第42話 ノエルの放校 そして出会い
ノエルの回想は続きます。マーリン先生がいなかったら、今頃、ノエルはひどいことになっていたのでしょうね。ノエルの境遇を読んで、涙を流した方は、心の優しい方です。ブックマークとポイントをお願いします。
(ノエルの回想は続きます。)
事件後、ノエルは学校を辞めることになった。
事の原因は兎も角、校内で魔法を暴走させ、生徒の一人が火傷をした。ノエルが反省して、相手に謝れば、停学程度で済んだかも知れないが、ガッシュに謝るのは、死んでも嫌だった。
ノエルは、王都に来る時に持って来た簡単な生活用品と着替え、それに支給された制服以外に何も持っていなかった。制服は、荷物の底にしまい、最初に着ていた粗末な旅行服を来て停車場へ向かっていた。両親に迎えに来て貰うのならば、寄宿舎に暫く居ても良いが、そうでなければ、直ぐに出なくてはいけなかった。村までの旅費は、学院から借りることも出来たが、返す当てもないことから、借りることは諦めた。
停車場に行っても、お金がないので、駅馬車に乗ることは出来ないが、誰か親切な人が居るかも知れない。当てもなく、馬車で1時間以上かかる停車場までの道を歩いていると、涙が止まらなかった。まだ12歳の女の子が、身寄りが無く、当ても無いのに停車場に向かっている。泣くなと言う方が無理である。
涙で前が見えないまま、歩いていると、突然、ドスンと誰かとぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい。」
ぶつかった人を見ると、背が小さく小太りの男の人だった。左目にモノクルを掛け、ちょっと額が広いなあと思う頭だった。ノエルは、泣き顔のまま、そのおじさんの左横を通り過ぎようとしたら、急に右腕を掴まれ、
「ノエル君じゃないかな?」
と、声を掛けられた。知らないおじさんに声を掛けられたら、誘拐犯かも知れず、誘拐されたら、『あんな事やこんな事をされて、お嫁に行けなくなってしまう。』と教わっていたノエルは、
「離して。」
と言って暴れたが、右腕をガッシリ掴まれていて、振り切る事が出来なかった。仕方が無いので、本当は嫌だったが、魔法を使った。
「ファイア・ボール」
無詠唱魔法を男の人の頭の上に落とそうとしたが、その人は、上をちらと見て、左手を翳すと火の玉を消し去ってしまった。
「え?」
ノエルは、吃驚した。ファイヤ・ボールを手だけで消すなんて、初めて見たし、そんなことが出来るとは思わなかったからである。
「儂じゃよ、儂。魔法学院のマーリンじゃ。」
え、マーリン教授なら知っているけど、その先生は、白髪の長髪と、胸まである白い髭、鷲鼻の彫の深い顔で、もっと背が高く、黒いマントを着ている、どこか、遠い国の魔法学校の校長先生みたいな方だ。こんなチブデブのおじさんじゃない。
「仕方がないのう、これでどうじゃ。」
男の周辺の空気が揺れたと思ったら、そこに立っていたのは魔法概論を教えて貰っているマーリン教授だった。
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ノエルの話を聞いて、ワカコさんは、見えていない目から涙を流し続けた。ダンテさんも、鼻をすすっている。シェルさんも、エーデル姫も泣いていた。僕は、ノエルって優しくて凄い子だなって思った。今の残念なノエルは、きっとシェルさんや、エーデル姫が原因だろう。明日からは、キスもしないし、一緒にも寝ないと誓う僕だった。
ワカコさんが、涙を流しながら
「ごめんね。ごめんね。」
と謝り続けた。ノエルも泣きながら、ワカコさんの肩を抱き、
「母さんはちっとも悪く無い。我慢できなかった私が悪かったのよ。」
