第2部第8話 私の事、お嫌い?
あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。
(4月11日です。)
昨日の夜、ホテルに衛士隊長さんが訪ねて来た。衛士隊長さんは、ニコラスさんと言って、ミリアさんの父君とは、幼馴染だったそうだ。アッシュ代官が、着任してからは、何かにつけて文句をつけられていたが、隊員達を守るために、ずっと我慢をしていたそうだ。
今日、訪ねて来たのは、奴隷商ギルドを壊滅させるために、明日、ギルドを急襲するので手伝って貰いたいとのことだった。
あのギルドは、アッシュが作ったもので、奴隷狩り許可証や、売買許可証などを偽造し、罪のない亜人やイオークを奴隷として売り払っていたそうだ。また、人間種は犯罪奴隷以外存在しないはずなのに、一般奴隷つまり借金のカタにされて奴隷になった者も扱っているそうだ。若い女性など、舌を抜かれて、奴隷になった経緯が分からないようにして売り飛ばしているとの噂もあるとの事だった。
今まで内偵を続けていたが、もう少しと言う所で、アッシュに邪魔されていたそうだ。現在のギルドを仕切っているのは、アッシュの弟のダストという男なので、今回、アッシュがあんな目にあっているので、逃走してしまう前に急襲しようというわけだ。でも、それってゆっくり過ぎる気がする。今日のうち、いや、今、急襲しなければ。
ゴロタは、ニコラス隊長に、今日の当番隊だけでもいいから、衛士隊員をギルドに向かわせてくれとお願いした。衛士隊が来るまでの間、自分が何とかしておくから、なるべく早く来て貰いたいと言っておいた。そして、ニコラス隊長の目の前で、ゲートを開いてギルドに転移してしまった。
ギルドでは、逃走の準備で大騒ぎだった。馬車が何両もギルドの前に待機している。まずは、金目の物が馬車に積み込まれている。奴隷の内、人間の女性などは、馬車に鎖でつながれている。アッシュによく似た中年の男が、大きな声で騒いでいる。あいつがダストなのだろう。
「てめえら、早くしねえか。明日には衛士隊が踏み込んでくるんだ。早く逃げるぞ。」
ははあ、衛士隊の中にも通報者がいるようだ。ゴロタは、ダストの背後にそっと立った。まったく気配を消している。ショートソードを抜き、ダストの首筋に当てる。
「静かにしろ。大きな声を出すと、二度と声を出せないようにするぞ。」
「ヒッ!てめえは?」
刃物で脅しながらの威嚇は慣れていないし、周囲への警戒もおろそかになるので、ダストの頭を右手で持ち上げ、ギルドの中に投げ入れてやる。何人かの手下が巻き込まれてしまった。馬車の周りの手下どもに、ギルドの中に入るように合図する。何人かが、懐から刃物を出そうとしたが、ゴロタの指鉄砲により、手ごと懐を撃ち抜かれてしまった。
「お前たちは、誰を相手にしているのか知っているのか?」
絶対に答えられない質問をしてやる。まあ、時間稼ぎ以外の何物でもないが。皆、恐怖で失禁しながらギルドの中に入って行く。
「ダスト、前に出て来い。」
ダストは、手下の一人の陰になって、出てこようしない。しょうがない。ダストの右ひじを撃ち抜く。勿論、盾になっている手下の胸越しにだ。力なく、血を噴出しながら崩れ落ちる手下の後ろで、ダストが右ひじを押さえて転がり回っている。
「聞こえなかったか。前に出て来い。」
ヒイヒイ泣きながら前に出てきた。死の恐怖で、顔は青ざめている。
「お前は、生きていたいか?」
猛烈に首を縦にふるダスト。そっと裏口から逃げ出そうとしている手下の一人の頭が爆発して、辺りに脳漿が散らばる。
「逃げていいとは誰も言っていない。お前たちは生きていたいか。平伏しろ。」
全員が、膝を折り曲げ、頭を床や地面につけて震えている。
ゴロタは、表の馬車に繋がれている女奴隷さんの鎖を『念動』で解いてやった。大きな声で、呼びかけてみた。
「お姉さんたち、こちらに来てください。」
恐る恐る、ギルドの中に入ってくる女奴隷さん達。全部で8人だった。
「この男たちの中で、酷い目に合わせた人はいますか。」
一人の女性が、あの受付の男の前に立って、蹴飛ばしてから唾を吐きかけていた。ゴロタは、男に聞いた。
「お前は、このお姉さんに何をした?」
普通なら、答える訳無いが、ゴロタの質問には、必ず正直に答えざるを得なかった。
「は、はい。俺は、この女の親父の借金をカタに身体をものにしてから、奴隷承諾書に無理やり血判を押させました。」
「立て。」
「へ?」
「立て。」
恐る恐る立ち上がる男。みるみる股間が血で染まっていく。急に痛みが襲ってきたのだろう。股間を押さえてのたうち回っている。結局、この男たちの中で、五体満足で済んだものは一人もいなかった。男達全員の気を失わせてから、女奴隷さん達と一緒に地下の奴隷収容室に行ってみる。酷い匂いだ。獣人をはじめ、亜人種が14人、イオーク種が37人いた。幸いなことにエルフとハーフエルフはいなかった。いたら、ダスト以下全員、シェルに殲滅されていただろう。
