第2部第18話 バンパイアは強いけど。
(4月26日です。)
今日の朝、西の山に向かう。森が深いので馬車を使えないため、徒歩で行く事にする。ミリアさんは、革に銀で装飾の入っている鎧、小手と脛当てで装備している。鋼装備では、長距離を歩けないからだ。ロングソードを重そうに背負っている。ゴロタとシェルは、いつもの冒険服だ。
ゴロタ達は、ミリアさんに旅館で留守番しているようにと言ったのだが、どうしても尾いて行くと言って聞かなかったのだ。イオラさんとイオイチ君は勿論、馬車の中で留守番だ。
村を出てから、シルフと合流した。シルフは、いつもの迷彩戦闘服に暗視ゴーゴル付きヘルメット、そしてMP5の装備だ。しかし、シルフの目は自由に感光度を変えられるので、暗視装置など要らないはずだが、何故か必ずセットしている。
2キロほど歩き続けたら、いつもの通りシェルが疲れただの足が痛いと言い始めた。仕方がないので、オンブをすると、物凄く不満そうだった。
ミリアさんは、ちょっと引き気味だ。この国の基準では、あり得ない夫婦なのだろう。大体、自分の夫を『君』付けで呼ぶなど、信じられなかった。10キロほど歩くと、ようやく森を抜けられた。草原が広がり、地平線の向こう側は小高い山が続いている。
山の麓まで10キロ位だろうか。ミリアさんを連れてでは、2時間以上かかってしまう。ゴロタは、遠くに見える大樹のそばに『ゲート』を開いた。『ゲート』を潜ると、大樹の根元だった。
ミリアさんは、はじめての空間転移に驚いていたが、素朴な疑問を聞いてみた。
「あのう、この不思議な門を使って、王都までいけないんですか。」
シェルが、オンブされたまま答えた。
「ゴロタ君の空間転移は、行ったことがあるか、見えるところにしか繋がらないの。だから、王都には、普通に旅をするしかないのよ。」
これには、少しだけ嘘が含まれている。ゴロタの『飛翔』能力で先に行って『ゲート』を開くと2時間もかからずに全員が移動できるだろう。
だが、それでは折角の冒険の旅が楽しめない。こうやって、クエストを解決しながら目的地に近づく楽しみを捨てる気は、まるで無いゴロタとシェルだった。
大樹から山の麓の谷川までは3キロほどだった。谷川は、それほど深くなく、幅も狭かったので馬でも渡れそうだった。ゴロタ達は渡れそうな場所を見つけて渡河したが、靴が濡れるのが嫌だったので、シェルをオンブしたまま、ジャンプして向こう岸に渡った。次は、ミリアさんだったが、オンブでは、この前のように胸を押し付けられそうだったので、お姫様抱っこをしてジャンプした。向こう岸では、シェルがとっても不満そうだったが、無視する事にした。シルフは、勝手に空間転移している。
山はそれほど険しくなく、中腹に、丸太で組んだ砦があった。敵は10人程度と聞いていたが、随分と立派な砦だ。これだけの砦を、グレミア村からの収奪品だけで維持するなんて絶対に無理だ。何か他の収入があるのだろう。
砦の入り口は無人だった。野盗のアジトにしては、不用心だ。中は、ガランとしている。人の気配がない。気配がないどころではない。物音一つしないのだ。無人の砦だ。
砦内には、粗末な建物が幾つか建っていた。その内の一つの建物の屋内に入っても誰もいない。昔は人がいたのだろう。生活用品などが、テーブルの上に乱雑に散らかっている。しかし、全て埃に埋もれていた。
更に屋内を探索して回っている時、外で扉が閉まる音がした。あ、閉じこめられたな。慌てずに、外に出てみると、入ってきた砦の門が、ピッタリと閉じられていた。
取手も何もなく、分厚い板に鉄の枠が嵌められている普通の城砦扉だが、開け閉めするための装置が何も無いのだ。扉の内側には、剣や斧で付けられた傷が無数にあったが、この扉は、そんな物では破られないほど分厚く頑丈なようだ。
砦の外壁の上に上がる梯子が幾つかあったが、朽ちて使い物にならなかった。通常の冒険者パーティーなら、この段階で詰んでいた筈だ。ミリアさんが、心配そうな顔をしている。