と謝っている。ダンテさんが、教会事務室から1冊の本を持ってきた。聖魔術の教本だ。4大聖教の使徒のうちでも、高位の者しか持てないという秘本だそうだ。
「学校なんか行かなくてもいいじゃないか。この本で、勉強しろ。父さんは使えなかったが、父さんの母さんが聖魔法を使っていたらしい。この本は、母さんが残したものだ。」
ノエルの両親は、ノエルが学院を辞めたことを叱らなかった。その後、お茶になり、これからのことを話し合った。僕としては、ノエルはこの村に残って貰い、シェルさんの『郷』に行った帰りに、また一緒になるのが良いと思った。そのことを、シェルさんからダンテさん達に言って貰ったら、ノエルが大反対した。
でも、ワカコさんの目が悪いのだから、ノエルが残ってお世話をするべきだと思ったのだ。その時、シェルさんが、
「ねえ、ゴロタ君、あなたエリクサーを作ってなかったっけ?」
と、聞いてきた。『エリクサー』なんてものが、どういう物か知らないので、シェルさんに聞くと、初めて会った時にシェルさんに飲ませた薬だという。僕は、一生懸命思い出そうとするが、どうも思い出せない。でも、ハッシュ村の森に住んでいるときに、ベルに教わった薬で、一番強力な薬のことは知っている。
『蛍の光』という、大雪山脈のふもとで、年に数十株しか取れない薬草と、いつもの治癒用の薬草のうち、いくつかを混ぜ合わせたものだ。あの薬で、ワカコさんの目が直るとも思えなかったが、ノエルにワカコさんが失明した原因を詳しく聞いて貰った。分かったのは、魔物に襲われ、目を怪我したこと。その魔物の爪には瘴気が込められていて、目の奥の神経が侵されてしまったこと。そして、ヒールで目の傷は治ったが、見えないままになってしまったらしい。
僕は、ワカコさんの近くまで行って、ワカコさんの目に手を当てた。『気』を込めてみると、ワカコさんの目を犯している瘴気が、僕の手を襲おうとしているのが分かる。その瘴気を手で掴んで、外に出て投げ捨てた。
分からない人が見たら、バカなことをしているように見えるかも知れないが、構わない。ワカコさんの目の瘴気は無くなった。しかし、瘴気で損傷を受けた視神経は、通常の『ヒール』では直らない。『ヒール』は、その人の自然治癒力を高める魔法であり、無くなった部位を再現させるものではない。ワカコさんの失った視神経は、復元できないのだ。通常では。
僕は、ダンテさんから綺麗なお皿を借りた。テーブルの上に、乾燥した『蛍の光の花』、『鬼八つ手の葉』、『癒やし草』、『銀アロエの葉』、『赤ドクダミの実』そして『長命草』を並べる。
すべてを、手の平で揉んで細かくし、皿の中に入れる。皿の中の葉の粉末に『錬成』の気を流し込む。皿が紫色に光り始めた。光が強くなる。紫色が白く変化し始めたころ、錬成が終了した。皿の中に、ドロッとした緑色の液体が溜まっている。出来上がりだ。
ワカコさんに、その液体を飲ませた。窓の雨戸を閉めてもらい、魔光石で弱い光を出しておく。ワカコさんに目を閉じてもらい、再度、目に僕の手を当てて、『気』を流し込む。手が白く光り始めた。そのまま『気』を込め続け、ワカコさんの目に流し込んだ。
「何か、とても暖かい気がします。決して熱くないのに不思議な気持ちです。」
僕にできることは全て終わった。時間は、30分位だ。ワカコさんに、静かに目を開けてもらう。
「見える。見えるわ。ノエルの顔も、ダンテ、あなたの顔も見えるわ。」
ワカコさんは、目から涙を流しながら、二人を呼び、お互いに抱き合った。
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ノエルとの婚約は保留になった。ダンテさん達は、決して反対するわけではないが、ノエルは未だ13歳だ。
