第2部第12話 イオークのスラム街
(4月21日です。)
今日の夕方、ギロンコ町に到着した。この街の異様さは直ぐに分かった。街は、高い城壁に囲まれ、城門だけが通行できるようになっている。それだけなら、盗賊や魔物の多いこの世界では普通のことだが、異様なのは城門の手前に広がる貧民窟だ。いや、無数の掘立て小屋が広がっている。
城門に繋がっている道はクネクネと曲がっているが、馬車が2台すれ違えるだけの幅はありそうだった。しかし酷い匂いだ。糞尿と食べ物の腐敗臭と、そしてイオークの独特の匂いが混じっている。
バーミット市でもそうだったが、イオークは原則として市内には入れないのだろう。しかし、ここの小屋の数が半端なさそうだ。バーミットと違うのは、周囲に荊のフェンスがない所だ。フェンスがなくても逃げ出さないのだろう。
集落のずっと東側には、三角形の大きな山があり、中腹から煙が出ている。ゴロタには、その山が何の山か、直ぐにわかった。
ゴミの山だ。街から出る塵芥が積み上がり、メタンガスが発生して発火しているのだ。そして、そのゴミの山に群がっている小さなイオーク、きっと子供だろうが、そのイオーク達がゴミの中から食べられそうなものや売れそうなものを探し回っている。
匂いが余りにも酷いので、馬車全体をシールドで囲んでしまう。うん、これで大丈夫だ。城門の前に到着する。ゴロタが馬車から降りて、門番の衛士に冒険者証を示した。衛士は、鑑定機にカードを翳して、通行許可を与えて良いかを確認している。取り敢えず、OKを貰えた。次にシェルとミリアさんの証明書も確認した。問題は無かった。次に、イオラさんとイオイチ君の奴隷許可証を確認した。ゴロタが正規の所有者であると判明したようだ。通行料は、人間が1人銀貨1枚だったが、4頭立て馬車は銀貨4枚、イオラさん達は1人銀貨3枚だ。
イオークが特別に高いのは、それだけの対価を払ってでも城内に入れたい程の価値のあるイオークだけが入場を認めているためだそうだ。払うのを拒否した場合は、当然、城門の外で待機となるが、イオークの奴隷単価が極めて安いため、そのまま遺棄してしまう所有者が多いらしいのだ。そのようにして遺棄されたイオーク達が次の所有者を見つけるまで、あの小屋に住み着いたらしいのだ。
街の周囲には荘園が広がり、自由に出入りはできないし、森や山林も遥か遠くのため、そこまで食料も何も持っていないイオークが行ける訳が無かった。
従って、彼らが生活の糧を得るためには、ゴミを漁るか、低賃金の単純労働の口が来るのを待つしかないようだ。
当然、ゴロタは全ての通行料を支払って、馬車に乗ったまま城内に入っていった。城壁の上には風魔法師がいて、城内に風が吹き込まないように、終日風を吹かせている。
そのままホテルに向かったが、街は非常に綺麗で、ゴミ一つ落ちていない。その理由は、すぐ分かった。子供のイオークが、手でゴミを拾っているのだ。中には、生ゴミ用の袋を持って、各店や住居のゴミ箱からゴミを集めているのだ。
ホテルの前には、大人のイオークがいて、馬車からゴロタ達が降りたら、直ぐに馬車を裏に連れて行こうとしてくれた。イオラさん達が馬車から降りると、イオラさん達に向かってペコペコ頭を下げている。イオラさんがチップとして大銅貨1枚を渡すと吃驚していた。
彼らの衣服は、臭くはないが、古びていて、至る所が破れている。ホテルの中から出てきたのは、亜人のポーターで、ゴロタ達の荷物を持とうとしたが、生憎、シェルとミリアさんのハンドバック位しか荷物が無かった。それでも大銅貨1枚のチップを与えることにした。
イオラさん達は、ホテルの入り口の前で待っている。ホテルの中に入ることができるか確認するまでは、勝手に入れないのだ。
ホテルのフロントでは、人間の男性がコンシェルジュをしていた。身なりもきちんとしていて、如何にも高級ホテルですという雰囲気を出している。
まず、自分たちの部屋を予約する。このホテルには、スイートルームは無かったが、3人で泊まれる部屋があった。ダブルとシングルがセットになっている部屋だ。当然、その部屋を予約するが、銀貨7枚もした。
次に、イオラさん達の部屋がないか確認したところ、このホテルには無いが、裏の方に2ブロックほど行くと、奴隷宿泊所があるらしい。ただし所有者が申し込み、宿泊料を前払いしなければいけないそうだ。
その宿泊所は、1人銀貨1枚半だが、このホテルからも予約できるとのことだった。予約手数料は、宿泊料の1割だったので、ここで予約をする。イオラさん達の宿泊料銀貨3枚と大銅貨3枚を払って、予約票を貰う。
宿泊所への案内は、子供のイオークがしてくれるが、チップはたった銅貨1枚だ。それでも、その子にとっては大切な収入なのだろう。イオラさんにペコペコ頭を下げている。
コンシェルジュに、今までの状況を確認した所、ホテルの外にいるイオークは主人を持たない自由イオークというらしい。しかし、主人を持たないと言う事は、生活の基盤を持たないという事なので、極めて安い賃金で働かなくてはならないらしいのだ。
