じ

    イオーク   人間の半分

    荷物1個   大銅貨3枚以上 重量により追加あり

    サービス料1人  銀貨1枚

    渡河税1人  銀貨1枚半


  物凄く高い。僕達の馬車は4頭立てだが、替えの馬も4頭いるので、全部で8頭、それだけで銀貨24枚だ。馬車が銀貨12枚で、もう36枚になってしまう。人間は、全部で銀貨5枚、イオラさん達は2人で銀貨2枚だ。荷物は、全てイフクロークに収納するとして、結局、渡し賃だけで、銀貨43枚、それに訳の分からないサービス料が銀貨5枚、渡河税が銀貨7枚半、あ、頭が痛くなってきた。この国って、交易による利益って考えていないのだろうか。


  払い終わって、事務所を出ると、大勢の渡し人夫達が騒いでいた。見ると、男の人が1名、泳いで河を渡ろうとしている。渡し筏用のロープを持って、少しずつ、向こうに行こうとしている。あ、危ない。川の中から見慣れた背びれが見えた。水竜だ。それも3つも。スーッと男に近づいたかと思うと、男の頭が水の中に引きずり込まれた。男は、もう水面に出て来なかった。少し下流の方に、真っ赤になった水が川下の方に流れて行った。


  この川は、水竜の縄張りになっているらしい。そう言えば、渡しの筏、随分頑丈そうだ。筏のそこには、鉄板が打ち付けられている。水竜の攻撃にも耐えられるようになっているようだ。ミリアさんに聞くと、どこの渡し場でもこんな状況らしい。水竜を退治すればいいのに、完全に放置しているそうだ。渡し賃を払わずに、泳いで渡河しようとするのを防ぐ目的もあるらしいのだ。グレーテル王国では、水流が出没すると、川止めになってしまうので、皆で退治した記憶があるが、ここでは利用している。『所変われば』の言葉とおりだ。


  今日は、仕方がないので、川べりの船宿に泊ることにした。宿の脇にイオーク用の檻が設置されていたが、まさかイオラさん達を檻に入れる訳には行かない。宿の人に、イオラさんが宿泊できる部屋はないかと聞いたら、変な顔をされた。この辺では、奴隷でないイオークなど存在せず、奴隷は檻に入れておくものと言うのが相場らしい。たしかに、8人程のイオークが檻に入れられていた。イオラさん、そちらを見ないようにしていたが、きっと胸の内では悔しい思いをしているのだろう。


  仕方がない。今日、イオラさん達は馬車の中で寝て貰おう。宿には、『完全個室完備』という看板が掛けられていたが、極めて小さな部屋が続いていて、ダブルとかツインの部屋は無かった。仕方がないので、3部屋を予約したが、1部屋で銀貨2枚半もした。最初、聞き間違いかと思ったが、間違いなかった。しかもシャワーも付いていない。シャワーは、1階のシャワー室を使うらしいが、1回、大銅貨2枚を取るようだ。これが、ここの流儀なのだろうが、これでは貧乏人は旅行などできないだろう。


  勿論、食事など付いていない。食堂が、宿の傍に併設されていたが、きっと『遅い、不味い、高い。』の3拍子が揃っているだろうから、河原でバーベキューをすることにした。イオラさんも連れて、河原の手前の土手を降りていくと、人相の悪い男が5人程いて、こちらに寄ってきた。


  「だんな、この河原を使うなら、銀貨1枚を支払ってくだせえ。」


  言い方は丁寧だが、態度は横柄で、シェルやミリアさんをいやらしい目でジロジロ見ていた。


  「この河原は、あなた達の物なんですか?」


  「いや、あっしらは、この河原を警備しているんですが、河原を使用する場合には使用料を取っていいって、ギュート子爵様に許可をいただいていやすんで。」


  また、ギュート子爵の名前が出た。本当に碌な事をしない。しかし、喧嘩しても仕方がないので、素直に銀貨1枚を支払った。キャンプテーブルセットや竈門を設置して、バーベキューを始める。あたりに肉の焼ける香ばしい匂いがしてきた。イオイチ君が、水べりに行って、石を投げて遊んでいる。あ、あれって、きっと水竜に狙われるな。そう思って、黙って見ていた。期待通り、『スーッ』と水竜が水面下でイオイチ君に近づいている。もう少しだ。


  水しぶきをあげながら、水竜がイオイチ君に襲い掛かる。イオイチ君、吃驚して尻餅をついてしまう。しかし、水竜は、イオイチ君の手前に設けたシールドに激しく激突した。そのまま『念動』で、空中に静止させる。小さな小さなファイアボムを水竜の小さな脳の中で爆発させる。水竜は、口から黒い煙を吐き出しながら絶命した。そのまま、河原まで運んで地上に落とす。イオラさんが、すかさず水竜の傍に近づいて、ナイフで皮を剥ぎ始めた。水竜の皮は、こちらでも良い値段で取り引きされている。傷1つ無い皮だ。金貨1枚位にはなるだろう。


