第2部第10話 ギュート子爵領は、治安が悪いです。
(4月19日です。)
今日は、旧バーミット男爵領とギュート子爵領との境界を通過する日だ。ミリアさんの服装がドンドン派手というか扇情的になって来ている。ミニスカートを履いていても、ベルトのところで何回も巻き上げるのって、誰に習ったのですか?
この馬車だって、4人乗りで2人ずつの向かい合わせなのに、どうして全員で進行方向に座るんでしょうか。勿論、真ん中は僕なんだけど。
イフちゃんが『念話』で警告して来た。
『前方2キロ、森の中。左8人、右11人。』
お決まりの野盗だ。最近は、取り締まりも手薄になっているので、随分荒稼ぎをしているのだろう。野盗の情報を聞いたシェルがニタアと怖い笑い顔になっていた。
なるべく敵を近付けるようにシルフ達に指示した。馬車が進んでいく。前方の路上に1人の男が立って手を振っている。武器は持っていない。警戒心を持たれないようとの小細工だろう。馬車を止めるようにイオラさんに指示した。用心のため、イオラさん達の周りにシールドを貼っておく。あっという間に馬車は賊に取り囲まれてしまった。頭領らしい男が、声を張り上げる。
「おい、俺達は、この辺を仕切っている『鮮血の巨人』だ。大人しく出て来い。」シルフとイフちゃんにこの男だけ生かしておくように指示した。
シルフのMP5が火を吹く。
パパパン! パパパン! パパパン!
3点射モードで、外周の賊達から殲滅していく。上空からは、ファイアランスが、賊の頭から胴体にかけて貫いて行く。
賊達は、堪らず地面に伏せたが、シルフの手榴弾の餌食だった。あっという間に、頭領以外、全員が息絶えてしまった。頭領は、何が起こったか理解できなかったようだ。馬車の扉が開いて、最初にシェルが降りた。次にゴロタ、最後にミリアだ。あのう、ミリアさん、それじゃあパンツ丸見えだから、もうちょっとスカート下ろしてください。
シェルは、弱いウインドカッターで、頭領の皮膚だけを切り裂いて遊んでいた。可哀想に。頭領は、ベソをかいている。
イフちゃんが、本来の姿になって脅かしている。あ、ミリアさんもイフちゃんの真の姿、イフリートを見て顔が引き攣っていた。
頭領が、失禁している。シェルが、イオラさん達に、賊の持ち物を調べるように指示していた。押収するのは銀貨以上の現金と貴金属に限定した。
さあ、案内して貰おうか。シルフと二人で、頭領を先頭にアジトに案内させる。アジトは、現場から2キロくらい先の深い森の中にあった。ほったて小屋が幾つかあり、屋根から煙が上がっている。中で炊事をしているのだろう。赤ん坊の泣き声が聞こえる。きっと今日死んだ賊の家族なんだろう。小屋の一つに入っていく。粗末な扉には鍵が掛けられている。構わず、引きちぎって中に入っていった。そこには、今までの盗品が貯蔵されている。金貨が68枚、銀貨が346枚あった。全て押収するのは。宝飾品もあったが、盗難品として手配されていたら、換金できないので放っておく事にした。本当は、この時点で頭領を処刑するはずだったが、さっきの赤ん坊の泣き声に免じて、許してやる事にした。もう用は無い。馬車のあった場所へ転移して戻った。
すでにイオラさん達は賊の所持品検査を終えていた。現金は、金貨は無かったが、銀貨が26枚あった。シェルにアジトの戦果を報告したら、ニッコリ笑ってキスしてくれた。
さあ、出発だ。ミリアさんが、不思議そうに聞いて来た。
「あのう、いつもこうやっているんですか?」
「そうよ。毎回、かなりの収入になるのよ。」
「衛士隊に引き渡さないんですか?」
「どうやって?衛士隊のところまで、あいつらを連れていくためには、倍の人数が必要よ。それに、どっちみち彼らは斬首か縛首よ。戦って死ぬのは本望のはずよ。」
「でも、死体から金銭を奪取するのはどうかと。」
「あら、この国では、盗賊の慰留金品は、誰の物なの。衛士隊に差し出すの?」
「それは・・・。」
ミリアさんは、頭では理解していたが、現実に大勢の人間が死ぬのを目の前にして、どうにも納得できないようだった。しかし、これから旅を続けていけば、きっと慣れるはずよ。シェルは、自分の若い頃のことを思い出していた。
「シェル様は、魔法を使われるのですね。」
「ああ、あれ。ちょっとした悪戯よ。」
「でも、呪文を全く詠唱されずに。」
「アハハハハ!あれ位なんか、詠唱は必要ないわ。1日中だって出来るわよ。」
「え、それって?この国では、大魔道士様でなければ出来ませんわ。」
「ちょっと、お借りしますわ。」
シェルはミリアさんの胸に飾られているリボンを借りた。スッと手をかざすと、リボンはまるで生きているように舞い始めた。右に左に、上に下にと自由自在だ。
「まあ!」
ミリアさんは、驚きの声を上げた。初めて、間近に見る魔法であった。小さな頃、旅の魔道士が見せてくれた魔法は、地面に不思議な紋様を描き、蛇や豚の頭など恐ろしい供物を並べて、やっと涼やかな風を起こす程度であった。
「やはり、あのうシェル様は、あのう・・・」
「私が、ハーフエルフだから?そんな事は無いわ。私の知っている国家レベルの大魔道士は、私より若い人間の女の子よ。」
