第431話 いじめっ子は嫌いです。
今回も、フェルマー王子達の話が中心です。
(9月1日です。)
今日から2学期が始まる。長い夏休みも終わり、真っ黒に日焼けした肌を見せびらかして、得意になっている子がいる。
フェルマー王子とドミノちゃんは、夏休みの課題をきちんとやっていたので、心配は無かったが、目一杯遊んでいた子は、顔が引きつっていた。課題の一つはピアノだった。専攻科目に関係なく、ピアノの練習曲1曲をマスターするのが課題だ。ピアノ科の課題曲はショパンだったが、難易度は、Aクラスだ。フェルマー王子の声楽科は、難易度Dだったが、それなりに難しい曲だった。
それに、ピアノ科は、ハノンを毎日2時間、声楽科は発声練習を毎日1時間ずつ2回練習するように言われていた。
始業式の次の日、ピアノのテストだった。当然、課題曲の確認だった。
ピアノ科の子は、それなりに出来ていたが、打楽器科の子は、全員不合格だった。声楽科は、フェルマー王子を始め全員合格だった。
放課後、打楽器科のボス的存在の子が、校門のところで待ち伏せしていた。『ガンツ』という子で、王都の一番大きな楽器店の息子だった。
ガンツは、打楽器科の男の子の内、3人を仲間にしていた。仲間というより、手下だ。
フェルマー王子は、嫌だなと思った。自分1人なら良いが、ドミノちゃんを巻き込みたくない。しかし、ガンツは、ドミノちゃんをからかい始めた。
「おい、ドミノ。もうフェルマーとやったのか。俺にもやらせろよ。魔人は、女になるのが速いんだろ。」
なんてえげつないからかい方だ。ドミノちゃんは、顔が真っ赤になっていた。
「下品なことは言うな。僕とドミノちゃんはそんな仲じゃない。」
「うるせえ、てめえは黙ってろ。この女に手取り足取り、ピアノを教えてもらったんだろ。大体、声楽なんか男のやることじゃあねえ。男なら、ドラムだろ。」
どうやら、ピアノのテストに合格したのが癪に障るらしい。ガンツは、小さいときから、家の仕事の関係でピアノを習っていたのに、あまり上達していないのだ。まあ、練習もサボってばかりだから上達するわけもないのだが。
「僕が、声楽科ということと、ドミノちゃんをからかうことは全く関係ないじゃないか。これ以上、ドミノちゃんを虐めると、僕が承知しないぞ。」
フェルマー王子は、精いっぱい声に『威嚇』を込めたが、まだガンツのような相手には通じないようだ。ガンツは、中学1年生だが、身長はもう170センチ位あり、学年でも一番背が高い。それに比べ、フェルマー王子は、男子の中では一番小さく、ガンツとは頭一つ位違う。最初からガンツはフェルマー王子を舐めてかかっている。
以前、クラスメイトのドンシャリ君とトラブった時、何もせずに殴らせていたら、彼の右手が骨折してしまった。そのせいか、かれは学校をやめて田舎に帰ってしまった。また、あんなことになるのだろうかと、フェルマー王子は憂鬱になってしまった。
ガンツは、フェルマー王子とドミノちゃんがゴロタ帝国領事館の裏にある大きなお屋敷から通学していることを知らない。もし、知っていたらきっと態度が変わっていただろう。ガンツの父が経営している音楽店は、雑多な楽器を扱っているが、ピアノしかも世界最高級のスタインウエイのグランドピアノなど10年に1台売れれば良いほうだ。そのピアノを3台、アップライトピアノを2台、その他にギター2台で8000万ギル以上も支払っているのだ。
ゴロタ皇帝の一族は、ガンツ音楽店の上得意であり、今年4月に新設されたタイタン学院音楽家の中等部、高等部及び大学部への楽器の一括契約もこの前してもらったばかりだ。そればかりではない。今度、ゴロタ帝国の帝都にできる帝国中央音楽大学と付属学校の楽器を一手に扱えれば、もう楽器店のレベルではない。商社並みの売り上げが期待できるのだ。
しかし、そんなことは露ともしらないガンツは、ひょろっこい色白のフェルマー王子が、いつも学年で一番かわいいドミノちゃんと一緒にいるのが気に食わないのだ。それに、今日、ピアノのテストに落ちてしまい、親父になんて言い訳したらいいんだと落ち込んでいるときに、1発で合格したフェルマー王子のニコニコ顔を見ていたら、もう我慢ができなかった。
しかし、下卑たからかいに怒ったのは、フェルマー王子だけではなかった。ドミノちゃんがズイッとガンツの前に立って、
「ちょっと、ガンツ。あなた、何を言っているの。魔人のことを何も知らないくせに。魔人はね、一生にたった一人の人しか愛さないの。私は、まだ誰にするか決めていないけど、あなたじゃ無い事だけは確実よ。あなたみたいに図体だけでかい能無しが一番嫌いなの。」
『能無し』とバカにされ、今日のテストに落ちたことを馬鹿にされたと思ったガンツは、右の平手でドミノちゃんの左頬を叩こうとした。その瞬間、フェルマー王子は、『瞬動』で、ガンツの右手を、左手で掴んでいた。
「それ以上、ドミノちゃんに手を出すと、僕が黙っていないよ。」
いつ、フェルマー王子が自分の側にきたのか、まったく気が付かなかったが、何故か、とても不味い状況にあることだけは確かだった。しかし、頭に血が上ってきて、正常な判断ができなくなっているガンツは、今度は左手のこぶしで、フェルマー王子の右顔面を殴ろうとした。
フェルマー王子は、ドミノちゃんの手を引いて、3m位、後ろに下がった。手を繋げていれば、一緒に『瞬動』が可能なのだ。
「ドミノちゃん、下がっていて。」