シェルが、『疲れた。座りたい。』と言い出した。貴女、ずっとオンブだったでしょう。そう思ったゴロタだったが、テーブルと椅子を出してセットし、簡易竈を出して、ポットにお湯を沸かす。ティーカップセットを3人分並べ、ティーポットにはモンド王国産の最高級茶葉を入れる。お湯を注いで、暫く置いておく。美味しい紅茶の出来上がり。ミルクとレモンスライスを出して置いたので、お好きにどうぞ。
それから昼食の準備だ。今日のお昼はハンバーガーにしよう。まず、あらかじめ作り置きしていたミートパティをイフクロークから取り出した。塩味の少ない丸パン、バンズも取り出しておく。レタスやピクルス。マスタードにケチャップ。あとゴロタ特製のデミグラスソースも取り出した。
パティをフライパンでコンガリと焼く。全部で6枚を焼いた。次にバンズを上下に切り分け、綺麗にした鉄板で切り口を少し焼く。焦げないように火加減が難しい。
温まったバンズに全てを挟み込む。パティは2枚重ねのダブルバーガーだ。テーブルの上にセットする。とても簡単で、美味しいランチが出来上がった。ミリアさんが、ずっと作るのをみていた。食材について色々聞いてくる。このインカン王国にはない料理だ。
食後、竃や調理用具を片付けて、ゆっくりしていると誰もいないはずの建物の中から物音がした。
『お、来たな。』
ゴロタには、この砦の主人の所在が分かった気がする。おそらく高位のアンデッド、それもかなり狡猾な奴だ。砦の中に誘い入れ、捕食する。あの大きな砦門を『念動』で動かし封印するだけの力を持っている。そして、今は、地下に潜んで気配を消せるもの。きっと『バンパイア』だ。バンパイアもランクがあり、最下級のグールからバンパイア・ロードまでいる。あと、あの名前を口にしてはいけない『闇の帝王』など、殆ど神がかっている。
この砦のバンパイアは、まあ、中位程度かな。しかし、油断はできない。今は、地上に出てきて、ゴロタ達の様子をうかがっているはずだ。あ、魔物の気配が急激に増えてきた。おそらく、バンパイアの従者どもが現れてきたのだろう。狼男や蜘蛛女だった。地面にボッコリと穴が開いて、そこからウジャウジャと湧いてきている。皆、バンパイアの眷属だ。
最初に襲ってきたのは、狼男どもだ。四方八方から蜘蛛の糸が吐き出されてくる。うん、なかなか効率の良い攻撃だ。蜘蛛の糸に触れないようにすると、行動が制限される。そこをフィジカルの強い狼男どもが襲い掛かってくるという作戦なのだろう。狼男に対しては、シェルが『ヘラクレイスの弓』で狼男達に1人3本の矢を射続けている。ゴロタは、イフちゃんに蜘蛛の糸を全て焼き尽くして貰う。あ、イフちゃん、蜘蛛本体まで焼き尽くしている。あっという間に、蜘蛛女達は炭になってしまった。
ゴロタは、斬撃でグール達を縦半分に切り離していく。いくら再生能力の高いグールであっても、さすがに縦半分にされては灰になってしまうしかない。あ、魔物の気配が消えてしまった。この砦の主のバンパイア、きっと地下のアジトに潜り込んだのだろう。まだ、陽が高い。このまま戦闘には入れないはずだった。まあ、しょうがない。深追いは厳禁だ。奴らが地上に出てくる音ができる夜を待つしかない。
それから、5時間ほど、何もない砦の中で休憩をした。イフちゃんに見張りを頼んで、テントの中でお昼寝タイムだ。とても魔物退治の雰囲気ではない。そう言えば、野盗はどこに行ったのだろうか。きっと、今日殲滅したグール達は、元は、この砦の野盗どもだったのだろう。と言う事は、あの蜘蛛女どもも、この村の女達だった可能性がある。どちらにしろ、このまま死せる者として、この世にあるよりは、灰になった方が幸せだったろう。
太陽が完全に西の地平線の下に沈んだ頃、そいつらはやってきた。女バンパイアと、この砦の主だ。女バンパイアたちは、何故か何も着ていない。全部で7人だ。きっと、この近辺の村娘達がバンパイアに変えられたのだろう。その方法は、考えたくなかったが、バンパイア本体の血液や体液交換で人間をバンパイアにするらしいのだ。どおりで、女バンパイアばかり多いはずだ。