自分ですべてを決定するには若すぎる。また、僕の事をダンテさん達は良く知らない。どう見ても10歳位の男の子だし、生活の基盤も不安がある。それに、ここにいる他の婚約者たちだ。村では、一夫一婦制が当たり前だし、ワカコさんの両親が生まれた国でもそうだったそうだ。
この国に一夫多妻の制度があることは知っているが、お貴族様などごく一部の者が採用しているに過ぎない。結局、仮婚約ということにして、ノエルが15歳になっても結婚する気が変わらなかったら正式に認めることになった。
あの、それってノエルが15歳になったら結婚させるという事でしょうか。それでは、『仮』なんか無いも同じじゃ無いですか。今日は、ワカコさんの目が直ったお祝いをするそうだ。村長をはじめ、村のみんなが来るそうだ。さあ、忙しい。料理を作らなくっちゃ。しかし、村には、大した食べ物が無いことが分かった。
4月末は、まだ雪解け水も冷たく、農作物はこれから種植えの時期であった。昨年の秋に収穫し貯蔵したものを食べて冬を越し、これから、森や山の恵みを得るのだ。現在、村のご馳走は、干し肉や燻製と、山菜の塩漬け位だった。
僕は、近くの森まで食材を採集しに行くことにした。食べられる木の芽や、山菜、地下深くに潜り込んでいる芋の仲間を掘り出した。次に、獣の匂いを嗅いだ。いた。鹿だ。僕は、最大速度で走って、匂いのする方向に走る。大きな鹿だ。春の新芽や若草を食べて、丸々としている。
『威嚇』を飛ばして、動けなくした獲物の首筋を、黒剣で切り飛ばす。これで、村まで戻る間に血抜きができる。大きな角が邪魔だが、欲しがる者がいるかも知れないので、そのままにしている。
大きな獲物を背負って帰る途中、ヤマドリ数羽を『威嚇』を飛ばして落とし、生きたまま足を縛って、手にぶら下げた。
村に帰ったら、ダンテさん達は、僕の獲物に驚くと共に喜んでくれた。早速、鹿とヤマドリを処理した。ヤマドリの肉は1口大に切り分けて、金串にネギの切ったものと一緒に刺していく。ワカコさんの生まれた国に伝わる大豆を発行させて作るソースと、砂糖とお酒をブレンドし、串を付けてから焼くことにしている。
鹿肉は、大きな塊を木の棒に刺し、焚き火で炙っていく。残った肉は、小分けにしてダンテさんが、近所に配って歩いた。ワカコさんも行きたがったが、今から行くと帰って来れなくなりそうなので、留守番となった。
ノエルは、いつものミニスカート姿になり、お酒を買いに出かけた。
シェルさん達は、村の宿屋に部屋を予約しに行った。ダンテさんの家は、2LDKで、客間が無いためだ。
料理の下拵えが終わった。裏庭に、簡易暖炉を組み立て、火を起こしておく。今日は、ジビエ料理、しかも最上鹿肉のバーベキューだ。
夜は、大パーティとなった。招待した人達に限らず、聞きつけた人達も、続々と集まって来たからだ。パーティが終わった。シェルさんは、いつものように酔っ払っていた。僕とノエルで後片付けをする。ダンテさん達は、僕の女子力の高さに驚いていた。いや、男ですから。片付けが終わってから、僕の事を、ノエルが知る限り話した。
今、15歳である事。
両親は、人間ではない事。
名誉子爵だと言う事。
冒険者ランクが『A』である事。
伝説の宝剣を持っている事。
しかし、あの伝承の『全てを統べる者』については、黙っていた。両親に心配させたくなかったからだ。夜、寝る事になって、問題が起きた。ノエルが、僕と一緒に寝ると言い始めたからだ。当然、ダンテさん達は反対した。
泣き続けるノエルを置いて、僕は酔ったシェルさんをお姫様抱っこで抱えてホテルに帰った。エーデル姫は、いつものように、豊かな胸を僕に押し付けながら歩いている。
ゴロタのチートぶりには、唖然とします。おい、エリクサー作れるんかい。
さあ、次は、盗賊狩りです




