第2部第11話 カレーライスって美味しい
(4月19日の夜です。)
村長は、レアムさんと言う人で、旅人の宿泊所も経営していた。旅館というものが無いのは、旅人が少ないからだ。あの衛士隊が来てからは、旅人は、この村を迂回して立ち寄らなくなったそうだ。
それで、たった1軒あった旅館は廃業してしまい、レアムさんが臨時の宿泊所として管理しているそうだ。そのため、食事や風呂の準備は旅人が自らする事になっているそうだ。
あの逃げていった衛士隊のことを聞いたが、2年前に、急に村に来たそうだ。それまで村で雇っていた衛士を追い出して、居座っていたのだが、乱暴者ばかりで、酒を飲んでは暴れてばかりだったそうだ。
可哀想なのは村の娘達で、酷い目に遭わされて、自害した子もいるし、村を捨てて逃げた子もいたそうだ。今は、幼い子と年増女しか居なくなってしまった。
それを聞いたゴロタは、イフちゃんに目配せをした。彼らには生きていく価値が無いと思われたのだ。イフちゃんは、残忍な笑いを浮かべて消えてしまった。
臨時宿泊所は、古いが掃除は行き届いていた。イオラさんにお風呂を掃除してもらってから、ゴロタが湯を張った。今日の食材は、厨房に出しておいたが、シェルは兎も角、ミレアさんも料理は全く駄目なようだった。ゴロタはイオイチ君に手伝って貰って、夕食の準備だ。調理道具と食器は十分にあるので、今日は、鶏団子鍋だ。
レシピは、歌になっている位、有名で誰でも簡単に作れるし、抜群に美味い。
鶏の挽肉とみじん切りの長葱をボウルに入れ、白酒と卵白と生姜の搾り汁だ。和の国の醤油も少し入れてやる。
とろみを付ける澱粉の粉を入れて、ゴマを絞った油を入れたら、よく混ぜる。手で一口大に丸めていたら、イオイチ君もやりたそうだった。でも、あの毛だらけの手を見たら、これだけはゴロタがやる事にした。
鍋にお湯を張り、鶏団子を入れたら、浮かんできた油とアクを取りながら煮えてくるのを待つのだ。
季節の野菜とキノコを入れたら出来上がりだ。フタの穴から 湯気が上がってきたら食べごろだ。お米を、鶏ガラスープで炊いておく。最後の〆は、太めのパスタにしよう。
お風呂から上がったばかりのミリアさんが、匂いにつられて見に来ていた。あのうミリアさん、バスローブだけで歩き回るの、やめていただけませんか。
楽しい夕飯の時間が過ぎていった。誰にも気兼ねする必要が無いので、イオラさん達も一緒に食事をしたのだが、イオラさん、別に泣くほど嬉しいことでは無いと思うんですが。
次の日は、残った鍋のスープでリゾットを作り、綺麗に食べ尽くしてしまった。レアムさんに銀貨2枚を渡したら、遠慮して受け取ってくれない。仕方が無いので、この辺では珍しい海の魚の干物を渡したら、とても喜んでくれた。良かった。
ギアナ村の北の街は、ギュート町だが、馬車で2日の距離だ。途中、野営をしなければならない。ギアナ村で十分な量の馬の餌と水を買う事ができた。
途中、急に雨が降って来た。季節の変わり目では、よくある事だ。道が泥濘むと、馬車の車輪が泥に埋まって進めなくなるし、イオラさん達も難儀をしてしまう。雨宿り医をしたいが、街道から逸れると、道が無くなってしまうので、更に難儀をしそうだ。
シルフが、防水シートでイオラさん達が雨に濡れないようにしてくれた。それと、馬車の底にセットしていた飛空石の浮力を調整して、泥の上でも沈まない様にしてくれた。ゴロタの『念動』でもできるが、ずっと力を出し続けるわけにはいかない。
馬車の中では、ミリアさんが魔法の練習をしている。まず、魔石に魔力を流す練習だ。なかなか出来ない様だ。
右手で魔石を握らせる。左手を自分の左胸に当てて、心臓の鼓動を感じ取る。鼓動のリズムに応じて、血流と一緒に魔力が流れていく感覚をイメージする。イメージする。イメージする。何度も繰り返す。
右手で握った魔石が、ボーッと光った。
「あ、光ってる!」
あーあ、イメージが途切れてしまった。でも、その調子。何回も練習しようね。
お昼前には、雨が上がった。でも道は未だグチャグチャなので、飛空石の浮力はそのままにしておく。昼食のためのキャンプ地に到着したら、先客がいた。2頭立て馬車に乗った夫婦だった。これから南下して、バーミット市まで行く予定だが、ギアナ村の衛士隊の噂を聞いていたのでもこれから迂回しようかどうか悩んでいる様子だった。
ミリアさんが、衛士隊はいなくなったので、安心してと言っていたが、この夫婦が、逃げていく衛士隊と合わなかったことを不思議がっていた。
昼食は、簡単にパスタにした。イオラさんは、馬に水と餌をやり、イオイチ君には、大きなフランクフルト・ソーセージを串に刺して直火で焼いて貰う。その間に、ゴロタは大鍋にお湯を沸かし、パスタを茹でておく。少し硬めのアルデンテだ。シルフが、11分30秒を正確に知らせてくれるので、絶対に失敗しない。
茹で上がったパスタを湯切りしている間に、フライパンにオリーブオイル、ニンニクスライスそして唐辛子を刻んだものを入れて温めておくうん、未だ。オイルが焦げる前にパスタを入れてオイルと絡めておく。
