第2部第20話 ゲルバーグ町衛士隊
(4月27日です。)
次の日の朝、簡単な朝食の後キャンプ地を綺麗に均してから、北に向かって出発した。シルフが、現在地からゲルバーグ町まで北北西に約140キロと言ってきた。時速15キロの馬車だと9時間以上かかってしまう。そのため、出発は午前8時にした。相変わらず寝起きが悪いシェルは、皆が朝食を食べている時に、朝風呂に入っていて、トーストと紅茶は、暖かいままイフクロークにしまって貰っていた。
馬車の中で、ゆっくり食べるつもりらしい。ミリアさんは、最近慣れてきたのか、何も感じなくなったようだ。ゴロタは、昨日と同じように御者台に乗る。道を整地して固めながら、快適に馬車を飛ばす。シェルが紅茶を飲み終わるまでは、溢れないように、馬車全体を浮遊させている。そのため、全く揺れもなく、馬達も快調に速度を上げている。しかし、あまり速度を上げても馬の疲労が蓄積されるだけなので、手綱を引き絞るのが大変だった。
お昼は、街道沿いの東屋風の休憩所で取る事にした。今日は、あらかじめ作り置きしていたトマトソース・パスタにした。真っ赤な唐辛子をみじん切りにし、オリーブオイルで炒めたものを、火魔法でパスタの内部から温めたものにからめておく。あと、ソーセージと玉ねぎをオリーブオイルで炒め、たっぷりの胡椒を振って、最後にパスタと絡めておく。さあ出来上がりだ。
途中、この休憩所に立ち寄った旅人が、ゴロタ達がちゃんとした昼食を作っているのに驚いていたようだ。この国でも、旅の携行食は堅くなった黒パンと干し肉だけだ。お湯でお茶を沸かし、黒パンをふやかして食べるのだ。
また、ゴロタ達がイオークと一緒に食事をしている事にも驚いているようだった。この国の人達の感覚では、イオークは汚くて臭いというイメージだが、イオラさんもイオイチ君も、こざっぱりとした服を着て、全く匂いがしない。勿論、手や顔にも汚れ一つ付いていない。かえって野営明けの旅人の方が、薄汚れて匂いも強い位だ。
午後、道を整備しながら順調に馬を進めることができた。ゲルバート町近くに来ると、風景は田園地帯になってきた。ここでも、畑で働いているのはイオーク達だった。それに、街の周辺にはスラムではないがイオークの集落が点在していた。人間の農夫もいたが、数は少なく、イオーク達とは別々に働いていた。街の入り口には、城塞のような門があったが、開け放されており、門番も特に出入りのチェックをしている様子はなかった。
街の中まで入っていくと、かなり大きな街であることが分かった。亜人も多く、特に牛人や馬人の肉体労働者が目立っていたが、特に何か重いものを運んでいるという雰囲気はなかった。目立ったのは、腰に皮の鞭を下げている事だった。
街の中心部に向けて進んでいた時、突然、馬車が急停止した。ゴロタが『念動』で馬車を停めたのだ。馬車の中は大惨劇になっていたが、構っていられない。馬車の前に、小さな子供がうずくまっていた。イオークの子供だ。イオークの年齢はよくわからないが、子供であることは間違いない。その子に向かって牛人の男が鞭を振り上げている。ゴロタは、シルフに合図をした。シルフが、空に向けてMP5を3点射した。突然の轟音に、牛人の男は尻餅をついている。イオークの子供も震えていた。
ゴロタは、馬車を降りて、牛人の男に近づいた。
「何をしている。」
「に、人間の旦那様。あ、あっしは、この小作の子に折檻していただけでやんす。」
「何故、折檻している?」
「この馬鹿ガキが、うちの旦那様の大切な卵を割ったんでやんす。」
見ると、確かに卵が1個、地面で割れていた。呆れた。この子は、卵1個のために、鞭で折檻されているのか。ゴロタは、子供に対して『もう行け。』と合図した。立ち上がった子供は、脱兎の如く街の外の方に向かって走り出した。牛人は、特に追いかけるでもなくゴロタにペコペコしながら何処かに立ち去った。
ミリアさんに聞いたら、この街は、農奴か小作農制度で成り立っているようだ。種族によるヒエラルキーというか身分制度が厳しく、当然、イオークは最下層だ。亜人にも身分があり、獣人が最下層らしい。勿論、獣人と言えども自由人である。奴隷とは違い、上位種の命令を絶対に聞く義務はない。人数は少ないが、エルフやドワーフは、人間種よりも制約が多いが、人間と一緒に暮らせるし、結婚も可能だそうだ。
この街のように、全ての農地や財産は、人間のみが所有でき、下位種族は、人間から分け与えられる分だけで生きていくということは、この国では普通のことらしい。職人ギルドも、殆どが人間が職長をやっており、亜人は、よほど運が良くなければ自分で店を持つことなどできないそうだ。
ぼんやり考えていたら、馬車の周りを衛士隊に囲まれてしまった。さっき、シルフが点射したMP5の発射音で衛士隊が出動したのだろう。10人位の衛士が長剣を抜いている。イオラさんは、御者台の上でガタガタ震えている。ゴロタは、御者台から降りた。衛士隊の指揮官らしい人が、尋問をしてきた。
「今の爆発音は、お前たちか?」
爆発音? いや、違うけど、MP5の発射音を聞いたことが無い人なら、何かが爆発した音と間違えても仕方がないかもしれない。
「はい、僕達です。」
「街中で、爆発などとんでもない。ちょっと、来て貰おうか。」
