エピローグ6 天使と悪魔
もう書かないと思ったエピローグを、また、書くことにしました。ちょっとした構想を思いついたのです。今回は、あの『災厄の神アスモデウス』が転生したリトちゃんの活躍を描いてみました。
(2033年10月3日です。)
リトちゃんは、もう母親とは一緒に寝ていない。母親のノラは隣の部屋に一人で寝ている。
ここ『白龍城』は、無駄に広い。リトちゃんの部屋も10m四方以上ある。バス、トイレそれにピアノ練習室は別になっている。
おば様達や姉さま達は2間続きの部屋を貰っているが、リトちゃんはそんなに大きな部屋は要らなかった。
リトちゃんは、今、8歳とちょっとだ。帝国セント・ゴロタ大学付属小学校2年になった。
考えてみれば、リトちゃんは、この世に存在するようになってから、正規の学校で学んだ事はなかった。長い間、精神エネルギー体だった。知識は、知識のエネルギー体から必要な時に必要なだけエネルギーを分けて貰えば事足りていたのだ。
さすがに、足し算、引き算は常識的に知っていたが、最近、学校で教わっている『掛け算』というのが良く分からなかった。
こんなもの知らなくても、存在が危うくなることなどなかったし、生きていくのに絶対、必要ではない。
しかし、学校では、丸暗記しなければならない。しかも独特の言い回しだ。普通の言葉で言えばいいものを、何故、『1』を『いん』と言わなければならないのだ。
今日は、『七の段』を皆の前で発表じゃ。どうも5から先に自信がない。えーと、『しちろく、しじゅうに』、『しちしち、・・・』えーと、いくつだったけ。あ、妾の番じゃ。立って、一人で発表じゃ。これで間違えたら、今日は居残りじゃ。
当然、ろくに暗記していないリトちゃんは、居残りになってしまった。お迎えのメイドが、学校の前で待っている。母親のノラは、道に迷う事があるので、お迎えは出来なかった。
ようやく課題をクリアしたリトちゃんは、学校を出ると、すぐに鞄をメイドに預けて、近くのスイーツ屋さんに行く。シェル様に、帰りに1品だけだったら『おやつ』を食べて帰ってきても良いと言われている。シェル様と言っても、本物のシェル様じゃ。平素、お城にいるのは、ゴーレムじゃ。
妾なら、ホムンクルスあたりを作るのじゃが、そのためには『依り代』が必要じゃ。この世界で力を使ったら、二度と存在できないようにするからと、ゴロタ様に脅されているので、作る気はないが。
あ、お城にいるシェル様もどきがゴーレムだと言う事は、妾以外の子供達には絶対に内緒だそうだ。特に、あのマリアという娘、あの子にばらしたら、妾は、素粒子以下に分解されてしまうと脅されている。なんて、えげつない脅し方なんじゃ。まあ、あのシルフというゴーレム、あれは駄目だ。背後に誰かがいるようじゃ。
全知全能の神なんていないのじゃが、あのシルフを見ていると、知らないことはないみたいじゃ。しかも、『念話』と『念視』を自由に扱いおって。チートなゴーレムめ。当然、妾の能力など、あのゴーレムには全くの無力じゃ。
今日のオヤツは、マロン・パフェじゃ。今が旬じゃし。ここのマロンパフェは、栗が大きいので有名なのじゃ。うん、美味い。
支払いは、すべてメイドがしているので、このマロンパフェが幾らするのか全く知らんし、興味もない。
帰りに、ゼロス教孤児院に立ち寄ることにした。母親のノラが働いている。働いていると言っても、掃除と玩具の片づけ、それに子供達の汚れ物の洗濯位だ。シルフが開発した洗濯機があるのだが、使い方が難しいらしく、ノラは相変わらず、タライと洗濯板で、洗濯をしている。
この女、なぜ頭の中に霞がかかっているのじゃ。朝、起きた時に、頭の中の霞を吹き飛ばしてやっておるのに、夕方には、また霞んで居る。『念話』も通じないし、困ったもんじゃ。
孤児院では、何人かの子供達が、リサと一緒に遊んでいる。リサは、妾と同じ年なのじゃが、成績優秀で、今、学年委員長をしている。狼に育てられたのに、あっという間に文字を覚えてしまいおった。
リサは、孤児院には、特に用事はないが、ノラに会いに来ているようじゃ。妾が、ノラを相手にしないものじゃから、リサがノラにベタベタしている。ノラも、嫌がりもせずに、リサに甘えさせているので、まるで本当の親子のようじゃ。
時々、ノラの部屋にリサが寝に行っているのも知っているが、別に、好きなだけ寝ていれば良いと思い、放っている。
