エピローグ7 ブランドール戦役
またまた、エピローグを追加しました。今回は、フェルマー王子の活躍を中心に書いてみました。
(2033年10月30日です。)
神聖ゴロタ帝国は、州制を敷いている。その中で、州連合制度を採用しているのは、南大陸のカーマン州連合と、フェニック州連合だ。2つとも、旧王国や旧帝国だったため、その正当な継承者が大公爵に叙せられ、太守として任務をゴロタ皇帝から与えられている。
カーマン州連合の太守は、フェルマー・テーリ・ド・カーマン9世だ。
彼は、2年前に15歳で成人しているが、ゴロタ皇帝の庇護のもと、グレーテル王国の王都にある王立音楽学院付属高等部に通学している。本来は『カーマン大公爵』と呼ばれるのだが、大学を卒業するまでは、『フェルマー王子』と呼ばれることにしている。
カーマン州連合の実務的な統治は、フォンデュ宰相とゴロタの義父ガーリック公爵の2人で行っているが、南方のモンド王国との交易や出入国管理で、多忙を極めていた。二人は、あくまでもフェルマー王子の代理として各種行政・司法事務をこなしているが、おのずと限界があるようだ。
ゴロタは、フェルマー王子が、大学卒業後、州連合の統治が上手く出来れば、王国として独立させても良いと考えていた。しかし、そのことは今は内緒だ。
今日、フェルマー王子は、授業が終わり、神聖ゴロタ帝国グレーテル駐在領事館兼帝室御用邸に帰ってみると、フォンデュ宰相の使者が訪問していた。使者は、フェルマー王子の良く知っている人物だった。フォンデュ宰相の側近で、領地はないが、前国王から男爵に叙せられた男だ。名前をクラーク男爵という。2年前までは、毎週、金曜日に閣議が開催され、フェルマー王子も参加していたが、その際に、閣議を進行する役をしていたのを覚えていた。
最近、神聖ゴロタ帝国統括行政庁長官兼宰相のカノッサダレスさんと電話会議を開催するようになってからは、フェルマー王子は、学業に専念するようにとシェル皇后陛下に言われ、それからは年間重要行事以外は、国元に帰っていなかった。
クラーク男爵は、重要な事項をフェルマー王子に伝えてきた。西カーマン州で叛乱が勃発したらしいのだ。それも、州知事のブランドール侯爵を誅殺し、部下であるブロンク伯爵が実権を掌握しているらしいのだ。国防軍は。従前の公爵領及び伯爵領の領主騎士団を、そのまま国防軍に格上げしていたので、軍事的にも掌握してしまったそうだ。
クラーク男爵は、宰相の親書を持ってきていた。その親書には、叛乱を平定するために、州防衛軍で部隊編成をし、討伐に向かう予定だが、ゴロタ皇帝陛下から、フェルマー王子に討伐軍総司令官をやらせるようにとの勅命が来たらしいのだ。
それで、作戦会議を明後日に行うので、明日の午後3時までに、シャウルス市の旧王城、現在の統括行政庁まで来てもらいたいとの事だった。クラーク男爵は、身長190センチはある武人タイプの貴族だが、頭も切れるようで、宰相の片腕と言っても良い働きをしている。しかし、フェルマー王子の前では、膝をつき、決して立ち上がろうとしない。臣下の礼をとっているのだ。もう、王国ではないので、そこまでしなくても良いのにと思うが、宰相もフェルマー王子に対しては、いつも臣下の礼をとるので、黙っていることにした。
クラーク男爵は、その日のうちに、帰りの飛行機に乗って戻って行った。夕食後、帝都の白龍城にいるシルフさんに電話して、指示を仰いだが、今回は、最低限の助力しかしないので、部隊指揮も含め一人で対応するようにと言われた。魔物もいない人間の叛乱など、自分たちだけで対応をとれないでどうするのだとでも言いそうだった。最近、シルフさんは、非常に厳しい事を言ってくる。
ドミノちゃんに、帰国の事を言ったら、自分も一緒に行くと言っていた。でも、危ないので、留守番をしてくれるように頼んだが、完全に拒否されてしまった。ああ、この調子だと、一生、ドミノちゃんの言いなりかなと思うフェルマー王子だった。
翌日、ミスリル銀のハーフ・アーマーを装備し、腰には、『斬鉄剣・紅』を佩刀して、ゲートを使って、行政庁の奥、旧後宮内の自室に設けているゲートまで『空間転移』する。このゲートの存在は、フォンデュ宰相にも内緒にしている。
ドミノちゃんは、魔導士用の戦闘服だ。胸当てや小手は水竜の皮を固めたものだ。要所要所には、魔法攻撃を防ぐ護符と魔石がはめ込まれていた。武器は、真っ白なワンドだ。クレイスの枝から作られた超高級品だ。
