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第2部第21話 子供を虐めたら許しません

(4月27日です。)

  ゴロタの調べ室に、新しい男が入ってきた。身長は小さいが、横幅はかなりあり、見るからに偉そうな飾りを肩と襟につけている。どうやら、この衛士隊のトップのようだ。


  「どうした、ギブス。大きな声を出して。」


  「あ、隊長殿。いや、この男が、身分不相応な剣を持っていたんで、ギュート子爵様から盗んで来たんではないかと調べております。」


  「うん?ギュート子爵様から? そんな被害通報あったか?」


  ギブスと呼ばれた男は、あわてて隊長に耳打ちをしていた。隊長は、聞いていて途中からニヤニヤし始めた。下卑た笑いだ。


  「ああ、たしかにそんな通報があったな。うむ、この剣は、手配とよく似ている。ギブス、この男を窃盗容疑で逮捕しろ。あ、あと、隣の女と受付の前の女も一緒に逮捕しろ。女たちは、俺が直接取り調べる。」


  ああ、またか。僕は呆れてしまった。ゴロタ帝国やグレーテル王国、ヘンデル帝国では全くなくなった役人の汚職や横暴が、この国では普通のように存在している。中央政府のコントロールが効かないのか、それとも王国そのものが腐敗しているのか知らないが、こんな小さな町の衛士隊長までが、こんなレベルではもう、この国はどこに行っても駄目かもしれない。


  でも、一応、確認だけはしておこう。


  「あのう、この衛士隊は、王国直轄ですか?それともギュート子爵の配下なのですか?」


  「ああ、それがお前と何の関係がある。だが、教えてやろう。俺様は、インカン王国3級準男爵王国衛士団南部方面隊ギュート衛士隊ゲルバーグ衛士駐屯所長のガバリ衛士長様だ。」


  ああ、長くて覚えられない。でも、この男は準男爵で、この衛士隊の責任者だと言う事は分かった。ギュート子爵の直属の部下ではないようだ。もし直属だったら、このままギュート子爵が失脚した今、彼らの任命根拠が失われてしまったことになるのだが、そうではないらしい。では、現在も司法に関する権限があるとして、どうも今回の件は無茶過ぎるようだ。いわゆる違法捜査に当たるはずだ。


  ただ、この国の司法制度や法令等に詳しくないので、直ちに違法とは言えない。こういう場合、いつだって最終的には力勝負になってしまう。ゴロタは、隊長に一言確認をした。


  「証拠と令状はあるのですか?」


  「なにい、生意気言うんじゃない。ここでは、俺が法律だ。」


  ものすごい無茶を言っている。こんな奴を相手になんかしていられない。帰ることにしよう。僕は、静かに立ち上がった。隊長が右手に持っている『ベルの剣』を『念動』で取り戻す。隊長は、急に『ベルの剣』が引っ張られたので、つい手を離してしまったようだ。部屋から出ようとしたら、隊長が『待て!』と怒鳴ったが、ギロリと睨んでおとなしくさせる。あ、漏らし始めた。構わずに、隣の部屋に行く。ベルが、ゆったりとお茶を飲んでいた。


  「シェル、帰ろう。」


  「あ、終わったの。」


  「うん、隊長が帰っていいって。」


  勿論、そんなことは言っていない。でも、隊長、きっと1時間は喋れないだろう。だから、帰っていいというのを待っていたら時間が経ってしまうので、独断で許可して貰ったことにしておいた。シェルは、


  「それじゃあ、ギエナさん、さようなら。」


  と、手を振って取調室を出てきた。ミリアさんも立ち上がっている。ゆっくりと3人で衛士隊駐屯所を出ていく。この後、この町のホテルに泊まっても良いが、衛士隊に踏み込まれてもゆっくり眠っていられないので、そのまま、馬車に戻り、手早く馬の餌を買ってから、そのまま町を出ることにした。まあ、見た感じ、大したものはなさそうだったし。でも、この町のイオーク達は少し可哀そうな気がした。あんな小さな子が鞭で叩かれるなんてあり得ない。大人ならまだしも、子供の場合、鞭で叩かれたら骨が砕け、死んでしまう事もあるのだ。


  そう思って、街の北側まで来たとき、何か大勢の人達が集まっていた。集まっているのは、主に獣人たちでその中に何人か人間も混じっている。しかし、その人間達を見るとどう見ても野盗か冒険者崩れのようなガラの悪い男達だ。獣人たちも牛人や馬人それに狼人など身体が大きい獣人が多い。


  馬車の速度を落としてみると、『バシッ!バシッ!』と何か打たれているような音がする。音がするたびに、男達から歓声が上がっていた。イフちゃんに頼んで、男達に隠れている所に何があるのか見て貰うと、イオークの子供が鞭で打たれているとの事だった。


  『え、もしかすると。』


  嫌な予感がした。僕は、馬車を止め、御者台から降りて男たちの中に入って行った。なかなかどこうとしない男達を、力づくでどかせて、前に出てみると、やはりさっきの子だった。鞭で打っているのも、さっきの牛人だった。もう男の子の小さな体は、鞭で打たれてもピクリともしない。肩から背中にかけては、何本も皮膚が避けた後があり、腕は肩から変な方向に曲がっている。