夕方になると、孤児院の転移部屋から、『白龍城』の転移部屋に戻るのじゃが、こんなもの、絶対に人間では作れないから。100万年の歴史でも、こんなものが存在したことはなかったのに。
魔界では、『召還魔法』と『収納魔法』があるが、使えるのはバンパイアなどの高位な存在だけだ。人間界では、石にして限定的にしか使えないはずだ。
まあ、便利だから普通に使うことにしているが。妾は、基本的に運動は苦手じゃ。この人間の身体と言うものは力はないし、すぐに腹は減るし。使いにくいったらありゃしない。
しかし、食事の楽しみがあるから、それはそれで役立っているが。最近は、テーブルマナーに煩くなって、妾がいつも怒られとる。リサなど、以前は手掴みで食べていたのに、最近では、器用にナイフとフォークを使いおって、妾が、馬鹿みたいに見えるじゃろう。
「リトちゃん、また、フォークの順番を間違えている。さっきから、同じフォークを使っているでしょう。」
何故に、妾が、こんなガキンチョに注意されなくっちゃならんのじゃ。ちょっと位、間違えたって良いじゃろ。人間、誰にだって間違いはあるのじゃ。
リトちゃんは、半ベソをかきながら、フォークを取り替えていた。
「リトちゃん、そんな事で泣くのっておかしいわよ。赤ちゃんじゃ、あるまいし。マリアちゃんを見てごらん。」
また、始まった。リサは、いつだってマリアのことを引き合いに出すのじゃ。あんなチートな男の娘と、妾を比較されても迷惑じゃ。妾には、妾の考えがあるのじゃ。
しかし、何も考えていなかったリトちゃんだった。マリアちゃんは、引き合いに出されたことなど、全く気にせず、デザートのプディングを食べていた。
---------------------------------------------
次の日は、近くのニキ山へ郊外訓練、つまり遠足だった。
リトちゃんは 、朝から憂鬱だった。泳ぐのと、山を登るのは、超苦手だ。と言うか、体を動かすことが嫌いだった。
しかし、シェル様が絶対に許してくれなかった。リサは、朝の5時から準備に余念がない。お弁当はサンドイッチだ。おやつのお菓子は、500ギル以内と言われていたが、きっちり500ギル分のお菓子を買っていた。
妾は、全く気にしない。好きな物を好きなだけ買ってしまった。まあ、先生に叱られても、その時はその時じゃ。
食べなきゃ良いだけではないか。
午前8時に、山の麓まで行く電車に乗る。50分位で、「ニキ山登山口』と言う駅に着いた。いよいよ、ここから登山が始まる。
駅から少し歩くと、朽ちかけた石造りの大きな教会があった。四大聖教とは違う土着の神を祀っていたようじゃ。今は、廃墟のようじゃ。
誰かが、ニキ山のパワースポットとか、訳の分からない事を言っている。
その教会の脇に、石の階段が上に伸びている。妾は、それを見てゲンナリじゃ。登山も嫌いだが、階段はもっと嫌いだ。上を見上げても、何段あるか分からないほど長い階段だ。ABCの組順で登っていく。妾の組は『C組』だから、一番最後じゃ。
階段を登り始めた時、何か違和感を感じた。ハッキリとは分からぬが、禍々しい物の気配じゃ。後ろを振り向いたが、何もいない。
後ろを向いたせいで、階段に引っかかりそうになった。危なかった。
大体、この山は、なんじゃ。高さはそんなにないのに、森の中にポコンと飛び出ている。絶対におかしい。それに、あの訳のわからぬ教会。あの教会には、神が祀られておらなかった。何のための教会じゃ。
登山の先頭は、『A組』で、リサが先頭のはずじゃ。彼奴は、勉強もできるが、スポーツ万能のチート娘だ。それに比べ、妾の依代のこの娘は、全くだらしがない。皆に付いていけないのじゃ。
担任の先生が、リュックを持ってくれたが、リュックではなく、妾を背負って貰いたいのに。気の利かぬ先生じゃ。
山の樹々は、新緑が目に眩しい。良い匂いもする。山桜が満開だった。
山の上の方で、悲鳴が聞こえた。え?何じゃ?何かが出たらしい。気配を探った。探知されたのは熊だった。通常、こんなに大勢で歩いていたら、熊の方が避けて逃げていくはずなのに、おかしい。
もう少し探知すると、熊だが、狂っている。さかりが付いたり、恐怖に囚われた時のように、冷静な判断ができなくなっている。
不味い。先頭は、リサのはずじゃ。彼奴は、すばしっこいが、大して攻撃力を持っていない。このままだと、あの狂い熊のお昼ご飯だ。
妾は、使徒の猫『ペル』を呼んだ。ペルは、最近、運動不足ででっぷりと太っていたが、今の妾には、このペルしかいないのじゃ。