後宮には、掃除をするメイドが数人と、各施設の点検・補修をする職人が数人いるだけで、ガランとしていた。フェルマー王子が久しぶりに来たので、大きな調理場では、臨時の料理人が腕を振るっている。以前、元国王が健在だったころ、ここには愛妾が100人以上いたらしいが、全員に暇を出したので、後宮は無駄に広い。
身長が150センチ位しかないドミノちゃんを初めて見たメイドさん達は、『まあ、可愛い!』と驚きの声を上げていた。魔人族は、だいたい美少女が多いのだが、その中でもドミノちゃんは群を抜いて可愛らしいそうだ。これは、同じ魔人族のブリさんも言っていたので本当だろう。フェルマー王子は、今でも、ドミノちゃんを見るとドキドキすることがある。
午後3時に州都サウルス市にある行政庁つまり旧王城に行ったら、もう数十人の国防軍将校、以前の騎士団将校達が集まっていた。謁見の間で、討伐軍司令官等の任命式を行うとの事だった。この任命式だけは、フェルマー王子以外には権限が無いらしい。任命式は、古式にのっとり行われるらしい。
フェルマー王子は、旧王国に伝わる宝剣『竜神の剣』を右手に持っている。宝剣と言われていたが、単なるミスリル製のロング・ソードだ。そこそこには切れるだろうが、今、フェルマー王子が持っている『斬鉄剣・紅』と比べると、その能力は雲泥の差があるだろう。でも、式典に使うのだ。この宝飾品でキラキラ輝いている宝剣で十分だろう。
クラーク男爵が、任命書を読み上げる。
「西部討伐軍第1司令官に任じられる者。南カーマン州国防軍大将フランク・ド・ジリオン伯爵」
「西部討伐軍第2司令官に任じられる者、北カーマン州国防軍中将ブレンダラ・フォン・デミオラス伯爵」
第13軍司令官まで、延々と任命が続いた。彼らは、本来、国防軍の一員であるから、命令書1枚で戦地に赴かなければならないのだが、元貴族が殆どであり、最高司令官かつ旧主公であるフェルマー王子から直接、任命を受けなければ納得しないようだ。
フェルマー王子も、右手に持った宝剣を、臣下の礼で膝間づいている将軍たちの右肩に当て、『神の加護を。』と述べるのだった。
これで、任命式は終わった。一軍6千人で、13軍、総勢10万人の大部隊だ。総司令部部隊は近衛師団2000人で、ガーリック公爵閣下が、元帥兼統合幕僚総長に任じている。フェルマー王子は、討伐軍総指揮官と言う肩書だが、実質はガーリック公爵閣下が指揮をとることになる。参謀総長は、クラーク男爵だった。
今日は、将軍達と会食だ。具体的な作戦は、明日の軍議で決せられるとのことだった。会食会場は、旧迎賓の間で、将軍達と関係行政庁の長官が列席している。ひな壇には、フェルマー王子が座るのだが、驚いたことにフェルマー王子の隣にはドミノちゃんが座っている。完全にお妃扱いだ。フェルマー王子は、顔が真っ赤になっているが、ドミノちゃんは平気のようだ。戦時下の会食なので、男性は皆、軍服または活動服を着用しているが、同伴の夫人たちは久しぶりの宮廷晩餐会ということで、先祖伝来の宝飾品に着飾っている。ドミノちゃんにも、後宮保管のドレスを試着して貰ったが、サイズが合わず、しょうが無いので、一旦、グレーテル王都の屋敷に戻って、薄いピンク色のドレスを着て戻ってきていた。左手薬指には、1.4カラットのブルーダイヤの指輪をしている。勿論、フェルマー王子からのプレゼントの品だ。
晩餐会は、盛大かつ和やかに終わった。料理も素晴らしかったが、列席の諸侯が、フェルマー王子に全幅の信頼を寄せていて、現在のカーマン連合州の豊かさも、フェルマー王子の統治のおかげだと讃えていた。というか、以前がひどすぎたので、現在が素晴らしく見えているような気がするが。
今日は、後宮で休むことにして、自分の部屋に戻ろうとしたら、メイド達が、フォンデュ宰相から言われているからと、父君つまり前国王の寝室で寝ることになった。信じられない位広い部屋とベッドで、お風呂やキッチンも併設されているが、見えないように豪華なスクリーンが張られている。
ドミノちゃんも一緒だ。あの、とても恥ずかしいんですけど。まあ、グレーテル王都屋敷では、眠る前の1時間位、一緒のベッドに横になっているが、決して男女の一線は超えていない。精々、キスを何回もする位だ。
部屋に入ると、お風呂を勧められた。ドミノちゃんが先に入るらしい。一緒に入りますかと聞かれたが、ドミノちゃん、真っ赤になって断っていた。お風呂では、メイドさんがお湯を掛けたり、背中を流してくれたりと、お姫様モードだった。髪を洗ってから、乾かすのもメイドさんがしてくれる。そして、長い髪を結わえずに後ろに流して、ネグリジェを着せられる。下着は無かった。あの、何を考えているんですか?
