第2部第1話 星の裏側の大陸
第2部を開始します。別シリーズにしようかと思ったのですが、やはり第1話を読んでいないと分かりづらいので、継続掲載としました。
(少し遡って王国歴2030年4月2日です。)
聖ゴロタ帝国初代皇帝陛下のゴロタは、朝、まだ暗いうちに目が覚めた。概ね4時半頃だろうか。ここは、モンド王国よりも南、大森林と極地との間だ。気温はかなり低いが、テントの周りには、シールドを張っているので、わずかな火魔石で十分に温かい。寝袋の中から出ると、シェルも目が覚める。
「え、もう朝。まだ眠いのに。」
少し、口をとがらせている。相変わらず、高ビーだ。でも、そんなシェルの口調にもとっくに慣れっこになっている。さあ、起きて食事の準備だ。シェルに軽くキスをしてから、テントを出る。寝るときは、シャツとパンツだけなのだが、外に出ても寒さを感じない。蒼き盾のおかげか、一定の温度以外の外気は、シールドしてしまうのだ。勿論、意識なんかしないでだ。
まず、異次元の間に繋げた切れ目、イフクロークから、冒険者服セットを取り出す。軽くて丈夫な布でできている服だ。シルフが開発というか製作したのだが、ナイフ位なら絶対に貫通しない丈夫さを持っているそうだ。アラミドとか何とかいっていたが、僕には繊維の名前なんかまったく興味が無かった。ベルトには、『ベルの剣』が下げられている。本当は、直ぐにイフクロークから取り出せるのだが、丸腰だと相手がなめてかかって、思わぬ怪我をさせてしまう。それを防ぐために、こちらには武器があるんですよと教えているのだ。
いつものとおり、剣の型の練習をする。一通り終えたら、お湯を沸かして、食事の準備だ。今日は、ミルクを沸かして、硬くなったバスケットを切って入れる。あと、キノコをバターで炒めて、卵に絡めて、オムレツにした。スープは、トマト味で、ベーコンとマッシュルームを入れておく。うん、準備完了。2人用のキャンプテーブルに並べてから、シェルに声を掛ける。
「シェルさん、朝だよ。ご飯もできたよ。」
「うーん!お早う。」
思いっきり伸びをする。うん、ほとんど胸がないのは、相変わらずだった。起き出したシェルは、シャツとパンツだけだ。ブラジャーはしていない。と言うか、必要がなかった。
シェルが、朝のシャワーを浴びている間に、僕は昨日の汚れ物を洗っておく。ざっとお湯に通し、洗濯石を当てて擦ると、あっという間に綺麗になる。後は、火魔法と風魔法のコラボで、簡易ドライヤーを当てる。直ぐ乾くので、後は底が平らになっている火魔石でプレスしたら終了だ。
キチンとたたみ終わった頃、シェルがシャワールームから出てくる。ルームといっても、土魔法で作ったお風呂の脇のスペースにあるシャワー石をセットした囲いなんだけど。
フワフワのバスタオルで体を拭いて、バスローブを纏い、朝食のテーブルのつく。僕も、テーブルについて、シェルのグラスに冷たい牛乳を注いであげる。朝食は、美味しく、楽しいものだった。
朝食後、シェルは冒険服に着替える。僕の冒険服と同じ素材でできた冒険者服だが、なぜ、超ミニスカなのか謎だ。それに絶対、ラブラブ・ペアルックだ。
シェルの武器は、『ヘラ・クレイスの弓』だ。本当は、本体だけで矢が飛び出すんだが、外見を整えるために、弦を張っている。キャンプセットをイフクロークにしまい、お風呂や竈門を元の土に戻し、何もなかったように雑草を生やしておく。その間、シェルはキイチゴや山葡萄を摘んでいる。
さあ、出発の準備ができた。イフクロークから、『F35改ライトニングⅢ』を出す。シルフが『ファルコン・ゼロ』を大幅改造して作り上げたものだ。塗装もしていないので、アルミ合金の銀色の機体が朝の陽光に照らされて、眩しい位だ。
シェルに飛行用ヘルメットを渡しておく。ジェットタービンの音は凄まじく、前後の席でも会話は全くできない。そのため、ヘッドセット内蔵のヘルメットは必須だった。
登場するためのタラップを出す。しかし、シェルにはちょっとキツイみたいなので、『念動』で、後部座席に移動させる。ついでに自分も、前部座席に移動した。タラップを引っ込め、キャノピーを下ろして、ロックする。