  「へっ!俺から逃げようとするから、こんな目に合うんだ。黙って鞭で打たれていれば、死ななくても済んだのによ!」


  イオークの男の子は、既にこと切れているようだ。それでも、牛人の男は鞭で打ち続けていたのだろう。僕は、胸の奥に火がともるのを感じた。そのまま、男達の輪の中に入って行く。ボロ雑巾のようになった男の子に近づいていく。


  「なんだ。てめえは、さっきの奴じゃあねえか。へん、今度は俺の段様の許可を貰っているから、てめえには何にも言えねえぞ。」


  僕は、牛人を見た。下卑た顔だ。口から涎を垂らしながら、鞭を撃ち続けていたみたいだ。口の周りが泡だらけだ。ゴロタは、その男の頭蓋骨の中に『ファイア・ボム』をさく裂させた。


    ボムッ!


  牛男の頭蓋骨が破裂した。乗せる物がなくなった首から、大量の血が吹きあがっている。僕は、その血潮を自分とは反対方向に吹き飛ばす。周りの男たちは、何が起きたか分からないまま、大量の血を浴びてしまった。周りの男たちは、我先に逃げ出そうとしていた。僕は、目いっぱい『威嚇』の力を込めて叫んだ。


    『動くな、跪け。』


  男たちは、その場でピタッと止まってしまった。そのまま、僕の方を向いて跪いた。地面には、男たちの漏らした小水が低い方へと流れて行った。皆、涙を流しながら、僕の方を見つめていた。僕は、男の子のズタズタになった体を『復元』で元に戻してやった。もう、『治癒』は効果が無い。ただ、外傷を消しただけに過ぎない。男の子を地面に横たえてから、周囲を見回す。頭がなくなって、倒れている牛男の方を指さし、


  「この男の主人は立て。」


  一人の男がノロノロと立ち上がった。小太りの、あまり裕福そうではない男だった。どう見ても、その辺の農夫にしか見えない。しかし、手や足の汚れから農作業には従事していないことが分かる。


  「この子は何をした。」


  「へ、へえ。こ、この子はあっしの、た、卵を割ったんです。」


  「何個割った?」


  「い、1個です。」


  「この子の命は、卵1個より安いのか?」


  男は、黙っていた。必死に答えるのを我慢している。


  「答えろ。」


  「い、いいえ。あ、はい。この子は、外から浚って来たんで、た、タダです。た、卵は、1個で鉄貨16枚でした。」


  「お前に家族はいるか。」


  「お、おります。女房と子供が2人います。」


  「そうか。奴隷は何人いる?」


  「3人です。そこの獣人とイオークのガキが2人です。」


  「そうか。」


  僕は、深いため息をついた。ここで、この男を殺しても、結局、何もならない。ただ、奴隷候補が増えるだけだ。この世界の奴隷を全て助けることなどできない。ゴロタは、男達をそのままにして馬車に乗り込んだ。何も言わずに、馬車を進ませる。僕が街を出るころになったら、『威嚇』の効果も薄れ、ここにいる奴らも自由に動けるようになるだろう。


  この国のヒエラルキーはどうしようもないようだ。王侯貴族でない物にも、序列があり、貧しい農夫や商人でさえ、安価な奴隷を持っている。イオークの奴隷は、それなりの価値があるだろうが、銀貨1枚ほどの価値はない。親を失った子供イオークや、脱走してきたイオークは『はぐれイオーク』として、奴隷狩りの対象になってしまう。


  町を出て、1時間位進んだろうか。後ろから、夥しい数の追手が迫ってきている。シルフが、馬車の上に姿を現した。迷彩の戦闘服を着ている。いつものMP5ではなく、6連装のM32グレネードランチャーを持っている。


  「後ろからから、衛士隊の騎馬が約40名、農民や町民が50名位だが、獣人が多いな。」


  きっと、獣人達は主人から、ゴロタ達を討伐するように頼まれたのだろう。僕は、イフちゃんとシルフに対応を頼んだ。ただし、命までは奪わないように指示をしておく。シルフは、仰角を70度位にして、次々とロケット弾を撃ち込んでいく。衛士隊員達が進んできている街道の両脇に着弾していく。騎乗している馬が棹立ちになり、何人かの衛士達が落馬している。イフちゃんが、『煉獄の炎』を農民たちの真ん中に落としていく。あ、絶対、何人か死んでいる。ま、可哀そうとは思わない。彼らは、自分たちを殺すために追跡してきたのだろうから。農民たちは我先に逃げ出していた。衛士達も、仲間を拾い集めて退却を始める。残されたのは、イフちゃんの『煉獄の炎』の直撃を受けた10数人だ。


  僕は、深いため息をついて、馬車を進めた。この国は、腐っている。もしかすると、ギュート子爵領だけのことかも知れない。さあ、今日のうちに領境を超えることにしよう。


暴力と横暴、どこの世界にもあるようです。

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