エピローグ4 天才画家 カテリーナ
久しぶりに、エピローグを追加しました。今回は、カテリーナさんのお話です。薄幸の少女は、自分の才能を生かすことができるのでしょうか?
(2033年5月10日です。)
カテリーナは、グレーテル王立タマリンゴ美術大学の4年生だ。専攻は、絵画だ。担当教授は、入学した時から、コッホ学部長だった。特別聴講生として、大学で絵を描いていたら、入学試験免除で、正規の学生になってしまった。あれから3年以上経つ。もう授業らしい授業はなく、来年3月の卒業までに卒業記念作品を制作すればよいだけだ。3年前、大学に入った時は、周りの男子学生や男性の教授が怖くて、通学が苦痛だった。
いつも娘のシンシアちゃんに早く学校へ行けと言われていた。学校の正門まで、シンシアちゃんが送ってくれる。
カテリーナは、はっきりとは覚えていないが、カーマン王国にいた時は、男性に対しあまりいい思い出はなかったように思う。
自分が何処の誰かと言う事を分かるようになったのは、17~8歳のころに、タイタン市にシンシアちゃんと一緒に来てからだと言う事だけははっきり覚えている。
しかし、大学1年の夏休みに、絵画部の皆と一緒に、ゴロタ帝国のニースタウンで合宿をしてから、男子学生も含めて他の人間達が少し怖くなくなってきた。皆、優しく楽しい仲間達だった。男子学生が17名、女子学生がカテリーナを入れて25名だった。
絵画部の学生は、変わった人達が多かった。何にでも絵を描いてしまう人は、綺麗な河原の砂を見て、創作意欲がなんだかんだと言って、1日中、砂を掘っていた。
ある女子学生は、自分のオブジェを作るんだと言って、スッポンポンになって砂にダイビングしていた。それを見ていた男子学生達が、股間をもっこりさせていたのは、見なかったことにしよう。
そんな合宿のある日、散歩に出掛けた女子学生のジニーさんが、夕方になっても帰ってこなかった。もう、夕飯の時間だった。皆で手分けして探そうということになったが、コッホ教授は、『カテリーナさんは探さなくても良い。』と言ってくれた。
カテリーナまで、迷子になったら、もう探しようがないからだ。学生の皆も、カテリーナの特殊な事情を知っているので、留守番するように言ってくれた。今では、普通に生活しているが、やや社会常識が欠如しており、また、一度に二つ以上のことをしようとするとパニックになってしまうのだ。これは、能力というよりも性格みたいなものなので、シルフでも治しようがなかった。
仕方なく、1人で留守番していると、ずっと遠くから、いなくなった女子学生の声が聞こえて来た。
『助けて。誰か、助けて。』
「え、あなたはジニーさん?ジニーさんなの?』
『助けて、早く来て頂戴。』
「でも、そこはどこ?何処なの?」
聞いても、答えてくれなかった。そして、声がしなくなった。どうしたんだろう。声が出なくなったのかしら。
カテリーナは、目をつぶって、耳をすませた。何も聞こえない。何も聞こえないが、ある風景が目に飛び込んできた。
大きな欅の木が3本。遠くにはマキンレイ山脈が見える。そのけやきの木の下には、落ち葉に埋もれた大きな穴が開いていた。熊か何かが掘ったのだろう。その穴の中を覗くとジニーがいた。気を失っているようだ。いや、疲れて眠っているのかも知れない。
目を開けると、合宿所のリビングだった。もう何も聞こえない。何も見えない。カテリーナは、自分のデッサン帳を持ってきて、鉛筆でさっきの絵を描いた。遠くのマッキンレイ山脈も、見た通りに書いた。あの3本の欅の木が、目印だ。カテリーナは、葉の1枚1枚も再現しようと一生懸命描いていた。時間の経つのも忘れてしまった。
教授達が帰ってきた。見つからなかったようだ。もう、外は真っ暗だ。明日、また探すことにしたらしい。カテリーナは、自分が書いたスケッチを教授に見せた。
「うん、これは?」
「ジニーさんは、ここにある枯葉の下の穴に埋まっています。早く助けてください。」