エンジンを起動する。高周波音を立てながらタービンが回転する。気化したガスを圧縮されたノズルに放出すると自然発火する。ジェットタービンガスを、下向きの噴出ノズルから吐き出す。フワリと機体が浮かび上がる。今のところ、全く魔法は使っていない、
そのまま高度50m位まで上昇すると、ノズルを徐々に後ろ向きにする。同時に、機体前部のガス噴出口を閉じて行く。スロットルを開けながら、操縦桿を引く。機体が、上を向いてもう加速して行く。慣れたからいいけど、身体中の血液が後ろに寄って行く感じだ。
高度4000mで、水平飛行に移る。静かな世界だ。音速を超えて飛行しているので、ジェット音は遥か後ろに聞こえる。行き先は、南だ。南極点を超えて、タイタン大陸の反対側にある未知の大陸を目指す事にする。
『F35改』の最高速度はマッハ1.8だが、『念動』で加速すると、マッハ3.5まで加速できる。もっと加速できるのだが、機体強度の関係で、そこまでにしておくようにと言われている。
現在位置は、シルフが逐一、座標で教えてくれるし、モニターには、地上の地形と現在地が表示されているので、コースを誤ることはない。シルフの話では、この星の外周は、約3万キロ。マッハ3.5は、時速4000キロだ。この星を一周するのには、約8時間かかるが、燃料と、僕の力を補充なければいけないので、せいぜい3時間が、最長飛行時間だ。
未知の大陸は、北大陸と南大陸に分かれていた。南大陸は、東西に細く、南北に長い大陸だ。西側には海沿いに険しい山脈が続いている。東側は、密林になっており、何本もの大河がウネウネと大陸を横切り、東の大海に流れ込んでいるそうだ。
シルフが、詳細な地図を作成してくれたが、あくまでも地形だけの地図だ。どんな国があり、どんな人々が住んでいるかは、まったくわからない。まあ、初めて訪れたマングローブ王国でも、そうだったし、冒険の旅とは本来そういうものなのだ。そのことはよく知っていたし、それだからこそ、こうしてシェルと一緒に旅に出たのだ。
1時間後、眼下に陸地が見えて来た。荒涼とした大地が続いている。ゆっくりと降下を始める。降下はオートマヌーバなので、何もすることはない。自動で、減速、ホバリングに移り、ギアダウンして着地だ。着地のショックは、ほとんど無かった。
着地後、周囲の安全を確認して、キャノピーのロックボタンを外しオープンさせた。それからヘルメットのヘッドセットケーブルを抜いた。そのままタラップを降りて、大地に立ったが、極地から吹いてくる風が唸りを上げている。
シェルも、ヘルメットを脱いだが、銀色と紫色のパートカラーのロングヘアをなびかせているだけで、自分から降りようとする素振りは全く見せない。仕方がないので、『念動』で降ろしてあげたが、何故か不満そうな顔だった。あ、いけない。降ろすときは、『お姫様抱っこ』をしなければいけなかったのだ。
僕は、シェルに近づいて、お姫様抱っこをしてあげた。シェルはにっこり笑って、僕の首に腕を回してキスをしてくる。これ、絶対、目的が違うから。5分後、ようやくシェルを地面に立たせてから、『F35改』をイフクロークにしまう。
昔、使っていたリュックサックを出して背負ってから、出発しようとしたが、シェルは、強風でスカートを押さえるのに必死で歩くどころではなさそうだった。だからズボンにすれば良いのに、それは絶対に嫌だそうだ。
しょうがない。弱いシールドを張って、風邪を防いであげる。シェルは、ニコニコしながら僕の左腕に、自分の右腕を組んできた。身長差が30センチ以上あるのだから、一緒に歩くのは、非常に邪魔くさいんですけど。勿論、そんなことは直接シェルには言えなかった。
お昼近くまで歩いたが、誰にも会わなかった。低い灌木がまばらに生えているだけの荒地だったが、段々、風が治まって来た。目前には、鬱蒼とした針葉樹林の森が見えて来た。しかし、道も何もない。これでは、下草に覆われた森の中を進むのは、無理かもしれない。
シェルも、随分歩けるようになったものだ。出会って頃は、1キロも歩くと疲れたとか、足が痛いとか泣き叫んでいたのに。まあ、何も荷物を持たないのだから、偉くはないが。この辺で、昼食休憩を取る事にする。キャンプセットを出して、お湯を沸かす。その辺の枯れ木を集めて、簡単に火を点火してしまう。