全員を解放したとき、衛士隊の部隊がやってきた。馬車の中の現金や貴金属は衛士隊に押収されてしまった。ゴロタは、ニコラス隊長に、今日の当番隊は全員揃っているのか聞いたところ、隊本部の留守番をしている若い者以外全員揃っているとのことだった。
全員、ギルドの外に整列して貰う。前に立って、皆に聞いた。
「えー、僕はゴロタと言います。冒険者です。この中にダストと通じている者がいます。前に出てください。」
ニコラスさんが、吃驚している。隊員達もお互いの顔を見合わせている。
「前に、出てください。」
ちょっとだけ、強い口調で言う。でも、本当は、少しだけ『威嚇』を掛けていた。
2人の隊員が前に出てきた。皆、吃驚している。古参の班長と、中堅の皆から信頼されている者だったらしい。2人は、泣きながら許しを乞うていた。裏切りの原因は、お金だった。家庭の事情で、お金に困っている所を付け込まれたらしい。後の処理は、ニコラスさんに任せて、ゴロタは、上空に飛び上がって行った。
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(4月12日です。)
昨日の騒動も一段落した。ミリアさんの屋敷から、執事さんと獣人やイオークの方達全員が、市内の元の屋敷に移ってきた。この屋敷は、表が行政執務のための事務所で、裏が住居になっているのだ。アッシュ代官がいなくなったのでニコラス隊長と執事のセルゲイさんが領主代行をすることになった。この場合の領主は、勿論、ミリアさんのことだ。この屋敷で、もともと働いていた人たちに声を掛けて戻ってきてもらったのだが、皆、苦労していたみたいだった。全員、再会を喜び涙を流していた。
代官所の職員の中で、管理者たちにはすべてやめて貰った。アッシュが代官になってから採用された者ばかりだったからだ。そして、もともとの管理者だった人達に復職して貰い、セルゲイさんと相談しながら市政を運営していく事になったそうだ。財政的には、奴隷商ギルドから没収した財産があったので、当面、不自由しないそうだ。
新バーミット市の条例で、全ての奴隷を解放させた。今後、労働には正当な対価を支払う事。借金をカタにしての奴隷については、今までの労働賃金を計算して、借金の返済にあて、残債については、奴隷法違反を免除する代わりに権利放棄させた。また、賃金を支払うのを忌避するために奴隷を追放することも禁止した。職を失った奴隷が街にあふれてしまっては、市行政がマヒしてしまうからだ。
しかし、ミリアさん自身は相変わらず貧乏だった。これから畑の作物の種付けの時期となり、収穫は、来年の3月以降だし、コーヒー豆も、領都や王都まで売りに行かなければ現金化は出来ないそうだ。
とにかく、ミリアさんの着る物を何とかしないといけない。彼女は、殆ど着替えを持っていなかった。あの綺麗なドレスと戦闘服、それのみだ。買い物は、シェルと一緒に行かせた。荷物持ちは、イオフさんとイオイチ君にお願いした。支払いは、当然、シェルだった。シェルさん、お願いだから、自分の物は買わないでください。
夕方、山のような買い物をして帰ってきた。もう、ホテルは解約している。今日から、この屋敷に泊ることにした。イオラさん一家も、部屋が与えられた。もともと、イオークは、身体が小さい分、それほどの居住スペースは要らないので、部屋に困ることはなかった。
さあ、明日は、旅の準備だ。まず馬を4頭買おう。馬車は、今あるミリアさんの馬車を使うとして、御者は、イオラさんとイオイチ君にお願いする。イオフさん達3人は留守番だ。屋敷の掃除や、市庁舎の掃除など仕事は幾らでもある。
あと、旅の間の食糧を調達しなければならない。ある程度の物はあるが、2か月分となると、毎日、同じ料理では飽きてしまう。牛肉、豚肉、鶏肉に野菜や果物、魚介類に乳製品、買う物は山ほどあった。
屋敷には、お風呂が3つあった。男爵家の家族用と来客用、それに家令達従業員用だ。夕食のあと、お風呂にはいることにする。いつもはシェルも一緒に入りたがるのだが、今日はワインを飲み過ぎたみたいで、ベッドに横になったと同時に寝入ってしまった。
客用のお風呂は、廊下の突き当りだ。薄暗い廊下を歩いて扉を開ける。お風呂場も小さなライティング魔石が灯っているだけで薄暗い。脱衣場で裸になり、風呂場に行く。のんびり湯船に浸かっていると誰かが入ってきた。執事さんでも入ってきたのかなと思っていたら、ミリアさんだった。しかも、一糸まとわず、まったく前を隠していない。しっかり見てしまったが、ナイスバディだ。背中を流しに来たと言っていたが、それ、絶対に違うから。女性を知らないゴロタではなかったが、この状況は非常にまずい。これから長い旅を一緒にするのに、男女の関係になったのでは絶対にダメだから。
浴槽から立ち上がって、脱衣場の方に逃げようとしたけど、ミリアさん、ガシッと抱きついてきた。耳元でささやく。
「私のこと、お嫌い。」
ミリアさん、そこ、こすらないでください。僕は、速攻で、自分の部屋に転移してしまった。
今日から、投稿を開始しました。