女バンパイアの集団には、ホーリー・ボムを直撃する。真っ白で崇高な光に包まれ、女バンパイアたちは、一瞬、元の村娘の姿に戻ってから灰になってしまった。気が付くと、これでバンパイアの眷属たちは完全に殲滅されてしまったようだ。バンパイアと言えども、何もない所から眷属を生まれさせることは出来ない。人間なり、狼なりの依り代が必要となるのだ。
ゴロタは探査の輪を広げた。あ、いた。奥の小屋の中にいた。発見されたことに気が付いたバンパイアは、屋根を突き破って、空中に飛び出した。背中に黒い羽が生えている。特に羽ばたいているわけではない。単に浮かんでいるのだ。
ゴロタは、まず広範囲に聖なるシールドを貼った。バンパイアを逃さないためだ。何も知らないバンパイアは、ゴロタを見てせせら笑った。上顎から伸びている犬歯が不気味に光った。
ゴロタは、ホーリー・ランスを空間に浮かばせる。ドンドン魔力を込めていく。太さが1mもあるホーリーランスだ。それを見て、流石にバンパイアの顔が引き攣っている。
すかさずシルフのMP5が火を吹く。9mm弾の1発や2発、バンパイアにとって痛くも痒くも無い。しかし、30発がフルオートで撃ち込まれると、流石に筋肉組織や骨の再生が追いつかない。死にはしないが痛みはあるのだろう。
堪らずに逃げようとしたが、ゴロタの貼った聖なるシールドに激突し、頭の半分が灰になってしまった。この時を待っていたゴロタは、太いホーリー・ランスを投げ付けた。
素晴らしいスピードで撃ち込まれたホーリー・ランスは、バンパイアの手前10m位で10本の槍に分裂した。まるで多弾頭ミサイルだ。
10本中3本のランスが命中した。首から上と右脇腹は何も無かった。あと右膝から下は、千切れて拝になってしまった。落ちてきたバンパイアの真下に、聖なる棺桶を出現させた。蓋を開けておく。バンパイアの落下地点に行き、落ちてきたバンパイアをそのまま棺桶の中に放り込む。身体中から、ブスブスと炎が出てきた。構うことなく蓋をした。
しばらくして、焼けただれたバンパイアを取り出す。もう虫の息だが、わずかに息をしている。回復してくるのを待った。勿論、周囲には聖なるシールドを張っている。バンパイアの目が開いた。
「なぜ殺さぬ。」
「聞きたいことがある。冥界に戻す前に教えて貰いたい。」
「なんじゃ。許してくれるなら何もかも話そう。」
「場合によっては、許そう。」
勿論、嘘である。こんな危険な魔物を放置するわけにはいかない。しかし、今は、相手の要求を呑んだフリが必要だ。
「聞きたいこととは、何だ?」
「今までも、村の娘はどうした。」
「村の娘?村の娘など、たった1人だけじゃ。その娘も、今、灰になってしまった。」
「それでは、他の女バンパイアやグールなどはどうしたのだ?」
「ああ、あいつらは村長に騙された冒険者どもや旅行者じゃ。村長とは、定期的に人間を送り込んでくれたら、村の物を襲わないという約束をしたのじゃ。あ、それから領都からの衛士隊も、大分頂いたぞ。」
「お前は、いつからここにいたのだ。」
「1年前位かな。前は、この星の裏側の大陸にいたのだが、そこに魔王が復活したので、ここへ逃げて来たのだ。うん、大分逃げて来た者がいるぞ。」
「お前は、その魔王を見たことがあるのか?」
「いや、冥王様がお隠れになったので、そういう噂が聞こえてきたのだ。何でも、銀色の髪に黒色の髪が混じっている赤っぽい目の・・・・。ゲッ!お前は、いや、あなた様は・・・」
もう、聞くことは無い。聖なる柱をバンパイアの上に立ててやった。光に包まれ、瞬間的に存在がなくなってしまった。嘘をついたわけではない。だましたのだ。あの、バンパイア。強いのだけれど、頭は弱いようだった。
きっと、バンパイアにも残念なのがいるのでしょう。




