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第2部第14話 エチゴヤと言う男

(4月23日です。)

  ギュート市の城門は午前8時から開門されるので、その時間には、前日から城門前に野営していた旅人達が行列を作っていた。ゴロタ達は、完全に出遅れてしまい、列の最後尾に並ぶ羽目になってしまったのだ。


  シェルは、『何故、もっと早く起こさなかったの。』と、ゴロタに文句を言っていたが、朝6時には、ちゃんと起こしてあげた。だが、ぐずぐず起きてきてから、お風呂に入りたいと言われて、お風呂の水を抜いて、新しいお湯を張り、お風呂から上がったら、髪の毛を乾かしてあげて、その間に、ミリアさんの食事の準備をし、皆が食事を終えてから、片付けをして出発をしたらこの時間になってしまったのだ。結局、城門で入城審査を受けたのは午前11時近くになってしまった。


  ゴロタとシェルの冒険者カードは、何のトラブルもなくOKだったが、ミリアさんの通行許可証はアウトだった。暫く待たされた後、20人位の騎士隊が迎えに来て、囲まれてしまった。偉そうな騎士の人は、ギュート子爵騎士団の団長さんだそうだ。


  全員、馬車から降ろされ、徒歩で場内に入らされた。先頭は、馬に乗った騎士2騎で、その後ろからミリアさん、騎士2人、シェル、騎士2人、ゴロタ、騎士10人、イオラさん達、残りの騎士と言う隊列だ。団長は、最後尾から、馬に乗ってついて来ていた。勿論ゴロタは何も武器を携行していなかった。街の人達は、物々しい隊列に、何事かと、興味深げに見ていた。


  向かったのは、『ギュート子爵騎士団本部』だった。煉瓦作りの立派な建物だ。建物の中に入ると、玄関脇の小部屋に案内された。イオラさん達は、本部前の路上で待たされることになった。


  10分ほど待つと、3人の男達が入ってきた。1人は、衛士の将校のようで、もう1人は行政官のようだ。最後の1人は、何の仕事か分からないが偉そうな男だった。


  ミリアさんが、椅子から立ち上がって、その偉そうな男にカーテシーをしながら挨拶をした


  「お久しぶりです、ギュート子爵閣下。ご健勝でなによりですわ。」


  男は、ギュート子爵、ミリアさんの領地を取り上げた男だった。子爵の割には、品のない顔だ。何より、ミリアさんの胸とシェルの足を見る目に、情欲の思念がこもっている。


  「うむ、ミリア殿。久しいのう。息災か?ところで、この2人は?」


  「はい、私の旅の護衛をしてもらっている冒険者です。」


  「ほう、冒険者か。ところで、この街に来た用件は何かな。」


  「はい、この度、父の仇である魔物を討伐しましたので、ギュート子爵閣下に預けてある領地をお返し願いたく、罷り越したので御座います。」


  「ふむ。預かっているか。おかしいのう。儂は、何も預かってなどおらんぞ。バーミット領は、国王陛下より拝領されたと思ったが。」


  「え?そんな。」


  「ところで、代官のアッシュはどうした?」


  「彼は、重い病気で代官職を辞しました。」


  「おかしいのう。おい。」


  行政官が、前に出てきて、書類を読み上げた。


  「冒険者ゴロタ及びその妻シェル。そなたらはバーミット市において乱暴を働き、アッシュ代官配下の市民3人を殺害、7人に傷害を負わせた他、呪術によりアッシュ代官を意識不明の状態に陥らせた。その罪により、王国刑事法第201条により身柄を拘束する。」


  あ、随分、詳細な情報を把握していますね。このことは、バーミット市に通報者がいると言うことか。きっと伝書鳩か早馬で知らせたのだろう。扉が開けられ、ドアの外から騎士達が抜剣をしながら入って来た。ギュート子爵と行政官は、振り返りもせずに部屋から出て行った。


  今の段階で、ゴロタが取れる手段は二つだ。大人しく捕縛されるか、彼らを殲滅するかだ。しかし、単に上官の命令で行動しているだけかも知れない。今の時点で殲滅の選択肢は無いか。