そんな事を考えていると、お湯が沸いた。シェルに紅茶を淹れてあげてから、サンドイッチを出してやる。朝、バスケットを切った時に、作っておいたものだ。レタスとトマト、それに生ハムのスライスを乗せたものだ。パンに、少し熱を加えて柔らかくしておいたので、まだ少し暖かい。イフクロークは、時間の流れが止まっている空間なので、朝、作ったままなのだ。朝の残りのスープも出しておく。
二人でテーブルに座って食べていると、誰かに見られている感覚があった。敵意はない。と言うか、警戒と羨望の思念だ。きっと森の獣か何かだろう。チラっと見ると、木の陰に何かがいる。大きさから人間ではないようだ。シェルも気が付いていたようで、パンのかけらを投げ込んでやった。ガサガサと下草が動き、茶色の毛むくじゃらが木の陰から出てきた。パンのかけらを拾ったら、直ぐに木の陰に隠れている。でも、木の陰から、キイキイと鳴き声が聞こえてきた。きっと、あの小さなパンのかけらを取り合っているのだろう。
シェルが、パンをちぎらないで、バケットごと投げ入れてやった。あ、出てきた。身長は80センチくらいだろうか。まっ茶色の毛におおわれ、猿と人間の間のような二足歩行をする生き物だ。生意気に、腰に、ウサギかキツネの毛皮を巻いている。一応、服を着る習慣があるようだ。1匹は、長い棒をもっている。その先には黒曜石のようなもので作った穂先を付けていた。あと、背中に、小さな弓矢を背負っている物もいるので、ある程度の文明はあるようだ。シェルの投げたバケットを見て、そっと近づいて、拾い上げたが、今度は逃げようとしなかった。
僕が、『念話』で話しかけてみる。
『僕はゴロタ、君たちは?』
最初、少しびっくりしていたようだが、向こうも『念話』で話しかけてきた。
『人間、恐ろしい人、私達に食べもの恵んでくれた。お礼に何が欲しい。子供か?女か?』
きちんと会話になっているが、内容が酷い。彼らの御礼って、自分たちの子供か女なの? それって、とっても残酷な気がするんですけど。
『御礼なんかいらない。君たちの仲間は、何人いるの。』
『数は分からない。今は少ない。皆、食われた。』
この生き物の後ろから、胸にも毛皮を巻いたのが1匹と、半分くらいのが3匹出てきた。きっと、胸に毛皮を巻いたのは母親だろう。背中に弓矢を背負っている。どこの世界でも、弓矢って女性の武器みたい。
彼らは、5等身位だろうか。ずんぐりとしていて顔が真ん丸だ。耳は、人間の耳よりも珍バンジーの耳に近い。眼がクリクリしていて、とても可愛い顔つきだ。しかし、幾ら毛が生えていても、極地に近いここの気温ではかなり寒いのではないかと思うのだが平気らしい。
『人間、火を使う。私達にも使わせて貰いたい。』
『どうぞ。良かったら持って行ってもいいですよ。』
5人というか、5匹が火の傍に寄ってくる。子供達は、手を出して、火にかざし温まっている。やはり寒いようだ。母親は、あまり火に近づかないように子供達を押さえつけているが、やはり寒かったのだろう。火にあたりながら、目を細めている。
『君たちは、何ていう種族なの。』
「イオーク。森の住民という意味だ。」
初めて、声を出した。でも、普通ならキーキーとかグーグーとかいう音にしか聞こえないだろう。しかし、首に、シルフ特製の翻訳機をまいているので、知能のない獣以外なら、殆どを僕たちが使っている言語に翻訳してくれる。さっきからの『念話』で、彼らのアルゴリズムを学習していたのだろう。
「君の名前は、何ていうの。」
「名前は無い。小さいときは、子供。大きくなったら男。そして今は。父ちゃんだ。」
うん、とっても分かりやすい。でも、彼らが、集団で生活をしていたら、きっと困ってしまうだろうに。
「じゃあ、名前を付けてもいい?」
「好きにすればよい。」
「じゃあ、あなたは『イオラ』さんだ。そして奥さんは、『イオフ』さん。あと子供達は、『イオイチ、イオ二、イオミ』だ。」
「名前、貰った。もう俺たちを捨てられない。」
へ、何のこと。どうして、自分の物でもないのに捨てるとか捨てないとかが問題になるのか分からない。でも、あまり深く考えないことにしよう。この森の中を進むのに、道案内としては、丁度良いかもしれない。
今回は、外伝と2本同時掲載となるので、本作は、ぼちぼちとアップしていきます。