教授は、その絵を見て、それからカテリーナを見た。カテリーナは、変わっているがウソをつく子ではない。それに、この見事なスケッチ。鉛筆で書かれているが、まるで風景をそのまま切り取ったようだ。黒い鉛筆しか使っていないはずなのに、緑や黄色を感じるのはなぜだろう。
いや、そんな場合ではない。この絵に描かれた場所を探さなければ。教授は、すぐに村の役場に行った。詰所の警察官は、すでに全員が捜索に出てもらっている。役場の職員に、カテリーナの描いた絵を見せると、すぐにその場所がどこか分かったようだ。合宿所から4キロも離れている森の中だ。もう薄暗いから、危ないので明日探しに行こうと言ってきた。
「ダメ、今すぐ行かないとジニーさんが危ないの。」
カテリーナは、思わず大きな声を上げた。その勢いに吃驚した役場の職員が、いぶかし気にカテリーナを見た。
教授は、職員の耳元で、カテリーナがゴロタ皇帝陛下の縁者だと囁いた。驚いた職員は、役所の中に残っている男性職員を急遽集めて、臨時捜索隊を編成した。どうやら、この職員がこの役場の上位者らしい。
役場の捜索隊を先頭に、皆がぞろぞろとついていく。薄暗くなってからの森の4キロはかなり時間がかかってしまう。ニースタウンが開所されてから、近くのダンジョンは、綺麗になっているので、森の中に魔物が表れることはない。しかし、熊とか狼などの野獣はそれなりに生息しているので、決して安全ではない。
明かりは、魔光石と松明だ。武器は、職員が持っているショートソードとバトルアックス位だ。このバトルアックスは、いつもは裏で薪を割るのに使われているらしい。もともとは冒険者が使っていたのだが、歯が欠けたので、もういらないというのを貰って来たらしいのだ。
カテリーナは、時々、目をつぶって意識を集中する。するとジニーさんが穴の中でじっとしているのが見える。息はしているようだが、かなり弱いようだ。もしかすると、あそこは空気がよどんで、悪い空気が漂っているのかもしれない。早く行かなければ。早く。その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
『カテリーナさん、何かあったのですか?』
シルフさんの声だ。カテリーナは、周囲を見渡した。シルフさんが、何処かにいると思ったのだ。しかし、何処にも居なかった。でも、あの声。確かにシルフさんの声だ。
「シルフさん、友達が危ないの。どうしたら良いか教えて。」
カテリーナが、誰もいないのに、一人で喋り始めたので、周囲の皆が吃驚していた。
『ちょっと待って。今どこなの。状況が分からないと対処しようがないわ。』
カテリーナは、ニースタウンの森の中にいることを教えた。森と言っても広大だ。ゴロタの別荘から西に2キロ位のところだと言う事までは教えることができた。シルフが、突然目の前に現れた。『空間転移』をしてきたのだ。続いてゴロタも現れた。ゴロタは、カテリーナを抱えると、そのまま飛び上がっていった。
教授や学生たちは人間が飛翔する姿を始めて見たが、もう驚かなかった。あの男が、この世を統べる王なのだ。空を飛んでも、ちっとも不思議ではない。
後に残ったシルフが、教授達を案内して、ジニーさんが落ちていた場所まで案内してあげた。シルフには、ゴロタの位置がGPS座標で伝えられているので、誤差30センチで案内することができる。
ジニーさんは、すでに救助されて、どこから出してきたのかビーチマットの上に横になっていた。まだ意識は薄れている。この洞穴の中には温泉成分が染み出て来ていたので、長時間、人間がいると酸欠状態になってしまうらしい。
その後、合宿所までゲートを開けてもらい、皆は無事に合宿所に戻ることができた。ゴロタとシルフは、そのままどこかへ行ってしまった。きっと、またこの星の反対側に転移して冒険を続けるのだろう。
シルフの話では、カテリーナとシルフが話したのは、『念話』という力で、微弱な念話でも、シルフには空間の狭間を通してすぐ近くで会話しているようにしているそうだ。ゴロタはもちろんだが、あとはシェルだけが、この力を使えたのだが、今回、カテリーナも使えることが分かった。