  シェルが口を開いた。


  「逮捕される理由は分かりました。ところで、証拠はありますの?」


  「証拠は、これだ」


  「行政官は、小さな紙を見せた。読めない位小さな字がびっしり書き込まれていた。やはり、伝書鳩を使ったようだ。


  「あら、それは伝聞になりますわ。その文書に記載されている内容が真実であると言う証明か、他の物証は無いのですか。」


  「う、う。それを、これから詮議するのだ。」


  シェルは、『勝った。』と言うような顔をした。こんな顔をした時って、ろくな事が無いんですけど。


  「それでは、今の所、証拠も証人もいないと言う事なので、その令状は無効となりますのね。さ、ゴロタ君、ここを出ましょ。」


  あーあ、こんな時は、いつも『ゴロタ君』だ。でも何も言えないゴロタは、前に出た。


  「ヒッ、た、逮捕だ。こいつらを逮捕しろ。」


  騎士達が前に出て剣を構えた。部屋が狭いので5人も入ればギューギューだ。ゴロタは、諦めて大人しく捕まることにした。シェルも、諦めたようだ。ミリアさんは、オロオロしていた。


  ゴロタに魔法道具の手錠が掛けられた。シェルは、そのまま連れていかれる。騎士の1人が、シェルの腕を取ろうとしたら、叱り飛ばされていた。


  「どこ触ってんのよ。エッチ!」


  あの騎士さん、かわいそう。顔が真っ赤になっていた。ミリアさんは、子爵邸から遣わされた家令3人とメイド2人によって、子爵邸に連れていかれるようだ。


  『イフちゃん、頼む。』


  『心得た。』


  これで、ミリアさんが酷い目に遭うことはない。それに、どのような目に遭うかも、イフちゃんの思念を通じて視界共有できるのだ。シェルについても、全く心配していない。最近、レベルは低いが『威嚇』スキルを習得したし、ウインドカッターなどは、念じただけで人間の首など両断できるレベルだ。逆に罪もない騎士さんを殺してしまわないか心配だ。


  ゴロタは、地下牢、シェルは2階の調べ室に連行された。牢屋に入ってから、魔法の手錠を外された。イオークの牢屋係が、毛布とタオルを渡してくれた。キチンと洗濯されている。


  うーん、どうも今までの経験とは違う気がする。今のところ、ゴロタの嫌疑は殺人・傷害だが、物証は無い。それで、取り敢えずの拘束ということか。アッシュに比べると、至極マトモだ。


  シェルも、取調室で、女性騎士を相手にお茶を飲んでいる。あ、例の高ビーな笑いをしている。何の話をしているのか聞いてみると、女性騎士の男性経験の話だ。シェルさん、何でそんな話になるんですか?


  暫くしたら、さっきのイオークがやって来て食事の注文を聞いてきた。肉料理か魚料理を選べる様だ。魚料理を注文する。看守の騎士にも同じことを聞いていた。


  驚いたことに、ゴロタに出された昼食は、看守の食べるものと一緒だった。暖かいお茶も淹れてくれた。先程のイオークが、じっとゴロタを見ている。看守の騎士が、半分位食べたら、もう食事をやめてしまった。あ、そういう事か。ゴロタも殆ど残してあげた。イオークが、ニコニコしながら、食器を片付けている。残っている料理をこぼさない様にして。


  取調べも何もなかった。シェルの様子を伺うと、涎を垂らして居眠りをしている。女性騎士は、本を読んでいる。


  夕方、嫌疑不十分という事で釈放された。シェルは、既に1階のロビーにいた。2人で外に出たら馬車の御者台にイオラさん達がいた。ずっと座っていたらしい。ゴロタ達を見つけて走り寄って来た。不安だった様で、泣き出している。この国で、主人を無くした奴隷イオークがどの様な目に遭うか、十分に見て来たはずだ。このままゴロタが処刑でもされたらと思うと不安で不安で堪らなかったのだろう。イオイチ君など、大声で泣いていて、通行人が、何事かと見ていた。取り敢えずホテルに行こう。


  ここは市の中心部だった。騎士団本部の隣は市行政庁、その隣が衛士隊本部だ。その隣が、司法庁舎でその隣は徴税事務所らしい。騎士団本部は、練兵場が併設されており、広大な敷地だった。これらの庁舎と道路1本を挟んで向かい側が、ギュート子爵の市内屋敷だそうだ。笑える位広大な敷地だ。建物そのものは、3階建てのそれ程大きいものでは無い。神聖ゴロタ帝国も貴族の格によって建てられる屋敷の大きさが決められている。