もう、『瞬動』など使う必要もなかった。ガンツの前にゆっくりと進んでいく。ガンツが、フェルマー王子の胸倉をつかもうとする。その手を、両手で挟み、フェルマー王子の左後方に引き倒す。逆手を取られて引っ張られたガンツは、たまらずに地面に顔を叩きつけてしまった。
ガンツの取り巻き達は、一体何が起きているのか分からなかった。さっきから攻撃しているのはガンツだけなのだが、今、地面にはいつくばっているのはガンツなのだ。
「僕は、明鏡止水流の体術を習っているんだ。君たちは、僕の身体に触れることもできないよ。」
そんな馬鹿な。そう思ったガンツの手下の一人が、フェルマー王子にかかっていった。フェルマー王子は、相手のパンチを鼻先で躱すと、相手の右後ろに移動した。その際、相手の右足を払うことを忘れなかった。相手は、急に足を刈られたので堪らずすっころんでしまった。
フェルマー王子は、すぐに残りの二人の前に移動し、デコピンをして、ドミノちゃんのところに戻った。すべてが一瞬の出来事だった。ようやく、起き上がったガンツが、鼻血を出しながら、
「よくもやったな、親父に言って、お前ら、学校にいられなくしてやる。親父は、この学校のスポンサーなんだぞ。」
何がスポンサーか分からなかったが、楽器を納入していることを言うのなら、学校がお客様で、学校のことに文句が言えない立場ではないかと思ったが、黙っていることにした。仲間たちに囲まれて逃げていくガンツを見て、フェルマー王子とドミノちゃんは、顔を見合わせて笑っていた。フェルマー王子は、ドンシャリ君の時も、あんなに黙って殴らせないで、ケガをしない程度に対応していればよかったかなと思ってしまった。いや、それよりも今回はとってもきになることがある。
まじめな顔になったフェルマー王子。
「ねえ、ドミノちゃん、さっきの言葉、『一生にたった一人の人しか愛さない』って、その一人、僕じゃあないの?」
不安そうな顔のフェルマー王子を見て、
「馬鹿ね。」
それ以上は言わないドミノちゃん、その続きは、言わないほうが良いと言う事を本能的に知っているドミノちゃんだった。
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カテリーナさんは、メイドと一緒にタマリンゴ美術大学に通い始めた。食事、トイレそして授業といつもメイドと一緒だ。大学の皆は、あの美女というか美少女は誰だという噂で持ち切りだ。ミス・キャンパスと言われていた女性が、カテリーナさんを見て黙ってしまった。絶対に比べられたくない位、差は歴然だった。
長い金髪を巻き毛にし、卵型の輪郭に、美の神が目、鼻、口を付けたと言っても不思議ではない。肌の色は真っ白で、切れ長アーモンドの目には、信じられない位長いまつ毛が伸びていた。
カテリーナさんは、いつも、登校すると、まっすぐ絵画学部長の部屋に入っていった。学部長からそうするようにと言われているのだ。学部長は、カテリーナさんを連れて、油絵教室とかクロッキー教室、風景画研究室など、必要と思われる教室に案内してくれるのだ。『特別聴講生』と言われているカテリーナさんに、他の教授達は、とても神経を使っていた。なにしろ、あのゴロタ帝国の皇帝陛下ゆかりの方と言う事で、あのロリコン皇帝、ついには成人にも手を出したのかともっぱらの噂だった。
カテリーナさんの美しさは、大学のみならず、王都でも噂になり、例のごとくグレーテル国王陛下がお忍びで、通学しているカテリーナさんを見に来ていた。カテリーナさんは、授業中、一言もしゃべらず、いつもニコニコして絵を描いていた。誰かが話しかけても、じっと目を見つめ、ニコッと笑って少し首をかしげるだけの謎の行動をとっている。実は、これはシェルに、大学で誰かに話しかけられたらこうしろと特訓を受けていたのだ。
絵を描き始めると、様相は一変する。目がキラキラ光り、他のものは全く見えない様子だ。その描く速度も驚異的だが、描かれる絵が、常人のレベルではない。構図、デッサン力、色、すべてに非凡なものを彷彿させる。学部長が、たまにやってきて、カテリーナさんの描く絵を見てニコニコしている。教授や助教授には、カテリーナさんの描いたものは、たとえ屑箱にすてたものでさえ、必ず保管するようにと言っている。
簡単なラフ絵、それも失敗作でさえ、必ずとんでもない価値が出るはずだと信じている学部長だった。シェルとの約束で、作品はすべてゴロタ帝国に帰属するという契約を結ばされていたが、屑箱に捨てたものは契約外だろう。そのことは、契約のあと、シェルに確認を取っていたので、違法でもなんでもない。しかし、書き損じの絵、学部長が見てもどこが書き損じたのか分からない。カテリーナさんだけに見える絵の真の姿。それが見えない学部長は、自分の平凡さを恨んだが、それでもこうしてカテリーナさんの描く絵の素晴らしさが分かるほどだった。
カテリーナさんは、楽しくて仕方がなかった。大学に来ると、朝から夕方まで絵の勉強だ。今までは、いたずら書き程度だったのだが、毎日、テーマを決められ、それに従って、創意と工夫それにイマジネーションで絵を描くのだ。こんな楽しいことはなかった。ただ、自分の近くに男性が近寄りすぎてくるのが怖い。一緒についてきているメイドさんが間に入って阻止してくれているが、どうしてみんな、私の隣に座りたがるのだろう。
カテリーナさんは、自分が皆にどう思われているかなど、何も気が付いていないようであった。
カテリーナさんは、超絶美少女です。シェル、エーデルの次位かも知れません。もう、こうなると好みの問題です。アニメになると皆、同じ顔になりそうです。