妾の命令を受けたペルは、先頭まで転移した。大きさは、虎くらいに大きくなっている。使徒になってから、『自由に大きさを変えられるのじゃ。
熊と虎が本気で戦ったら、どちらが強いか分からぬが、ペルは、熊の後ろ足の腱を噛み切っていた。後は、残酷な殺戮ショーだった。
ペルは、血塗れの口から、真っ赤な涎を垂らしながら吠えている。もういいから、元の姿で、お城に戻しておいた。
遠足は中止になった。このまま上に登って、また熊が出たら大変だと言う判断だ。うん、正しい判断だ。
リトちゃんは、一番先に階段を降り始めた。だが、ものすごく嫌な気がした。下の教会だ。この『気』は、知っている。人間を喰らい、恐怖を糧としている者が纏う気、『瘴気』だ。
リトちゃんは、降りるのをやめた。先生に伝える。
「先生、あの教会に魔物がいるよ。」
先生は、この子が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。以前は、首都の周辺には魔物や魑魅魍魎が跋扈していたが、ゴロタ帝国になってからは、魔物はダンジョン限定のものになってしまった。
リトちゃんは、もう一度、ペルを呼んだ。今度は、真っ白なライオンに変身している。ペルは、階段を駆け下りた。教会の中に向けて、警戒の咆哮をあげた。
駅前の警察官詰所から、3人の警察官が飛び出て来た。ペルを取り囲む。1人は、カービン銃を構え、後の2人は剣を構えている。
しかし、ペルは警察官3人に構わず、教会の方を向いている。頭を低くして、威嚇をしているが、決して教会の中には飛び込まない。何かがいるのだ。
その時、教会の中から、黒い絨毯が広がって来た。嫌、絨毯ではない。ネズミだ。真っ黒なネズミが、無数に広がっていく。目が赤く光っているので、普通のネズミではない。魔物化したネズミだ。ペルと警察官達が、ネズミに覆われる。1匹1匹なら弱い生き物だが、これだけいると脅威だ。
ペルは、ネズミに噛みつこうとしているが、数が多すぎて、何も出来ない。このままでは、やられてしまう。仕方が無いので、ペルをお城に戻す。
警察官達は、地面を転がっていたが、直ぐ動かなくなった。みるみる白骨化していく。金属製品と骨以外、何も残らなかった。
リトちゃんは、それを見て、先生達に『山の上に逃げて。』と叫んだ。
使徒のペルでも、太刀打ちできなかったのだ。攻撃能力の皆無なリトちゃんに、何か出来るわけがない。リサが、リトちゃんの所に来た。震えている。
「リトちゃん、あれは何?」
「分からない。魔物化したネズミ達のボスが、あの教会の中にいる。
あそこまで行ければ、手立てがあるかも知れない。とにかく上に逃げるようにリサにお願いした。ペルをもう一度呼ぶ。空中からデブ猫が落ちて来た。しかし、さすが猫だ。来るっと回転して着地した、リサにペルを抱きながら、山の頂上を目指すようにお願いした。
「えー!こんなデブ猫、重くて抱っこできないよ。」
ペルは、ギロッとリサを睨んでから、トコトコと山の上の方を目指していった。お腹が階段にこすれているが、見なかったことにしよう。リサちゃんが、ペルを追いかけて階段を登って行った。きっと、山の上の方には、もう魔物はいないだろう。根拠はないが、教会から出ている魔力が段々小さくなっている。おそらく、大量のネズミを魔物化するのに、大量の魔力を使っているのだろう。
さあ、どうしようか。あのネズミどもめ、あんな下等な奴らに、計画を邪魔されて頭に来ていた。山の頂上で、お弁当を食べるのを楽しみにしていたのに、台無しにされてしまったのだ。
段々、怒りが溜まってくる。身体のあちこちから怒りが噴出してくる。リトちゃんは、まったく制御せずに、怒りを全開放した。先頭のネズミ達が悶絶死してしまった。リトちゃんの凄まじい『威嚇』を、もろに浴びてしまったのだ。低級な魔物や獣では、精神異常を起こして死んでしまうことがあるが、ネズミの魔物も、所詮、ネズミにすぎなかったと言う事だ。
リトちゃんは、本当に嫌だったが、ネズミの死骸の上を歩いて、教会の方に向かう。警察官の遺骸は見ないようにした。教会の壊れかけた扉が開いている。中に、うごめいている物がある。ネズミだろうか。もう、先ほどの怒りは無くなってしまったので、あれほどの『威嚇』は出来ないが、相手が低級魔物なら、言う事を聞かせること位は出来るだろう。
『動いては、ならんぞ。』