ドミノちゃんが髪を乾かしている間に、フェルマー王子がお風呂に入る。男性用のお風呂は、別に準備されていた。やはり、メイドさん達が世話をしようとしていたが、自分でやるからと、スクリーンの外に押し出してやる。しかし、その間に、しっかりと股間を見られてしまった。
お風呂から上がると、真っ白なタオル地のガウンが置いてある。パンツはなかった。メイドさん達が、パンツなどの下着は明日、準備するそうだ。
ガウンだけを羽織って、ベッドにもぐりこむ。いろいろ考え始めてしまって、悶々としているところへ、ドミノちゃんがベッドに入ってきた。少し、離れて寝ている。いつもなら、ピタッとくっ付いて来るのに、どうしたのだろう。
寝室の照明が落とされた。常夜灯しかついていない。ドミノちゃんがモジモジしている。フェルマー王子、勇気を出してドミノちゃんの肩を抱く。いつものようにキスをしようとして、初めて、ドミノちゃんが薄いネグリジェしか着ていないことに気が付いた。
フェルマー王子も、腰をドミノちゃんにくっつけられない。股間が、ドミノちゃんの大切な所に当たってしまうのだ。二人は、軽くキスをして、あとはじっと上を向いているだけだった。
深夜、何か違和感を感じて目が覚めてみると、ドミノちゃん、フェルマー王子の大切な所に手を当てている。ただ、当てているだけだったが、硬く脈打ってしまった。ダメだ。これでは我慢できない。フェルマー王子は、ドミノちゃんの肩を抱いて、引き寄せた。ドミノちゃんの胸が、腕に当たった。あ、いけない。フェルマー王子は、それだけで激しく放出してしまった。
次の日、何事もなかったように起き出したドミノちゃんだったが、フェルマー王子は、恥ずかしくてドミノちゃんの顔を見ることができなかった。
この日、午前10時から軍議が開かれた。シルフさんが参加している。クラーク参謀総長が作戦を説明し、シルフさんが質問をすることで、軍議が進められた。作戦は、こうだった。
帝国国防空軍の重爆撃機4機で、西カーマン州内の敵前線に構築されている要塞に、250キロ爆弾を投下する。敵が、立て直しを図っている間に、ゲートを使って、8万の兵を前線に終結させる。敵軍は、近代装備の元国防軍と、やや装備は古いが、元込め式の銃で装備している招集兵計2万人だ。敵を正面から叩いている間、別動隊2万が州都の旧公爵領行政庁舎前に前進し、庁舎を占拠する。後は、今回の叛乱の首謀者であるブロンク伯爵を探し出して、拘束もしくは暗殺すれば、今回の討伐戦は勝利になる。
討伐軍が、今の部隊を集めるのに、1週間かかったそうだ。これまでの糧食だって馬鹿にならない。これから戦火が長引けば、経費はどんどん膨らんでいく。短期決戦、これが討伐軍の基本方針となった。
11月2日、偵察機から、敵部隊が、敵州都ブランドール市から東20キロの地点に集結中との報告が入った。敵部隊の前には、幅50m以上のローエン河が流れているらしい。
はるか東のヒースロー空港から、重爆撃機4機が飛来した。シャウルス空港で、燃料を補給してから、午前9時に西の空に飛び立っていった。
翼改型から発達してた新型機だ。形式を『B33フォレスト』と言う。ジェット推進機が4発、翼の下にぶら下がっていて、爆弾倉内には250キロ爆弾を12発搭載している。
作戦行動距離は、予備燃料も入れれば3000キロなので、ヒースロー空港からシャウルス空港まで、ノンストップで飛来できる。
1時間後、爆撃部隊から無線連絡が入った。作戦は成功したが、敵の高射砲で1機墜落したそうだ。シルフから、高度1万mを維持するように指示していたが、爆弾の命中制度を上げるために5000mまで下げてしまったらしい。