楽しい食事の時間だ。フランクフルトも、丁度良い焼き加減だ。あ、そういえばイオラさん達の毛艶がとっても良くなっている。初めてあった時は、薄汚れた茶色の毛だったのに、今は輝く様な金色だ。どうやら食生活と毎日の手入れが功を奏している様だ。
ミリアさんも、血色が良くなっている。旅の生活にも慣れて来た様で、よく笑っている。
午後、この季節には珍しく日差しが強くなって来た。馬車の中は、湿度が高く蒸し暑い。窓の鎧戸を開けても、ほんの少ししか風が入ってこない。
急にミリアさん、上着を脱ぎ出した。え、それって困ります。脱ぐなら、向こうの席に行ってください。それを見たシェルまで上着を脱いでTシャツ一つになった。シェルは、問題ないけど、ミリアさん、肌着のシャツの胸に、大きなポッチが飛び出ているんですが。なるべく見ない様にシェルの方を見ていたら、何を勘違いしたのか、シェルがキスをして来た。あ、何をするんですか。ミリアさん、ゴロタの左腕を取って、胸のポッチのところに持ってこようとしている。
蒸し暑いのに、こんなことやっていられないので、屋根の上に転移した。シルフがニヤニヤしながら、シールドを貼って氷魔法で冷やせば良いのにと教えてくれた。早く教えてください。シルフさん。
そんな、こんなでバカをやっていた時、進行方向の方から、物凄い勢いで馬車が走って来た。4頭立ての幌馬車が4輌だ。何かから逃げている様だ。イオラさんに、馬車を道の端に寄せて止まっている様にお願いして、ゴロタは上空に浮遊した。イフちゃんが何があったか教えてくれた。
『ワイバーン』だ。それも2頭だそうだ。ワイバーンは、素材としても高く売れるが、傷のないワイバーンは、剥製用として超高値で売れる。逃す手は無い。ゴロタは、もう少し高度を上げる。見えた。灰緑色をしたワイバーンの成獣が2頭だ。口から紫色の涎を垂らしている。久しぶりの獲物に、我慢できないのだろう。
あ、下の方ではシェルが幌馬車の人と何か話している。ははーん、あれだ。ワイバーン殲滅の礼金交渉をしているのだろう。ゴロタは、下から見つからない様に高度を上げておく。
あ、ワイバーン1匹が急降下を始めた。このままでは馬1頭はやられるな。シェルが、両手で丸を作った。交渉成立の様だ。
ゴロタは、急降下しながら、急降下中のワイバーンの翼幕を『念動』で、ちょっとだけ上に捻ってやった。ワイバーンは、急降下から急上昇に転じてしまったので、翼をバタバタしていたが完全にコントロールを失っている。
ゴロタは、ワイバーンの頭蓋骨内を急速冷凍した。完全に意識を失ったワイバーンは、高度100m位から落下し始めた。地面に激突したんでは、商品価値が極端に落ちてしまうので、『念動』でふんわりと地上に降ろして上げる。
もう一匹は、何が起きたのか理解できなかったようだが、取り敢えず警戒心より食欲が優っているのか、馬の方に向かって毒爪を差し出してホバリングしている。チャンスだ。あの位置なら、落下しても無傷に済みそうだ。ホバリング中のワイバーンの心臓を徐々に凍らせて行く。だんだん意識が混濁するとともに筋肉も動かなくなって、ポトリと地面に落ちてしまった。うん、これで終了だ。ワイバーンの口の中と爪の毒を洗い流してから、イフクロークに収納した。
シェルは、幌馬車の商人から、銀貨23枚を徴収していた。きっと値段交渉で折り合えたのが銀貨23枚だったのだろう。
さあ、出発だ。それからは道も良くなり、順調に北に進んで、今日の野営予定地に到着した。野営場所は、少し高くなった場所で、井戸があり、テントを張る場所には大きな屋根が架けられている。
竈門もあったが、手入れされておらず、燃え残りの木や灰が固まっていて使い物にならなかった。修復しておかなければ、他の人が困るだろう。『復元』スキルで使えるようにして上げた。それから食事の準備だが、今日は、カレーライスにしよう。キャンプといえば、カレーライスは定番だ。
あと、土魔法で、地面を掘り下げ、露天風呂を作る。いつもは平地に作るので、土を盛り上げて作るのだが、ここは高台になっているので、排水に苦労しないのだ。周囲にシールドを貼って、中が見えないように厚さを調整しておく。無駄に魔力を消費してしまった。
カレーを作っている間に、女性陣にお風呂に入るように言ったが、食後にすると言っている。ふーん。まあ、良いけど。
カレーは、とても良くできたようだミリアさんは、初めて食べたようだが、お代わりをしている。和の国特製の赤くなっている漬物も準備していたが、お口には合わなかったようだ。
食事が終わって洗い物が終わったので、お風呂に入ることにした。シェル達は、テントの中に入っている。風呂には入らないのだろうか?
ゆっくり湯船に入って、今日のワイバーンをどこで売ろうか考えていた。やはりオークションだろう。この国にもオークションがあるのだろうか。誰かが風呂に入って来た。あれ、イオラさん達は、抜け毛が凄いので最後に入る事になっている。振り返ってみると、ミリアさんだった。タオルは持っているが、全く隠していない。
それだけでは無い。シェルまで入って来たのだ。いつもの事だが、スッポンポンのペッタンこのツルツルだ。
あのうシェルさん、今日は何をする気ですか?
ゴロタの特異料理はカレーライスです。嫌いな人はいません。