「え?そうなんですか?国家レベルって?」
「文字通りの意味よ。その子を敵に回すと、国家が滅亡するって意味よ。」
「そんな。」
「大きな声では言えないけど、このゴロタ君だって、一人で幾つかの国を滅ぼしたのよ。」
ああ、ついに『ゴロタ君』になってしまった。10年前に会ってから、二人の関係は全く変わっていなかった。まあ、『こいつ』呼ばわりよりはマシなんですけど。ゴロタは、一人思い出し笑いをしていた。
この日の夕方、ギュート子爵領内で初めての村、ギニア村に到着した。それほど大きな村ではないのに、村の入り口には衛士隊の屯所があった。馬車が屯所の前で止まると、4人の衛士が出てきた。2人は、ボウガンを構えて、イオラさん達を狙っている。
「馬車の中の者、そのまま扉を開くのだ。」
あ、とても偉そう。でも、扉は開くつもりだったので、ゆっくりと開いていく。別の衛士が、車内を点検する。
「隊長、怪しい者はおりません。女と子供だけです。」
「よし、ゆっくり馬車を降りろ。」
ゴロタが、『子供』なのだろうと思ったが、何も言わない。ゴロタを先頭に、シェルとミリアさんが馬車を降りる。
隊長と呼ばれた衛士の目が、シェルとミリアさんを舐めるように見ていた。二人は、思わずスカートの裾を下げる仕草をしていた。
「身分証明書を見せろ。」
ゴロタ達は冒険者証を、ミリアさんは、バーミット代官所発行の身分証明書を見せた。特に不審なところはないはずだ。
「よし、向こうを向いていろ。身体検査を行う。」
これには、さすがに応じかねる。こんな男にシェルやミリアさんの身体を触られるなんて、我慢ができない。
「何故ですか?私達に不審な点がありましたか?」
「それを調べるのに、身体検査が必要なのだ。」
「それでは、女性の検査官にお願いします。隊長さんの身体検査ならお断りします。」
「なんだと。生意気な。ちょっとこっちへ来い。」
隊長と呼ばれていた衛士が、ゴロタの胸倉をつかんで、引っ張ろうとしたが、びくともしない。引っ張る力と釣り合うような反対の力を『念動』で掛けていたのだ。
「貴様、抵抗するのか。」
隊長が、右手のこぶしで思いっきりゴロタの頬を殴ろうとしたが、青いシールドが自然に張られて攻撃を跳ね除けてしまった。
ゴキュッ!
衛士隊長の拳が砕けた鈍い音がした。ゴロタは何もしていない。衛士体長は、涙目になりながら、屯所の中から、他の隊員達を呼んでいる。それに応じて10人程の衛士たちが出てきた。
衛士隊長は、皆が出てきたのを確認してから、白目を向いて気を失ってしまった。隣の隊員が、隊長を支えながら、
「貴様、良くもやったな。このままで済むと思うなよ。おい、皆、こいつに、ここのしきたりを教え込んでやれ。」
ボウガンを持った二人が前に出てきた。あ、ボウガンにセットしていた矢がポトリと落ちてしまった。慌てて拾い上げようとしたが、落ちた矢が燃え上がってしまった。勿論、ゴロタの仕業だ。衛士隊員達は、自分達が相手をしている少年のような男が、只者ではないことに、漸く気が付いたようだ。
「あなた達は、何のためにここにいるのですか。村を守るためですか?それとも旅人を痛めつけるためですか?」
衛士隊員達は、ジリジリと下がり始めた。
「シルフ。」
ゴロタが、声を掛けた。シルフのMP5が火を吹く。地面に土煙が上がって行く。
「動くな。フリーズ。」
シルフが、訳の分からないことを言っている。しかし、衛士隊は、脱兎のごとく逃げ始めた。しかし、彼らが逃げおおせるはずが無かった。彼らの行く手には、イフちゃんが、女の子の姿で立っていた。先頭の衛士の目前で、50m位の火柱が燃え上がった。あ、あれはやり過ぎかも知れない。しかし、効果は抜群だった。衛士隊員達は、その場でへたり込んでしまった。
ゴロタが近づいていく。さっきのナンバー2らしき隊員に、さっきの質問を繰り返す。
「あなた達は、何のために、ここにいるのですか?」
「む、村を、ま、守るためだ。」
「それでは、私達を敵だと思ったのですね?」
「ち、違う。敵かどうかを調べたかったからだ。」
「じゃあ、敵かどうかをどうやって調べるのですか?」
もう、答えられなかった。答えられるわけがない。自分たちに逆らう存在などないと思っているから、衛士隊をやっているのだ。まさか、攻撃を受けるなど想定もしていなかったのだろう。
「あなた達は、旅の女性の身体を触ったり、罪もない旅人を殴るために、衛士隊をしているのですか?」
彼らは、これにも答えられなかった。その通りだったからだ。これでゴロタの質問は終わりだ。彼らに、もう用は無いので、解放する事にした。
今日は、この村に泊るつもりだったが、この調子では安心して泊ることなどできそうもないので、村の先の森の開けたところで野営することにした。
野営の準備をしている時、大勢の人達が近づいて来ていると、イフちゃんが教えてくれた。警戒していると、村人と思われる人々だった。
一人の男性が進み出てきて、今日は是非、村に泊まってくれと言った。衛士隊の奴らは、北のギュート市の方に逃げていったと教えてくれた。この男の人は村長さんだった。
治安が悪いと、一番困るのは住民達です。