しかし、その成果か、敵要塞8箇所を無力化することが出来た。後、敵将兵も数千人単位で、継戦能力を失ったようだ。
この機を逃さず、シルフさんがゲートを3箇所開いた。先遣隊がローエン川東岸に要塞を作っていく。土魔法で、レンガ製の擁壁を作り上げていく。しかし敵の迫撃砲が容赦なく要塞のガラ空きの天井部から降り注いでくる。
土魔導師が大量に失われてしまった。遠距離火器能力を有する魔導師達が、川を越えて攻撃をしているが、同様に向こうから反撃してくる。
本来は、同程度の被害が生じる筈なのに、何故か、こっちの方が被害程度が大きい。魔法レベルが違うようだ。
それに、相手のシールドが怪しい。通常のシールドは、風魔法か水魔法、強力な聖魔法の何れかの筈だが、あの黒っぽいシールドは、何だろう。
フェルマー王子は、あのシールドに見覚えがあった。ダンジョン最下層で戦ったリッチのシールドに似ている。
嫌な気がしてきた。敵は、人間なんだろうか?しかし、敵の要塞を粉砕したのだ。このチャンスに攻撃しなければ、機を逸してしまう。土魔導士が、渡河のためのブリッジを作っている。8万人が渡河するためには、10本以上のブリッジが必要だ。
しかし、呪文詠唱中の土魔導士に、ファイヤ攻撃や一斉射撃攻撃が集中してくる。土魔導士達が、バタバタと倒れて川に転落してしまう。
ドミノちゃんが、聖魔法のシールドを張ってくれる。ブリッジ1本だけでも渡さないと、戦えない。
ドミノちゃんのシールドの陰で、なんとかブリッジを1本、向こう岸につなげた。よし、渡河出来ると思ったら、それは向こうも一緒だ。大きな盾を持った重装備歩兵が、渡ってきた。先頭に集中射撃をするが、全て跳ね返されてしまった。
フェルマー王子は、後方陣地から見ていて、ハッと気が付いた。あれは『魔障シールド』だ。と言うことは、あいつらは人間の姿をしているが、実態は魔物だ。
2万匹近い武装した魔物。こちらの部隊は、別動隊を抜くと、8万人だ。通常では、魔物1体に1個小隊は必要だ。
参謀総長のクラーク男爵に、全隊、後退をさせるようにお願いした。しかし、あのブリッジがあるので、こちらにどんどん渡ってきてしまう。
フェルマー王子は、ダッシュでブリッジの方に向かった。右手には『斬鉄剣・紅』を握っている。
後ろから、クラーク男爵がついてくる。少し遅れて、ドミノちゃんがついてくるが、スピードが全くついて来れない。身体能力が人並み以下のドミノちゃんでは、仕方が無かった。
前線まで約2キロ、6〜7分で部隊の先頭に到着した。そこには見るも無残な光景が広がっていた。敵の魔障シールドで、我が軍の銃弾は全て跳ね返され、敵のM16カービンの7.2ミリ弾は、容赦なく聖なるシールドを貫通してくる。
数百人単位で、現場に倒れているのは全て我が軍の兵士だった。フェルマー王子は、剣に聖なる力を込める。青白く剣が光った。そのまま、剣を横に払った。『斬撃』が飛んでいく。敵の魔障シールドを切り裂く。
「今だ!」
指示を飛ばす。クラークさんのMP5をはじめ、味方の銃弾が、『斬撃』で開いた隙間に打ち込まれる。敵は、1発2発の銃弾では倒れないが、5~6発の銃弾で腕や頭を吹き飛ばして、無力化していく。
しかし、敵は、倒れている死体を乗り越えて、こちらに押し寄せてきている。不味い。このままでは、敵の主力部隊全部が渡河されてしまう。
この時、漸く到着したドミノちゃんが、魔法詠唱を始めた。
「闇より生まれ、光を覆う者。冥界に君臨せし者の力を借りて、この世を死と無に帰す者、汝がおそれし力を示す。創造の神と聖霊と我が始祖の根源を司る聖なる力を持って、我が手に力を与えよ。我は命ずる。聖なる世界を顕現せよ。ホーリーワールド。」
ドミノちゃんの手にしたワンドが光る。眩しい光だ。見ていることができない。その光が、円を描いて広がって行く。