事情も聞かないで、『ちょっと、こっちへ来い。』は、随分乱暴と思うけど、仕方がない。ついていく事にする。並んでいる商店などから、人々が出てきて、ゴロタ達を興味深げに見ている。シェルとミリアさんも馬車から降りて来た。冒険者服を着ているが、どう見ても超絶美少女とナイスバディの美人さんが降りて来たので、衛士隊の皆さんは目を見張っていた。シルフは、衛士隊が現れた段階で、異次元空間に消えていた。
衛士隊本部は、町役場の脇にあったが、大きさからすると、せいぜい50人程度の衛士しかいないものと思われた。衛士隊本部の中は、事務員の人以外は誰もいなかった。他の衛士隊は、パトロールに出ているか非番なのだろう。
取調室も2つしかないようだ。ゴロタは、取調室の1つに入るように言われた。もう1つの取調室にはシェルが入ることになった。ミリアさんは、入口脇の木製のベンチに座っている。ゴロタは、『念話』でシルフにシェルの様子を監視させることにした。ゴロタとは『思念共有』をはかっているので、シェルの様子は手に取るようにわかるのだ。
ゴロタの取調官は、年配の太った男の衛士と、若い男性の衛士だった。ゴロタに質問するのは、年配の方だった。ゴロタの持っている『ベルの剣』は、机の上に置かれている。『オロチの刀』は、イフクロークにしまっているので、この剣だけだ。しっかりとガチンコさんの作ってくれたカバーをしているので、一見しただけでは、この剣の真の価値は分からない筈だ。
「おまえ、冒険者なんだって。冒険者カードを見たが、まだランクが低い駆け出しのようだな。」
これは、かなり認識違いがある。ゴロタ達が持っている、この国の冒険者カードは『C』ランクだ。冒険者の初心者は、通常『F』ランクから始まり、『E』ランクになるのに1年、『D』ランクになるのには、それから最低でも2年はかかるのは普通だ。『C』ランクともなると、冒険者になってから5年以上かかってしまい、10代で『C』ランクになるのは非常に稀である。ゴロタは、あえてランクを隠して『C』にしているのだが、それを駆け出しと言われるのは心外だ。この衛士の男は、冒険者を馬鹿にしているようだ。若い衛士の方は、知っているようで顔が青ざめていた。『C』ランクの冒険者は、普通の一般市民では束になっても敵わないレベルであり、体力と魔法力での総合力では、この町の衛士隊程度では、10人掛かりでやっと制圧できるレベルだろう。
ゴロタは、何も言わずに黙っていた。意識は、別の調べ室に連れていかれたシェルの方に行っていたのだ。
「おい、何とか喋らねえか。おまえ、喋ることが出来ねえのか?」
衛士の男は、ゴロタの頭をムンズと掴んで、自分の方を向かせようとした。ゴロタは、素直に男の方に顔を向けた。ちょっとだけ、ムッとしてしまったが、意識せずに『威嚇』スキルを発動してしまった。ほんのわずかだったが、男に対しては十分なようで、ハッとしたように手を離して、
「な、なんだよ。悪かったな。別に、お前をどうこうするつもりはねえよ。俺は、さっきの爆発音が何かを聞きたかっただけなんだ。」
ゴロタは、黙っていた。説明しても理解できないだろう。しかし、それ以上追及することはしなかった。次に、机の上に置かれている『ベルの剣』について、取り調べがはじまった。持ち上げてみて、革カバーを外す。カバーも水竜の革製で、中には魔封じの布が張られているので、1000万ギル以上する超高級品なのだが、当然にカバーの価値など分かる訳がない。しかし、中に入っている『ベルの剣』は、誰が見ても普通の剣ではないことが分かる。
柄に巻かれている赤い革は、遠い北海に生息すると言われている一角鮫の表皮をなめしたもの、柄頭にはめ込まれている赤い魔石は、魔法力を高める魔翠石と呼ばれる稀少な石だ。鞘は、黒色の水竜の革をなめしたものでくるまれ、白金による彫刻と象嵌で飾られている。しかし、本当に高価なのは刀身だ。この世界では、和の国でしか算出されない『緋緋色金』でできており、全ての金属よりも固いはずの刃体には、ルーン文字による魔法文が彫り込まれている。ゴロタ帝国通貨で50億ギル以上と評価されている名剣だ。
男の目の色が変わった。眼の奥に貪欲な、そして凶悪な光を帯びている。
「おい、お前、この剣はどうした。」
何も答えないでいると、驚くべきことを言い始めた。
「この剣は、この前、ギュート子爵邸から盗まれた剣によく似ている。おまえ、この剣を盗んで来たな。」
呆れた。冤罪どころではない。罪そのものを捏造しているのだ。目的は、この剣を押収することだろう。ゴロタは、言い訳するのも馬鹿馬鹿しくなり、黙っていた。若い衛士の方は、目をバチクリしている。うん、誰だって、吃驚するだろう。
「この剣は、取り敢えず証拠品として押収する。盗難品でないと分かったらかえしてやるので、この書類にサインしろ。」
出された書類には、『証拠品提出書』と書かれていたが、押収品目録つまり品名欄は空欄で、書類の一番下には、とても小さな字で
『提出した証拠品は、所有権を放棄しますので処分してください。』
と書かれている。当然、男からは何も説明はない。ゴロタは、その小さな文字の所を指さして、
「放棄しません。」
と言った。取調室で、初めて口を開いたのだ。
「なにい、生意気言うんじゃないぞ。この剣は、本来の持ち主に返すんだ。てめえに返す訳ねえだろう。」
ゴロタは、これ以上口論するのは諦めた。シェルの様子をうかがう。シェルは、椅子にふんぞり返っている。取り調べの衛士は若い女性の衛士1人だった。うん、あれなら大丈夫かな。というか、若い衛士さんが虐められなければ良いけど。
ここはギュート子爵領です。領都からの目が行き届かなければ、治安は乱れてしまいます。