そう、思いながら教会の中に入って行った。教会の朽ちた床や壁の穴に無数の赤い目が光っているが、ピクリとも動きやしない。そして、そいつは祭壇の前に、立っていた。
そいつは、身長は、3m位あるだろうか。しかし、幅が、痩せた人間程度しかないので、ヒョロヒョロと伸びた枯れ木のようだった。顔はなかった。虚無の空間が頭に開いている。黒っぽいボロを纏っているが、そいつの足元付近が消えかかっている。こいつは、実体のない魔物だ。リトちゃんの知らない魔物だった。
「おぬしは、誰じゃ。」
『フー、フー。』
答えはない。気持ちの悪い息遣いのみが聞こえる。こやつ、頭が腐っているのか?リトちゃん、そいつをじっと見つめる。あれ、こいつには記憶があるぞ。2000年前の『聖魔戦争』の時に、悪魔側の将軍だった奴に匂いと雰囲気が似ている。あいつは、確か、首チョンパでリッチになったはずだが、こいつは、リッチではなさそうだ。大体、リッチだったら、きちんと話せる筈だし、顔が無いわけない。
いろいろ考えている間に、そいつは、右手を挙げた。ネズミどもが動き始める。リトちゃんに向かってくるのだ。
「動いたら駄目じゃ。」
大きな声で、思いっきり、脅かす。ネズミどもの動きが止まった。
『フー、フー。フー、フー。フー、フー。』
奴の息遣いが荒くなった。大量のネズミどもを操るのに、大分魔力を使っているようじゃ。魔力だけだったら、妾は、大概、負けない。ましてや『威嚇』は魔力ではない。
しかし、いつまでも睨み合ってなどいられない。リトちゃんは、たくさんの壊れかけている椅子の中から、一番まともそうな椅子を引きずり出してきて、座面を手ではたいた。埃が酷い。そこに、ちょこんと座ると、目を瞑った。幽体離脱のようなものを試しているのだ。
リトちゃんは、本当は死産で、ノラのおなかの中で死んでいて、この世に生まれ出づることはなかった筈だ。しかし、『嫉妬の災厄神アスモデウス』の依り代となるべく、生きて生まれたのだ。
今、リトちゃんは、精神エネルギー体になって、身体から離れ、浮遊している。今まで、生まれてから8年間、1度もやったことのないスキルだった。しかし、なんとなくできそうな気がしたのだ。精神エネルギー体になれば、いろいろなことができる。リトちゃんは、エネルギーの一部を光に変えた。聖なる光だ。神の怒りの光だった。地縛や憑依の霊魂は、全て浄化されていく。
そいつは、聖なる光を浴びて、ぐんぐんと小さくなっていった。一瞬だがリッチの姿となったが、直ぐに『土くれ』と埃になってしまった。教会中にリトちゃんの光が満ち溢れている。おびただしい数のネズミ達が、単なる汚らしいネズミに戻り、光を恐れて、教会から出て行ってしまった。後には、何もなかった。
この教会は、きっと、あのリッチの幽霊を封印するために建てられていたのだろう。しかし、何らかの原因で、祭壇に彫られている封印の魔法陣が書けてしまったのだろう。それで、あいつが霊として現れたのだ。
不死を約束されているリッチ、その幽霊なんて、絶対に矛盾している。しかし、この世界、何でもありのチートで面白い世界だ。
リトちゃんは、元の身体に戻って、お山の階段を登っていく。先生に預けたリュックサックに、お弁当とお菓子が入っているのじゃ。取り戻して、お山の上でお弁当じゃ。
ペルにも、お弁当のおかずから何か分けてやろう。今日は、頑張ったぞ。デブ猫でも、やればできるんじゃないか。リサめ、妾のすごさが分かったろう。これからは偉そうな口を利くではないぞ。
でも、リトちゃんは大きな思い違いをしていた。リサちゃんは、今日、頑張ったのはペルだけだと思っているのだった。
リトちゃんは、ようやく8歳、小学2年生です。魔力は、人外なほどにあるのですが、まだ攻撃魔法を使っていません。使えないのか、使い方を知らないのか分かりませんが、腐っても神、魔法など使わなくても十分にチートです。今回は、悪魔の手先だったものが、死んでリッチになり、誰かに封印されて、幽霊になったのですが、リッチが幽霊になるんだったら、ほかのアンデッド達だって幽霊になってもおかしくないのに、そうはならないようです。設定が、とてもいい加減ですみません。
新シリーズ、『紅き剣と蒼き盾の物語 外伝』をアップしております。PVが伸びないのですが、本編のように気長に書いて行きます。毎朝の投稿を心掛けていますので、面白いと思われた方は、ブクマ登録をお願いします。