全ての魔障シールドが消滅した。敵の兵士達も動きが鈍くなっている。フェルマー王子が、敵の一体を切り倒す。胸を切り裂いたが、鮮血ではない、ドロリとした血が湧き出てきた。
ヘルメットを剥がすと、断末魔のような表情を見せている。その顔には目玉はなく、口元からは犬歯が鋭く伸びていた。
レブナントではない。しかし生者でもない。シルフさんが、
「レプリカント。」
と呟いた。本来は、死人だが、高位ヴァンパイアに殺された直後、死せる魂を与えられている。生前の知識・能力と圧倒的な体力そしてアンデッドの特性の持ち主だ。
魂を浄化すれば、容易に倒せるが、体の奥底の魂を浄化するのは容易ではない。
もう殲滅しかない。大規模部隊を投入する。さらに、渡河ブリッジを今のうちに増築しておく。ブリッジを渡ったフェルマー王子達は、敵部隊の後方に布陣している敵本陣を目指す。
フェルマー王子が聖なる『斬撃』を打ち込んだ後、クラーク男爵や随行の将兵が、銃弾を叩き込む。倒れた敵兵士を、ドミノちゃんが浄化していく。
敵の攻撃が激しくなってきた。ドミノちゃんが何枚もシールドを張っている。しかし、シールドにも限界がある。後方の部隊が、敵に囲まれてきた。不味い。このままでは、左右から挟み撃ちだ。一旦、撤退しよう。そう思った時、至る所から青白い火柱が上がった。
振り返ってみると、銀色に光り輝く大型飛行機が空中に浮かんでいる。帝室専用機『タイタニック』号だ。後方の扉が開いている。そこから姿を見せているのは、ノエル様だ。敵陣から高射砲が撃ち込まれているが、全てシールドされている。
ノエル様が、白く長い杖を振るわれた。空にいくつもの魔法陣が浮かび、聖なる火柱が地上に立ち昇る。
敵が引き始めた。引きながら、此方を攻撃してくる。上空に向けて、ロケットランチャーを撃っている。数十発の爆裂弾が、放物線を描いて空から味方部隊を襲って来る。これでは追撃ができない。
敵は、そのまま、本陣まで下がり陣形を立て直していた。その頃、敵本陣の北側、フェルマー王子達の場所から見ると右側から、味方の別働隊が襲い掛かる。敵の勢力は、既に1万人を割っている。
肉弾戦が始まった。フェルマー王子は、真っ直ぐ敵本陣を目指して走り込んで行く。途中、襲いかかって来る敵兵は、聖なる力を込めた『斬鉄剣・紅』の餌食だ。
何人倒したろう。目の前にコンクリートで固められた小高い建物が見えた。屋上には3人の将校の姿が見える。真ん中の将校は、真っ赤なマントを羽織っている。きっと今回の叛乱の首謀者ブロンクス伯爵だろう。『念話』が、頭の中に飛び込んできた。
『お前は誰だ。』
『僕は、フェルマー。この地を治める者だ。お前こそ誰だ?」
「儂か?儂は闇から遣わせる者、地上の覇者、死者の希望。色々と呼ばれているが、お前達は『ヴァンパイア・ロード』と呼んでいるようじゃな。本当の儂の名前は、★%▲@#%$■◆★』
最後の名前は、聞き取れない。人間の声ではなかった。しまった。不味い。あいつはヴァンパイア・ロードだ。国家災害級の魔物だ。レベルは『SS』級、作戦本部に詰めているシルフさんに『念話』で全軍撤退の指示をお願いする。しかし遅かった。
味方部隊のあらゆるところから、闇に覆われし黒い触手が現れた。長い物では30m以上ある。川の中からも現れて、次々にブリッジを破壊してゆく。退路を絶つ気だ。
ドミノちゃんが、大きなドーム状のシールドを貼る。しかし自分たちだけ、安全な場所にいて、仲間が殲滅されるのを見ているわけにもいかない。上空のノエルさんも、聖なる火柱で応援しているが、敵の触手が余りにも多すぎて、全てを焼き尽くすのは無理のようだった。