  イオラさんが、作業をしているとき、土手の上からさっきの男達が降りて来た。僕達に向かって、訳の分からないことを言い始めた。


  「おい、誰に断って水竜を狩ったんだ。この河で狩りをするんなら、許可手数料を払え!」


  へ、吃驚してしまった。『許可手数料』って、何だろう。水竜は、一応魔物だ。さっきも河を泳いでいた旅人を襲っていた。その魔物を狩るのに、なぜ許可が必要なのだろう。うん、これは流石に頭に来た。


  僕は、頭に来ていたが、この男達を何とかしてしまおうとは考えてはいない。だから、黙っていた。何も言いたいことは無いし、何か言われても無視できる。


  「てめえ、ダンマリかよ。」


  1人の男が、殴りかかってきた。僕は、左手で軽く払った。


    ボキッ!


  男の腕の骨が折れる音がした。男は、腕を押さえて、その場にしゃがみこんでしまった。痛さのあまり、声も出ないようだ。


   「てめえ、逆らうのか。」


  皆で、一斉にかかってきた。僕は、左手1本で、男たちの脇腹や肩、首筋を手刀で打ち込んでいく。気持ちが悪いので、切り裂かない程度の力にセーブしている。


   ゴキッ、バキッ、ボゴン、ズバン


  あっという間だった。男たちは、その場で気を失ったり、骨折箇所を押さえて唸っていた。うん、誰も殺していない。一番最初に腕を折られた男の側に近づく。


  「お前のボスの所に案内しろ。」


  男は、ヨタヨタと先導して、土手を上がって行く。その後ろを、僕が付いていく。イオラさんには、料理を続けるようにお願いした。4人の男が邪魔なので、そのまま一箇所に固めて、シールドで出られないようにしておく。さっきの男は、土手の上に上がってから、走り始めた。僕から逃げようとしているようだ。別に追いかけたりしない。奴の行先は、ちゃんと見えていた。


  男は、渡し場事務所の裏の方に逃げて行った。僕は、ゆっくりと事務所の裏に回る。そこには、平屋の小さな小屋が立っていた。小屋には『トウネ川河川管理組合』という看板がかかっていた。小屋の前には、人相の悪い男が5人程屯しており、小屋の中からもゾロゾロと男達が出てきた。あ、この男たちは、渡河用の筏を操作する人足達だ。でも人相が悪い。とても客商売をしているようには見えない。


  最後にボスと思われる男が出てきた。大きなガウンのような物を羽織っているが、前を開けていて、コートのように着ている。長い髪を後ろで結わえていて、額の大きな傷をことさらに相手に見せているみたいだ。


  「お前がボスか。」


  「なんだ、てめえ。おれがこの河を仕切っているグリント一家のゴリゾンだ。うちの若いもんを可愛がってくれたようだな。」


  どうして、この手の奴らは同じような事を言うのだろう。それに、ここは『トウネ川河川管理組合』ではないのかな。まあ、どうでもいいけど用件は大したことは無い。河原を自由に使わせて貰うことと、川で釣ったり狩った獲物は自由にさせて貰いたいことだけだ。まあ、言うだけ言ってみよう。


  「僕は、僕。河原でキャンプしたり釣りしたりを自由にさせて貰いたい。」


  「ヘッ! おかしなことを。この河は、俺様のものだ。俺様に断りもなく、勝手に使うのは許さねえ。」


  「じゃあ、勝手に使わせてもらうからいいや。」


  「ふ、ふざけんじゃあねえ。野郎ども、やっちまえ。」


  あ、来るのか。まあ、河原の出来事は、ここにいる人の殆どは知らないから、しょうがないか。あ、ナイフを持っている。あれ、あいつは長い棒、あれは筏の『櫂』だな。あれ、あいつ、投網をもっている。どうするんだろう。


  僕は、ゴロツキどもに投げつけられた投網にくるまれてしまった。しかし、それは瞬間だった。あっという間に、投網は燃え上がり炭になってしまう。


  「おい、気を付けろ。こいつは魔法使いだ。」


  いえ、違います。魔法使いではありません。魔法が使えるだけです。面倒くさいから、イフちゃんを呼んでもいいのだが、それでは死人が出てしまうので、僕1人で対処することにした。


  30分後、ボス以外の全員が、どこかしらの骨を折られて倒れていた。僕は汗一つかいていない。最後に、静かにボスに言った。


  「明日、筏を操作する人は誰ですか?」


  ボスは、震える手で4人の男を指さした。僕は、その4人の男の骨折部位を『治癒』で完全回復してやった。あした、筏が運行中止になったら他の旅人が困ってしまうからだ。僕は、ゆっくりシェル達が待っている河原に戻ることにした。もう、お肉は焼けている頃だろう。

  



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