カテリーナは、『念話』だけではなく、他人の意識を知る能力、『読心術』も使用したようだ。それから『念写』能力、遠くの行ったことのない場所の景色などを見る能力だ。
しかし、シルフは、カテリーナに、このことはほかの人には黙っているように念を押しておいた。カテリーナの特殊能力を悪用しようと思えば、いろいろなことができる。他人の秘密をのぞいたり、考えていることを読み取ったりする能力、魔法とは違う、生命の根源に関わる能力だ。
動物の危険予知能力のように、誰でもが持っているが、カテリーナのようにはっきりとその能力が表れることは稀だ。昔から『虫の知らせ』などと言って、悪いことが起きていることになんとなく気づくことはあっても、風景まではっきり見えたり、声が聞こえたりすることはない。
カテリーナさんは、その日、合宿所に帰ってからすぐに意識を失い、翌朝まで目を覚ますことはなかった。
翌朝、目が覚めて、寝室から居間に行ってみると、学生達全員から握手とハグを求められた。男子学生は、みなハグしたがったが、女子学生が睨んでいたので握手だけだった。ジニーさんが助かったのは、すべてカテリーナのおかげだった。ジニーさんは、泣きながらハグしてきた。ずっと『ありがとう、ありがとう。』と、お礼を言い続けていた。
この合宿以来、カテリーナは、大学のマスコット的存在となった。顔立ちはお人形さんみたいな美形だし、絵はうまいし、それに物静かで、大人の雰囲気も持っている不思議な存在として、他の女子学生から見ても魅力的な女性のようだ。
あれから、もう2年半も経つが、カテリーナは、美少女顔のままだった。後輩の学生たちは、カテリーナを初めて見た時、絵のモデルさんだろうと誰でもが思うらしい。それが、現役の美大生、しかも自分たちの先輩だと知ると、驚くとともに、こんな綺麗な女性が描く絵は、どんなのだろうと興味がわくらしい。
そして、カテリーナの作品を見て、天は、何故この人にだけ持ちきれないほどのギフトをくれたのだろうかと思ってしまうのだった。
カテリーナは、ゴロタ帝国領事館奥のゴロタ帝国グレーテル離宮、別名『グレーテル屋敷』の庭で、お花に水を上げている娘のシンシアちゃんをスケッチしていた。シンシアちゃんは、今、小学4年生だ。年齢で言えば、今度の誕生日で9歳になるので、本当は小学3年生なのだが、1年早く入学していたのだ。
聴覚と言語能力それに脳の一部欠損のある母親をかばうために、幼いころから一生懸命頑張ってきたせいか、5歳児の時には、小学校高学年レベルの学力があったのだ。いわゆる神童タイプだ。
シンシアちゃんは、最近、おしゃまになって来ている。自分が、ゴロタ皇帝陛下の婚約者として、ここに来たと言う事をフェルマーお兄ちゃんから聞いてから、なんとなくゴロタおじさまのお嫁さんになる姿を夢見るようになったのだ。でも、そんなことは関係なく、毎日が楽しいシンシアちゃんだ。
今は、クラス委員長をしている。セント・ゴロタ市の小学校に転向したキティお姉様は、そこで全校委員長をしているそうだが、来週、この学校でも全校委員長選挙があり、そのとき副委員長も指名されるそうだ。すでに、委員長候補から、副委員長になってくれと言われている。
シンシアちゃんは、少しさびしさを感じていた。このお屋敷に来たときは、小さな子は、キティお姉様や、リトちゃん、レオナちゃん、リサちゃんってたくさんいたが、今はレオナちゃんだけになってしまった。
そのレオナちゃんも、来年は、ミキおばさまと一緒にセント・ゴロタ市に行ってしまう。ミキおばさまが、音楽大学を卒業すると、セント・ゴロタ市の音楽大学の教授になるので、引っ越さなければならないそうだ。
カテリーナは、自分が書いた何枚かのスケッチの中から、気に行ったもの数枚を選んで、じっと見ている。シンシアちゃんには、何を考えているのか皆目見当もつかない。ほかのことなら、母様にいろいろ教えてあげているのだが、こと絵のことになると、まったく口出しは出来なかったからだ。