フェルマー王子は、敵本陣に駆け寄った。高さは30m位か。ジャンプして、片足が壁にかかったら『瞬動』で10m位、移動する。その繰り返しで屋上に駆け上がった。
ヴァンパイア・ロードの両脇にいるのは、リッチか。フェルマー王子に、真っ黒な剣で切りかかって来る。闇の魔剣だろう。フェルマー王子が切りかかっても魔障シールドで跳ね返される。相手は、高位アンデッド2体だ。フェルマー王子に小さな傷が増えていく。聖なる力で、魔障の影響もなく、すぐに回復するが、体力が削がれていく。
下では、ノエル様の応援で、攻勢に出た我が軍が、黒い触手を殲滅していく。だが、暫くすると、新しい触手が現れて来る。やはり元から絶たなければならない。
だが、その前に、このウザいリッチどもを何とかしなければならない。
『ドミノちゃん、僕の周りに聖なる柱を立ててくれない。』
念話で依頼する。直ぐにリッチ二人を挟むように、聖なる柱が立ち並んだ。それだけでは、大した威力ではないが、リッチの動きが止まった。
フェルマー王子は、ありったけの力を剣に込めた。通常のミスリル剣なら、ヒビが入るのだが、このオリハルコンとヒヒイロカネのハイブリッド剣は、びくともしない。そのまま2体の首を落とし、返す剣で魔石のありそうな場所を肉ごと切り取ってしまう。
ゴトン、ゴトン。
真っ黒な血にまみれた大きな魔石2個が転がる。リッチの肉体は、埃のように風に吹き流されてしまった。
流石に、ヴァンパイアロードも、自分の置かれた立場を理解したようだ。リッチ達が持っていた『魔障剣』を空中から取り出した。物凄く禍々しい気だ。
暫く、間合いを維持しつつ対峙する。
『人間、儂の邪魔をするか。』
当たり前だ。魔物に屈していたら、人類は、今、ここに、こうしているわけがない。フェルマー王子は、『斬鉄剣・紅』を上段に構える。明鏡止水流二の太刀、『水月割』だ。水盤に写っている月の姿を真っ二つにするという、物理法則を無視した秘剣だ。
勿論、剣には、聖なる力がフルチャージだ。相手との間合いがジリジリと狭まっていく。ここだ。1足1刀の間合いに入った。
フェルマー王子は、剣を振り下ろす。ヴァンパイア・ロードの剣が左上から斜めに切り下がって来る。避けていられない。全身の細胞からエネルギーが迸る。
左腕に激痛が走る。しかし剣が、相手を両断した感触もあった。相手の腰下まで切り落とした剣を切り返し、相手の脇腹から胸まで、上下に2等分、正確には4等分してしまう。あれ、左下に何か転がっている。よく見ると、自分の左腕だった。
「キャーッ!!!」
ノエルちゃんの叫び声が後ろから聞こえる。腕に、ヒールをかけて、とりあえず出血を止める。しかし、完全には止まりきれない。
ポタポタと血が垂れるのも構わず、自分の左腕を持って相手を見る。なんか肉の塊が、モゾモゾしている。とてもキモい。ヴァンパイア・ロードの根源は、首元にあった。僅かに欠けていたが、黒い闇の光が瞬いていた。
フェルマー王子が、聖なる光で、その魔石を包んでしまう。闇の光は霧散し、戦いは終わった。
『疲れた。』
フェルマー王子は、遠退く意識の中で、ドミノちゃんの呼ぶ声を聞いていた。
この戦いは、後年、『ブランドール戦役』として、神聖ゴロタ帝国の歴史書に記されることになるのだが、今の時点で、そんなことが分かるわけなかった。
あ、フェルマー王子の左腕は、ドミノちゃんとノエル様の力で、傷痕一つ付かずに、くっ付いた事は当然だろう。
いかがでしたでしょうか。フェルマー王子のチートぶりが際立っていました。
現在、外伝を執筆中です。毎日、投稿をめざしています。面白くかけていますので、ぜひ寄ってみてください。
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