それでも、市内に入って来られるイオークはまだマシだそうだ。病気がなく、五体満足で、身なりもそれなりにキチンとしていなければ、城内には入って来られないのだ。しかも、城内に入れる人数には制限があり、朝早くから並ばないと、その日の収入を失ってしまうらしいのだ。
先程の馬車を案内したり、道を案内する仕事は、チップが収入の全てなので、極めて不安定らしいのだ。イオークに与えるチップの相場は、大人で銅貨10枚、子供は銅貨1枚以上が相場らしいのだ。通貨相場を考えると、ゴロタ帝国での7ギルから70ギルだ。これでは生きていくのは難しいだろう。
男のイオークで、一番効率の良い仕事は、ゴミの収集だ。街の外に運び出すのに1キロにつき鉄貨2枚を街が支払ってくれる。それに、ゴミの中には、食べ残しや、金目のものもあるので、思わぬ収入になるらしいのだ。しかし、金持ちの屋敷や食堂などのゴミ箱はナワバリが決まっているので、しょっちゅうイザコザが起きているらしいのだ。
勿論、一番金になるのは売春だが、若くて美しいイオークは、直ぐに所有登録をされるので、フリーの売春婦は、20代後半から30代前半の者が多いらしいのだ。
売春婦も人間や亜人の売春婦は、キチンと売春宿や風俗店で働いているが、所有奴隷のイオークは、路上やホテル・レストランの前で客を拾うのだ。中には、ホテルやレストランの中で勧誘する売春婦もいるが、その場合は収入の一部を礼金として店に支払っているらしいのだ。
この制度は、この国では一般的らしいので、バーミット市で見かけた売春イオーク達もそうだったのだろう。今は、時間も早いので、まだ売春イオークは見当たらなかった。
夕食にはまだ早かったので、武器屋を覗いてみたが、大したものは無かった。ブラブラしていると、シェルが宝飾店を見つけた。直ぐに入っていったので、とっても嫌な予感がした。
店内は、如何にも高級宝飾店という雰囲気だったが、大した宝飾品は無かった。しかし、1カラット位のダイヤが嵌められたハート型のペンダントを見つけて、試着していた。シェルさん、それ買いませんよね。そう思っていたが、ゴロタの期待は、もろくも崩れてしまった。
「これ頂くわ。」
また、値段も見ずに買っていた。驚いているミリアさんに向かって、
「ミリアさんも、何か買って貰いなさいよ。」
と言った。ミリアさんが遠慮していたら、2カラット位のエメラルドのブローチを出して貰って、ミリアさんの胸に当てている。
「とても似合うわ。これにしなさいよ。」
ミリアさん、困ったようにゴロタの顔を見た。しょうがない。シェルだけに買うわけにも行かない。黙って頷いてしまう。ミリアさん、満面の笑顔で、ゴロタにキスをしてきた。かなり長い時間キスし続けていたので、シェルに引き剥がされていたが、涎がツーッと垂れていたのが色っぽかった。
支払いは、金貨4枚と大銀貨3枚銀貨7枚大銅貨8枚だった。銀貨以下はサービスしてくれるかと期待したが、きっちりと請求されてしまった。ものすごく立派な宝石箱にしまってくれたが、こんなのいらないから、少しまけて貰いたかった。
夕食は、ホテルの紹介で、焼肉レストランに行く事にした。次々と肉を持ってきて貰い、自分もお好みで焼きながらたべるのだが、当然、焼くのはゴロタの役目だった。
今までの旅で分かったのだが、ミリアさんの女子力は、シェルと同等かそれ以下だった。あ、胸があるだけ少し高いかもしれない。でも、ずっと領主様の娘として育ってきたのだ。女子力、戦闘力そして生活力が無いのも仕方がないかも知れない。
食事が終わって、ホテルに戻る途中、午後8時を過ぎたせいだろう。イオークの街娼が歩き回っている。バーミット市と違うのは、腰に巻いたリボンに薄い布が前についている事だった。でも、歩きながら、その布をめくっているので、かえって色っぽい感じがしてしまった。
イオークと人間の混血は生まれないらしいので、避妊は必要ないらしいのだが、そのため結構性病が蔓延しているらしい。イオーク達が首から下げているカードには、性病検査の日付けと結果が書かれているそうだ。
基本的に、イオークの売春婦は、全身の毛を剃っているが、股間だけ残しているイオークもいる。白い肌に、逆三角形の茶色い毛が、かえって色っぽいという客もいるそうだ。ホテルに戻ると、キチンと服を着たイオークが数人、フロントの前のソファーに座っていた。このホテル公認の売春婦なのだろう。あと亜人と人間の女性も、身体の線が丸分かりのドレスを着て歩いていた。この街の一大産業なのだろうが、ゴロタには関係が無かった。
部屋に戻ると、シェルとミリアさんの二人に攻撃されてしまった。あの売春婦達を見ていて、完全に戦闘モードになってしまったようだ。シェルが、自分と同じことをミリアさんにもして良いと譲歩していたので今日も睡眠時間が足りなくなりそうだった。
貧しい者ができる仕事は限定されるようです。