カテリーナが描く作品の構図が決まった。庭の椿の生け垣の前の椅子に右を向いて座っているシンシアを描くようだ。シンシアは、赤茶色の髪を長く伸ばし、左上の髪飾りで、少しまとめるだけで、あとは自然に広げるように垂らしている。白いシルクのロングドレスのスカート部分が大きく広がっており、胸元の同色の大きなリボンが可愛らしい。少し垂れ下がった眉毛と、不安げなまなざしの茶色い瞳が8歳の女の子の内面の不安定さと可愛らしさを表し、透明感のある美少女だ。
カテリーナは、すぐにキャンバスに向かう。今日のイメージをそのまま、絵にして色を落としていくのだ。こうなったら、食事だってなかなか食べてくれない。シンシアちゃんは、カテリーナの描く絵が大好きだった。
シェル様と大学の教授との約束で、描いた絵は勝手に処分できないそうなので、部屋の中は、今まで描いた絵で足の踏み場のないありさまだった。メイド長のグランさんが、『ほかの部屋に置きましょうか?』と言ってくれたが、シェル様のお許しがないので、このままで良いと断っている。
シンシアちゃんを描いた絵が出来上がったのは、夏休みが終わって、9月の半ばになった頃だ。カテリーナは、完成した絵を、大学の研究室に運び込んだ。教授に見てもらうのだ。イーゼルに乗せ、白いシーツをかけて、汚れないようにしている。コッホ教授が研究室に入ってきた。今日、初めて教授に見せるのだ。
教授が、キャンバスの前に立った。教授の後ろには、助教授や助手それに専科学生達が大勢並んでいる。カテリーナが、静かにキャンバスを覆っているシーツを取り除いた。
「おおーっ!」
皆が、簡単の声を上げた。しかし、それだけだ。あとは、絵に魅入られてしまって声も出なかった。教授が、口を開いた。
「カテリーナ君、君は、太古の天才画家『ルノアール』を知っているかね。」
「はい、授業で習いました。印象派の画家として、非常に有名な方です。」
「うむ、彼の作品の中でも有名な『イレーヌ・カーン・ダンヴエール嬢 』という作品を見たことがあるかね。」
「いえ、作品名は知っていますが、見たことはありません。」
「この作品は、その絵の構図とよく似ているのだが、その絵以上に豊かな色使い、まるで絵の中に本当に女の子がいるようじゃ。この絵のモデルは誰かね?」
「はい、私の娘のシンシアちゃんです。」
「うむ、あの子か。なるほど、なるほど。」
結局、この作品が、卒業記念作品として採用になったが、それだけではなかった。大学主催の秋の美術展が開催され、その美術展の新作部門に、この作品が出品されることになった。新作は、全ての作品に点数が付けられ、点数に応じて販売価格が決定されるのだ。カテリーナの作品の表題は、
『可愛いシンシア嬢』
とつけられた。この絵は、王都いや王国中で評判になり、遠く辺境の地から、この絵を求めて大勢の貴族たちが集まってきた。
皆が、見守る中、新作の入賞者発表が始まった。カテリーナは、一番最後に名前を呼ばれた。最優秀作品賞だ。他の作品と比較してもダントツの1位だった。審査員でさえ、この絵の前では動くことができなくなるほどの絵だった。
カテリーナは、知らなかったが、教授の所へは、この絵をぜひ譲ってくれと言う依頼が殺到したようだ。今までの作品展ではなかったことだ。既に大金貨20枚以上で引き合いが来ているそうだ。この瞬間、カテリーナの人生は決まってしまった。
『天才画家カテリーナ』
の誕生だった。
物凄く、尻切れトンボ感がつよいのですが、これ以上、書き込むと、それだけでシリーズになってしまいます。この後、カテリーナさんは、絵を描く旅に出ます。シンシアちゃんとは、しばらくお別れです。カテリーナさんのテレパシー能力がいろいろな事件を解決していく。うん、新しい物語ができそうです。でも、しばらく休養してからになりますし。
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あ、最近、本篇を読みなおして、いろいろ訂正をしています。第●●話とつけられているのは、校正済みです。まだ、150話程度しか進んでいません。あまりにも過激な性描写は、かなり修正をしております。