  君主の親族である公爵でさえ、親戚か姻戚か何親等かで広さが決められているのだ。


  侯爵、伯爵と小さくなり、子爵と男爵の差は、間口で10m、奥行きで8mしか違わない。外壁素材に大理石を使えるのは伯爵以上、内装も同様だ。


  それでも、建物の間口が50m、奥行きが38mもあれば、十分過ぎる広さだろう。あの屋敷の2階の1室にミリアさんがいるのだ。ギュート子爵と先程の行政官それに衛士隊長が同席している様だ。きっと、仇敵討伐に伴う領土返還交渉をしているのだろう。イフちゃんを通じて会談内容を傍受する。


  「先程から申している通り、貴女の父君の所領は、儂が取り上げた訳では無い。陛下が、お召しになり儂に下賜されたものだ。あれから2年、

領地経営も漸く上手く行き始めたところで、返納しろなどそんな無理が通るわけが無い。」


  「でも、あの時、父の仇を取ったら領地を元に戻してくれると。」


  「それは、どなたが仰ったのですか?儂ですか?陛下ですか?」


  「いえ、領地を没収しに来た王都の行政事務官様が。それに書類にもそう書かれていた筈ですが。」


  隣の行政官が2枚の書類を出して、口を挟んできた。



  「これは、貴女様が領地を放棄する確認書です。荘園1haと家屋敷以外は放棄して国王陛下にお返しすると書いていますが、仇敵討伐の折の領地回復については何も書かれていません。こちらは恐れ多くも国王陛下からのバーミット領下賜の詔勅書ですが、これにも、その様な記載はありません。如何ですか?」


  あ、これは、非常にまずい状況だ。ミリアさん。何も言えなくなっている。


  衛士隊長が、諭して来た。


  「ミリア様。今回のアッシュの配下の事は、バーミット市のニコラス隊長から報告が上がっております。喧嘩両成敗という事で不問に伏しますので、バーミット市のお屋敷にお帰りください。」


  成る程、さっきゴロタ達を拘束したのが衛士隊ではなく子爵の私兵である騎士団だったのは、事情を知っている衛士隊長さんが、ゴロタ達の拘束に反対したからだろう。


  涙を浮かべながら、ミリアさんが部屋を出ようとするとギュート子爵が呼び止めた。


  「ミリア殿、これをお持ち下さい。ミリア殿の男爵位叙爵嘆願書です。儂には、これ位しか出来ませんがの。」


  ミリアさん、唇を噛み締めて、震える手で嘆願書を受け取ると、振り返りもせず部屋を出て行った。衛士隊長が、深いため息をついてギュート子爵に話し始めた。


  「子爵閣下、もう返されたらどうですか。もともと、あの土地は、何の価値もないからと先代のバーミット男爵にお譲りしたものではありませんか?」


  「馬鹿を言うな。陛下のご意志に逆らえと言うのか。おお、そう言えばお主は、王国騎士団の時、バーミット卿の部下であったな。ミリア殿には、あの貧しい領土を経営するなど無理じゃ。領民に塗炭の苦しみを与えても良いのか。」


  諦めた衛士隊長は、一礼をして、部屋を出て行った。残っているのは、あの行政官と子爵だけだった。


  「うまくいきましたな。閣下。」


  「おう、これもそちの悪知恵のおかげじゃ。まさか、領土返還の部分だけ魔法インクで書かれていたとは気づくまい。ところで例の行政事務官はどうした。」


  「はい、バーミット市の間者から通報が来て直ぐに死んで貰いました。優秀な男だったので、少々残念でしたが。」


  「うむ、念のため、家族も始末しておけよ。」


  「勿論、今頃は一家6人で黄泉の旅路です。」


  「同僚で知っている者は?」


  「いないはずです。死んだあいつには、領土復帰の話が漏れたらお嬢様の命があぶなくなるからと脅しておきましたから。」


  「エチゴヤ、お主も悪よのう。」


  行政官の名前は『エチゴヤ』と言うのか。変わった名前だ。

「越後屋、お主も悪よのう。」、悪代官の名台詞です。どこの国でも同じようです。

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